気持ちよく体を動かす事はできましたでしょうか?それでは皆さんどうぞ良い日曜日お過ごし下さい。
「NHK俳句」第2週の選者は小澤實さんでいらっしゃいます。
どうぞよろしくお願い致します。
よろしくお願いします。
今日の兼題は「鹿」。
冒頭の句は小澤さんの句。
はい。
鹿というみやびな動物なんですけれども奈良公園なんかでちょっと近寄ってみると獣臭かったりするんで。
確かに。
その落差を詠んでみました。
詠む時の注意点といいましょうか。
どんなふうに詠んだら…?声を詠む和歌以来の視点と最近は全国で田畑を荒らす害獣としてもいますのでそういう面からも詠めると思います。
いろんな面が詠めますね。
はい。
ゲストをご紹介致します。
今日のゲストは考古学者の小林達雄さんにお越し頂きました。
ようこそお越し下さいました。
ありがとうございます。
小林さんは縄文研究の第一人者でいらっしゃいます。
小澤さんが今最もお会いしたい方という事でお越し頂きました。
縄文という時代には俳句の謎を解き明かす秘密が隠されてるような気がするんですけど。
なるほど。
実はその縄文時代の開幕は今から1万5,000年以上遡ったそういう古きになります。
私はその時を縄文革命と呼んでるんですけれども。
革命ですか。
はい。
それはその前の時代の旧石器時代その旧石器人というのは遊動的な生活を送ってたんですね。
しょっちゅう動き回らなければいけない。
食べ物を求めて。
それに対してその縄文革命によって定住的なムラを営むようになった。
これが大きな違いになります。
そしてそのムラを営む周りにはハラが展開しておりましてそこに自然がずっと維持され残されてきたんです。
その自然と共存共生して縄文文化というものが形成されていたというふうに言う事ができるかと思います。
自然との距離が近い文明だった訳ですね。
まさに一体となったそういう文化。
これは大陸には見られません。
今日の兼題の「鹿」も縄文時代にはとても近しいものだった?そうですね。
縄文人にとっての動物性たんぱくの双璧が猪と鹿なんですよ。
しかも鹿は単に食べ物としての肉を求めただけではなくて毛皮から始まって今出てるような釣り針だとか銛だとかそういう道具作りの重要な材質を提供してくれたんです。
そしてこれは枝角の所を利用して見事な彫刻を施したそういうものなんですけれども埋葬されている人骨の腰の辺りから発見される事がしばしばありまして我々はこれを腰飾りと呼んでるんですがこの腰飾りを身につけた人というのは特別な人物なんですね。
だから鹿の骨は単なる材料だけじゃなくてそういう世界観とかそういうものにも関わりを持っていたという事を伝えてくれてる訳です。
そういう時代に小澤さんは俳句の謎を解くヒントがあると…。
また後ほどそういうお話もよろしくお願い致します。
それでは入選句ご紹介してまいります。
まず1番です。
「鹿の糞」なんてものをよくぞ堂々と詠んだものだなと思うんですけれども鹿の糞の大きさだとか質感だとか硬さだとかその辺りをよく捉えてると思うんですよね。
コロコロね。
楽しい句です。
そうですよね。
では2番です。
いかがですか?この句は。
この「打ち合ひて」というのはまさにパートナーを獲得するための命懸けの戦いですね。
それに勝った雄鹿の角がひときわ目立って輝いてる。
そこにオーラを感ずるようなそういう思いがしますね。
そうですね。
「二段角」という最後の止め踏み込んだ。
単なる角ではなくて二段角が決まりましたね。
雄々しいって感じの二段角ですよね。
3番です。
これは害獣として駆逐された鹿ではないかと思うんですが猟をやってる人にそれをもらったところなんですけど本当物質感そのものですね。
鹿の肉の尊さみたいなものも「はち切れそうに」で表現されてると思います。
では4番です。
先生いかがでしょう?私も動物を見る時は体全体というよりもむしろ目に目が行っちゃうんですね。
それをよく捉えてるんじゃないかと思います。
この「瞬きせぬ」というのは作者の目が瞬かないのかそれとも鹿が瞬きもしないで澄んだ眼差しを向けてくれてるのかという両方にも重なってるようで。
