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迷宮で石ころは光り輝く 作者:乙黒

第二話 青龍偃月刀

 インフェルノは非常に大きな都市だ。
 五目状に張り巡らされた道は、広く迷いやすい。
 三つもダンジョンをその中に保有しているので、都市の大きさもダンジョンに比例して大きいのだ。また区画もダンジョン毎に大きく三つに分けられており、その中でもナダ達学生が主に活動する場所を、学園都市と言ったりもする。
 学園都市の特徴としては、住んでいるものが若いことだ。その九割が学生である。近くには寮や一軒家が多数あるが、その殆どに学生が住んでいる。もちろん学生以外も少しは住んでいるのだが、若者向けの施設が多い学園都市は、一般の大人には通勤や商売がしにくい。特に学生はお金を持っている人が少ないので、商売や住む場所としては他の二つの区画で行われることが多い。
 もちろん、武具屋は学園都市内にもあるのだが、残念ながら、そこにナダのお目当ての武具は売っていないことは五年にも渡る経験で知っていた。
 学園都市で流行りの武具屋としては、授業で使える木剣や、学園内や迷宮でも持ち運びやすい軽量の武器が主流だ。それも大量生産の商品が多い。
 ナダは、それらの武具が苦手だったので、よく通っている武具屋に向かった。途中までは都市の重要地点と重要地点を結ぶ馬車を利用した。ナダが目指している場所は徒歩だと一日でも足りない
 区画で言えば、トロの郊外にその武具屋はある。
 『アストゥト・ブレザ』が、その店の名前だった。
 木製のドアを開けて中に入ると、煉瓦で壁は築かれていた。そして部屋の隅には大きな樽に入った雑多な最低ランクの武器や防具の数々。高価な物はガラスのショーケースに入れられ、それ以外の物は壁にかけるか壁際に立てかけるか、レッサーに着せられていた。高価な物と安価な物は、一目で区別がつく分かりやすい店内だった。

「……らっしゃい」

 店の奥のガラスのショーケースでできたカウンターの後ろの作業台に座っているのは、ハゲ散らかした頭をした小太りの男だった。男は一本の刀の刀身を見ながら、ニヤニヤと気持ち悪い表情を浮かべていた。

「ナダだ。バルバ、武器を売ってくれ」

 ナダはガラスのカウンターに肩肘をつくと、バルバと呼ばれた男の大きな目がナギを覗いた。

「……どうしたんだよ? 陸黒龍之顎が折れたのか?」

 陸黒龍之顎を作ったのは別の男だが、それの手配をしたのは紛れも無く、ナダの目の前にいるバルバと言う男だ。バルバは小さいながらもこの武具屋を一人で経営している。
 バルバは自分の腕に自信を持っていたのか、信じられないような目をしていた。

「違う。アギヤを抜けたんだよ」

 ナダは口を尖らせた。
 その様子が面白かったバルバは、気が狂ったように笑い出した。

「……アヒャヒャヒャ! 遂に追い出されたのか? 何だ? 何をしたんだ? 仲間の一人でも斬ったのか?」

「そんなこと俺がするかよ。リーダーが新しい下級生を入れるって話だ。だから俺のような年増で、才能も未来も無いような男はいらないってよ」

「なるほどなあ! あのリーダーもそんなことをしたのかあ! それでお前は武器が取り上げられたのか? ざまあねえな。それで何がご所望だ? また、大剣か? それとも大斧か?」

 バルバは腹を抱えながら、カウンターから立ち上がり、店の周りを一周した。
 バルバの店においてある剣は、もちろんショートソードやレイピアなどの軽量武器もあるのだが、少しばかりは大斧や大槌のような特大武器も扱っている。
 重量武器を使っているナダとしては、この店は非常に有りがたかった。
 今の迷宮探索においては、大型武器は主流ではなく、小型で持ち運びがしやすい軽量武器が主流だ。
 何故なら、何時間にも渡って迷宮内を攻略していく時に、当然ながら武器は持ち運ばなければならない。その時に重量武器を持ち運ぶとすれば、体力の消耗が非常に大きいのだ。だから体力の消耗が少ない軽量武器が好まれる。さらには素材も多く使うので高価だったり、作りにくかったり、とハードルも高い。
 また昔はモンスターと戦うのに耐久性や威力などを鑑みると重量武器しか満足に戦えなかったが、今では武器の性能も格段に上がり軽量武器でも満足に戦えるように時代が変わった。
 だが、そんな時代に置いても、ナダのように重量武器を好んで使うものは少数いる。
 この店は、そんな変わった客の武器も販売している珍しい武具屋だった。

