閑話 番人Ⅱ
ダンジョンの情報は逐一学園の中で広がる。
小さなことから、大きなことまで。
現在、ダンジョンの噂を占めるのは一匹のモンスターであった。
――ガーゴイルだ。
一人の女学生を残してメンバーが行方不明のパーティーの話はまだ新しい情報だ。
学園に戻った時、その女学生は青い顔をしていた。
死人のような顔だったのだ。
そして学園のダンジョンの管理会が詳しく話を聞くと、ダンジョン内部の地殻変動が新たな道を作って、見たこともないような新たなモンスターが現れたとのこと。
それを聞いた学生の反応は二種類だった。
ガーゴイルに恐怖するか、それとも新たなモンスターとまだ見ぬ財宝に歓喜するか。
後者の人間が、ダンジョンに六人いた。
六人パーティーだった。
メンバーは男が四人に、女が二人。
誰もがラルヴァ学園に所属する学生だ。
そんな六人がごつごつとした床を進んでいく。
そこは、開けた闇だった。細い通路など無く、天井に大輪の花と下には何層にも重なりあった岩が平らな床となっている場所だ。
また、六人の中でも、一人でも際立つ者がいた。
女性であった。
可愛らしい人だった。髪は桃色の髪留めでポニーテールにまとめて、顔は愛嬌があって美しく見える。
他のものは鎧やローブを着ているのに、その女性は格好が違った。
ダンジョンの中なのに上と一体化になった膝上の長さのワンピースだ。上は肩を隠すだけで、肌の露出は多い。色は白いフリルをふんだんにあしらっており、差し色に桃色が入っている。靴は膝辺りまでを隠すハイヒールのブーツだ。こちらもまた、ダンジョンには似合わず白色であった。しかも、ただの白ではなく、純白だ。汚れ一つ無い。
それに、手にあるのは、剣や槍ではなく――肘までの白いグローブを付けている
そんな姿をしている彼女は、パーティーの中でも浮いていた。
だが、彼女は好きでこんな加工をしているわけはなかった。
――『白い偶像』
彼女のアビリティが、全身をこの装備に変えたのである。
広い通路の先に敵が現れた。
牛のような姿をした亜人種のモンスターだ。
名前をミノタウロスという。
角は双角で白色だ。
ミノタウロスの中でも最下級に属する。
それが三体現れた。
「腕鳴らしにちょうどいいな――」
黒色のローブを着た男の一人が言った。
その者はロングソードを持っていた。重そうだが、まるで羽を持つように軽軽と素振りする姿を見ると、きっと軽い素材で出来ているのだろう。
「僕も、戦いたい」
小斧を持った両手に持った男が前に出た。
全身を包む鎧を着ているが、準備体操として飛んだり跳ねたりしているのを見ると、きっとこれも軽い素材で出来ているのだろう。
「はいはーい! 私! 私がやります!」
そして、特異な格好をした女性が大きく手を上げた。
リーダーらしき男はすぐに三人にこういった。
「分かった。任せよう」
すぐに三人が同時に――動いた。
一番足が早かったのは、黒いローブの剣士だった。
アビリティはまだ使っていない。自前の足だけで走る。手前のミノタウロスに接近。勿体ぶらずにすぐに、アビリティを発動。
「踊らせろ、妖精」
――『悪戯好きの妖精』
敵を惑わす幻覚を生み出すアビリティだ。
直接の攻撃力には影響しないが、殆どのモンスターにそのアビリティは通じ、相手の動きを翻弄させて封じるのは非常に使い勝手がいいので、パーティーの中でも重宝されていた。
一番手前のミノタウロスは一瞬、妖精にかまけて足元をふらつかせた。
剣士はそこを付け狙う。
「はあっ!」
男は剣術にも自信があるようで、剣は鮮やかに煌めいた。
閃光のようだった。男の剣がミノタウロスの右腕を切り落とす。綺麗な断面図だった。骨と、肉がよく見えて、あまりの切れ味に、数瞬は血が落ちないほどの。
もう一閃。ミノタウロスの左腕を切り落とした。
妖精にかまけている間にミノタウロスは両腕を失くして、大きな声を上げた。悲しみだった。痛みで、アビリティが解かれた。
だが、既に遅かった。
最後に男は首を跳ねとった。
