閑話 番人
とあるパーティーがダンジョンの奥地についた。
行き止まりだった。先に続く道は無い。
そこは階層にして三十四階。別ルートから行けば下へと続く道がまだあるのだが、このパーティーはこれ以上戻進むつもりはなかったので行き止まり地点を起点として折り返すつもりだった。
パーティー構成は五人。ラルヴァ学園に所属する学生冒険者のパーティーとしては標準的な人数だった。三人が前衛なのか、二人がロングソードのような扱いやすい剣と、もう一人がグラディウスのような短い剣を持っている。それにもう一人は中衛だろう。細い槍を持っていた。柄の部分は木で出来ており、随分軽そうな槍だ。おそらくだが刺突専門だろう。そしてもう一人はこれまでの四人とは違い、重厚な鎧ではなく青い貫頭衣を着て、腰に短いナイフをぶら下げているだけだった。おそらくだが、最後の一人はギフト使いだ。ギフト使いは基本的に後衛で、殿や援護射撃が得意だ。神術の種類は数多くあるのだが、基本的に遠距離攻撃が基本である。
「さあ、ここで少し休憩したら戻ろうか?」
パーティーの中でもロングソードの色が赤色で、鎧のが他の者達と比べると一段と強い光沢が眩しい男が、皆に号令をかけた。
おそらく、彼がリーダーなのだろう。
「賛成―。オレっちは賛成だぜ。そういうのー」
また別の槍を持った男はリーダーの意見に賛成しながら、行き止まりの壁に背中を預けながら座った。
仲間たちもそんな槍の男に苦笑しながらその場に座ろうとするが――突如、地面が揺れた。
大きく揺れた。
ダンジョン内の地殻変動だ。
五人はその場で地面に動きが左右されながらも、武器をそれぞれ十分に構えながら周りを注意する。
最悪の場合、床が抜けたりなどして、パーティーが分裂する可能性もあるえるのだ。
誰もがそれを避けたかった。
ただ、今回に限ってそれはなかった。床も壁も崩れることがない。また天井からモンスターが襲ってくる、と言ったこともない。どこか別のところが崩れたのだろう、と五人は判断した。
そして、数分間の地震の後に、それは治まった。
「はあ……」
槍の男は先ほど自信が起こった時には中腰になっていたのだが、自信が収まると安心したように溜息を吐いた。
「さあ、休憩だ」
リーダーがそう号令をかけると、皆は思い思いに座ろうとした。
そしてその中の一人、槍の男が座って先程の壁に預けた時――それは起こった。
壁がまるで砂でできたかのようにぼろぼろと崩れだしたのだ。槍の男は支えてくれるはずの壁が無かったので、砂の上に背中を強打した。
「痛てて……何だよ。これ……」
槍の男は砂まみれになりながら怒りを露わにした。だが、仲間の視線が自分に集まっていることに少しだけ照れくさくなり、頬をかこうとするが、よくよく考えて見ると彼らは自分の後ろを見ていた。やりの男もゆっくりと顔を後ろに向ける。
そこには新たな闇が広がっていた。
先は見えない。
まるで吸い込まれそうだった。
「これは……」
「――新たな道だね」
誰かが言った。
ダンジョンは謎だらけだと。
そこにはまだ発見されていない道や未開拓の部屋などがある。そこには財宝があることも多い。ヒヒイロカネ、オリハルコン、それにゴールドなどのレアメタル、さらに宝石はもちろんのこと、大きな結晶石を持つモンスターが存在することもあるだろう。
そこには夢が広がっているのだと言う人もいれば、地獄が広がっているといる人もいる。
そんな時、奥から一陣の風が五人に吹き流れた。
数々の戦闘で火照った体を少しだけ冷やす。
すると、五人の近くから、足元に小さな明かりが奥へと広がった。
水晶だ。
閉じ込められていた空間に、新たな空気が入ったことによって水晶が発光したのだ。
それは赤、緑、青の色だ。その三色が混じって、様々な色が出来た。
ダンジョンは基本的に暗い場所ではない。天井が高く開けた場所は基本的に大輪の花が発光しているが、こういう狭い場所は違う。
水晶が光る。
だが、その水晶自体に価値はないので、取ろうとする冒険者は少ない。何故ならダンジョンの外に持ち出すとたちまち光は消え、白く濁った色になるからだ。貴石としての価値はほぼ無かった。
「どうする?」
ギフト使いが言った。
