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迷宮で石ころは光り輝く 作者:乙黒

第四話 迷宮

 その後、ナダはすぐに学園に届けを出して、ダンジョンに潜る手続きを取る。新しくソロでの申請は本来なら三日程度時間がかかるのだが、そこはアギヤの名前を使って特別扱いにしてもらった。担当の人間からはいい顔をされなかったが、そこは強引に推し進めた。
 だからこうして、ダンジョンの薄暗い大地に立っている。
 そこは湿度が高くじめじめとしているが、気温が低く保たれているので、厚い鎧を着ても、熱さはそこまで感じない。もう少し気温が高ければ、ポディエのダンジョン攻略の難易度は格段に上がっただろう、と専門家は告げたことがある。ここ以外の迷宮には、実際に温度が高いため高難易度となっている迷宮もあるからだ。

「……はあ……はあ……」

 そんなダンジョン内部にて、数多くの狼タイプのモンスターの死体を横目にして、ナダは一息ついていた。
 体は多く負傷していた。線状の引っかき傷が数多く突き、鎧にはまだ歯型の後が残っている。全身はモンスターが出す黒い血で濡れているが、頑丈さにだけは自信があるそれは少しも傷ついていない。流石は古代からの技術だ。
 ナダはあまりの疲労にククリナイフを取りに行く気力も無ければ、モンスターの体内にあるカルヴァオンを採取する気にもなれない。
 近くの床に偃月刀を置いて、ゆっくりと息を整える。

「辛いな――」

 ふと、ナダは周りに誰もいないので愚痴がこぼれた。
 学園内でも最上位の成績を誇るパーティーであるアギヤに所属していた時は、コンスタントに四十階層以下に勧めていた。
 だが、今はどうだろうか。
 たかだか、十階。才能のある学園の生徒なら、一期生でも突破出来るほどの階層だ。そこまで難易度は高くない。
 だが、一人で冒険を進める羽目になったナダには、そのハードルがとてつもなく高い。
 何故ならダンジョンとは本来一人で探索するような場所ではない。最低でも三人。余裕があるならそれ以上のメンバーを集めることが必須だ。群れているモンスター相手に個人技など、児戯に等しい。適切なメンバーを集めて、役割分担することでやっと人はダンジョンを降りていけるのだ。
 さらに不幸なことにも、ナダは――才能のある生徒ではない。
 むしろ、落ちこぼれに入るたぐいの人間だ。
 学園の評価は著しく低いので蔑まれ、さらにトップパーティーであるアギヤに入ったことにより嫉妬も募っている。
 そんな中、入っているパーティーからクビを宣告された。
 先ほど、一人でダンジョンに潜る際に会った茶髪のショートカットの受付嬢には小さな声でこう言われた。
 ――ついに、ですか。
 ナダはその言葉に同様はしなかった。
 これまでアギヤに入れたことが僥倖だったのだ。
 だからこそ、今の好ましくない自分の立ち位置もしっかりと分かっているつもりだった。

「カルヴァオンだな……」

 たかだか六階に苦戦しているナダは、疲れた体を動かしてククリナイフでモンスターの解体をし始めた。肉を切って、中からカルヴァオンを取り出すのである。
 モンスターの牙や爪、また革などは武具の素材にあるのだが、残念ながら六階層のモンスターの素材に用はない。売れることも出来るが、持ち帰るほうが大変だと、モンスターの素材は諦めたナギ。
 こんな浅い階層で苦戦すると思っていなかったナダは、すぐに踵を返すようにきた道を戻って行った。
 既に体力を回復する携帯食料や怪我を治癒する包帯や薬液などの治療薬は尽きたのだ。
 痛い出費だと思いながらも、ナダは今日の教訓を刻みつけるように重たい足を動かして出口へと急いだ。
 その時、前から浅い層からあぶれたモンスターを見つけた。
 蜘蛛の形をモンスターだ。名は、アラニャと言う。体長は二メートルと大きく、外装がこの辺りのモンスターで固いことが特徴だ。それ以外には毒も持っていなければ、糸も吐かない。適切に足を狙って動きを封じ、頭を潰せば簡単に倒せるモンスターである。
 それが一体。
 仲間が入れば一人を囮にさせて、別の人間が叩くことができるのだが、一人で活動しているナギにはそれができない。
 だからと言って、ナダはもう学園に所属して五年になる冒険者だ。ベテランに入るだろう。行動の決断は早い。まずはククリナイフを抜いて、牽制として投げつけた。
 アラニャは脳天にナイフが刺さったが、残念ながら距離が遠いので威力が低い。浅くしか刺さらない。すぐに抜けて地面へと落ちる。
 アラニャはその攻撃によって、ナダに気がついた。けれどももう、ナダはアラニャへと距離を詰めていた。
 偃月刀を空高くあげて、雑に落とす。
 武技にあまり秀でていないナダでも、偃月刀は振り落とすだけで威力がでる。それは数十キロもの重量と、湾曲した刃が慣性のモーメントを生むことによって自然に刃筋がアラニャの足へと合わさる。切断。黒い血が勢いよく噴出し、アラニャの足が一本飛んだ。
 ただ、アラニャはそれだけでは死なかった。
 鋭い牙を持つアラニャの顔が、ナダを頭から食い尽くそうと襲ってくる。
 ナダは間に偃月刀を挟んで、その攻撃を防いだ。アラニャの六つの丸くて黒い瞳が、ナダの双眸を見つめる。細かい毛が生えて、もぞもぞとうじが這ったように動くアラニャの口を見て、ナダは眉を潜めた。両者の力は暫しの間拮抗するが、些かナダのほうが分は悪い。アラニャは足が一本減ったと入っても、まだ七本あるのに対して、ナダは人の身で重たい偃月刀を持っている。
 ナダは足がアラニャの押し出しによって、少し足が後ろに滑るのを感じると、すぐに偃月刀から手を離して、横に飛んだ。
 アラニャは押し出しの勢いによって、頭から地面へと突っ込んだ。
 すぐにアラニャは7つの足を使って旋回してナダを探すと、頭上にナギを発見した。その手には先ほど投げたククリナイフを持っていた。
 ナダはククリナイフを大きく振りかぶって、先程ナイフが刺さった傷を狙う。アラニャの頭蓋が爆ぜた。
 すぐにナダは体内をナイフで捌いて、中からカルヴァオンを取り出して腰のポーチに入れた。
 パーティーで行けば、ものの数秒から数十秒で終わるモンスター相手に、一人だと満身創痍で挑まなければいけない始末。
 さらにはまだ重たい偃月刀を、十分にナダは使いこなせていない。
 ナダは一人でのダンジョン攻略に苦戦していた。