そして「何を見る」というのもそうですね。
何か風景を見るんじゃなくて行く末を自分の有り様を見るというようなものにつながってくるような気がします。
深い鑑賞をして頂いてうれしいですね。
「鹿の眼差し」。
瞬きをしないのは鹿が瞬きをしないんだと思うんですけれどもそれは鹿だけではなくて作者本人と重なってくると読めますね確かに。
神々しい鹿が描かれています。
では5番です。
駅のアナウンスなんでしょうね。
鹿が衝突して列車が出なくなったという事を言ってる訳ですけれども。
長野県なんかに行くとこういう事よくありまして鹿と人間の関わりをうまくすくい上げています。
何か近しいというかのどかな感じもしますもんね。
6番です。
これはありがたい鹿ですね。
伝説の中で温泉の在りかを教えてくれる鹿ですね。
長野県には鹿教湯温泉という鹿が教える湯という名前の温泉もありますけれどもそんな事も想像できました。
7番です。
「弥山」というのは厳島神社の山なんですけれども。
宮島の。
ええ。
この「弥山」っていう地名まで踏み込んで使ったのがなかなかよかったんじゃないでしょうかね。
この厳島の大きさが出てそしてそこに住まう神の神々しさが表現されていると思います。
8番です。
屋久島の鹿なんでしょうね。
この鹿に会うという事を予想していてそして会った喜びが出てると思うんですよね。
鹿を驚かさないようにでも鹿の気配は確かに感じてじっくりと味わいながら擦れ違っている。
この鹿との出合いというのを本当に味わっているいい句だと思います。
9番です。
これは害をなしている鹿だと思うんですけれども現代はヘリコプターで追い払う事までしてるんだというところが驚きました。
新しい鹿の句だと思うんですが先生いかがでしょう?本来は蝦夷鹿は先住民なんですね。
そこに人間が押し込んでいった訳で。
それを今や残念ながらヘリコプターで追い払うというような事になってるんですけれども私は蝦夷鹿にちょっと同情心がありましてこれは遠くで見ていて私は我関せずというようなそういう立場ならいいんだけれども自らがヘリコプターを操縦して追い払うというのはちょっと怖いなという気がしてこれを「ヘリコプターが」にしたらどうなるのかなと思って読まさせて頂きました。
そうするとちょっと客観的になりますよね。
それもまた景が見えて面白いんですけれども僕は自分自身が乗り込んでっていうところに積極的な面白みがあると思ってこの形で頂戴致します。
結構助詞でやっぱり解釈が違ってきますもんね。
本当に1字が大事なんですよね。
そうですね。
以上が入選句でした。
特選三句をご紹介する前に「俳人のことば」をご覧下さい。
結婚しました昭和26年の句です。
まだ終戦から6年は過ぎてましたけど街の復興はまだまだですね。
ちょうどその当時に新築した家の縁側に私と妻が並んでね何となく空を仰いで冷たい空に冷たい光なんですね。
今から出発なんだけれども何かもう終末へ向かってるようなそういうむなしいものをその当時感じたんですね。
春のね暖かい日ざしの中ですね柔らかい草の上にごろりとひっくり返るんですね。
そして空をふっと見ますとどこからかチョウチョがふわ〜っと湧いてくるんですね。
これが自分が横になったから自分の血もまた横に脈々と流れる。
何か情熱のようなものを僕は感じたんですね。
それでは特選句です。
まず第三席はどちらでしょう?竹村翠苑さんの句です。
二席の句です。
覚正徳子さんの句です。
一席はどちらでしょう?服部真六さんの句です。
誇らしい勝利の姿が確かに描かれてるんですけれどもその奥に苦闘の様子ですね長い2頭の争いの姿も想像できるところがすばらしい一句だと思います。
以上今週の特選でした。
ご紹介しました入選句とそのほかの佳作の作品はこちら「NHK俳句」テキストに掲載されます。
俳句作りのためになる情報も参考になさって下さい。
続きまして…ここを変えれば入選していたというあと一歩をクリアーするポイントを教えて頂きます。
今日は動詞を減らすという事をお話ししたいと思います。
こちらの句でお願いします。
よく描かれています。