「なんでもいい。安いのだな」

「そうだなあ。これなんかどうだ? お前が前使っていた大剣に似たような形をしているぞお」

 バルバが壁に立てかけてあった剣を一本手に取り、ナダの前に出した。
 それは大きかった。
 モンスターの素材ではなく金属で出来ている。
 柄は三十センチと前使っていた大剣のように長く、刃は幅広で分厚い。
 まるで鉄の塊そのものだ。

「……値段は?」

 ナダはその大剣を手にとって、目を凝らす。
 その金属の素材は、安物の金属で作られている武器とは違う、と思ったのだ。

「刃がオリハルコンと鉄の合金で出来た一点ものだあ! なんと値段は二千六百八十万! どうだ? お買い得だろう?」

 オリハルコンは迷宮内で算出される珍しい金属の一種だ。
 それは稀に強力なモンスターの体内にカルヴァオンとは別に存在し、燃料としては使えないものの武器や防具の素材としては、金剛石よりも固く、また軽量で、絶対不変で錆びない性質があり、現在冒険者達にもっとも好まれている金属だ。それは軽量武器と特に相性がよく、切れ味と耐久性を格段に上げる素材とされ、非常に高額で取引されている。

「却下だよ。そんな高いもの買えるか」

 だが、ナダはそんな武器をすぐに断った。

「なんでい? 前の武器と釣り合いを持たそうと思ったら、このぐらいの武器じゃないとこの店にはねえぞ」

 バルバは残念そうにその大剣を元の位置へと戻した。

「金が無いんだよ。出せても百万だ」

 ナダは武器だけじゃなく防具も失ったので、そちらも買わなければならない。さらには他にも色々と出費がある学生の身で、これ以上の資金は用意できなかった。

「それだと……碌な武器がありゃしねえ」

 バルバは店内を悩んだように見渡した。
 そもそも、重量武器は値段が高い。
 同じ素材を使ったとしても、レイピアなどの細剣とグレートソードのような大剣を比べれば、素材を多く使う分大剣の値段が高いのは当たり前だ。さらに大剣は鍛冶屋が作るのに嫌がる、というおかげでさらに値段が跳ね上がっている。同じ剣を比べると、筋力や時間などが重量武器を作る際に必要だからだ。
 また、人気のある繊細な軽量武器を上質に作ったほうが、鍛冶屋としての評価も上がり、すぐに売れるのだ。

「それでもいいぞ。別に大剣じゃなくても、メイスでもいい。最悪、持ちやすい鉄塊でも売ってくれ」

 ナダもそこまで期待してはいない。
 そこそこいい武器を手に入れられるのなら、高望みはしていない。

「てめえはいつも無茶苦茶なことを言いやがる。何時以来だ? そんなことを頼むのは?」

 バルバは呆れたように溜息をついた。

「陸黒龍之顎を頼んだ時じゃねえか?」

 ナダは顎を擦るように思い出した。
 エクスリダオ・ラガリオをアギヤで討伐した際に、素材は優先的に武具のランクが一番低かったナダに回された。
 それでオーダーメイドの武具を作れ、と当時のパーティーリーダーに言われたのだ。
 ナダはその際に学園都市にある様々な鍛冶屋を巡って、エクスリダオ・ラガリオを加工してくれる場所を探したが、大剣を作ってくれ、と言われると誰もがいい顔をしなかった。時間もかかる、労力もかかる、さらにナダは無名で、作ったところで名が売れるわけもない、と判断したらしく、大剣をわざわざ作ってくれる鍛冶屋が存在しなかったのだ。
 そこでナダは学園都市で見つからなかったので、他の二つにも足を伸ばした。
 そしてこの武具屋を見つけ、陸黒龍之顎という大剣を作ってくれる鍛冶屋を仲介してもらったのであった。

「この際、ナダも鞍替えしたらどうだ? 特大武器じゃなくて、もっと使い勝手のいい武器は山ほどあるぞ。……そうだなあ。これなんかどうだ?」

 バルバはナダに一本の剣を投げ渡した。
 それは白銀の貴金属のような鞘で守られた直剣だった。長さとしては八十センチほどで、抜くと透き通るような美しい刃が出てくる。
ぶん、とナダは何度もそれを店内で素振りした。いい音がなる。
だが、ナダは眉間に皺を寄せた。

