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抹殺されかけた芸術 ロシア・アヴァンギャルドポスター入門

抹殺されかけた芸術 ロシア・アヴァンギャルドポスター入門

大胆すぎる構図にコラージュされた写真や文字、さらには幾何学的なパターンと斬新な配色が合わせ技で迫りくる「ロシア・アヴァンギャルド」のポスターの数々。100年近く前に描かれたグラフィックデザインにも関わらず、古さや懐かしさを感じさせるものではなく、2014年の今見ても新鮮で、「どうしてこんなことをしちゃったの?」と思わず質問したくなるような、革新的なセンスに満ち溢れています。

しかし、これらポスターの数々は、センスの鋭い人たちによって描かれた、ただの「一風変わった」「エッジー」なグラフィックデザインで終わるものではありませんでした。それは「ロシア革命」という、非常に政治的で、かつ激動の社会状況の中で産み落とされた、切実な表現だったのです。

どうしてこんな表現が生み出されたのか? 世田谷美術館で開催中の『松本瑠樹コレクション ユートピアを求めて ポスターに見るロシア・アヴァンギャルドとソヴィエト・モダニズム』展では、ファッションデザイナーの松本瑠樹さんが集めた2万点を超える膨大なポスターコレクションの中から、MoMA(ニューヨーク近代美術館)の『ステンベルグ兄弟—ソヴィエト・デザイン革命の構築』展(1997年)でも紹介された貴重なロシア・アヴァンギャルド作品180点を紹介しています。

そんな展覧会に、美術家・非建築家として活動しながら、映画や演劇の批評も手がける、ドラァグクイーンのヴィヴィアン佐藤さんをお招きし、壁面いっぱいに飾られたポスターの数々を鑑賞していただきました。多方面のカルチャーに精通し、アートと社会のあり方に真摯に向きあう表現活動を行っているヴィヴィアンさんの目には、ロシア・アヴァンギャルドの表現はどう映るのでしょうか。一緒に観てまわりましょう。

PROFILE

ヴィヴィアン佐藤(ゔぃゔぃあんさとう)
仙台市生まれ。美術家、文筆家、非建築、ドラァグクイーン、プロモーター。磯崎新事務所WS出身。ジャンルを横断していき独自の見解で「トウキョウ」を分析。自身の作品製作発表のみならず、「同時代性」をキーワードに映画や演劇など独自の芸術論で批評 / プロモーション活動も展開。野宮真貴、故山口小夜子、故野田凪、古澤巌など個性派のアーティストとの仕事も多い。2011年からVANTANバンタンデザイン研究所で教鞭をもつ。映画、美術、ファッション雑誌で多くの文章を執筆。
vivienne sato - アメーバブログ

美術史に名を刻んだ「究極の抽象画家」ですらも、プロパガンダポスター作りに励んだ、混乱の時代のアートシーン


ヴィヴィアンさんの艶やかなドラァグクイーン姿とパフュームに、少しクラクラしながら足を踏み入れた最初の展示室は、第1章「I:帝政ロシアの黄昏から十月革命まで」。ロシア帝国末期、裕福な階級を相手にヨーロッパの高級品を宣伝するために作られたポスターから、落ち目だったロシア帝国への愛国心を啓蒙するためのポスター、さらには革命政府側が作った大衆プロパガンダ用のポスターシリーズまで。当時のロシアの大混乱した社会状況が、壁にかけられた「ポスター」のグラフィックを通じて伝わってくるようです。

ワシーリー・カンディンスキー『ファーランクス第一回展覧会』 1901年、リトグラフ・紙、50.1×66.8cm、Ruki Matsumoto Collection Board
ワシーリー・カンディンスキー『ファーランクス第一回展覧会』 1901年、リトグラフ・紙、50.1×66.8cm、Ruki Matsumoto Collection Board

ヴィヴィアン:この『クロード・モネ展』のポスター、(ワシリー・)カンディンスキーが描いているんですね!? まだ抽象絵画を描く前の作品ですか?