親鹿を追う小鹿が横切ったその景がライトに浮いているという事ですね。
ただちょっと動詞が多かったですね。
「浮く」があって「追ふ」があって「横切りぬ」があるという事で上五中七下五にそれぞれ動詞が入っている。
これはもうちょっと減らしたいですね。
という事で「ライトに浮く」を「ヘッドライト」に変えてみます。
「ヘッドライト」というふうに言えば「ヘッドライトの光の中に」という意味になりますので1つ省略されます。
俳句はやはり名詞中心にしたいというふうに思います。
そうすると締まるんですね。
動詞が増えれば増えるほど緩む形になってしまうんで少しでも動詞を減らす工夫をなさって頂きたいと思います。
では今度は投稿のご案内です。
それでは小澤さんの年間のテーマ「季語について考えておきたいこと」です。
今日は「本意と本情」という事をお話ししてみたいと思います。
「本意と本情」。
今出ました。
とても季語にとって大事な言葉で「本意」というのは本来あるべき様最も詩的な状況という事ですね。
今日の「鹿」という題で言いますと鹿というのは鳴く。
秋になって鳴いている状態というのが本意なんですね。
それで「万葉集」の時代からずっとそれが詠まれてきました。
そして鹿という言葉が秋の季語になったというのもその本意と関わっている訳ですね。
鹿は鳴く秋という季節が最も詩的なので鹿と秋が結び付いたと。
ちょっと悲しげな。
そうですね。
そういう季語の成立には欠かせない言葉なんですよね。
ただそれで営々と詠み継がれてきますとやっぱりマンネリズムに陥るという事がありましてそのマンネリズムという事を問題に感じていた芭蕉は「本情」という言葉も使いだします。
「本意」に対して「本情」という事ですけれども。
本意というものを自分の実感で確かめて使うという事ですね。
伝統的に使われているからそのまま使うというんじゃなく自分の実感で自分の感覚でもう一度その本意を捉え直すというのが本情という事になります。
芭蕉の句を。
芭蕉の句大好きな句なんですけれども。
芭蕉晩年の句で…。
奈良で夜の鹿を聞きます。
声を長く引っ張って鳴く声が悲しいというんですけどその鳴き声を芭蕉は「びい」というふうに聞き取りました。
この「びい」という音を聞き取ったのがすばらしいと思うんですけれども。
これは歌人たちが聞く事ができなかった芭蕉独自の音なんですよね。
それを聞き取ったという事が本情を生かしたという事になると思います。
本情を発見したという事になると思うんです。
その鳴き声「びい」と聞いたという事ですけどもその鹿非常に縄文時代には近かったという事でしたが縄文の人はどう聞いてたんでしょうね?遡ってそれをつかむ事はできませんけれどもいろいろな音を耳で聞きながらそれを転換していくと言いましょうか縄文人の言葉で繰り返し反すうしていく。
そういう事が確かにあったんじゃないかというふうに思いますね。
鹿は縄文人と深い関わりを持っていた。
それの伝統は「万葉集」なんかにもつながってきておりまして全部で「万葉集」には59首ぐらい鹿を詠んでる句があります。
鳴き声を詠んでるのがそのうち40句ありますね。
その中の一つに…芭蕉は「びい」と言いましたけれども「かぴい」というそういう表現があります。
芭蕉も…おっしゃるように縄文人的なところに相当近いところにいたという事がよく分かるんですけれども。
そういうのをオノマトペ…鹿の「か」も「かぴい」から来たのではないかというふうにも推測されてるんですね。
そういう説があるんですね。
からすの「か」もそうですしそれからちんちん千鳥も鳴き声から千鳥となったというような考え方は結構注目されてます。
それを擬音語というんですがオノマトペ。
そのオノマトペは本当に日本語には豊富でして人類の言葉というのは世界各地で6,500以上あるとされてますけれどもその中でずばぬけて擬音語が日本語には多いんですね。
春の小川はさらさら流れたり風がそよそよ吹く。
こんなのはほかの言葉にはないんです。
そういう意味では大変特徴的な…。
そしてそれこそが縄文人と自然との共感共鳴を如実に反映してるんじゃないかと思います。