その顔には脂汗が浮かんでいた。端正な顔立ちは女モテしそうだが、今は緊張しているようだ。冒険者として新たな場所を開拓することは名誉であり喜びでもあるが、今の装備を考えると不安も残る。その2つの相反する感情が、ギフト使いの中でせめぎ合っているのだろう。
「行くっきゃねえだろ――」
槍の男は舌なめずりをした。
まるで疲れが消えたかのように興奮していた。
木製の柄でできた槍を持つ手に力が込められる。
「ちょっと待ってよ。休みましょうよ」
細長い長剣を持つ女は、今にも先へ向かいそうな槍の男を止めた。
その細い上背は冒険者としては未熟そうに見えるが、おそらく“何か”戦う手段があるのだろう。だが、その細すぎる上に、持久力が無さそうだ。現にパーティーの中で紅一点の彼女の顔は少しだけ青白い。
「行かない、という選択肢もあると思うよ」
そしてグラディウス使いが胡座で座りながら、水をちびちびと飲んだ。
その顔はあまり行きたくないのか、少しだけ表情が暗い。
「何を言っているんだ、お前は? この先にはまだ見ないお宝が待っているかも知れねえんだぞ!」
槍の男はグラディウス使いに発破をかけようとした。
「だからこそ危ないと思う」
「何?」
「まだ見ない場所と言うのは、僕達にとっても未知の領域だ。準備がまだの今の状態なら危うい。ちょっとでも予測不可能なことがあれば、誰かが死ぬかもしれない」
「それはそうだが……」
「僕は当然ながら死ぬのが嫌だし、君たちが死ぬのも嫌だ」
「だとしても、この機会を見逃す気か? 先には無いがあるか分からねえんだぞ? 宝石、貴金属、レアメタル、いい素材が落ちていれば、俺達の武器も強くなる。武器が強くなれば、下の階層へ潜れる。こんな階層でくすぐっているようじゃあ、学園の中でも並だ。将来、大きな組織に入ろうと思ったら、やはり功績は上げねえと――」
学園を卒業したら大多数の生徒は、民間の冒険者組合であるギルドか、王国を警護する軍人のナイトに入る。
どちらも試験があって入るのは一苦労だが、学園で功績を上げたものだけが無試験で出世街道に入れることもある。
槍の男はそれを狙っていた。
学園で功績を上げようと思ったら簡単なのが、強大なモンスターを倒すか、希少なアイテムを見つけるか、もしくはより深い階層に潜るかだ。
槍の男はより深い階層に潜ることを目標としていた。
今回のまだ見ぬ場所をその足がかりにしようと思ったのだ。
「……君の意見は変わらないよね?」
グラディウス使いは確認のように聞いた。
「ああ。変わらない」
槍の男はすぐに頷いた。
「なら、リーダー、決めて欲しい」
グラディウス使いはパーティーのリーダーに目を向けた。
こういう時の決定権は基本的にリーダーにある。パーティーが分裂しないためだ。多数決にするとどうしても少数派に不満が残ったり、時間がかかったりするので、多少強引でもリーダーに決めてもらうほうがパーティーとしては都合が良かった。
「……二人のいうことにはどちらも正しい。ただ、私は、先に休憩を取るべきだと思う。それから、この先に進もう。どんな危険があるかは分からないが、この機会を逃すのは惜しいと思う。そして少しでも以上があればすぐに引き返せばいい。文句は無いね?」
リーダーの意見に、他の四人も頷いた。
それから十数分間休息を取ると、また隊列を組んで先へと向かった。
足元を照らす水晶が五人の行く手を照らす。
ただ、幸いなことにモンスターは一匹も出ない。警戒しているのに。何も出ないのだ。奥からもモンスターが現れなければ、後ろからも来る気配がない。五人の足音がそのフロアに大きく響く。誰も声を出さない。無駄な体力を使わないためだろう。
グラディウス使いは先頭を歩いていた。目を凝らしながら。だが、水晶の明かりは数が多いが、光量は少ない。先が見にくい。ゆっくりと進む。
一番後ろにいるのは女の長剣使いだ。そして前から二番目に槍の男。真ん中にギフト使い。そして四人目にリーダーだ。
だれもが一歩一歩に気を使っているが、まだ何も変化はない。曲がりくねった道だ。何回か、道が分かれているところに差し掛かった。
今もその一つだ。
「リーダー?」
先頭にいたグラディウス使いが後ろにいたリーダーへと振り返った。
道は二つに続いている。
右か、左か。
