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迷宮で石ころは光り輝く 作者:乙黒

第六話 金剛石

 ナダはダンジョンからほとんど死に体で帰ると、学園の施設でカルヴァオンの精算をした。それから大怪我の割に、少ないお金を持って、自分の宿舎への帰路を急ぐ。途中で病院にも寄った。幸いにも回復薬を飲んで治癒力を高めれば一週間ほどで治るとのこと。右足と肋骨は骨折。内臓の損傷はなしと散々な結果だった。
 空はすっかり日も落ちてもう暗い。
 ナダが帰宅中に考えるのは、ダンジョンのことだ。
 これからどうしようかと思うが、答えは出ない。
 一週間の間はダンジョンに潜れない。ただでさえ蓄えが無い状況でこの怪我は辛かった。そして三週間が経ってダンジョンに潜れるようになっても大きく稼げるあてはない。
 他のパーティーに入ると手早く稼げるのだが、そんなあては既に使い切った。もし自分にどのパーティーでも欲しがるような才覚があれば引っ張りだこなのだろうが、そんなのもナダは持っていなかった。
 もし、ナダが自分に才能が無いことを自覚したのはいつだろうか、と聞かれると、おそらくナダはこう答える。
 ――才能がある、と思ったことがない。
 落ちこぼれだと云われたのが二年生の終わりの時。その時にはまだアビリティも、ギフトも、まだ希望があった。
 ただそれから一年ぐらい経ったぐらいからだろうか。
 自分の学園内での評価は地へと落ちた。
 その一年間で、何の評価も上げられなかったからだろう。
 もちろんアビリティに目覚めることも、ギフトを授かることも無かったのは確かだが、それ以上に自分は何も成長しなかった。
 座学は相変わらず学年でも下から数えるほうが圧倒的に早かった。
 武技は、言うまでもない。
 と言うよりも、大型の武器にはそこまで特別な技などないのだ。振り落とすか、なぎ払うか、もしくは突くという選択肢ぐらいしかない。自由に扱おうと思えば、重要なのは技術よりも筋力だ。どれだけ不細工な振りだろうと、遠心力と重さで敵を切り裂けるのだから。
 あの三年間、自分は全てを頑張ったが、何一つ芽が出なかった。
 ただ体が大きいだけのビニャの大木なのだろう。
 その時には自分の才能を恨みもした。どうして自分は他者が持つ当たり前の“モノ”さえ持っていないのだと。
 それから二年も経つも、そんな感情もすっかりと慣れたものだ。
 だから、ナダは悲観などしていなかった。
 六畳一間の狭いアパートに帰って、近くに鎧と偃月刀とククリナイフを置いて、まだ丈夫である左足一本で台所まで急いで、素早くタオルを絞って体を拭いて、近くに置いてあった安くて酸っぱい果物を食べてからベッドへと身を預けた。
 天井はいつもと変わらない風景だった。
 明かりさえ付けていない。
 外からは丸い月が部屋を覗いていた。
 ナダはベッドのすぐ近くに置いていた一つの小さな石を拾って、手の中で転がす。別に変哲もないただの石だ。色は黒。拳大ほどだ。カルヴァオンでもないので、価値も無かった。売ろうとした所でふざけているのか、と店を追い出されるのが予想できる商品だ。だが、初めてダンジョンに潜った時に最初に手に入れた物という記念として、こうして部屋に置いているのだ。
 その日、ナダは月を見つめながら石を手の中で遊ばせていると、いつもより軽いなと思いながら、いつの間にか眠りについていた。


 ◆◆◆


 それから一週間が経った。
 ナダは毎日の殆どをベッドの上で過ごしていたのだが、ようやく右足の痛みも引いて、動けるようになったのだ。
 早速、一週間の遅れを取り戻すためにダンジョンへ潜りたかったのだが、そうはいかない。
 ナダは、学生だ。
 もちろん授業があるのだ。
 この日は授業に出席していた。ラルヴァ学園には冒険者として必要な多くのカリキュラムが存在する。回復薬作り方や包帯や晒の巻き方。怪我の応急処置。また、アビリティやギフトの知識やモンスターとダンジョンの情報さえもその中には含まれる。
 また、学園が一番力に入れているのが、戦闘カリキュラムだ。
 それは細かく分かれているが、ナダが今出ているのは、武技の中でも模擬戦と呼ばれる授業だった。場所は校内にある広い敷地上で行われる。そこは土しか無く、一種の練習場となっていた。そこでは屈強な冒険者の教師を呼んで、剣の使い方や振り方を教わるのではなく、実践を通して戦い方を学んでいくのだ。もちろん相手は人だ。そして木製の武器を打ち合って、己の技術を高めるのである。
 ただ、ナダに相手をするような者はいない。
 だから、ナダの訓練としては訓練場の端で、持ってきた青龍偃月刀を振るだけだった。

