誰かとえっちした事を「〇〇を喰った」と表現する男性が現在とりわけ散見される。
何が問題なのかというと、この表現は「〇〇という人間を食べる」としてカニバリズムに当たる事である。
端的に言えば、佐川は自分の彼女を捕食的な意味合いで「喰った」わけである。
というのも昔「喰う」という表現は、例えば「人喰い鮫」のように人や物を文字通り食べる、
すなわち「〇〇が人肉を食べる」といった意味合いにきわめて近い。
しかしながら、現在の「喰った」はカニバリズム的な「喰った」という表現ではなく、
どちらかといえば、「ご飯を食べた」と同種の表現であろう。
人によっては、文字通り人(の肉)を食べたという意味合いに感じてしまう。
「喰った」はあまり聞かないけど。育ちがいいもので。 「処女を散らしてやった」は聞いたことがある。
まったく人を喰った話ですな。