日曜美術館「忘却の海を巡る冒険 ヨコハマトリエンナーレ2014」 2014.10.12

地下鉄の構内。
実はあるものを探す旅の真っ最中です。
早速発見したのは…。
ゴミ袋の山。
その中に佇むクマのような不思議な物体。
実は韓国のアーティストが作ったブロンズのアート作品です。
戸惑いながら探しているのは心の奥にある忘れ物。
港町・横浜。
今3年に一度の現代アートの祭典「ヨコハマトリエンナーレ2014」が開かれています。
テーマは…捨てられたオモチャや古い写真に刻まれた記憶。
巨大なゴミ箱の中に積み上がるガラクタ。
ふだん忘れてしまっている事や失われていくものの中にこそ大切な何かが潜んでいる。
そんなメッセージを秘めた19か国65組の作品が集まりました。
今回「芸術監督」を務めるのが現代美術家・森村泰昌。
「忘却」をテーマに中高生とアートの世界を巡る冒険に挑戦しました。
(森村)よしいくぞ。
せ〜のよいしょ!何もする事がない。
違和感がある。
(ベルの音)やって来たのはトリエンナーレのメイン会場横浜美術館。
(一同)こんにちは。
こんにちは〜。
迎えたのは…開幕して間もない会場に中高生を案内します。
外見てきました?暑いね。
どうだった?いくつか見ました?外で。
どうでした?ゴミ袋が…クマ?動物の形になってるのがなんでこうしたのかかよく分からない。
分かんないねそうだよね。
そうそうなんです。
これはね…そうなんだよな。
何これ分からない。
分からないけどなんか面白そうだって思ったらちょっと一歩前のめりになってほしい。
前のめりになってこれ何だろうななんて言ってると作品が何かを語りかけてきてくれますから。
写真や名画の中に自分自身が入り込む。
森村はこの手法で世界に知られるアーティスト。
ゴッホの自画像と思いきや顔に絵の具を塗った森村の写真です。
今回森村は子供たちがアートの世界を体験するプログラムを企画。
準備段階から作品に触れる機会を作ってきました。
参加したのはアートに関心がある横浜市内の中高生。
制作中の作品に興味津々。
その中の8人と会場を巡ります。
まずこれだ。
でっかいこれ。
これはマイケル・ランディさんというイギリスの作家が作った「アート・ビン」という作品なのね。
高さ7mの巨大な作品…「ビン」とはゴミ箱。
その名のとおり中にはさまざまなアートのゴミ。
もとは作者の思いが詰まった絵画やオブジェ。
実はこのゴミは会場に来た人たちが捨てたいらなくなったアート作品。
開催期間中も増えていきます。
作者のマイケル・ランディは現代のイギリスを代表するアーティスト。
(たたく音)森村がゴヤの女性像に扮した作品。
出来上がりに納得がいかずずっと倉庫にしまっていたものです。
これは…随分長い間。
う〜んそうねぇ…。
いくぞ。
押してよそっち大丈夫?結構力入ってる?よしいくぞ。
せ〜のよいしょ!よしいくぞ。
せ〜のよいしょ!せ〜のよいしょ!ゴミ箱っていうのはどういうものかなって考えてこんなふうに私は思いました。
はい。
誰か読んでもらって…はい。
「ゴミ箱とは『忘却の容れ物』である」こういうふうに考えました。
人間が生み出す膨大な量の忘却にまなざしを向ける。
森村が考えたテーマです。
さっきまで近くにあったのに遠くの方行っちゃったみたいな。
なんか寂しい…。
でもこれはいずれ忘れちゃうんだろうなっていう。
寂しいですね。
なんか勢いよく捨てられる…。
まあ自分のじゃないんですけどいらないっていうのから解放されるみたいな。
さよならする…。
ありがとうみたいな感謝も込めて一緒に。
なんかすっきり。
人の作品なのにすっきりしたっていう。
子供の頃っていろいろ僕たち空想を巡らせたりかなりイマジネーション豊かな場所にいたと思うんですね。
それがだんだんと大人になっていく事で現実的な世界に着地していく。
その中で中高生って今ちょうど子供を卒業しこれからやがて大人になろうとする中間の非常に不安定な場所にいる人たちだと思うんですけれど。