と、ヴィヴィンアンさんがいきなり驚いて立ち止まったのは、当時のモスクワで活動していた芸術家協会「ファーランクス」の展覧会ポスター。贅沢な大御所アーティスト二人のコラボレーションですが、当時のロシアでは(今展には登場しませんが)マルク・シャガールや、カジミール・マレーヴィチなど、後の美術史に名を残す芸術家が多く活躍していました。特に、天才パブロ・ピカソが「こんなモノ絵画じゃない!」と激怒したという噂もある抽象画家、カジミール・マレーヴィチによる、ロシア帝国への愛国心啓蒙ポスターシリーズの展示は必見です。

ヴィヴィアン:マレーヴィチといえば、『黒の正方形(カンバスに黒い正方形を描いただけの作品)』や『白の上の白(カンバスに傾けた白い正方形を描いただけの作品)』など、徹底的に意味を排除した、究極の抽象画家と言われていますが、こういったマンガみたいなわかりやすいポスターも描いていたんですね。しかも例の抽象画を描いていたのと、ほとんど同じ時期というのがスゴイ(笑)。

カジミール・マレーヴィチ『今日のルボーク』
カジミール・マレーヴィチ『今日のルボーク』

ちなみにマレーヴィチは、ロシア帝国が革命によって1917年に倒された後は、社会主義政府側について活動を続けています。ピカソを怒らせるほどのストイックな抽象画「絶対主義(シュプレマティズム)」で美術史に金字塔を打ち立てたマレーヴィチ。意外にも? と言ったら大変失礼ですが、人間らしい一面もあったことを、ここでは見ることができました。


プロパガンダが街中に溢れかえった時代を振り返って、ヴィヴィアン佐藤が今思うこと


そして、ロシア帝国に敵対したウラジーミル・レーニン率いる革命政府側も負けじと、ポスターを使ったプロパガンダに励んでいました。革命騒動で閉店してしまった商店のショーウィンドウに貼られ、政策を伝える壁新聞としての役割を担っていた、きわめて特異なポスター芸術「ロスタの窓」の貴重なコレクション展示がそれです。

ヴィヴィアン:それぞれのポスターに番号がふってあって、順番に内容を観ていくと、「子どもたちは、我々の砦であり、」「未来の共同体である、」とか、「生産を言葉ではなく、」「仕事で組織しなさい。」とか、短い言葉を1枚ずつ絵で表現しながら、それらが連なって1つのメッセージになっていて、まるで、子ども向けの絵本のようです(笑)。デザインとしては、当時のロシア構成主義の影響を受けた、抽象的で単純化された構図が素晴らしいですね。タイポグラフィーも独特で、「A」の下にわざわざ横棒を入れたりするところにもグッときます。

『ロスタの窓』展示風景
『ロスタの窓』展示風景

ウラジーミル・マヤコフスキー『政治教育総局No.17「労働組合活動週間」 労働組合を強化せよ!』 1921年、ステンシル・紙、51.5×39.0cm、Ruki Matsumoto Collection Board
ウラジーミル・マヤコフスキー『政治教育総局No.17「労働組合活動週間」 労働組合を強化せよ!』 1921年、ステンシル・紙、51.5×39.0cm、Ruki Matsumoto Collection Board

社会主義革命運動の中核とされた労働者たちの半数以上が、文字を読むことすらもできなかったという当時のロシア。そこで、レーニンたちが自分たちの政策や思想を伝え、労働者からの支持、共感を得るために用いたのが、簡潔な絵の展開でメッセージが伝えられる「ロスタの窓」だったのです。

ヴィヴィアン:今は時代が離れているから、こういった露骨で政治的なメッセージも距離を置いて冷静に見られますよね。でも当時はそのように見られなかったからこそ、プロパガンダとしての効果があった。今の日本のメディアに乗っかっているいろんなメッセ—ジ、たとえば、原発に関する問題なんかも、少し時間を置いたらこのポスターと同じように見えてくるのではと思いますよ。

さらに、ヴィヴィアンさんは、ロシア・アヴァンギャルドの代表的デザイナー、エリ・リシツキーによる『赤い楔(くさび)で白を打て』(1920年)にも注目していました。これもロシア構成主義的にシンプルな構図を用いて描かれたもので、白い丸がロシア帝国、赤い三角の楔が革命政府を表しており、鮮烈な赤い色の楔が白い丸を突き破るという構図は、その意味を知らなくとも、ドキッとさせられます。当時の前衛芸術だったロシア構成主義の抽象的なスタイルが、このようなプロパガンダ表現と非常に相性が良かったことを、わかりやすく示す一例と言えるでしょう。

エリ・リシツキー『赤い楔で白を打て』(1920年)
エリ・リシツキー『赤い楔で白を打て』(1920年)

友川綾子

1979年生まれ。フリーランスのアートライター/編集者。アートギャラリー勤務や、3331 Arts Chiyodaの立ち上げスタッフなどを経て独立。執筆・編集のほか、イベントのコーディネートや企画・運営も手がける。2011年より横浜在住。アート、まちづくり、コミュニティ、ソーシャルといったワードに反応しつつ日々を過ごす。日本各地と世界のカルチャースポットを訪ねる旅と手作り感あふれる地図集めが趣味。好きな本屋は京都の「三月書房」。

友川綾子

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