もう一人の小斧の二刀流の男は剣士が斃したすぐ後ろに控えるミノタウロスを見ると、剣士を一瞬見た。
何故なら、そのミノタウロスはその場で両手を振るっていたからだ。
――妖精に遊ばれていた。
二人の目が邂逅すると、無言の会話が広がった。
いらないことするんじゃない、と小斧使いの目が言った。
そうかい、と剣士は嗤った。
それだけで二人の会話は終わって、小斧使いは足を止めた。
「仕方ないよね?」
この距離なら、と小斧使いは言葉を続けた。
わざわざ近づいて隙を増やす愚か者ではない。
小斧使いはぼそりと呟いて、アビリティを発動した。
――『無限の鋼』
青色に輝いた小斧を、投げた。2つを続けて。ともに回転しながらミノタウロスへと向かう。一撃目がミノタウロスの頬をかすって、もう一撃が胴体を貫いた。そして斧は小斧使いの手元に戻る。
要するに、『無限の鋼』は武器の投擲能力を上げて、手元へと戻す能力だった。
「ねえ――」
そして最後に控えるのは、あの女だ。
怪しげな笑みを浮かべた。
それは黒いローブの剣士に向かってだった。
「何だよ?」
「すぐに解いて。アビリティを。邪魔なの」
「分かったよ」
男はアビリティをかき消した。
最後に残るアビリティを消されたミノタウロスは、滾る瞳で六人を見つめた。
黒い剣士と小斧使いが下がる。
前に出たのは、やはりあの女だった。
「ふふっ」
そしてミノタウロスを目の前にしながら笑った。
その笑みを見た他のパーティーメンバーは青ざめた顔をした。
何せ彼女がパーティーの中で“一番”強いのだ
彼女は、両手を強く握った。
そこに、白い力が宿る。集まる
ギフトではない。
アビリティだ。
彼女のアビリティは、装備を変えるアビリティではない。
むしろそれは副産物だと言っていい。
彼女のアビリティは端的に言えば、白い光を生み出す。それは破壊の力と言うものもいれば、モンスター即ち悪のものを倒す力とも言われる。
要するに、彼女の白い力は、モンスターの弱点でもあった。
アビリティを発動させた彼女の身体能力は通常の冒険者と比べると、一線を画するほど高くなる。その状態でミノタウロスとの距離を一気に詰めた。
そしてミノタウロスが腕を振りかぶったのを見て、それと同時に彼女も右腕を動かした。
「白い衝撃!」
彼女の右手が白く輝いたと思うと、ミノタウロスの腕が爆ぜた。
そしてもう一本の腕を彼女が振るうと、ミノタウロスの胴体に風穴が空いた。
彼女――クラーヴォは、ポニーテールを揺らしながら仲間へ体へと振り返って、ツーピースサイン。
「やったね!」
彼女の笑顔に、仲間たちは苦笑をしていた。
◆◆◆
クラーヴォのパーティーは学園からしい入れた情報を元に、光る石が彩る道を通る。
異界のように思った。
なにせ、モンスターの気配がない。
迷宮の中は多かれ少なかれ、生き物の気配がする。それはモンスターであったり、冒険者であったり、そのいずれもないことは珍しい。
この前へ通じる道が、下の階層へと行く道からずれているからだろうか。
クラーヴォ達は分からなかった。
ただ、見つけた。
情報の仕入先である女剣士から聞いた“番人”へと通じる道標を。
「これが――あのパーティーのシンボルだったか」
六人が見つけた先には矢印の下に『知恵の実』のシンボルがあった。
話に聞いていた女剣士のパーティーの紋章だった。
「そうみたいね。行きましょう――」
六人は満を持して先を進んだ。
一歩ずつ、一歩ずつ。丁寧に。ゆっくりと。焦らずに。
どれだけ進んだかは分からない。
ただ、何度か女剣士が言っていた分かれ道には目印があったからわかりやすかった。
そして、それからは、床に黒いシミがあった。
血、だった。
多くの血がまるでひとつの大きな線のように奥から続いていた。
「これって――」
「血、だろうね。おそらく。ただ、あの女性の話ではこんなに血を流すほどの怪我は無かったはずだよ」
「だとすれば、別の“ナニカ”もここを通ったというわけ?」
「そうかもしれないね」
六人はまた進む。