どちらも水晶は続いている。
「左だ。左へ行こう」
その時、風が吹いた。
左からだ。
風が奥から続いているということは、道が続いているということになる。
だから、リーダーは左を選んだ。
誰もそれに反対はしなかった。
壁に通ったという目印を剣で刻んだ。
また、五人は奥へと進んだ。
そんな選択が、また何度もあった。
歩いてからどれぐらいたっただろうか。
詳しい時間はわからない。
数十分は過ぎただろう。
何度もこんな分かれ道に差し掛かった。その度に風が誘う道にパーティーは進んでいく。それを天使が導いているのか、悪魔が誘っているかは誰にも分からない。
ただ、先へと潜った。
そして――開けた部屋へとついた。
「ここは――」
まず、グラディウス使いが明るい部屋に手で思わず目を隠すと、異変に気づいた。
そこは風の匂いが違ったのだ。
カビたような臭いがする。
長年誰も立ち入ったことが無いみたいに。
また床が土埃で汚れていた。
グラディウス使いが一歩部屋の中へ入ると、靴底の跡が床についた。
「広い部屋だ……」
二番目に入ったのは、当然ながら長剣使いだ。また、床に幾つもの跡がついた。それに続いて、雑多な足跡が中へと広がる。小さい物から大きい物まで。
そこは、水晶の部屋だった。
一面壁が六角形の水晶で出来ている。七色で輝いていた。それが何本も積み重なるように生えている。明るい。これまでのくらい通路とは一転している。だが、ここにも敵はいない。生物の気配もしなければ、存在も見えなかった。
「おい。見てみろよ」
槍の男が天井を指差した。
そこには大輪の花が咲いていなかった。
代わりに――氷柱のように尖った円錐状の物が生えていた。
数が多い。何十、何百、いや、天井を埋め尽くすほどのそれは、七色に輝いている。短いものから長いものまで。だが、それは氷でも無ければ、鍾乳石でもなかった。
水晶だ。
それもただの水晶ではない。
本当なら道の端で少ししか道を照らさない水晶だ。もちろんそれらの氷柱も全て水晶で出来ているので、七色に輝いている。
ダンジョンでは希少価値が無いとは言えども、明かりが基本的に花であるため、 ここまで多くの水晶の塊を目撃することは珍しい。
「うわあ、綺麗……こんなの見たことがない……」
長剣使いの女性はその部屋の美しさに感嘆を漏らした。
その部屋は美しかった。
土臭いダンジョンの中に現れた癒しのようだった。
見たことがない風景だった。
「……先に、道が続いているようですね」
今度はギフト使いが先を指差した。
丸い部屋の奥、そこには黒い新たな道が待っていた。
そして、その道を守るように二体の石像が立っていた。
片方は既に壊れており、腰から上の姿がない。下半身だけがもう一体の石像と向かい合うように立っていた。
だが、もう一体はほぼ完全な形で残っている。
雄々しい姿をしていた。
だが、それほど大きくはない。背筋は丸まっているが、伸びれば全長二メートルぐらいだろうか。姿は人に近いだろう。二本足で立っている。だがもっと言えば、オークに近いだろうか。もしくはミノタウロスだ。ごつごつとした腕と足は胴体に比べると長く、明らかに四足歩行をするような体つきではない。だが、オークやミノタウロスに比べるとその腕は細かった。軽量化だろうか。その石像には翼が生えているのだ。伸ばせば人二つ分は超えそうな蝙蝠のような翼が肩の肩甲骨あたりから伸びている。また、四肢はそんな翼とは別に存在していた。指の数を見てみると四本指だ。人で言うと親指の部分の他に三本の指がある。そしてその手には、体の抱えるように一本の――長い槍を持っていた。
グレイブ、と呼ばれる槍だ。
穂先は短い剣のような形をしており、グラディウスに近いだろうか。鋭く大きな剣状の刃をしていた。それは突くための武器ではなく、斬、突、など様々な用途に使い分けられる武器だろう。だが、残念ながらそれは通常の槍と比べると穂先が大きい分長いため、冒険者に使われることは少ない。
「……何だよ、あの顔は」
槍の男は嫌悪感を露わにしていた。
そして、大きな角が頭部に二本がまるで牛のように生えていた。顔はヤギのように大きいが、その色は黒だ。また目は閉じているが、口角が少しだけ上がっており、そこから見える牙は草食獣の“それ”ではない。
