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迷宮で石ころは光り輝く 作者:乙黒

第三話 落ちこぼれ

 人は迷宮とともに暮らしてきた。
 その迷宮が何時から存在し、何のためにあるのかは誰も知らない。知っていることといえば、迷宮は床や壁や天井からモンスターを生むということだけだ。そしてモンスターは心臓の代わりに、カルヴァオンと言った特別な核を内部に持つ。また核とは別に体内にヒヒイロカネを持つモンスターもいる。
 迷宮は生きている、という学者もいた。迷宮は一種の女王蜂のような存在で、何らかの理由でモンスターを生み出している、という論文があるのだ。
 だが、未だ不明なままだ。
 事実、その内部は未だに詳しく解明されていない。
 しかし一つだけ言えることは、迷宮が無ければ人はここまで進化しなかった。
 迷宮が与える物質はカルヴァオンを始め、人に多大な利益を生んだ。文明を千年は進ませた、と言っても過言ではない。
 また、とある学者の言い分では、迷宮は人を進化させた、と述べる人もいる。
 迷宮には人の成長に関わる何らかの物質その学者曰く――ダークマターと呼ばれる物が満ちていて、それが人を進化させる、と言ったのだ。
 ダークマターがどんな物質なのかは未だに誰もわからないし、観測もされていない。
 だが、人は迷宮に潜ると、特異な能力を発現させることがある。
 人はそれを――唯一技能ワン・オフ・アビリティと呼んだ。

「……えー、であるからして、世の中の有名な冒険者の唯一技能ワン・オフ・アビリティは、特殊な物が多いのです」

 ナダは現在、数百人も集まる教室で、授業を受けていた。
 まだ午前で、窓側の席に座っているナダには、暖かい日差しが差し掛かった。目の前の大きな黒板の前に立って大きな声を出している初老の男は、冒険者の知識には無くてはならない唯一技能ワン・オフ・アビリティについて述べていた。
 冒険者は、よく短くアビリティと呼んだりもする。

「特に英雄と呼ばれることも多い故グランデ氏は、『七星宝剣』と呼ばれる特殊なアビリティを持っていたとされています……」

 教師の言葉が続くが、ナダはよく聞いていなかった。
 瞼が重力に負けて、半目になっている。
 ワン・オフ・アビリティは迷宮に潜ることによって、得られる新しい力のことだ。それを得るのに前兆などは全くないが、迷宮に入ってからおよそ一年から二年ほどで得られることが多い。
 それはちっぽけな人間が、凶悪なモンスターと戦う為の最大の武器とも言われ、時には大きな効力を発揮する。
 だが、アビリティは、狙った能力が得られるわけではない。
 それは人によって様々だ。
 剣を作るようなアビリティもあれば、物を収納できるアビリティもあれば、物を小さくしたり、軽くしたり、するようなアビリティもある。また身体に訴えかけて身体能力を格段に上げるアビリティもあれば、身体に特定の防具をつけることで発動するようなアビリティもある。
 それはその人の持つ資質、と評価されることもある。
 迷宮探索を円滑に進めるアビリティは、人の冒険を大きく前進させた。

「皆さん、自分のアビリティはご存知だと思いますが、それは時として形態を大きく変えることもあるます。例として上げれば、現在の剣聖として名高いマナ氏でしょう。彼女のアビリティは、最初は手首から肘までを隠す手甲でした。ですが、後に全身鎧へと姿を変えて、冒険者として一級の実力を誇っています。その形態変化については、迷宮に数多く潜ることによって、体内に濃く溜まったダークマターによって、また新たな進化を遂げた、という論が一般であり、また……」

 だが、そんなのは、ナダにはあまり関係がない。
 この講義も単位が取れるから出ているだけだ。
 現在、五期生にもなるナダは――アビリティを一つも発現していなかった。
 アビリティが進化したり、しなかったり、それが迷宮探索に使えたり、使えなかったりする以前にナダはアビリティを持っていない。
 「どうやら君は唯一技能ワン・オフ・アビリティの資質が無いようです」と、長年それを研究している先生から言われたことがある。
 別に珍しいことではない。
 アビリティは学生の八割が持っているが、二割は持っていないのだ。ナダは珍しくもない少数派に属していた。
 だからアビリティを持っていないことぐらいで、冒険者の評価が下がることはない。
 持っているアビリティが有能ならば評価は上がるだろうが、使えないアビリティや持っていない人もいるのだから、そこで差別されることは“ほぼ”なかった。

