宮城県南三陸町。
その集落は小さな入り江にありました。
集落の名は波伝谷。
波が伝わる谷と書きます。
震災前までは80世帯260人が暮らす半農半漁の昔ながらののどかなところでした。
津波で集落は壊滅。
今ひときわ目を引くのが震災の2年後に建ったレストランです。
季節を問わず連日のように団体客が訪れています。
ん〜!お客さんが自由に書けるノートにもこんな言葉が躍っています。
料理に使われる食材はほとんどが地元でとれたもの。
例えばウニ漁が盛んな季節は…。
殻付きの新鮮なウニでもてなします。
料理には波伝谷の魅力を伝えたい…そんな思いがあふれています。
メニューを決めるのは波伝谷生まれの波伝谷育ち三浦さき子さん。
(女性客)メカブもおいしい。
うん。
店の一角にこんなものが…。
魚をとる網に取りつける浮球です。
ご記憶の方もいるのではないでしょうか。
津波で流された浮球がアラスカで発見され日本に返ってきたというニュースが全国に流れました。
あの浮球はさき子さんが津波で流された前の店に飾っていたものだったんです。
(拍手)
(さき子さん)はい返ってきましたよ。
返ってきた浮球がさき子さんの背中を押しました。
店の再建を決意したのです。
そして今では波伝谷の人たちみんなが顔を合わせ語り合うことが出来るかけがえのない場にもなっています。
(一同の笑い声)
(スタッフ)今日カラオケで盛り上がってましたね。
メニューを決めるさき子さん。
買い出しも行います。
今日ですか。
今日はホタテです。
(スタッフ)何枚?ホタテ40枚。
ここは漁協の直売所。
まだ仮設の建物です。
2468…。
あっ間違えて余計に入っても…。
(販売員)はいよ。
(さき子さん)今日もいっぱい来ますからお客さんが。
(販売員)ああありがとうございます!波伝谷のある南三陸町。
漁業の盛んな志津川地区は全国でも指折りのタコの産地です。
また全国の90パーセント以上が宮城県産といわれるギンザケその養殖発祥の地でもあります。
改めてふるさとについてさき子さんに聞いてみました。
自然に恵まれてるっていうのかね…。
いいところです。
海の恵みとともに店のメニューに欠かせないのが敷地の中に畑があるのでいつもとれたてです。
店の名は農漁家レストラン慶明丸。
調理場にはさき子さんの幼なじみや
(女性)さきちゃんイクラは真ん中にのっけていいんですか?メニューがあるといってもそれはさき子さんの頭の中。
気心の知れた仲でなければスムーズにはかどりません。
名物のタコ。
一説によれば志津川のタコはアワビを食べているからおいしいんだとか。
出来上がりました。
さき子さんのこの日のおまかせ定食。
ちなみにこちらは冬の料理。
メカブの色が鮮やかに変わっていきます。
おっやってますね。
カニの甲羅に燗酒を入れて…。
これがたまらないんですよねぇ。
正直生ものは食べないんですよどこに行っても…。
うちでも食べないんですけども。
ここに来てすぐ海のものをねとってすぐですから食べられますよって言われたのでいただきました。
カキとかねホタテとか。
すごくよかったです。
そもそもさき子さんが店を始めたのは50歳の時。
これが津波で流される前の慶明丸です。
33歳でご主人を亡くし4人の子供を女手ひとつで育ててきたさき子さん。
子育ても一段落して新しいことに挑戦しようと思ったのだといいます。
店の名前にもさき子さんの気持ちが込められていました。
初めて…お父さんが初めて船を造った時に自分の名前と息子の名前とをとってそれで慶明丸っていう船を造って…。
それがあと私がレストランをやる時に名前を何にしようかっていった時に船の名前をそのままつけてっていうことで慶明丸にしたんで…。