「それにしてもケインは凄いな! その剣技には憧れるぜ」

 遠くから雑音が聞こえた。
 だが、ナダはそれを意に介せず、ひたすら青龍偃月刀をふるう。
 一週間というブランクが空いた。体しか持ち味がないナダにとっては、筋力等が衰えるのはそれだけで大きい。生存率がぐっと低くなる。だから筋力の増加も鍛えるためにわざわざ家から重たい青龍偃月刀を持ってきて、こうして振っているのだ。腕立て伏せや腹筋もナダは知っているが、こうやって武器を振るったほうがその武器を振るのに相応しい筋肉が付くことをナダは知っているのだ。

「そうでもないよ。僕にはこれしかないからね」

 それにまだ青龍偃月刀に振り回されている、という感覚もあったのだ。
 それをなくさなければいけない。
 ナダはそう思いながら、また青龍偃月刀を振るう。右に、左に、上に、下に。休憩も挟まず、我武者羅に振っていく。

「いや、オレから比べたら十分に凄えよ。オレなんて、まだまだだからな」

「でも、最近は強くなってきたと思うよ」

「そうか? ケインにそう云われると嬉しいな」

「うん。でもまだまだだよね。だからお互いに頑張らないと」

「ちぇっ。ケインは厳しいな。でも、ちょっとぐらい休憩してもいいだろ?」

「ちょっとならね。僕も疲れているところだし」

「でもさあ、ケインの持っているその刀っていう武器もかっこいいよな!」

「そうかな?」

「ああ。だって、その武器は丈夫で、切れ味もとてもいいんだろ? その刃紋はさ、刃物の中でも特に美しいよな」

「だよね。僕も刀のかっこよさは好きだよ」

「それに長剣だからオールマイティーな使い方ができるし、何より、どんな場面でも対処できるんだろ?」

「そうじゃないと、僕は戦えないよ。だって、アビリティもギフトもないからね」

 ナダは偃月刀を振りながら、己の体を確かめる。
 悪い部分はないか、動きづらい部分はないか、もしくはどういう振り方をすれば効率よく偃月刀を振れるか。
 師などいないナダにとって、武技とは、偃月刀の振り方は、実践で振って確かめていく。それしか方法が無かった。教授を受けようにも、同じような武器の使い手は学園にはいないのだ。
 だから、一つ一つ丁寧に体を動かしながら、どの振り方が合っているか確認していく。その見極めとしては、武器に振られているようでは二流。一流は己の意志で武器を統一する、という考えから武器に体を持って行かれないように気をつける。
 ほら、また駄目だ。
 ナダは顔を顰めた。
 今の右から左への一閃は、武器の重量に体を取られ、バランスを保つために足がいつもより一歩多く動いてしまった。これでは、ダメなのだ。この一歩の隙が自分の命を脅かすことをナダは経験で知っている。

「それでも、オレはお前を尊敬するよ。十年だろ。その剣技を手に入れるのに」

「うん。随分とかかった。昔からね、僕は冒険者になりたかった。だから剣を頑張ったんだけど、まさか“力”を何一つ得られないとは思わなかったんだ」

「でも、ケインさんはそれを諦めてからは、より一層剣を頑張ったんでしょう? 私には、きっと真似できないことですわ」

「そう言ってもらえると助かるよ」

 雑音に黄色い声が混じった。
 それでも、ナダは気にせず偃月刀を振るう。
 早くこの武器を使いこなせるようになって、もっと楽に迷宮に潜りたい。その事しか頭になかった。
 いや、頭をそれで埋めたかったと言ったほうが正しいかもしれない。

「ところでその剣技は誰に教わったのですか?」

「東方の人だったよ。詳しくは知らないんだ」

「そんな人とどうやってお知り合いに?」

「僕の生まれた町でね、倒れていたから屋敷に運んだんだ。そこで色々と話をしていくうちにね、僕から弟子をお願いしたんだよ。父上はね、僕にまだ剣は早いって言っていたんだけど、僕が無理にお願いしてね」

