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迷宮で石ころは光り輝く 作者:乙黒

第一話 アギヤ

 男が一人でダンジョンへと潜る一日前。
 その日は服がべっとりと肌に張り付くような不快感が強かった。
 太陽は出ていない。厚くて灰色の雲に隠れている。迷宮に行く用意をして家を出た男は、あまりの湿度の高さに鎧の下に着ていた服が蒸れるように感じた。男は現在、首の下は重厚な鎧を着ている。薄くて黒い龍鱗でできた鎧は、上半身を守り、コートのように腰から下は広がっている。下半身は薄くて丈夫な布のズボンを、また靴はくたびれた黒いブーツを履いていた。
 男は腰の後ろにククリナイフを付け、右肩に乗せるように大剣を持っていた。その斧は両刃で刃渡りは一メートル四十センチセンチにも及び、柄も三十センチメぐらいは軽くあるだろう。モンスターの骨でできた黒い刃は両刃とも鋭く、刃が太い。グレートソードという名前で親しまれている。その大きさに町の人間は男とは一歩離れた場所を歩いている。
 男が向かう先はパーティーが集まる学園の一角だった。
 そこで、いつも通りダンジョンに向かう前の打ち合わせをするのだ。

「おはよう。ナダ、待っていたよ」

 学園の中にある大きな部屋。
 その入口には――アギヤ、と書かれた看板が置かれている。アギヤとは、男が所属しているパーティーの名前だ。学園の中でも代々名前が引き継がれている由緒あるパーティーで、その名の由来は空の王者の名前から付けられたと云われている。その功績などもあって、学園内ではトップパーティーの一つでもある。だからこそ、学園からの特別扱いでパーティー専用の部屋もこうして用意してもらっているのだ。
 そこに入ると、ナダ、と呼ばれたグレートソードを持った男は他のパーティーメンバーに出迎えられた。
 中には多数の武具が部屋の隅に綺麗に整頓されており、中央の大きなゆうに八人は座れるだろう長方形の机を囲むように五人の仲間が座っていた。誰もが鎧を着込んでいる。

「ああ。おはよう。レアオン。それに他の皆も」

 ナダは、レアオンに挨拶をされると、軽く返して部屋の中に入って行った。それと同時に、レアオンとは別の仲間もナダに声をかける。
 レアオンは扉から最も遠い上座に座っていた。
 レアオンは美青年だ。顔は女性のように美しく、体は細い。美しい金色の短い髪が彼のトレードマークで、それは黒や茶色が多いこの街ではよく目立つ。町中では女性から声をかけられることも多い、と以前にナダは聞いたこともあった。
 ナダは入り口近くにグレートソードを立てかけると、レアオンから最も遠い下座に座った。甲冑は机の上に置く。
 レアオンはパーティーのメンバーが全て集まったのを確認すると、「用がある」と言って、部屋から出て行った。
 数分後、レアオンは部屋に帰ってきた。
 数多くの紙束を持ってきて。

「――それで、今日は、僕から話があるんだ」

「何だよ、それは?」

 レアオンが見知らぬ紙束を持ってきて、ナダを含む全てのメンバーに同じ物を配った。それと同時にアギヤのメンバーはその紙束の中身をぱらぱらとめくる。
 レアオンが持ってきた紙束にナダがざっと見を通すと、そこには数々の冒険者の履歴書が書かれてあった。自己PRや得意武器など色々なことが書かれてある。

「それは、最近アギヤに入りたいと自己推薦してきた“優秀な後輩”たちだ」

 レアオンの言葉に、ナダの目つきが鋭くなった。
 レアオンは自分の席について机に肘をおきながらゆっくりと手を組むと、ナダに敵意のこもった視線をぶつける。

「どういうことだ? レアオン」

 ナダの出した声は、入ってきた当初よりも低くなった。

「分からないかい? 君はもうこのパーティーにいらない。君の代わりに、新しいメンバーを増強しようと思う。ナダ、さっさと出て行ってくれないか?」

 レアオンがナダに告げたのは、事実上の解雇宣告だった。
 急に告げられたナギの勧告に、ナダとレアオンが以外のメンバーの一人が意義の声を発した。

「ちょっと、待てよ。レアオン。本気か? いくらなんでも――」

「本気だよ。僕はね、神の加護(ギフト)も受けていない。唯一技能ワン・オフ・アビリティも発現していない。だからと言って、武技の腕が優れているわけでもない。そんなナダは、このパーティーに “いらない”と思うんだ」

 ナダはレアオンを睨みながら、ゆっくりと怒りで震えた声を出した。

「リーダー。それで、俺の解雇の理由は?」

「一期生で未来があるならまだしも、君はもう僕と同じ五期生だよ。どちらかを得たって問題はない年齢にも関わらず、君は――何も持っていない。そんな人間が、この名誉あるアギヤにいるとでも? そろそろ、君にも冒険者としての限界が近づいているのが分かっているだろう? 先輩の“コネ”で入団した君はわからないと思うけど、未来有望な後輩は沢山いて、このアギヤに入りたいと思っている人など数多くいる。そろそろ――君の席を譲ってくれないか?」

