October 30, 2014
今年8月、まるで聖書の世界を見ているかのような光景がテレビ画面を埋め尽くした。イスラム国の攻撃を逃れ、イラク北部に拡がる不毛の荒野シンジャルの山中へ追われた数万というヤジディ教徒たちの姿である。クルド人の少数派である古代宗教ヤジディ教は、イスラム国から悪魔崇拝とみなされている。
ヤジディ教は、中東で数千年もの間生き続けてきた数ある宗教的少数派の一つである。他にも、コプト教、サマリア教、ゾロアスター教などの宗教がある。しかし、イスラム教の過激化やその他の政治的抑圧が増すにつれて、こうした宗教は先の見えない将来に不安を抱えている。
イギリスおよび国連の外交官を務めた経験を持つジェラード・ラッセル(Gerard Russell)氏は、今でもこうした宗教的少数派が息づいている中東の僻地を数年間旅して周り、その体験を『Heirs to Forgotten Kingdoms(忘れられた王国の継承者たち)』という本にまとめた。ナショナル ジオグラフィックは・・・
ヤジディ教は、中東で数千年もの間生き続けてきた数ある宗教的少数派の一つである。他にも、コプト教、サマリア教、ゾロアスター教などの宗教がある。しかし、イスラム教の過激化やその他の政治的抑圧が増すにつれて、こうした宗教は先の見えない将来に不安を抱えている。
イギリスおよび国連の外交官を務めた経験を持つジェラード・ラッセル(Gerard Russell)氏は、今でもこうした宗教的少数派が息づいている中東の僻地を数年間旅して周り、その体験を『Heirs to Forgotten Kingdoms(忘れられた王国の継承者たち)』という本にまとめた。ナショナル ジオグラフィックは、ロンドンにあるラッセル氏の自宅で話を聞いた。
◆この本のテーマは、中東に存在する忘れられた宗教についてですが、私たちにとっても、こうした宗教を覚えておくことはなぜ重要なのでしょうか?
それにはいくつかの理由があります。まず、8月にイスラム国(IS、またはイラク・シリアのイスラム国:ISIS、イラク・レバントのイスラム国:ISIL)がイラク北部でヤジディ教徒へ攻撃を仕掛けたのを世界が目の当たりにしました。これらの宗教は今でも迫害されており、人道的観点から私たちは彼らのことを知る必要があります。また、中東の宗教は世界のどこにいても私たちに関わってきます。イスラム教は世界的な宗教です。その歴史には寛容と迫害の両方が存在し、そこから学ぶことは、今後の行く先を見据えるために重要です。
◆これらの宗教の中には、エジプトのファラオ時代やバビロニア時代まで遡るものもあります。彼らが現代まで生き残ることのできた地理的背景とは何だったのでしょう。
ほとんどの宗教はイラクに固まっているのですが、そこには宗教を育む環境がありました。イラク南部に広がる広大な湿地帯は2~3世紀ごろ、外部の世界から離れて自然へ帰る生き方を求める人々に最適な場所でした。当時、ユダヤ教やキリスト教の思想を汲んだいわゆるカルト集団はこぞってこの土地を目指しました。
◆この地域を隅々まで、時にはかなり田舎の僻地にまで旅したそうですが、特に印象に残っている経験はありますか?
中東には大変興味があります。様々な宗教を信仰する友人も多く住んでいます。イスラエルの山地を訪れ、サマリヤ人が単に聖書に登場する人々というだけではなく、今の時代にも生存し、自分たちの信仰を守り、独自の聖典を持っているという事実を知ったのは驚きでした。
最もつらかったのは、8月にイラク北部でヤジディ社会の大変な状況を目の当たりにし、ひどい経験を聞かされた時でした。イラク南部の古代都市ウルを発掘したレオナード・ウーリー卿(Sir Leonard Woolley)が、美しい模様の布の端切れを発見した話を思い出しました。その端切れは5000年もの間、砂の中に埋もれていたのです。ところが、その時急に雨が降り出し、端切れは彼の手の中でみるみる溶けてしまったそうです。ウーリー卿はひどい喪失の念に襲われました。現代まで残っていた端切れが、まさに自分の目の前で消えてなくなってしまったのです。私も、数千年の時を越えて生き続けてきた宗教が、自分の目の前で消え去ろうとしているのを見て同じように感じました。
◆ヤジディ教徒たちは今、イスラム国からの新たな脅威にさらされています。イスラム国はどのようにして台頭してきたのでしょうか?彼らは、中東における宗教的少数派の存在を脅かす脅威となるでしょうか?
ISは、2003年の戦争に続くシリアとイラクの内戦という残虐極まりない環境の中で生まれた残虐な集団です。ISの戦闘員たちは、恐らくひどく残酷なものを目の当たりにし、経験して、自分たちも戦いに加わったのでしょう。丸々1世代分の若者たちが、大変な苦痛と流血という惨状の中で子供時代を過ごしてきたのです。それが第一のことです。
そして第二に、これが中東におけるより広範囲なイデオロギーの転換の中で起こったということです。50年前と比べて、今日の人々は自己のアイデンティティをより鮮明に宗教と関連付けるようになりました。そしてその宗教はしばしば、重武装化した醜い形を取っています。宗教とはこうあるべきだという極めて狭い視野を持ち、自分たちの考える真の宗教を損なうものに対して深い敵対心を抱いた人々が支援する集団です。
Photograph by Ari Jalal / Reuters