ですからこういう美術の展覧会を見ながら豊かなイマジネーションをねかきたてられつつそしてそのままその豊かなイマジネーションを持ったそれをキープしながら大人に成長していくというふうになればいいなと思いますね。
さて次はどんな「忘却」が待っているのでしょうか?「アート・ビン」の作品とは全く違う空間にやって来ました。
最初の展示コーナーに森村が付けたタイトルは…あるのは白い絵の具と僅かに残る筆の跡。
手描きで丁寧に塗られた線の軌跡。
何考えて描いたんだろうって。
横断歩道にしか見えなくて…。
この空間が思い出させてくれるものとは?考えた。
これ「気配」っていう言葉。
「気配」ってなかなか表現が難しい言葉ですがないみたいに見えるんだけど漠然と感じられる何か様子みたいな。
「そろそろ秋の気配が感じられますよね」なんて言い方をします。
これ秋の気配なんだよ。
秋というものが明瞭な形にまだなってない。
何か空気の気配のようなもの。
目にも見えないし形もないもの。
そういったものを僕たちは感じる能力があってその感じる能力を絵に表してみたらこんなふうになるんじゃないか。
それぞれの作家によって白い気配でもその白い気配の中に作家ならではの感じ方がある。
どうでしょうか皆さんどんな気配を感じるかどんな空気感をこの絵から感じるでしょうか。
白の線と灰色の太い線の2色…2種類だけなんでなんか落ち着いた感じの静かな感じがします。
複雑な線とかなく全部一直線だから何だろう…物足りなさというか…寂しさ。
ああ全然違うね。
違和感がある。
この白い線の事ね。
それが不思議。
違和感がある。
うん面白いね。
ここは…「ささやきルーム」。
このようにここを言ってます。
それぞれいろいろな作品があるんですけどその作品がそれぞれの何事かを…ささやいてる感じ。
壁に掛かっているのは同じ画家の作品です。
海空。
鉛筆や木炭で精密に描き込まれたシリーズ。
そのすぐ隣に「銃を撃つ手」。
ふだん見ないもの。
あとはふだんいつも見てるような何気ない空とか海とか。
なんかほんと…テーマが違う。
1938年ラトビアに生まれた…生まれてすぐ戦争で難民となりナチス占領下のドイツで幼少期を過ごしました。
その後アメリカに渡り画家として活動しています。
セルミンスはベトナム戦争の間だけ銃や戦闘機のシリーズを描きました。
誰が誰に向けて引き金を引いたのか。
手がかりになるものは何も描かれていません。
いろいろな戦争体験をこの人はしてるんですね。
そういう人がこういう絵を描いてる。
こういう背景をちょっと知るとこの絵がぐっと深みを持って私たちに語りかけてくるわけです。
普通に一枚の…もしかしたら子供の手かもしれない。
あるいは女性の手かな。
そういう本来こういう銃を持つにふさわしくない人が銃を持ってる。
銃を持たざるをえない状況というのを感じますよね。
それってすごくつらいものを感じさせますよね。
ささやきに耳をかたむける目を近づけるっていうねそういうのがいいかもしれません。
どう思う?えまあ…ムキムキっていうか…もしかしたら誰にっていうんじゃなく自分に言い聞かせてるのかもしれないね。
これは何か人間の運命戦争が起こってしまうとかみんな戦争なんて起こしたくないかもしれないんですけどそれを起こしてしまわざるをえないというかそういう運命みたいなものが非常につらい。
そういう事を自分で作者がねかみしめるっていうかそういう絵かもしれませんね。
自分は…怒っているように見えました。
ああ…。
アハハハッ。
見える見える。
「ヨコハマトリエンナーレ2014」。
港の埠頭にもう一つの会場があります。
開幕直前準備が追い込みに入った7月下旬。
今日は「ヨコハマトリエンナーレ2014」新港ピア会場にやって来ました。
今まさにこの新港ピア会場で作家の方たちが作品作りをしている最中です。
その現場にお伺いしたいと思います。
失礼します。
こんにちは。
失礼します。
やなぎさんよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
これはもう目に…大きさが飛び込んできたんですけどウロコがこういうふうに見えて羽がトレーラーのようなものに…。
翼竜ですね。
