NHK高校講座 日本史「幕政改革」 2014.10.17

歴史に対する憧れと深い知識を持ったアイドルの養成所。
それが日本史研究の殿堂高橋歴史女学館である。
歴史は暗記するものではなく推理するもの。
館長の高橋です。
今日は「幕政改革」。
幕政改革といいますのは江戸幕府が行った政治改革の事です。
ではなぜ政治改革をする必要があったのでしょうか。
その理由何だったと思いますか?
(3人)う〜ん。
何だろう。
では質問を変えてみましょうか。
例えば君たちの毎月のお小遣いこれが少なくなってしまったり必要なものを買えなくなってしまった。
さあどうしますか?私だったらお菓子を我慢します。
え?私は頑張って働きます。
私は漫画もお菓子も欲しいけど縫いぐるみだけに全部使います。
ウフフフ。
我慢をして支出を抑えるか新たに収入を増やすか。
まあいずれにしてもそれまでの方法を変えようとしますよね。
今日は幕府の開設以来次第に支出が増える一方で収入が減少していった江戸時代中期に幕府がどのような政策・改革を行ったのかこれを見ていこうという訳ですね。
では今回の学ぶべき重要ポイントを見てみましょう。
今回の時代は…この時代になると財政の悪化をはじめとするさまざまな問題が現れ幕府は次々と政治改革を行っていきます。
それはどのような改革だったのでしょうか。
またどのような結果になったのでしょうか。
今回押さえるべき「三つの要」は…改革の必要に迫られた江戸時代中期の政治を見ていきます。
江戸幕府が成立してからおよそ100年後の80年間この間を見ていこうという訳なんですがこの時代になりますとね幕府の財政が悪化して旗本や御家人への俸禄つまり給料ですね給与を支給するのもままならないほどだったんですよ。
それでは「三つの要」に沿って見ていこう。
その一。
1716年徳川家康以来将軍職についていた徳川宗家が途絶えると御三家の一つである紀州藩主の徳川吉宗が八代将軍に迎えられました。
吉宗は29年間の将軍在職の間さまざまな新しい政策を実行して幕政の改革に取り組みました。
これを享保の改革と呼びます。
吉宗は…上米の制といわれる政策は諸大名に対して出された緊急の策でした。
そのかわりに参勤交代の際の1年間の江戸滞在期間を半年にして大名たちの負担を緩めました。
年貢の増収策としては毎年の収穫高に応じて年貢量を決める検見法を改め年貢を定額とする定免法を取り入れます。
これは米の出来不出来にかかわらず毎年安定した収入を確保する事をねらったものでした。
更に商人資本の力を借りて新田開発を進め米の増産を奨励しました。
こうした改革の結果幕府直轄領の石高はおよそ440万石にまで増え江戸時代を通じて最高を記録しました。
また吉宗は…江戸の町奉行に登用された旗本の大岡忠相は市政の改革に努め裁判や刑罰の基準となる「公事方御定書」を編集します。
また都市政策として火事の多い江戸に大名や旗本の火消しに加えて町方の消防としていろは47組を編成し町火消しの制度を作りました。
組ごとに…そして1721年には評定所門前に目安箱が置かれ広く庶民の意見を求めました。
その意見の中から小石川に庶民の医療施設として小石川養生所が造られました。
米の政策に重点を置いた吉宗の享保の改革は後の改革の模範とされました。
吉宗さんは思い切った改革をたくさん実行したんですね。
ちょっとかっこよかったです。
うん。
享保の改革はうまくいったみたいですね。
でもそれなら何でそのあとも改革を続けていく事になるんですか?ああ。
どうしてですか?館長。
う〜ん。
それを考えるためにですねこれを見て頂きましょうか。
これは江戸幕府の石高。
これを10年ごとにグラフにしたもんなんです。
幕府成立当初は石高は300万石弱だったものが吉宗の享保の改革後は440万石に増えました。
(生徒たち)おお〜。
江戸時代を通じて最高に達するんですよ。
ですが…。
ですがですよこれ。
これを見て下さい。
これは享保の改革の間の年貢の収納率の変化です。
収納率というのは取れたお米のうち年貢として納めさせた割合です。