「軽い。駄目だ」

「おいおい、どうしてだよ? それはかの有名な鍛冶師――ドレイクが作ったカラメーロと呼ばれる聖剣のレプリカだぞ。素材は氷の角を持ったユニコーンだ。ランクだけで言えば、上から二番目の準一等級。前の陸黒龍之顎と同じだ。文句はねえはずだぞ。何なら、ローンを組んでやろうか?」

 やれやれ、とバルバは下卑た笑みを浮かべた。

「こんな軽い剣を扱えるような技量が俺にあるとでも?」

 ナダは諦めたように言った。

「ねえのかい?」

「ないな」

「これだから、不器用は……そろそろお前もメイスや大剣から卒業すればいいものを」

 バルバは可哀想な人を見るような目で、ナダを見た。
 自慢じゃないが、五年も学園に所属していて、ナダの武芸の腕はお粗末なものだった。
 だから重量の大きい武器に逃げたのである。
 軽量の小さな武器は軽いので、一定の技量がなければ相手を斬るのも一苦労だ。相手に合わせて刃を立てなければいくら切れ味が良かろうと、その軽さゆえに刃は肉を切っている途中で止まる。またそんな下手をすれば、折れる可能性も多々あるだろう。
だが、重量武器はそうではない。自重とスピード――この二つさえあれば、斬線がぶれていようが、切れ味が悪かろうが、強引にモンスターの血肉を断ち切れるのだ。またメイスのような槌であれば、そのような心配もない。相手を殴るだけで威力が出る。また槌や斧はどれも重心が先端に集中しているので、スピードもパワーも剣などと比べると遠心力で出やすいのだ。筋肉しかないナダに取っては、有りがたい武器たちだった。

「……うるせえよ。それで、何かねえのかよ? 俺でも扱えそうな大味の武器は」

 ナダは店内を見て回った。
 だが重量武器は何個かあったものも、どれもお気に召さない様子だ。大鎌は扱いづらく、利便性にかける、として手にも取らない。幾つかのメイスは手にとったが、どれも六十センチほどしかなく小さくて軽い。これまで大剣を使っていたナダからすると、威力に不安が残った。

「それなら、ちょっと待ってろ。ハルバードが奥にあったはずだ」

 バルバは店の奥に行った。
 この店には店内においている武器の他に、重なっている種類や売れにくい商品などは店の奥にて保管してある。
ナダは奥に消えて行ったバルバを覗くと、そこにはバルバの趣味なのか、大型の武器が多数保管されていた。
 その中でも斧槍が趣味なのか、ハルバードの亜種が沢山並べられていた。
 ハルバードを一つ手に取り、バルバはナダに渡した。
 そのハルバードは一般的な斧槍で、長さは二メートル。重さは柄が木材で出来ているため、軽量化に成功している。また槍の穂先に斧頭があり、その反対側にピックと呼ばれる突起が取り付けられている。また斧頭の刃は薄く大きい。状況に応じて、突く、斬る、鉤爪で引っ掛けるや叩くなど、様々な用途で使い分けられる万能な武器の一つだ。
 ナダは持ってみるが、その長さと比べると、重量は十キロとないように思える。少なくとも、前に使っていた大剣よりも軽かった。

「どうだい? 今ならローン込みで五千万に押さえといてやるよ」

 バルバが笑うと歯の抜けた口が見える。
 ナダはそのハルバードを片手で持って、外に出て素振りをしてみようかと思った時、店の奥に様々な長物が地面に積み重なるように置かれた中に、一本の武器を見つけた。

「あれは?」

 ナダはバルバにハルバードを返すと、その武器まで近づいた。

「おいおい。それらはいい武器じゃねえぞ。そもそもが昔の戦争で、馬の上で使うために作られた武器だ。人が徒歩で移動するダンジョン内で、満足に使えるような武器じゃねえぞ」