「どうしてそんなに早く剣を習いたかったのですか?」

「そりゃあ男の浪漫だろ」

「あなたには聞いていませんわ」

「あはは。僕は次男坊だったからね。家を次ぐのは長男だろ? だから、領主にはなれないから、別の道を探すように母上に云われていたんだ。そこでね、小さい頃に母上が読み聞かせてくれた英雄が迷宮に潜る話に感銘を受けてね、僕も冒険者になったらこんな風になれるかなって思ったんだ。簡単に言えば、憧れだよ」

「それで剣を頑張ったのですか?」

「うん。でもね、まだまだ足りないとは自分でも自覚しているんだよ。冒険者としても、剣士としてもね。やっぱり持っている人と比べると、一撃に差が出るからね」

「まあな、だけどさ、そりゃあ仕方ねえよ。それに一撃を引き出すために“色々”と秘策はあるんだろ?」

「試している最中だけどね」

「なら、試したらいいのではありませんか? そこの猿で」

「誰が猿だよ!」

「まあまあ、でも僕も君と試合をしたいから、一戦お願いしてもいいかな」

「ああ、いいぜ。オレは木剣を使うけど、手加減はしろよ?」

「分かっているよ」

「それじゃあ、合図をお願いしてもいいかな」

「分かりましたわ。では――始めっ」

 ナダは、まだ一人で煌めくように偃月刀を振っていた。
 相手さえ居れば試合をしたいというのは嘘ではないが、ナダにとってそれはそんなに重要なことではなかった。
 何故なら、ナダの武器は偃月刀だ。青龍偃月刀は強いのだ。
 クラブ、ショートソード、短槍、小斧などの軽くて扱いやすい武器が主流な現代で、ナダのように大きく取り回しづらい武器を使うのはとても少ない。それもただリーチが長いだけではなく、大木のように重たい武器を使う人間などほぼいないだろう。
 ただ実践は真剣で行われるが、練習の試合で使うのはほぼ木製の武器だ。
 もちろんナダの使っているような大槍の木槍も存在するが、実際に今振っているのと比べると重量に大きく差が出る。ナダが降れば、ほぼショートソードと同じ感覚で振れるだろう。
 そうすると、普通の冒険者が使うショートソードなどを相手に、リーチが長くて軽い大槍なんて使えば、リーチの長さからナダが勝つ確立が高い。腕前や技量なんて関係がなく。そしてナダもそんな状態で勝っても、得られることはあまりなかった。
 だからナダが大型武器を選んでから、試合に誘われることはほぼなかった。
 最初のうちは何度かあったのだが、スキルもアビリティもない試合だと、ナダの圧勝する確立がとても高かったのだ。
 それに嫉妬か。もしくは“劣っている”ナダに負けるのが嫌か、次第に試合に誘われることはなくなった。
 こうして、ナダは試合形式の授業でも、一人になることが多かった。

「それにしても、ケインさんの剣技は美しいですわね。まるで蝶が舞っているようですわ」

 ナダはまだ、青龍偃月刀を振っている。
 一心不乱に振っている。
 イメージは心の中にある。
 どんな斬線を描いても、それに近づくように体を修正していくが、少しずつ刃の軌道はずれていく。だがそれでも諦めずに、攻撃と攻撃の隙間を無くすようにしながら、徐々に攻撃のイメージを理想へと近づけていく。
 縦に偃月刀を振り下ろして、すぐさま刃を反転させて切り上げ。一旦引いて、一回転し、全身を使っての横振り。また続けざまに偃月刀を切り返して、逆方向からのなぎ払い。最後に止めと言わんばかりに突きを繰り出すが、それでもナダの動きは止まらない。また、偃月刀を体まで引いて、新しい動きをする。
 その格好は無様と言えば、無様だった。
 一つ一つの動きが鈍重で、舞っているような美しさなどまるでない。それに疲れも見えた。顔には大きな水滴が幾つも浮かび、背中はまるで雨に打たれたように濡れている。息は荒々しく、槍の動きは一段と雑になっていた。
 それでもナダは止まらなかった。
 まだ、偃月刀を振っていた。