だが、お目当てのモンスターは現れなければ、他のモンスターも存在しない。
ここは本当に迷宮なのだろうか。
地獄への入り口とされている迷宮なのだろうか。
六人は疑問を持ちながら、また進んで、そして――辿り着いた。
「広い部屋?」
クラーヴォがまず声に出した。
視線の先に大量の光量があふれだす部屋を見つけた。薄暗いこの未知とは違う場所が。
六人は広い部屋に“番人”がいると聞いていたので、気を引き締めた。
中は迷宮とは思えないほどに綺麗な光景で、クラーヴォは「綺麗……」と潤んだ瞳で声に漏らしてしまった。
ただ、それにかまけている暇も余裕も六人にはない。
やはり――中にいたのは番人だった。ガーゴイルだった。奥で目を瞑りながら無言で鎮座している。そんなモンスターは、六人が入った瞬間、高々と吠えた。まるで地響きのように、低く、深い声だった。
戦闘の始まりへの法螺貝の音のように六人には聞こえていた。
「皆!」
ガーゴイルの恐ろしい声を振り払うようにリーダーは一喝。
すると、残りの五人は事前に相談した作戦を開始した。
「踊らせろ、妖精」
まずは、一人のアビリティを発動。
――『悪戯好きの妖精』
敵を惑わす幻覚を生み出すアビリティだ。
ただ、男がアビリティを発動させると、ガーゴイルの口の端が釣り上がった。そしてまた、吠える。
「こいつ、妖精が通じねえ!」
男はすぐに自分のアビリティがガーゴイルに無効化されていることに驚いた。
「無限の鋼!」
すぐに小斧使いのアビリティと――
「――主よ」
ギフト使いのギフトが先制した。
黄色い修道服に身を包んだ冒険者は未だ殆ど動かないガーゴイルに向けて膝をついて、頭を垂れて、頭の前に強く両手を握って、神への宣誓を行う。
一言、一言、絞るような声を出した。
「雷の主よ。人の望みの喜びよ。主こそ我が望み。雷こそ我が喜び。槍こそ我が求めし一閃の刃。其こそ天界を司る大空の王者。現世に、我の、我の、我の、望みの喜びを具現化したまえ」
ギフト使いの両手に嵌めた手袋に、雷の神――ゼウスの力が宿る。
両手は金色に染まった。
先に小斧使いのアビリティが発動して、二本の斧がガーゴイルへと迫る。それと同時に、目を見開いたギフト使いが両手を前に出すと、そこからは一筋の雷撃が放たれた。
――だが、ガーゴイルは2つの攻撃ではなく、先を見つめていた。
六人を、ただ、見つめていたのだ。
そして2つの攻撃を食らいながら飛び上がり、天井の氷柱まで接近。そこから即座に滑空。滑るように六人へと超低空飛行を続けた。
「効いていない……だとっ!」
仲間の一人が大声を出した。
事実、ガーゴイルの挙動は何一つとして変わっていない。切り傷一つ付いていなかった。
「雷は無効? その上で皮膚が固いのか?」
リーダーらしき男は剣を構えながら冷静にガーゴイルを観察する。
ある種の攻撃に耐性を持っている敵はそれほど珍しくない。
このガーゴイルもその一種だと思った。
「なら、私が――!」
そこで前に出たのはクラーヴォだった。
誰も反対する者はいなかった。
事実として、クラーヴォのアビリティである『白い偶像』がモンスター相手に通じなかったことは一度としてない。
何故なら、白い力はモンスターに取っての弱点と考えられているからだ。
すぐに拳を握り固めて前傾姿勢になるクラーヴォに、徐々に光の力が宿る。
そして、こちらに向かって滑空してくるガーゴイルの角と、クラーヴォの拳が激突した。
「なっ――!」
勝ったのは――ガーゴイルだった。
無残にもクラーヴォは足が地面から離れて体を中に投げ出す。
「逃げろ!!」
そこから、リーダーの判断は早かった。
クラーヴォが負けたと同時に退避を決めた。
満を持して挑んだガーゴイルとの戦闘は、力虚しく大敗だった。
だから、学園でも有名なパーティーがまた負けたとして、ガーゴイルの危険性はまた一段と上がったのであった。
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