また、尻尾は太くて長く、先に向かっていくに連れて徐々に細くなっていた。だが、先端だけは鞭のように太く膨らんでいた。
「リーダー?」
グラディウス使いが部屋の中で立ち止まっていると、リーダーに目をやった。
「……先に行こう」
リーダーがそう決断すると、五人はまた先程の隊列に戻って石像が立つ先に行こうとした。
その時、ギフト使いが異変に気付いた。
一体の石像の瞼が開く。
中にあった赤く光る宝石が、“ぎょろり”と蠢いた。
「待って!」
そのギフト使いの声に、四人ともが立ち止まった。
「何かあったのか?」
前から二番目にいた槍の男が声をかけた。
「よく見て! あの石像を!」
全員がその石像に集中した。
石像がゆっくりと震えだした。すると、表面からぱらぱらと石の層が剥がれる。まるで長年の封印が解かれるように。その下には黒い皮膚が隠れていた。両腕で持っているグレイブに力を入れて、これまで縮んでいた翼が広がる。
顎をゆっくりと上げて、天井を見上げるように首を一回転。
口を大きく開けて、高らかと吠えた。
まるで悪魔のような雄叫びだった。
「皆、位置につけ!」
リーダーが叫んだ。
その瞬間、五人の間に緊張が奔る。
前もって用意していた隊列になった。ギフト使いを中心に半円状に広がる。まず真ん中にグラディウス使い。その左右に長剣使いが位置し、三人の後ろ、つまり、ギフト使いの前に槍の男が位置した。
その石像――ガーゴイルは、翼を一回はためかせて、中へと舞い上がった。
「――氷の神よ」
ギフト使いが飛び上がったガーゴイルに向けて照準を合わせて、神への宣誓を行う。
一言、一言、言葉を紡ぐ度に右手に持った一本の短い錫杖に力が集まる。
「哀れな子羊たる私に力をお貸してください。あなたのような鋭く、冷たく、そして何よりも美しい大いなる大自然の一部で作られた槍を私にお与えてください。嗚呼、氷の神よ、我が親愛なる神よ、氷の槍を私にありがとうございます」
ギフト使いが持ったその錫杖に、氷の神――ヘルの力が宿る。
青白く錫杖は輝いた。
そして、まるで氷塊のような大きな氷の槍が放たれた。
それはガーゴイルに当たって、霧散した。
空にいたガーゴイルは氷の破片と霧に包まれた。
「やった……?」
ギフト使いはそう口に出したが――甘かった。
ガーゴイルは目覚めた時と同じ状態のまま、空に存在していた。傷がついている様子も無ければ、体が折れ曲がっている様子もない。無傷だった。そして大きな口を開いて、絶叫した。その朱い眼差しは五人の冒険者を“敵”を判断したかのようだった。
持っていた槍とともに五人に向かって急降下。
そして、グレイブとともに叩きつけた。
グレイブはグラディウス使いに当たった。
グラディウス使いは自分の武器でグレイブを防ごうとするが、グラディウスはガラスのように割れて、頭から叩きつけられた。
だが、それに戸惑う冒険者達ではない。
すぐにリーダーが動いた。
「《跳躍する時代》」
それはリーダーの持つ唯一技能だった。
効果としては、自分の周りの時間だけを引き伸ばす。つまり、通常人が数秒かかる未来へと一秒程度で辿り着けるのだ。簡単に言えば、他のものは一秒しか動けない間に、リーダーは数秒分の動きが出来るのだ。
だが、その長剣の刃はガーゴイルの皮膚に浅くしか刺さらない。
どれだけ早くなろうとも、他者より時間が長くなろうとも、剣の鋭さが上がるわけではない。ようするに固いのだ。ガーゴイルの皮膚は。
「……《跳躍する時》……」
すぐに続けざまにリーダーはアビリティを発動しようとするが、ガーゴイルがその場を起点に一回転した。
太い尻尾でパーティーを薙ぎ払った。
他の者よりも後ろにいたために動向が見えたギフト使いは、神への祝詞を唱えながら後ろへ下がって九死に一生を得た。
まず、リーダーが尻尾の先端を腹へと受けた。幸いにも鎧を着ているため致命傷にはならないが、衝撃は殺せない。腹部を強打したまま、水晶でできた壁まで飛ばされた。その激突によって水晶の壁が少しだけ軋み、美しい小片を生んだ。
「《螺旋の閃光》」
すぐに重たい鎧を着た槍使いが己の中のアビリティのスイッチを押すと、宙へと飛び上がった。
槍を前に構えた槍使いは、槍を濃い碧色に光らせて、流星のように空中からガーゴイルへと降り注ぐ。