「……さて、今日の講義はこれで終わりです。次の授業は、アビリティの有効な使い方などに説明します」

 そしてナダが講義をあまり聞いていない間に、チャイムが鳴った。
 ナダは授業が終わると、持参している筆記用具や教科書などを机の横の金具にかけた革のメッセンジャーバッグに入れると、今度は別の教室へ向かった。
 また、講義を受けるのだ。
 そこは教室というよりも、教会に近かった。
 校内ではなく、少し出たところにある特別教室にナダは移動した。その建物はドームを中心とする垂直軸を重視した空間構成で、白い煉瓦を積み重ねて出来ている。
 ナダはそんな中へ入った。
 中はステンドグラスが太陽の光によって輝き、天井には壮大な絵が多数描かれている。また席は数少なく、数十席しか用意されておらず、その中の一つにナダは座った。
 そして数分後、黒い貫頭衣を着て、頭に帽子を被った男が手に分厚い書を持って、入ってきた。

「それでは、まずは神に対しての黙祷を」

 この講義の最初にはまず、立ち上がって神に対する黙祷が行われる。
 ナダもそれに習って黙祷をすると、また席に座った。

「それでは授業を始めます。今日は……確か――火の神カグツチ様についてでしたね」

 それから、教師はカグツチについての神話の記述などを話しだした。
 この国では一般的に――十二神信仰が主流だ。
 信者も全国民の九割を超えており、この教室のような教会は至る所に見かける。
 とある神学者が言うには、神は迷宮があった頃から存在したと云われている。過去の冒険者には、迷宮探索に行く前に、神に無事を祈ってから入る者が多かった、と云われるぐらいだ。
 十二神の影響力はこの国では大きく、カグツチを始めとした各教団の最高司祭ともなれば、その権威は一国の国王にだって比肩するとも云われている。
 神の話としては色々とあるが、もう姿は消していた。過去には御身を現界に顕現させたこともあるらしいが、ここ数百年余りはない。
だが、その力は今なお残っている。
それが――神の加護(ギフト)だ。

「……また、カグツチ様が人に与えた神の加護(ギフト)は、火の加護とも云われ、その加護を受けた者は火を生み出せます。この中にも確かいましたね? はい。手をおろしてください。結構です。ならばよく聞いておいてください。カグツチ様の力の一部を与えられたあなたたちは、その力を様々な場面で使うことが出来ますね。例えば、火に対する抵抗力が高くなったり、炎弾を生み出したりできます。それは神の術とも云われていることはあなた達もご存知でしょう?」

唯一技能ワン・オフ・アビリティを持たない残り二割の冒険者は、神から神の加護(ギフト)が与えられる。
それは迷宮が存在した時からあったとされ、昔から冒険者の強い味方だ。
ギフトもアビリティと同じく、迷宮に潜ってから一年から二年ほどで髪の声が聞こえて手に入れられる。その間に与えられなければ、ギフトに縁が無いといえるだろう。
唯一技能ワン・オフ・アビリティが大きな影響力を持つようになった現代では、その力は少し衰えたが、今でもギフトは強力だ。ほぼギャンブルに近いアビリティとは違い、個々の信仰度などに応じて、安定した火力を誇るギフトはパーティーに一人は必須だとされている。
そしてアビリティとギフトを持つ者は冒険者の中でも百人に一人程度と少なく、エリートとも呼ばれて、特別視されることが多い。
 もっとも、ナダはそんなエリートのように珍しい存在だ。
 何せ、ギフトも与えられていないのだから。
 神学の先生からは、「相性がよければ、ギフトは自然と与えられます。そうでないのなら、相性が悪いのでしょう」と云われた。
 そんな者もエリートと同様ほどの確立で存在する。こちらも珍しいが、全くいないわけではない。ただそんな者は早々と自分の才能に見切りをつけ、冒険者を辞めていくのだ。ナダはまだ辞めていない者に入るのだ。
 だから、ナダは学生の中でも――落ちこぼれ、と呼ぶに相応しい人間だった。
 ビニャの大木、と呼ばれることも多々あった。
 ビニャはパライゾ王国に生えている植物の一種で、地上に出る前の若芽の時は茎が食用とされる。だがそれが大きくなると、とたんに茎が硬くなって食べられなくなる。また幹自体が太く大きくなっても、しなやかで柔らかいので建築用の木材としても使えない“役立たず”になるのだ。
 ナダは体が大きいので、そんなビニャの大木に例えられることが多かった。
 ただ一年程前からアギヤに入っていたこともあって、周りから堂々と陰口が云われることもない。嫉妬も多少はあったが、筋肉が隆起しているようなナダに喧嘩を売る学生は学園内でも少なかった。何故なら、唯一技能ワン・オフ・アビリティ神の加護(ギフト)はダンジョンの外では発動しにくいのだ。もちろん発動するのはするが、ダンジョンで使うよりも大きく疲れて、効果も数段落ちるみたいだ。だから外でそれらを使う者は少ない。
 それでも数人はナダにかかっていったが、武器もない素手での戦闘だとナダが勝つことが多かった。
 そんな生活を送っていたからこそ、ナダは学園でも友達と呼べる存在が少ないのだが。