「……素晴らしい戦いでしたわ」

「いてて……ケイン……少しは手加減しろよ」

「ごめんね。君があまりにも強いからさ、僕も思わず熱くなっちゃった」

「そう言われると悪い気がしないから困るんだよ。あまり強く責められねえじゃねえか」

「ごめんね」

「まあ、いいってことよ。それよりも今日の動きは一段と隙が多かったな。どうかしたのか?」

「私も、珍しいな、と思いましたわ」

「ちょっとね。やっぱり何もないとさ、威力に不安が残るから、少しでも上がるように研究をしているんだよ。これで隙も無くなればいいんだけどね」

「流石の向上心ですわね」

「ありがとう」

「仕方ねえだろ。だって、ケインの目標は高いんだよな?」

「うん。僕が目指しているのはアダマス様なんだ」

「アダマス様って、誰だよ」

「知らないとは無知ですわね。過去の英雄ですわ。それも、原初にして、至高の英雄と言われる――勝利の女神の加護を受けた選ばれし者。冒険者としてなら常識的に知っている一人ですわ」

「そんな人に憧れてんのか。ケインは凄いな」

「ありがとう。僕はね、あの人みたいに数多くの迷宮を踏破したいんだ。そして――竜の爪のような物を僕も残したい」

「竜の爪? 何なんだ、それは?」

「アダマス様は三本の爪が生えた龍の足あとをパーティーのシンボルにしていたらしいよ。だから、アダマス様が通った場所には竜の足あとが残るんだ。僕もそんな風に自分のパーティーのシンボルを残したいんだよ」

「じゃあ、オレたちも頑張るか。しっかりと、菩提樹の葉を残せるように」

「そうだね」

「じゃあ、早速迷宮に行きましょうか?」

「うん!」

 雑音が無くなっても、ナダはまだ偃月刀を振っていた。
 周りからどんどん人がいなくなる。すでに授業が終わりの合図を告げる鐘は鳴った。ナダも本来なら、ここにいる理由などあまりない。だが、アギヤにいた頃は専用の訓練室があったのだが、抜けてしまった今となってはそれも使えない。だから、誰でも無料で使えるこのような広場で振るしかなかった。
 最も、そんなことはナダだけだろう。
 何故なら、殆どの冒険者は学園が用意したどこぞの流派の師事に就いている。学園はその流派ごとに、施設を用意していた。だからその施設で鍛錬するものが多い。だが、ナダのように大型武器を教える流派は存在しない。時代の流れによって、すでに消滅したのである。
 だから、ナダは孤独で己を鍛えている。
 何百と超える回数で槍を振っている。
 足りないのだ。
 どれだけ振っても、己の理想とは程遠い。
 程遠いまま、時間が過ぎた。
 すでに太陽が傾き始めている。
 背中はびっしょりと汗をかいて、服はしっとりと肌にくっついて気持ち悪い。また額から出た汗は頬を伝って、顎へと流れて下へと落ちる。腕が悲鳴を上げ、頭が回ってきても、まだ振っている。鬼のように振っていた。
 何時間経っただろうか。
 誰もいなくなった場所で、一人でただひたすらに偃月刀を振っていると、誰かが近づいてきた。
 汗と、血の、獣臭がナダへと近づく。
 そしてある程度まで近づくと、その者はナダに声をかけた。男性には出せない声だった。

「久しぶりね――」

 ナダはその者の艷やかな声が聴こえると、偃月刀を振るのを止めてその者を見た。
 上半身はぴったりと肌に張り付くような服でその者のスタイルの良さを強調させているが、腰から下はスタイルを隠すように膨らんでいるズボンを履いていた。
 視線を上へと上げて顔を見ると、まず埃と土などでくすんだ金髪が見えた。それはきれいなウェーブがかかってあるが、肩でばっさりと雑に切られてある。顔は鼻が高く、唇も薄く、目もぱっちりの二重で可愛らしい美形なのであろうが、汗などで汚れており、女性らしさはない。さらに、鼻の下には、薄っすらと髭が生えている。男のようにも見えた。
 また、口に咥えた干し肉が女性らしさというものをかき消している。彼女は干し肉を噛んで、飲み込むと、手に持っていた大きな革の水筒を口まで運んで、一口のんだ。口の端から溢れた水は手で拭う。

「――何のようだよ?」

 ナダはもちろん彼女を知っているので、だるそうに言った。

「存外な言い方ね」

 彼女は、ゆっくりと口角を上げた。
 彼女こそが、“前”アギヤのリーダーであり、ナダをアギヤに入れた張本人だ。
 名を、イリス、と言う。
 過去の英雄――アダマスと同じギフトを持っているので、曰く――太古の英雄の再来、と呼ばれる者だ。
 ナダは太陽を背にした彼女をゆっくりと眺めた。
やっと登場したヒロインだが、髭の生えていることに意味はない。
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