そしてそれが文化的遺伝子としてずっと大和言葉を通じて現代の日本語の中にも生きていて日本語の中に生きているその文化というのは日本文化そのものの一部であるというふうに見る事ができるんじゃないかと思います。
自然との近さをオノマトペは表している訳ですね。
そうでしょうね。
ほかの国にはないそれはやっぱり私たちのこれから大切にする自然との関係を象徴してるものとしてもっともっと大切にそしてそれを俳句を通じて大切さを実践するという事になればいいかと思います。
俳句の中で使うのはとっても難しいんですけれどもそれ生かしていかなきゃいけないと思いますね。
でも私たちがふだん使ってる「さらさら」とか「か」とかそれも縄文の人がある程度聞いたものがという事なんですね。
一番自然と共存共生した長い期間が縄文の1万年以上の歴史ですからそこから出てきたんだろうというふうに。
根っこは。
縄文に私興味を持ちだしたのは芭蕉の「奥の細道」の深川の所で田植え歌の句と併せて芭蕉が栗の花の句を残しているのでハッとしたんですけれども。
「世間の人は気付かない花である栗の花を軒に育てている。
風流人である事よ」というふうに深川に住んでる人を褒めている挨拶の句なんですけどこの句に芭蕉が弥生の奥の縄文を意識してるんじゃないかという気がしたんですけど先生いかがでしょう?意識してるか無意識かはまたこれは議論のあるところかもしれませんけれどもね確かに縄文人というのは栗との関わりは本当に尋常じゃないんですね。
どんぐり類から始まって栗というのは主食の一つです。
それを品種改良して大粒のものまで作る事に成功してるんですね。
そしてそのほか単なる食べ物ではなくて記念物としての巨木を柱として立てるというような事も…。
大きな栗の木があったんですね。
それも栗の木なんです。
俳句は縦に書いて小さいものだけれども天と地を結ぶものではないかって私考えてるんですけれども縄文時代のモニュメントとしての栗の柱とどこか遠くつながってるんじゃないかっていう気もしてるんです。
いかがでしょう?面白いですね。
そういう可能性は低いとは思いません。
確かにそうですね。
直径1mを超えるようなそういう柱をわざわざ立てる。
それは栗であるという事で…。
夏至だとか冬至の太陽が出てくる方に向けて立てる訳ですよね。
そうですね。
軸をそこに向けたりとか非常に興味深いそして縄文人の知的なレベルというのも侮れないというところを我々に示してくれてます。
縄文の人たちの自然との共感と言いましょうかそれが今の言語そして俳句というものにも結構つながってきているとそういう事。
そうですね。
ありがとうございました。
今日は小林達雄さんにお越し頂きました。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
それではこの辺で失礼します。
(きてき)2014/10/12(日) 06:35〜07:00
NHKEテレ1大阪
NHK俳句 題「鹿」[字]
選者は小澤實さん。ゲストは考古学者の小林達雄さん。小林さんは縄文研究の第一人者。自然を身近に感じる縄文人の感覚は、現代人の中にも生きているという。題「鹿」
詳細情報
番組内容
選者は小澤實さん。ゲストは考古学者の小林達雄さん。小林さんは縄文研究の第一人者。自然を身近に感じる縄文人の感覚は、現代人の中にも生きているという。小澤さんは、縄文時代に俳句の謎を解く鍵があると考えている。題「鹿」【司会】桜井洋子アナウンサー
出演者
【出演】小林達雄,小澤實,【アナウンサー】桜井洋子
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
趣味/教育 – 生涯教育・資格
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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サンプリングレート : 48kHz
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