浮球に書かれた「慶」は夫慶吾さんの名前でもあったのです。
津波でゆかりのものは写真一枚残っていません。
さき子さんのもとに残っているのが浮球と津波の時船に父親のヘルメットを載せて沖合に出た長男の三浦明弘さん。
父親と同じ潜水士の仕事をしています。
6月。
明弘さんは漁に出ました。
震災後やっと今年から始まったウニ漁です。
波伝谷港を出ておよそ30分。
船が漁場に着いたようです。
早速潜水服を身につけていきます。
その重装備たるやとても一人で着ることは出来ません。
ムラサキウニです。
漁が始まりました。
ウニの潜水漁。
先端が鉤状になっている金属の棒で次々にウニをかごの中へ…。
もちろん小さいウニはそのまま残しておきます。
かごがいっぱいになると船に引き揚げられます。
海の中の明弘さんに報告します。
(船上のスタッフ)黒いっつうか茶色いやつ。
(明弘さん)「たまに?」
(船上のスタッフ)うんたまに。
スタッフの報告を受け明弘さんは自分でも身の具合をチェックしながら漁を続けます。
潜る時間は1時間半。
これを一日に2回から3回繰り返します。
決して楽な仕事ではありません。
半分ぐらいしか…。
明弘さんが潜水士になったことにさき子さんは複雑な思いを抱いていました。
シーズンが来ると明弘さんがとってきたウニが人気メニューになります。
(女性客)うわあー!これ今日ですね海から揚げてきたのでそれでまだ…トゲもいかいかしてて動いてます。
これがこの日のおまかせ定食です。
(女性客)うわあすごーい!おいしい。
(さき子さん)おいしいでしょう?おいしい。
ん〜!フフフ…。
私はここで生まれてここで育ってこんなふうにのんびりと…ゆっくり話をしながらやっていけたらいいなって。
ここの津波のこととかを伝えながら本当にここのことをね…。
お客さんは南三陸町にやってきたボランティアの人たち。
みんなの心に料理に込めたさき子さんの思いがちゃんと届いていました。
慶明丸はここ波伝谷の中でも大切な役割を果たしています。
例えば仮設住宅からみんなが出てきてこんなささやかな集まりが開かれることも…。
いいよ。
ほらよう取りなさいよ。
炊きたてのお赤飯をいただきあるおばあちゃんの誕生日を祝うはずだったのですがいつの間にかみんなが主役に…。
ついつい話がはずみます。
18でさ…ええーって思うよね。
だから結婚したくなくてさ。
慶明丸さんの慶はお父さんの慶。
慶が戻ってきましたって…。
お父さんと結婚するのが嫌じゃなくてまだ18や17でさ結婚っていうのが…。
だってその時は…。
(一同の笑い声)4月。
小高い山の上に本殿があり津波の被害をかろうじて免れた戸倉神社に波伝谷の人たちが参拝します。
明弘さんです。
神事を取り仕切る役についていました。
髪の伸びてるおめえの姿見るの初めてだからわからなかったよ。
波伝谷春祈祷。
獅子舞は奈良時代に高僧が伝えたともいわれはるか昔から波伝谷の悪霊退治そして大漁豊作などを祈願してきました。
獅子頭が津波に流されずに残り震災の翌年に復活することが出来た獅子舞。
今年も波伝谷の人たちが暮らす仮説住宅の空き地でお囃子と熱演です。
(お囃子)その頃慶明丸ではさき子さんが獅子舞を迎える準備をしていました。
この音が聞こえるところになるとああおらほさもうすぐ来るんだっていうのでやっぱりみんな準備でそわそわなります。
やってきました。
獅子が家屋敷から悪霊を追い払う時は裏口から入るのがしきたり。
(お囃子)そして舞を披露します。
はいよいよいよいよいって。
はいご苦労さん。
その日の夕方のことです。
さき子さんが調理場でうれしい悲鳴をあげていました。
そのあと火止めてちょうだい。
はい。
乾杯!