 ◆◆◆


 ナダはゆっくりとダンジョンの帰り道を進んでいると、開けた場所に出た。
 ダンジョンはどこもが一定間隔の高さがあって、横幅があるわけではない。それは場所によって、まちまちに変わる。例えば、先程までナギは囲まれないようにわざわざ狭い通路を通っていたが、ここのような大きな部屋のような場所も中にはあった。
 そこは天井がこれまでと違い、遥か高くに大きな花が何個も咲いており、それが怪しく存在感を強めて発行している。壁はごつごつとしていて岩をハンマーか何かで無理矢理削ったような壁だった。床は起伏が大きく、切れ目もたくさんある。
そんな道を進んでいると、ナダは岩の床と岩の床が十字のように交わり、下に闇が広がる場所へとついた。
 現在の場所が七階層なので、その下は八階層かもっと下の階層だろうとナダは予測する。ダンジョンを進む際に当たって、階段はあまりない。急斜面かこういう段差を超えて、冒険者は下へと進むのだ。中にはこういう穴に飛び込んで、段差を足場にしてすいすいと行ってしまうような冒険者もいるが、そんなのは稀だ。大体の冒険者が既に発見されている幾つかの斜面を利用して、下へと潜る。ナダもそんな冒険者の一人だった。
 だからこんな足場にはよく注意する。下に落ちると、モンスターたちが蠢く“モンスターハウス”だったなんてことは、別に珍しくもない。よくあることだ。特に現在のナダは帰る途中だ。こんなところから落ちると、また帰るのが一苦労だ。だが一つだけ助かることと言えば、幸いにも周りにモンスターがいないことだろう。肉片や血は幾つかあるので、戦闘の後だというのが分かる。ダンジョンの中で死んだ死骸は、何故か消えてなくなる。その姿を見た冒険者に尋ねると――ダンジョンに食われた、と言うのだ。
 死体が一定時間放置されると、ダンジョンの床や壁が“口”のように大きく開いて、その存在ごと全て喰われるらしい。ナダは少なくとも、そんな姿を見たことがないが、同じような光景を目にした冒険者は多いと聞く。
 未確認物質であるダークマターや謎の現象を起こすダンジョンは、まさに異界だった。
 人は一獲千金や英雄という夢を求めて、そんなダンジョンに潜るのだが、ナダはそんな場所から帰るために慎重に足場を進む。
 そんな足場を超えて、また広い床に直面すると、ほっと一息をついた。そしてそのまま先へと歩こうと思った時、急に足場がぐらついた。
 浮遊しているような気分になる。
 ナダは素早く足元を見た。
 床が――崩れていた。

「ああ! くそっ!」

 ナダは素早く偃月刀を振り回し、すぐ横にあった壁に突き刺した。
 ナダの体が一瞬止まる。
 それにナダはほっと一息をついた。ダンジョンは定期的にその内部が変わる。
 ――俗に、内部変動と呼ばれていた。
 隆起したり、崩れ出したり、または新たな壁が築かれたり、もしくは新たな道が開いたり、と。だからこそ、冒険者は逐一迷宮の情報を手に入れるのだ。モンスターから逃げ出した先にこれまでなら道があったのに今はない、ということは別段珍しいことではないから、ナダは焦ることはなかった。
 だから壁に突き刺さった偃月刀を右手で持って、片手で支えている状態でも冷静で、だからこそ次にどうやって上に登ろうかと考えたが、体を持ち上げて強引に片手で持ち上げて先程の床を掴もう、という安易な考えに辿り着いた。幸いにも偃月刀が刺さっている場所は、崩れた床とそう離れていない。ナダでも十分に手が届く範囲だ。
 歯を食いしめて右手で体を持ち上げるとする、と――刺さった壁ごと崩れだした。偃月刀も細かくなった岩から抜けて、細かい岩の数々をその身に打った。
 ナダはそれに呆気に足られながら、多くの岩とともに奈落へと落ちて行った。
 途中すぐに坂道に体が落ちて、地面に足がついた。そう距離は無かったのか、ナダは軽い打ち身で済んでいる。だが上から多数の岩が落ちてきたため、ナダはそれを偃月刀で“いなそう”とするが、あまりにも数が多い。
 ナダは――岩に埋もれながら堕ちて行く。
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