翼の竜ですね。
は〜なるほど…。
海外でも活躍し近年演劇にも取り組むやなぎみわ。
このトレーラーは荷台が開いて演劇の舞台になるという作品です。
トレーラーを飾るのは精霊や神々と共にある日本の原風景。
舞台で演じられるのは…老婆たちを乗せたトレーラーが熊野や恐山などを巡る物語です。
言ってみれば…そしてまた変化していくと思うんですけど常に普遍的にそれがどこかに立ち上がってしまうんです。
まさに忘却の地を積んで巡礼の旅…。
そうですね。
巡礼のためのトレーラーですね。
ちょっと想像もつかない開き方をします。
期待なさって下さい。
すごいですね!えぇ〜…。
(やなぎ)「日輪の翼」でしょう。
ああふわ〜っと…。
えぇ〜…。
うっわ〜階段…。
ちょっとなんかもうデコトラの進化系みたいな。
そのとおりですね。
すごいですね。
小説に登場する架空の花夏芙蓉。
このトレーラーで全国を漂流し公演を繰り広げます。
おぉ〜…。
あの…完全なステージですね。
壮大な…演劇になりそうですねこれは。
なればいいんですけどね。
そういう舞台になればいいんですけど。
さあみんなはどのように感じるでしょうか。
こういう感じ…。
山のように積まれた本。
はいどうぞ自由にみんなペラペラめくって下さい。
なんか変な本だと思いませんか?どう?え?逆ね?読める?読めないね。
逆さまになってるでしょ全部文字が。
こういうのを「鏡文字」っていいますけど。
左右が反転した鏡文字で書かれた本。
もとになっているのは1953年に書かれたSF小説「華氏451度」。
舞台は読書が禁じられた架空の社会。
本を持つ者は逮捕され本は直ちに燃やされます。
人々が思考力も記憶力も失っていく物語。
本だけど…なるほど。
本を燃やされないために本を残すために逆さまにしておいたと。
すごいね。
何が正しくて何が間違ってるかなんて誰も分からないよね。
だからいろんな意見があった方が絶対いいんですよ。
今日みんなに見てもらいたいなと思うのはあの作品ね。
今遠くから見てますね。
あの黒いパネルの作品です。
黒い作品でなんかチラチラしてるでしょ。
あの作品をだんだんだんだん近くに寄っていってほしい。
まず分かった人言ってみて下さい。
あれあれ。
あの作品。
なんか書いてあるでしょ。
なんて書いてありますか?「何もすることがない」って書いてある。
黒い強化プラスチックに小さな文字が彫り込まれています。
「何もすることがない」と題した彫刻作品。
戦後現代彫刻の旗手として活躍。
2005年「つくらない彫刻家」宣言をして以来制作を絶っています。
まず一つはね腱鞘炎になってしまうんです。
(取材者)細かくやりすぎて。
うん。
慣れないうちは。
最初は喜んで一生懸命書いてたんですけど腱鞘炎になってからは一日の分量を決めてしまってそれで何行か書いたら今日の仕事はおしまいと。
でまたあしたと。
大体これで1か月ちょっとぐらいです。
できるのが。
何かしないといけないというのは今まで自分は彫刻家だから彫刻を作らないといけないなというのはずっとありました。
このフレーズをとにかく毎日書く事によって今日が終わると。
それでまた明日の残りの仕事が残ってると。
その繰り返しが僕にとったら心地よいというんか生きていける原動力というのか。
やっぱり何かする事があった方がいいと?やっぱ思いますね。
思いますか。
あの…何もする事がないんじゃなくて多分何もする事がないという事を選んだんだと思うんですこの人。
ここになんか描いてある絵が。
これ何ですか?何でしょう?ミミズ?ミミズ。
ミミズが描いてある。
なんでミミズ描いてあるんでしょうね。
これね多分ミミズって何か人生の目標持ってないと思うんですよ。
ミミズって単に地面を這ってる。
単に地面を這って生きてるんですけどでもミミズなりに一生懸命生きてるんですよ。
そのミミズなりに一生懸命生きているっていう事がやっぱり命の輝きになる。
何かする事がある事より前に何もする事がなくても一生懸命生きてる事って事が一番大事な事ほんとは。
でもそれって結構忘れられていて。
とにかく一生懸命生きる。
