(改題)なぜ、クーラー・洗濯機・冷蔵庫のない生活保護生活がありうるのか
みわよしこ | フリーランス・ライター
2013年8月からの生活保護基準引き下げの取り消しを求める訴訟にあたり、和歌山県で生活保護を利用している65歳の男性が以下のように語り、ネット上で激しい非難の対象となっています。
生活保護利用者多数の生活を取材させていただいてきた私から見ると、これは地方なら大いにありうる状況です。
なぜ、生活保護を利用していながら、このようなことになってしまうのでしょうか?
保護開始時の状況は人によってさまざま
この65歳の男性が、これまでに何年間生活保護を利用しているのか、保護に至った時の状況はどうだったのか、情報は全くありません。
ただ、生活保護を利用できている以上、
申請時・保護開始時の預貯金は非常に少なかった(その地域の生活扶助費の半分以下=約3万円以下)
という状態ではあったはずです。それだけの手持ち資金で、新規に生活用品を揃えるのは不可能です。
さらに、住宅を保有していたのか、賃貸アパートに住んでいたのか、定住所のない生活を送っていたのか、による違いもあります。
もし、保護開始以前と同じ住居に家電製品等の生活用品ともども住み続けていられたのであれば、こういう問題は発生しません。
おそらく、なんらかの理由で生活用品のない状態に陥り、十分にある状態には戻れていない、ということでしょう。
「家具什器費」は利用できるか?
被災・家具付きアパートからの転居・路上生活状態に陥る・長期入所・長期入院などの理由により、生活保護を利用して生活を開始するにあたって、基本的な生活用品の持ち合わせがないケースは当然あります。
このような場面に備え、生活保護には「家具什器費」というメニューが用意されています。利用できる条件は、下記の通りです。
金額の上限は25300円(真に止むを得ない理由によって足りない場合には40500円)です。
生活に必要な寝具・炊飯器・冷蔵庫・空調設備などををこの金額で全部賄うことは、まず不可能です。
上記資料によれば、自治体からは下記のような意見も出ています。
・ホームレス等家具什器を一切持たない者などに対しては、支給基準額の見直しが必要ではないか
・家具什器費の支給範囲を明確にしてほしい
・故障等により使用できない場合や、熱中症対策の観点から、冷房器具や、暖房器具の購入費など支給対象の拡大
金額が足りない、使える機会が少ない、使用可能な範囲が狭すぎる場合もある、という問題を自治体も認識しているわけです。
この男性の場合、もしかすると家具什器費の支給対象になっていたのかもしれません。しかし、寝具・コンロ・炊飯器・扇風機・簡単な家具・ちょっとした食器・鍋などを購入したら予算オーバーになってしまい、冷蔵庫・洗濯機・クーラーまでは手が回らなかった可能性は大いにあります。
生活保護の範囲内で貯金をして購入することはできるか?
では保護開始後のやりくりで、貯金をして新規購入することは可能でしょうか?
生活保護制度が保障するのは「健康で文化的な最低限度の生活」です。また預貯金が可能な額にも上限があります(地域によって金額は違います)。
そもそも最低限度の「フロー」部分しか保障されていないのですから、毎月の「フロー」から「ストック」の形成を可能にするやりくりは原理的に無理です。
さらに、新規購入だけが問題なのではありません。故障したときの修理費用に関しては生活保護制度ではカバーされないので、「壊れたら修理できず、そのまま」という例も多く見受けられます。
中古ショップや各種サービスがふんだんに存在する都市部の話ではない
東京23区、それも単身者が多く住んでいるような地域だと、たいていは中古家具・中古家電のショップがあります。また支援団体が中古家電製品をストックしておき、整備して安価に(冷蔵庫・電子レンジ・炊飯器で20000円とか)提供していたりすることもあります。このようなサービスを安価な寝具セットと組み合わせれば、エアコンと洗濯機を諦めれば、生活に必要な品々をなんとか40500円で揃えることが可能です。近くにコインランドリーがあるエアコンつきの物件に居住すれば、何とか暮らせるかもしれません。
しかし、特に単身者向けの中古家具・家電ショップ、安価な寝具を取り扱っている大手スーパーやホームセンター、コインランドリーなどは、地方に存在するとは限りません。「自動車を利用すれば買い物に行けるはず」? 自動車の保有も運転も、原則認められていないのに、どうやって?
標準的な家電製品を所有するのはゼイタクか?
生活保護制度が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」の内容は、まだ研究が始まったばかりといってよい段階にあります。関心がおありの方は、岩永理恵氏・堅田香緒里氏らによる研究をまとめたサイト「くらしのもよう」を見てみてください。ごく最近に行われた、都市近郊に住む典型的な単身勤労者を前提とした調査・研究です。
ここでは「基本的な生活に必要なものは何で、いくら必要か」も議論されています。必要な費用は、一ヶ月あたり約15万円程度と見積もられています。同地域の同世代の単身者の生活保護費(生活扶助+住宅扶助)を約2万円上回る金額です。
これまでの生活保護制度においては、
「その地域で70%以上の世帯に保有されているものは、生活保護世帯にも保有を認める」
という運用がされてきました。
このことから考えると、少なくとも、クーラー・洗濯機・冷蔵庫について
「いや、なくても暮らせるはずだ」
と批判するのは不当なのではないでしょうか。
結論:何もかも足りない
まず必要なのは、「健康で文化的な最低限度の生活」の内容を明確にすることです。
次に、この「最低限度の生活」が社会的生活を含んでいること、「最低限度の生存」ではないことを明確にすることも必要です。
具体的にどのような物品が必要なのかを明確にし、現物で支給するなり、その地域で現実的に入手可能な金額を「家具什器費」とするなりの対応も必要です。修理コストも考える必要があります。安価な製品・中古製品は、修理コストを考えると高くつくかもしれません。「壊れたら修理できない」では、「健康で文化的な最低限度の生活」は維持できないわけですから、修理費程度のやりくりはできる額まで生活保護費を引き上げるか、修理費にも買い替えにも「家具什器費」相当の費目を利用できるようにする必要があります。
もしかすると、
「立場の弱い人の状況に想像を及ぼさず、ちょっとした言葉に反応して大勢で叩くことを『恥ずかしい』と思わない多数の日本人のメンタリティ」
をただすことが、最初に必要なことかもしれませんが。