(ナレーション)
霊峰比叡山
山上には伝教大師最澄が開いた壮大な仏教寺院延暦寺がある
延暦寺の総本堂である
延暦7年最澄が燈して以来1200年の時を越え一度も消えることなく受け継がれる…
比叡山の麓…
落ち着いた佇まいを見せる町の一角に延暦寺の末寺東南寺がある
別名戸津堂とも呼ばれる古刹である
(読経)
(獅子王さん)ちょうど我々の心の中に…。
毎年8月21日から25日の5日にわたって延暦寺の夏の行事戸津説法が行われている
最澄が里人のために法華経の功徳を説いたのが始まりだという
かつてはここ東南寺と生源寺観福寺の3か所で30日間にわたって行われていた
この戸津説法で説法師を務めた僧侶は天台座主への登竜門をくぐったことになるのだという
かつて法華経の説法が行われていた生源寺
最澄の生誕地と伝わる古刹である
神護景雲元年西暦767年8月18日最澄は三津首百枝の一人息子として生を受けた
最澄を授かる前百枝は比叡山の前峰八王子山に籠もり7日間にわたって子授けを祈願したという
八王子山は遠い昔から神が降臨する山として崇められてきた
その麓に社がある
全国に3800余りある日吉神社日枝神社の総本宮である
今からおよそ2100年前崇神天皇7年の創建と伝えられている
延暦寺を開いた最澄は自らの出生にゆかりある八王子山の麓の日吉大社を天台宗の守護神と崇めた
境内に立ち並ぶおよそ40の社殿
その中心は山王七社と呼ばれる7つの社である
祭神は大己貴神
天智天皇が皇城鎮護を願って大和国の三輪山から勧請したとされている
祭神は大山咋神
日吉大社で最も古くからられる山の神である
東本宮の前には樹下宮が鎮座する
そして…
以上5つの社は山麓に鎮座することから里宮と呼ばれる
残りの2社は八王子山の頂に鎮座する
参拝にはつづら折りの急峻な坂道を登らなければならない
やがて懸造が美しい三宮宮と牛尾宮が姿を現す
三宮宮と牛尾宮の間に屹立する…
神が降り立つ磐座と考えられている
最澄は唐に渡り天台宗の本山国清寺で修行した
その国清寺は鎮守の神として山王元弼真君をっていた
日吉大社を天台宗の守護神とした最澄は国清寺に倣い神社の祭神を山王と呼び崇めた
こうして日吉大社は延暦寺と一体となり天台宗が流布するとともに山王信仰も広がっていったのである
神様も仏様も一緒に皆さん…我々を守護していただいて具体的には国家繁栄とか国家安全果ては人々の幸せに至るまで神仏が一緒になってこの山をお守りをしていると。
ひいては国をお守りしてると。
日吉大社のシンボル…
鳥居の上の合掌組みは神人仏が一つになることを表しているのだという
明治政府の「神仏分離令」以前神と仏は一体であった
その名残が西本宮に伝わる
(祝詞奏上)
床下に残る下殿
明治以前ここで仏教儀礼が行われていた
(祝詞奏上)
かつて仏像が安置され仏具が掛けられていた祭壇
その上に祭神がられているという
(祝詞奏上)
5月26日延暦寺の僧侶が日吉大社に参じた
これから西本宮で大事な法要が行われる
(祝詞奏上)
法要に先立ち神職が祝詞を上げた
高座で僧侶が向き合い天台宗の根本経典「法華」八巻を講じる山王礼拝講である
(声明)
(声明)
(声明)
神社の伝えによると万寿元年西暦1025年の3月12日八王子山の木が一斉に枯れてしまった
神職が神に尋ねたところ延暦寺の僧侶が修行を忘れ遊興にふけっていることへの神罰だという
それを聞いた延暦寺の僧侶たちはことごとくはせ参じ法華八講を修した
それが山王礼拝講の始まりだという
伝教大師最澄が開いた比叡山延暦寺
そしてその麓にある古社日吉大社
神と仏が一体だった歴史を伝えている
南山城の禅刹一休寺の秋をご紹介します
2014/10/12(日) 06:15〜06:30
MBS毎日放送
美の京都遺産[字]
「比叡山延暦寺・3」
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
福祉 – 文字(字幕)
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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
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