生きているとその命が輝いてくる。
そういう意味では僕たちはミミズと何ら変わりのない生き物なんです。
と僕は思うけど。
(オルガンの音)
(ベルの音)
(ベルの音)見えるものだけじゃなくて実は制作した道具も遺品を使っていてドライバーとかはんだごてだったりとかそういう見えないところから準備段階から一緒に作っていくというような。
ほんとに捨てられてしまうと思ってたら心が寂しい思いをされてたんですけどこういう形でもう1回再生できた事は多分喜んでられるんじゃないかなと思うんですけど。
あ〜見えました。
すぐ分かるなあ。
うわ〜…。
忘却巡りの旅最後を飾るのは廃棄されたゴミやガラクタで作られた記憶濾過装置。
は〜…。
すごい…うわ〜…。
うわ煙が…。
あっ大竹さんよろしくお願いします。
どうも。
ちょっともうあの…会場の中でひときわノイズをこう醸し出してます。
廃材などを使った作品で第一線を走り続ける…この部分はなんていうかな船のパーツ船の胴体を要するにこのページサイズにカットして。
最初はこのサイズの本を作ろうと思った。
煙も…。
そう煙もね量調整みたいな。
は〜…。
またすごい装置ですねこれは。
結局濾過器みたいな事なんだよね。
記憶濾過装置みたいなね。
これはほんとに拾った濾過器なんだけど。
落ちてた。
は〜!「道端にいいの落ちてるよ」みたいに教えてくれる若者がいて。
「絶対好きだから見に行こう」とか言ってねそういう時は言われたらすぐ見に行くんだよね。
いろんなとこで出会うものっていうかね拾うものによってそこから流れが完成の方に向かっていく事が多いんだけど特に今回は偶然拾ったものが着地点を導いてくれたというかね。
そういうのが結構強い作品ですね今回は。

(歌謡曲)
(歌謡曲)
(歌謡曲)秘密基地っぽいし色使いはポップな感じだけど小物が古めかしくて独特な雰囲気があるなって思いました。
適当なのか分からないですけど…忘却を巡るアートの旅。
どんな忘れ物に気づきましたか?今…お化けに見える。
これは…。
気づきそうで気づかない思い出しそうで思い出さないって事が多分いっぱいあると思うんだ。
例えばそうだなあ…朝ごはん覚えてる?忘却って我々がすっかり忘れてしまってる事ですよね。
すっかり忘れてしまってる事ってほんとにいろいろといろいろすっかり忘れてしまってると思うんですが。
でもね忘れてもこういうのってどっかに記憶残ってるもんなんですよ。
でなんかの時にふと思い出したりする。
それは5年とか10年かもしれない。
5年後10年後に見た時にまた全然違ったものに見えてしまったりするんですね。
それはとても大きな変化でものを見る目がもっともっと深まって全然別の見え方してるかもしれないね。
もう忘れてしまっていいと思う。
「面白かったねこれ」で。
でもしっかり自分の中に残っていたらそれは必ず思い出してくるからね。
そうなるといいな。
2014/10/12(日) 20:00〜20:45
NHKEテレ1大阪
日曜美術館「忘却の海を巡る冒険 ヨコハマトリエンナーレ2014」[字][再]

海外からも多くのアーティストが参加する現代アートの祭典「ヨコハマトリエンナーレ」。美術家・森村泰昌が中高生と会場を巡る。アートとの出会いが生む驚きと発見の冒険。

詳細情報
番組内容
3年に1度、横浜を舞台に開かれる現代アートの祭典「ヨコハマトリエンナーレ」。今回、美術家の森村泰昌がアーティスティック・ディレクターを務め、「忘却」をテーマに、海外からも多くの作品を集めた。その会場で、森村と中高生がアートを巡る冒険を繰り広げる。時に難解といわれる現代アートの世界、しかし一歩踏み出して飛び込んでみれば、驚きと発見が待っている。最先端のアートを紹介しながら、冒険の様子をドキュメント。
出演者
【出演】美術家…森村泰昌,【司会】井浦新,【語り】伊東敏恵

ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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