 バルバの忠告が飛ぶが、ナダは気にせずに目ざとく見つけた武器を拾い上げた。
それは武器と呼ぶよりも、兵器に近いだろう。
長さは先程のハルバードを超えている。
柄は太く、軽量を考えていないのかどこもが鈍色に光る金属でできている。
また槍頭には、湾曲した刃を取り付けられている。その刃は幅広で大きくなっており、通常の槍に比べると太い。色は刃が銀色で、それ以外も銀色だ。刃先の逆側には過去に飾りの布があった痕跡が残っており、布の欠片がひっついている。
 ――青龍偃月刀だ。

「嘘つくなよ。俺好みのいい武器があるじゃねえか」

 ナダはその武器を持つと、大きな手で軽軽と掴みあげた。
 その顔は極上の女に出会ったかのように嬉しそうだ。

「……おいおい、それを片手で持つのかよ」

 思わず、ナダの筋力にバルバの目が見開いた。

「これの素材は?」

 ナダが刃の先から柄までを、目を細くして品定めする
 それには刃から柄まで木目の模様が付いていた。

「ウーツ鋼だあ。それによって、刃から柄まで全て同じ素材で出来ている」

 ウーツ鋼とは鉄を精製した結果できる鋼の一種だ。
 その特徴としては、木目状の複雑な模様が浮かび上がることが目に見てわかるだろう。また硬くて丈夫であり、強靭な武器の素材としてかつてはよく用いられた。
 だが、その弱点としては、重たいことだ。鉄で出来ているため、やはり重量はダンジョン内で取れるヒヒイロカネなどと比べると、数段上だ。ナイフなどとして扱うのなら重量はそれ程気にならないのだが、直剣となるとそれは冒険者に重く伸し掛かる。食料や水を少しでも削って、最低限の重量を持って迷宮に潜らなくてはならない冒険者には、あまり使われなくなったのだ。
 それも、これは大槍だ。
 しかも軽量化を全く考えていない武器だ。
 使う冒険者など、ほぼいないだろう。

「いいな。これ。値段は?」

「……本気か? それは重いし、取り回し辛い。確かに振り回すだけで威力は出るが、携帯に不便だぞ」

「ああ、本気だ。で、幾らで売ってくれるんだ?」

 ナダは既に慣れ親しんだ重さなのか、片手で持って右肩に乗せる。
 その姿はナダの高身長と相まって、よく似合っていた。
 その様子にバルバは顔を顰めたが、諦めたように溜息を吐いてから値段を告げた。

「……八十万でいいぞ」

「そんな安価でいいのか?」

 ナダは驚いたように言った。

「ああ。いいぞお。それは昔の軍場に残っていた物らしくてな。仕入れたのはいいんだが、冒険者の中に買い手はおらんし、処分するには金もかかるから困っていたんだ。今はウーツ鋼もあまり使われないからな」

「なら、決まりだ。こいつは今日から俺の相棒だな。バルバ、ついでに服も見立ててくれ。安くていい。七十万までなら払える」

 ナダは偃月刀が気に入ったようで、すぐに近くの壁に立てかけると、次の装備をバルバに頼んだ。

「あいよ。その金額だと、これらが妥当か……」

 そしてそれから数時間後、ナダは来た時とは変わって、装備を揃えていた。
 手に持っているのは、ウーツ鋼で出来た青龍偃月刀だ。
 胸元には薄い鉄板を曲げたような鎧をつけて、それ以外の部分も鎧を着て、その上からは質の悪い赤二角龍の一種である素材が使われたサーコートを被る。それは赤黒く、下位の龍鱗が目立つ。また来た時と同様、ククリナイフは腰の後ろにつけている。

「どうだ? 防具はできるだけ軽くしたぞ」

「いい感じだ。じゃあ、金はこれだな。一応確認してくれ」

 ナダは懐から巾着を出した。
 そこには金貨がびっしりと入っており、バルバはそれを一枚ずつ数えていく。

「ぴったりだな。それじゃあ、また来いよ。整備ならいくらでもやってやる」

 鍛冶屋ではないと言っても、バルバは武器の整備だけなら一般の鍛冶屋並みにできるのだ。また武器も打つことが出来るらしく、店の中にはそれ相応の施設があるらしいが、基本は仕入れた武器を売るようだ。

「分かった。ま、気が向いたら来るよ」

ナダはそう言って、すっかり暗くなった外に出て行った。

「この、店主泣かせの筋肉ダルマが……」

 バルバはそう吐き捨てながらナギの様子を暫く見つめると、また仕事に戻って行った。
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