本日は、ロバート・カプランの『南シナ海 中国海洋覇権の野望』をご紹介します。表題通り、尖閣諸島がある東シナ海とならび、いやそれ以上に熱い舞台となっている南シナ海がテーマになっています。
南シナ海は、中国、フィリピン、ベトナム、台湾、マレーシア、ブルネイが領有権を主張し合う複雑な海です。スプラトリー (南沙) 諸島とパラセル (西沙) 諸島といった小島や環礁をめぐって、各国の主張は入り乱れています。
(南シナ海で各国が領有を主張する範囲)
とりわけ、ベトナムとフィリピンが中国と激しくぶつかりあっており、すでに死傷者が出る事態にまでエスカレートしています。
本書は、“カプランらしい”アプローチで、南シナ海問題を分析したものです。“らしい”というのは、彼のよく用いる、世界観を形づくる歴史や地理を背景に、各国の軍事力・経済力を織り交ぜながら現状を分析し、将来を展望していく手法です。結果として、読み手が「戦略の階層」の垂直/水平断面図を意識しながら読むことのできる文章となっています。
さて、南シナ海を形成する陸地のうち、北辺は中国の領土です。「陸が海を支配する」という国連海洋法条約の原則からすると、南シナ海の支配権を中国が追及するのは妥当だと言えます。さらに、中国の持つ海岸線の半分が南シナ海に面していることから、自国の南玄関である南シナ海のセキュリティを強化しようという行為は、これまた合理的なものなのです。埋蔵する天然資源を占有することでエネルギー安全保障への効果もある、となれば、ますます南シナ海が「核心的利益」と位置づけられていることに納得してしまいます。
問題の悲劇性は、こうした主権国家として当然の主張が、大国であるだけに隣国の脅威となってしまうところです。高坂正堯も指摘するところですね。
中国問題は数十年という巨視的な基準で見た場合、世界政治のなかの最も重要な問題となるであろうと考えられる。こう言うことは、中国が侵略的とか好戦的とかいうことと何の関係もない。中国がいかに平和的であっても、七億という巨大な力が存在し、それが力を着実に増大させて行くことは、国際政治に対して大きな問題を与えるものなのである。いかに正当で自然な増大であっても、ある国の力の増大はこれに対抗しようという他国の反応を呼び起こすであろう。そして、それが巧く調整されない場合には、国際関係が緊張することは避けられないのである(強調筆者)。高坂正堯、『海洋国家日本の構想』、126ページ。
もちろん、中国の主張の仕方や内容に問題があり過ぎなのも事実ですが・・・。
中国が第1列島線を越えて海洋権を拡大しようとする別の動機として、カプランは歴史における屈辱も挙げています。中国はかつて、列強に自国の戦略的空間を利用され国土を蹂躙された屈辱とその「恐怖」が教訓となり、現在、国力の回復とともに戦略的辺疆を拡げようとしているのだという指摘です。たしかに、接近阻止・領域拒否 (A2AD) 戦略なども、軍事的側面からだけではなく、歴史を踏まえて中国の「恐怖」や「焦り」を感じながら理解して初めて腑に落ちることがあったりします。ちなみに、「恐怖」や「焦り」とは、トゥキディデスやリチャード・ルボウが戦争の原因として挙げる要素でもあります。
動機が何であれ、中国の海洋進出が南シナ海に大きな波紋を呼んでいることは先述したとおりです。現在、南シナ海が辛うじて均衡を保っていられる大きなカギは米軍の存在です。
近年、米国の財政状況悪化とそれによる軍事費削減を受けて、各地域における米軍の規模を劇的に縮小すべきだとの議論があります。しかし、カプランはミアシャイマーと同じく、米国が地域における影響力を小さくして同盟国に大きく負担させる「オフショア・バランシング」が短期的には不可能であるという見方をしていますね。米国が孤立主義に走ったり関与を低下させれば、中国の周辺国をバンドワゴニングへとかり立てる恐れがあるだけでなく、米国が世界に提供している国際公共財 (グローバルコモンズ) が危機にさらされるだろうとしています。もしも米軍が南シナ海から撤退すれば、本当に多極化した世界 ――ミアシャイマーの言う「不安定な多極システム」―― ではいったい何が起きるか、ということを世界に示す実験場となるだろう、と警鐘を鳴らしています。
本書は、先日紹介したミアシャイマーの『大国政治の悲劇 改訂版』で展開されているオフェンシブ・リアリズムや、当ブログでもしばしば取り上げる地政学だとか『戦史』への言及もあるので、その点からもオススメです。例えば、台湾海峡をめぐる「水の制止力」(これもミアシャイマーの理論) や距離の暴威を考慮している点は実に地政学ちっくですし、台北・国立政治大学教授の「台湾はメロス島ほど脆弱ではない」という言葉はなんとも味わい深いものです。
個別の兵器の評価に関しては首をひねるところもあります。また、カプランの日本に対する無関心とやや偏った理解が、北東アジア情勢やアジア全域を俯瞰する際にどう働くのか気になるところですが、本著は南シナ海がテーマですので措くとします。
個人的には次の一節がお気に入りです。
人道・平和主義者たちは聞きたくないかもしれないが、「自由」を守る最適な方法は、西洋の民主的な価値観よりも、バランス・オブ・パワーなのだ。そしてこれこそが、二一世紀の南シナ海が私たちに与えてくれる教訓となるのかもしれない。本書、55ページ。
バランス・オブ・パワー、勢力均衡、合従連衡あたりの言葉が大好物な方も是非。
【関連過去記事】