(一同)乾杯!春祈祷に参加した波伝谷の人たちが慶明丸に集まり宴会が開かれたのです。
笛や太鼓のお囃子で活躍した中学生の姿も…。
りゅういち!どうも今日はありがとう!ご苦労さんね。
(さき子さん)今日はご苦労さんね。
ああいやいや。
うん。
仮設住宅で暮らす人久しぶりに帰ってきた人祭りが終わりみんなの心は一つになっていました。
(一同の笑い声)ねえこんだけ人が集まってもらうってことは本当に本当にうれしいですよね。
8月。
慶明丸に子供たちの声が響きます。
横浜から長女が家族みんなで帰ってきたのです。
(スタッフ)きれいなお孫さん!今週の『日本!食紀行』は一軒のレストランが地域の人々を繋ぐ場になることを学びました。
ここからは家族の物語。
さき子おばあちゃんが大好きな萌々ちゃんです。
(スタッフ)何とったの?ナスとピーマンとトマト。
これから枝豆を…。
自分から積極的にお手伝いをする萌々ちゃん。
(萌々ちゃん)やばーい!明日持っていったら?波伝谷では何をしても驚きの連続です。
大丈夫?手危ないから気をつけてよ。
(萌々ちゃん)うん大丈夫。
(さき子さん)あとそれスプーンで食べてもいいようにしなさい。
さき子さん横浜では珍しいだろうと殻付きのホタテを用意していました。
乾杯!
(一同)乾杯!おかえり!ただいま!
(さき子さん)ありがとう!家族水入らずの食事。
さき子さんもくつろぎます。
幸せな時間が流れていきます。
しかしさき子さんがここに至るまでの道のりは決して平たんではありませんでした。
いやいやいや…ただ厳しかったです。
それがね…。
それが本当にはい…。
家族に囲まれているとさき子さんにはふと込み上げてくることが…。
今も心の中に生き続けている夫慶吾さん。
震災後の物語もアラスカから返ってきたこの浮球から始まりました。
農漁家レストラン慶明丸。
津波のあと波伝谷のこの地域は住むことが出来なくなりました。
しかしさき子さんの心は深く根をおろしています。
次回の『日本!食紀行』は山形県。
「受け継がれる絶品!枝豆」に学びます。
2014/10/12(日) 06:00〜06:30
ABCテレビ1
日本!食紀行[字]
南三陸の農漁家(のうぎょか)レストランに密着!とれたてウニや、新鮮で真心こもった海鮮定食が大人気!ここで頑張るお母さんには奇跡と感動の物語がありました!
詳細情報
◇番組内容
海と山に囲まれ、新鮮な食材がそろう宮城県南三陸町。震災後、地元民から親しまれていた「農漁家レストラン 慶明丸」が奇跡の復活を遂げました。津波でレストラン、自宅を失った主人公…レストラン再開のきっかけは、ある奇跡的な出来事でした。震災から1年が過ぎたころ、店の前に飾っていた浮き玉が南三陸町から、およそ5000キロ離れた、アラスカの地で見つかったのです。その後、浮き玉は主人公のもとへ返ってきました。
◇番組内容2
「私は、ここで生まれて、ここで育った。これからもここで生きていく…」レストランは、地域に暮らす人々が集まる場所としても、その役割を果たしています。主人公が抱く故郷への思い、そして大切に守っていきたい「味」とは?
◇番組内容3
日本全国各地の「食」を通して、地域の歴史や文化、人々の英知や営みを学び、温かいコミュニティーなどを四季折々の美しい風景とともに描き出す教育ドキュメンタリー番組。
◇ナレーション
大友康平(俳優/ミュージシャン…宮城県出身)
◇音楽
エンディングテーマ曲
Bom Dia ! / 柏木広樹
◇制作
企画:民間放送教育協会
制作著作:東北放送
◇おしらせ
☆番組HP
http://www.minkyo.or.jp/
この番組は、朝日放送の『青少年に見てもらいたい番組』に指定されています。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
趣味/教育 – 生涯教育・資格
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
映像
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日本語
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