「《輝かしい一閃》」
長剣の女がガーゴイルの尻尾を避けて、剣を頭上に掲げながら叫んだ。
その瞬間、女の持っていた長剣が光り輝やく。まるでそれは青空に浮かぶ太陽のようだった。純粋なる光。効力としては、魔の物――モンスターにとっては必殺の一撃となる。
槍の男の一撃と長剣の女の一撃が同時にガーゴイルへと炸裂した。
また、それに追撃するように、ギフト使いがガーゴイルの頭上から氷塊を落とす。
三人による連撃。
特にギフト使いの一撃と、他の二人の一撃が炸裂したことによって辺りは霧に包まれた。
壁に頭を売ったリーダーはこの三撃でガーゴイルを倒したと思ったので、床に血塗れのまま倒れているグラディウス使いを早く治療しなくてはと思いながら立ち上がるが、その顔は次第に絶望へと染まっていった。
霧の中からガーゴイルが無傷のままで現れたのだ。
その全身は大きな翼で守っていた。
そして、勢いよく翼を広げた。
その時に起こった突風で、槍使いと女剣士が耐え切れずに床へと倒れるように飛ばされた。もちろん、未だ倒れているグラディウス使いは床を転がるように。
ガーゴイルは己の武勇を示すように、また悪魔の様な雄叫びを上げた。
「はああああああ!! 《跳躍する時代》!!」
リーダーは仲間たちを守るために、モンスターを倒すために、再三に渡るアビリティを使用する本来なら、こんな無茶なアビリティの使用をリーダーはしない。何故なら、このアビリティは時間を無理矢理に引き伸ばすために、肉体への負担が大きいのだ。
それは通常の動きと比べると、二倍とも三倍とも云われる。
それを三度目に渡って発動しようとした。
ガーゴイルの瞳が怪しく光った。
人の限界を超えて動くリーダーに迎え撃つように舞い上がったのだ。
「なっ!」
リーダーは翼を持たない。
だからどれだけ強力なアビリティがあろうと、空へは届かない。両足でガーゴイルまで飛ぼうとするが、悲しきかな。《跳躍する時代》は身体能力を上げるアビリティではない。時間を引き伸ばすアビリティだ。それは、跳躍力には反映されない。
振りかぶったリーダーの剣が中を泳いで、上から急降下したガーゴイルのグレイブの一撃がリーダーの兜をかち割った。リーダーは顔面から地面に叩き潰された。
その光景を遠目で見ていたギフト使いは絶叫しながらギフトを発動。
氷の槍。それも一つではなかった。五つ。それをガーゴイルに向けて発射。ガーゴイルはその行動を目ざとく見つけたので、翼で低空飛行を行いながら高速でギフト使いへと近づく。
一つ。氷槍がガーゴイルに当たる。ガーゴイルは無傷だった。
二つ目の氷槍がガーゴイルに当たった。当然、ガーゴイルは無傷だった。
三つあたろうと、四つあたろうと、五つあたろうと、ガーゴイルは無傷であった。
「神よ……我が氷の神よ…・…哀れな子羊たる我々に……」
そして絶望に染まったギフト使いは、神へと祈りながらグレイブで胴体を切り離された。
「何が……何がどうなっているのよ……」
学園ではそれなりに名の知れたパーティーが、一分も掛からずに壊滅した。
その状況に唇を強く噛み締めた女剣士は、長剣を握って最後までガーゴイルまで立ち向かおうとするが、それを槍使いが止めた。
「逃げろ!」
女剣士の前に槍使いが立った。
「どうして!」
「二人で立ち向かっても、死ぬのが精々だ! だからお前は逃げろ! 俺もすぐに逃げる!」
短い言葉で、槍使いは言い切った。ガーゴイルを見つめるその目は、憎しみの炎で燃えていた。
「でも……でも!」
「さっさと逃げろ! 邪魔だ!」
槍使いは怒鳴った。
ギフト使いを真っ二つにしたガーゴイルは、血に濡れたグレイブを片手で持ちながらゆっくりと二本足で槍使いへと近づく。
女剣士はその時の槍使いの微笑みを見て、目に涙を浮かべながら槍使いを背にして走りだした。
数秒後、ダンジョン内の細い通路を逃げる女剣士の耳に、槍使いの絶叫が聞こえた。
その後すぐに、ガーゴイルの遠吠えを聞いた。
女剣士は目に涙を浮かべて、ぐっと唇を噛み締めながら足を急がせた。
――番人は、目覚めた。
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