「……今日の授業はここまでです」

 ナダが物事を考えている間に、神学の授業も終わった。
 そろそろ昼飯時だ。
 ナダは学園内にある食堂へ向かった。
 そこは百人を超える人が楽々と入れる場所で、既に人がちらほらといた。中のいいものや、同じパーティーで集まることが多いがナダは当然ながら一人だ。
 ナダは食堂へとつくと、財布の中身が少ないことに顔を青くする。
 そろそろ迷宮に潜って、お金を稼がなければならない、と言うことは自覚していた。もし、今日、ダンジョンに潜るのを避ければ、今月の生活費が危ういのだ。昨日、装備を整えるのにかなりのお金を投資してしまった。一日で百万をも超えるお金を使ってしまったのは痛い。だから食堂のメニュー表を見て、一番安いオートミールを頼んだ。
 ナダは茶色い粥のようなオートミールが入った木の器を受け取って、六人がけの机の端に一人で座った。そして塩味がほんのりときいたオートミールを木のスプーンで一つ掬って、口へと運ぶ。塩味がほんのり効いていた。歯ごたえがないオートミールをナダは特別美味しいとは思わないが、腹も膨れて栄養も満点なのでお金が無い時は頼むことが多い。
 そしてゆっくりとナダがオートミールを食べながら、今後のパーティーのことをどうしようか考えていると、周りからひそひそと話が聞こえてきた。
 例えば「あいつ、ついにアギヤを抜けたらしいぜ」や「ついにあのビニャの大木が追い出されたらしいわ」や「あいつ、そろそろ学園を辞めるんじゃないの?」や「あいつがアギヤからいなくなって清々するわね」などの陰口だ。
 ナダは落ちこぼれなのにも関わらず、アギヤという学園内でもトップクラスのパーティーに入っていたので反感が強かった。それが爆発したのだろう。
 だが、ナダはそんな陰口に何も反応せず、黙々とオートミールを食べ進めた。
 そして食べ終わると、返却口にトレイを返す。相変わらず視線は痛かったが、既にナダには慣れた光景だ。特に気にもしなかった。
 そして、ナダはまたパーティーのことを考えだした。
 知り合いのパーティーに入ろうかと思ったが、残念ながらそんな“あて”などナダにはあまりない。この学園にナダは友達が少なかった。
 だから、ナダは唯一頼めそうな友達に話しかけたが――

「ごめんね。本当はナダを入れたいんだけど、もうパーティーのメンバーに空きは……」

 とすぐに断られた。
 もちろん、これも仕方のないことだ。
 パーティーは一人で成り立っているのではない。数人の仲間が結束して、初めて効力をなすのだ。だからナダはその友達を恨むことは無いが、それでも焦燥感だけが残った。

「ま、仕方ねえか」

 従って、一人でダンジョンに潜ることを決意した。
 ナダはこうして一人になった。
ビニャの大木はウドの大木をパクりました。
名前の違いに意味は特に無いです。
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