 レアオンの発言に、ナダは溜息をゆっくりと吐いた。
 言い訳をするつもりはない。
 全てが事実だ。
 この学園に入学した冒険者候補の多くが、学園に入って一期生か二期生で何らかの形で力を得る。遅くとも三期生には一つを得ているのが常だが、珍しくもナギはそのどれも持っていなかった。
 筋力や判断力などは多少上がったが、それも鍛えられる範囲の現界まで近づいてきた。これから先、スキルやアビリティ無しで急激に冒険者としての力が増すことなどないのはナダも分かっている。
 だから――頷いた。

「――分かった」

「ナダ!」

 ナダが頷くと、他のレアオン以外のパーティーメンバーが大きな声を出す。
 するとさっとレアオンは一枚の紙をナダに出した。
 パーティーの脱退書だ。
 学園において冒険者のパーティーとはただの仲良しクラブではなく、パーティーのリーダーなどと迷宮探索について契約を結ばれた関係を示す。学園に新たなメンバーを加える時や脱退させる時は必ずこういった手続きが必要になるのだ。
 ナダはレアオンが用意した羽ペンでさらさらと脱退書の署名欄に自分の名前を書いた。
 そして持っていたナイフで親指を薄く切って、その名前の横に拇印を押す。それからナダは脱退書に不備がないか、不満足点はないか確認するように目を通した。

「喜んでこんなパーティー抜けてやるよ。俺もお前とは気が合わないな、と思っていたところなんだ」

 そしてナダは脱退書をテーブルの上から滑らせてレアオンへと届ける。

「そうだね。僕も同感だ」

 レアオンはその紙を難なく受け取る。
 ナダは甲冑を取って、扉の横に置いてあったグレートソードを持つと、レアオンが意地悪く微笑んだ。

「このパーティーに属していないということは、その大剣も置いていってくれるかな? その剣は元々アギヤの物だ。君の物じゃない。だからアギヤの今後に活かしたいと思うんだ」

 ナダは持っていた大剣を暫く見つめた。
 この剣は――陸黒龍之顎りくこくりゅうのあぎととも呼ばれ、ダンジョンの中でも六十回層で出る珍しく強力なモンスターである竜種の一つ――エクスリダオ・ラガリオというモンスターの素材を大量に使った珍しい武器だ。その切れ味や丈夫さは学生冒険者の中でも群を抜いている。
 はっきり言って、ナダはこの強力な武器を失うのは痛かったが、レアオンにこれは見逃してくれ、と乞うのも嫌だった。
だから捨てるように、壁に投げた。すると壁にグレートソードが刺さり、周りにあった武器が飛び散る。

「のし代わりに、防具も置いていってやるよ――」

「助かるよ。これでこれから入ってくる後輩の武具を新しく作らなくて済む」

 レアオンは怪しく微笑んだ。
 その間にもナダはレアオンを一睨みし、ククリナイフを外して床に置いてから、甲冑を脱いでは部屋の隅の防具が溜まっているところに投げて、鎧も次々と脱いでは投げていく。手甲もその中には含まれていた。その間に仲間の非難が数多くあったが、ナダとレアオンは気にもかけなかった。ナダの着ていた防具の素材もエクスリダオ・ラガリオで出来ており、学園内でも至高の武具の一つだ。ズボンとブーツを脱がなかったのは、どちらも自前だからである。それに大した素材の服でもない。そしてククリナイフも腰につけた。ククリナイフもナダの持参だからだ。
 ナダは入ってきた時は打って変わって、非常に身軽になった状態で扉を開けた。

「世話になった――」

 ナダは冷たく呟いた。

「君の今後の冒険に幸があることを祈るよ」

 レアオンは薄ら笑う。
 ナダは扉を開いている横を抜けてその部屋から出て行った。その背後からは“元”パーティーメンバーから引き止められる声が聞こえて、ナダの腕を掴んだ者もいたが、それも振り払って、立ち止まることは全く無かった。
 そしてアギヤの専用の部屋のあった建物から抜けて、外へ出ると空は灰色の斑模様になっていた。ナダはそんな空を睨んでから、近くにあった壁を殴った。

「痛え――」

 右の拳からは皮膚が少し裂けて、血が滲み出た。
 ナダはそれからどうしようかとも思ったが、いい案など浮かばない。
 取りあえずは武具を失ったので、調達しに行かなければならない。ククリナイフはあるが、これはナダにとって万能ナイフと一緒だ。非常時には武器として使うが、普段は使わない。普段の武器としては、耐久力も切れ味も心配だからだ。
 従って、ナダは馴染みの武具屋に向かった。
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