1716年には34%だったものが1744年には38%に上がってるんですね。
増えてる。
って事は吉宗さんは増税もしていたって事ですか?はい。
享保の改革は幕府の財政を改善させましたが農村にとっては増税政策だった。
つまり農民の生活が苦しくなっていくんですね。
そこでこれ以上の増税は無理と判断して別な方法で財政再建に取り組む人物が現れます。
おお。
お〜。
それでは「三つの要」その二を見てみよう。
享保の改革の後新たに幕府の財政再建に力を注いだのが…田沼は十数年間にわたり実権を握り極めて強い権力を振るいました。
田沼は年貢による収入には限界があるとして発展しつつあった商業に幕府の財源を求めます。
商人や職人の同業者で作る仲間組織に株仲間という営業許可書を与え商品の仕入れや販売の独占権を認めました。
その見返りとして営業税を徴収しました。
また市場経済を発展させるため新しい貨幣を鋳造させます。
当時江戸では主に金貨が大坂では銀貨が使われ貨幣価値は相場によって変化しました。
田沼は良質の銀を使った南鐐二朱銀という貨幣をつくりこの銀貨8枚で金の小判一両と定めました。
江戸でも大坂でも使いやすい貨幣を導入し流通を活発にしようとしたのです。
次に田沼は長崎貿易に目を付け輸出を増やそうとします。
産出量が減少していた金や銀に代えて蝦夷地などから集められた俵物と呼ばれる干しあわびふかひれなどの海産物を新たな輸出品としました。
そして金や銀を輸入し南鐐二朱銀などの貨幣鋳造に利用したのです。
また田沼は蝦夷地の開発やロシアとの交易を計画し外国に目を向けた政治家でもありました。
田沼の政策は発展してきた市場経済を取り込み幕府の財源とした事は現実的で新しい面を持っていました。
しかしその一方で特権や地位を得ようとする商人や武士によって賄賂が公然と行われ政治の公平性が損なわれました。
火山灰が降り注ぎ農作物に大きな被害をもたらしました。
天明の大飢饉では東北地方を中心に多くの餓死者を出し全国でおよそ100万の人々が亡くなったといわれています。
田沼は天災による社会不安の中で次第に勢力を失い1786年失脚。
多くの政策は中止となりました。
田沼意次は財政再建のために商業を重視したんですね。
そうなんですよ目の付けどころはよかったんですよ。
よかったんですが残念ながらうまくいかなかったんですね。
更に自然災害にも見舞われ田沼の政治は挫折をします。
そして百姓一揆や米蔵などを襲う打ちこわしこれが全国で頻繁に起こるようになりました。
それが引き金となってまた新たな改革が始められます。
それでは「三つの要」その三を見てみよう。
天明の飢饉が続く中1787年全国の主要都市で打ちこわしが相次いで起こりました。
特に江戸では町じゅうの米屋などが襲われ幕府は強い衝撃を受けました。
この時老中に抜てきされたのが白河藩主松平定信です。
定信は田沼政治を否定し八代将軍吉宗の政治を理想として改革を進めました。
この定信による改革政治を寛政の改革といいます。
まず取り組んだのは飢饉への対策でした。
囲い米という制度を設け米を蓄えるための貯蔵庫を各地に設置させ凶作や災害の備えとしました。
また…当時江戸では関東の農村から貧しい農民が流れ込み行商などを行ってその日暮らしの生活をしていました。
定信は出稼ぎを制限し旅費や補助金を与えて農村に帰る事を勧める旧里帰農令を出して農業人口の確保に努めました。
一方江戸の石川島に無宿人と呼ばれる人別帳から外された人々を収容する人足寄場を設けます。
ここで技術を身につけさせ職業を持たせようとしたのです。
学問を重視した定信は…また庶民に対しては風俗を乱すと考えられた浮世絵や書籍の出版を禁じる出版統制令を出し風俗の取締りを強化しました。
定信の厳しい改革は民衆ばかりではなく幕府内部の反発も招き在職6年余りで退陣に追い込まれました。
厳しすぎるのはやっぱり長く続かないですよね。
うん。
私は無理です。
ある程度自由があった方がいいと思います。
うん。
でも私たちの校則は厳しくないですよね館長。
はいはい。
我が女学館これは自由な校風がモットーですから。
(3人)やった〜。
イエ〜イ。
自由です!寛政の改革は幕政を一時的に引き締めました。
ですが民衆の反発を招いた上に定信と将軍家斉との対立もありまして長くは続きませんでした。
でもその反面人足寄場のような社会政策や試験で人材を決めるという政策これはその後の社会に大きな影響を残したといえると思います。
我が女学館の特別講師佐伯先生です。
(一同)よろしくお願いいたします。
さあ先生今日はどんなお話でしょうか。
今日はですね今日学習した寛政の改革にまつわるお話をしようと思うんですけども寛政の改革が起こった一つの原因というのが天明の大飢饉というものだったんですね。
その天明の大飢饉の最中に浅間山が大噴火を致しまして土石流がこうが〜っと村々を襲ったんですね。
もし土石流で自分の家が流されちゃったりあるいはお友達の家がなくなったりしたら皆さんだったらどうします?
(3人)え〜?ボランティア活動とか…。
助ける…?小学校の体育館でみんなで一緒に生活します。
そうですね。
今だとそういった事が行われると思うんですけども実はそういった事っていうのは今に始まった事だけではなくて当時からもそういう事が行われていたんですね。
(3人)へえ〜。
ある村が土石流に埋もれてしまったんですけどもその時にその近辺の村々の人たちが救いの手を差し伸べてくれましてお米を寄付したりとかお金を寄付したりとかあるいは家をなくした人たちのために小屋を建ててあげたりとかそういった事までしてくれたんですね。
その時幕府っていうのはどうなんですか?幕府も救いの手を差し伸べてくれたんですけども幕府が助けてくれたのはもっと後の事で…。
時間がかかるんだ。
それよりも近所の人たちの救いの手っていうのが早かったんです。
それだって明日困るもんね。
近くにいてその被害のひどさを知ってる人たちが助けてくれたんですね。
ボランティアっていうと今の言葉のような気もしますけども実はボランティアっていうのは昔から日本人の心に生きてるものなんですね。
いわゆる助け合いという精神ですかね。
そうですね。
そういう意味ではこの歴史から学ぶ事って…。
大切ですね。
大切ですね。
そうですね。
やっぱりそうやって歴史から学ぶ事っていうのが実はたくさんあって一つ一つの事柄を覚える事も大事なんですけどもそういった昔の精神というのを学ぶ事も歴史の意義なんですね。
やっぱり歴史から学ぶ事って大きいね。
そうですね。
う〜ん。
だからこれからも是非一生懸命歴史を勉強してほしいなと思います。
大丈夫です。
歴女3人大変なものです。
先生ありがとうございました。
(一同)ありがとうございました。
日本人いいなあすてきだなあ。
助け合うってすごいよね。
うん。
美しい。
現実的な政治を行おうとしたが…享保の改革を模範とした定信の厳しい政治は…2014/10/17(金) 14:00〜14:20
NHKEテレ1大阪
NHK高校講座 日本史「幕政改革」[字]

日本の今は、誰が、どのように作り上げたのか? 日本史研究の殿堂、高橋歴史女学館がその謎に迫る。出演:高橋英樹・AKB48(向井地美音、土保瑞希、込山榛香)

詳細情報
番組内容
今回のテーマは江戸時代中期に幕府がおこなった政治改革。幕府の支出増大、鉱山収入の減少、全国の人口増加、貨幣経済の浸透などの社会の変化に加え、天災や飢饉などの危機に直面した18世紀初頭以降、江戸幕府は深刻な財政難に直面した。それらの危機に対応するため、18世紀を通じてさまざまな対策がおこなわれた。それぞれ異なるアプローチで行われた政治改革は、どのような目的や狙いがあったのかを解説する。
出演者
【講師】高等学校教諭…佐伯英志,【出演】土保瑞希,向井地美音,込山榛香,【司会】高橋英樹,【語り】杉村理加

ジャンル :
趣味/教育 – 中学生・高校生
趣味/教育 – 大学生・受験
趣味/教育 – 生涯教育・資格

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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