美の巨人たち 菱田春草『黒き猫』 2014.10.11

(小林)よく寝る子だから猫。
それが猫の語源ともいわれています。
ふわふわと柔らかそうな毛並み。
思わず手を触れたくなりますが…。
猫って気まぐれなんですよね。
でもかわいくて憎めない。
明治の終わり芸術家たちを魅了した1匹の猫がいました。
といってもそれは絵の中の猫です。
その黒猫に触発され詩人の北原白秋は詩のなかで黒猫と語らい…。
竹久夢二は愛する女性に抱かれる黒猫に我が身を映します。
近代日本画の速水御舟は苔の上でのんびりと過ごす愛らしい黒猫を描きました。
更に展覧会を訪れた新聞記者は…。
見る者をひきつけてやまない黒猫。
その魅力は思わず触れてみたくなるふわふわの毛並みに。
警戒心をあらわにした鋭い目。
今日は黒猫のお話。
一度見たらあなたも忘れられなくなるかもしれません。
重要文化財に指定された名作です。
今日の一枚。
縦およそ1m50cm。
幅およそ50cmの作品です。
季節は秋。
柏の葉は色づき曲がりくねった幹の上に1匹の黒猫が佇んでいます。
黒猫のふわふわとした毛並みが思わず触れてみたくなるようなリアルな質感を醸し出す一方で…。
陰影のない柏の木や奥行きの感じられない背景はどこか装飾的な印象です。
幹はいびつな形に曲がっています。
まるで黒猫が座る場所を確保しているかのように。
幹と接する黒猫の足は線で縁取られ輪郭がはっきりと描かれていますがその体に明確な線はありません。
やわらかな毛並みはどのような手法で描かれたのか?リアルな黒猫と平面的な背景というアンバランスにも思えるこの作品を描いたのは…。
36歳で世を去った夭折の画家です。
死の前年に描かれた黒猫。
その革新的な画風に誰もが驚いたといいます。
菱田春草の革新とは何か?ブームを巻き起こした黒猫の魅力とは?その黒猫は春草の近所に住んでいた猫でした。
お〜い炭持ってきてくれ!おいいねえのか?女房の野郎またどっかでおしゃべりしてやがる。
女ってやつはなんだってあんなにおしゃべりが好きなんだ?なあクロ。
(クロの鳴き声)オメエは静かでいいな。
余計なおしゃべりも仕事の邪魔もしねえ。
でもちゃ〜んと俺のそばにいてくれる。
女房よりオメエのほうが気が楽でいいや。
あ?ヘヘヘッ…。
焼き芋屋のおじちゃん!クロ貸して!ん?なんだ画家さん家の坊主か。
おい焼き芋いらねえか?今日はいらない。
おじちゃんクロ貸して。
なんで?お父さんには時間がないんだ。
あと5日で絵を描かないと。
なんだって?5日で絵を描く?そうだよ展覧会に出すんだ。
クロをモデルってやつにするのか?真っ黒に塗りゃいいもんな。
ハハッ。
よし持ってけ泥棒。
ハハハッよ〜しよし。
展覧会に出す?そんな絵で大丈夫かね?ねぇ?明治40年に始まった国主催の展覧会文展。
春草は第3回の文展で秋の木立の風景を描いた『落葉』を出展。
最高賞を受賞します。
翌年の文展には妻をモデルにした作品を考えていました。
しかし構図に迷い何度も描き直すうちに妻は貧血で倒れ出品期日の5日前に別の絵に切り替えたのです。
それが今日の一枚『黒き猫』でした。
わずか5日間で描ききった絵。
そこには春草の天才的な発想と卓越した技法。
そして黒猫に込めたある想いが…。
今日の一枚『黒き猫』は36歳の若さでこの世を去った菱田春草が死の前年に描いた作品です。
病と闘い日本の画壇と戦った人生でした。
明治7年現在の長野県飯田市に生まれた春草は16歳のときに上京し…。
校長の岡倉天心を師と仰ぎ1学年上の先輩木村武山横山大観下村観山らと競いながら絵の腕を磨いていきます。
実験を繰り返し新たな日本画を模索し続けた春草がわずか15年の画家人生で到達した領域とは?春草は20代半ばで日本画の伝統技法である輪郭線を用いない新しい日本画に挑戦します。
色彩と面だけで日本特有の湿度と大気をとらえようと試行錯誤を重ね納得のいく作品を描き上げたのです。
しかし世間から受けた評価は濁っている汚い不明瞭。
線を廃し空気を描こうとした春草の新たなスタイルは朦朧体と揶揄されます。
絵は売れなくなり生活は困窮していきます。
そこに追い打ちをかけたのが病。
春草は網膜炎を患い画家にとって命ともいえる視力に異常をきたしたのです。
医師からは絵を描くことを禁じられ療養生活を余儀なくされます。
8か月後ようやく執筆を許され制作したのが『落葉』です。
この作品で見せた春草の新たな挑戦。
それは地面を俯瞰して見たような構図です。
奥に行くほど落ち葉は薄れ何もない空間へとつながる。
春草はそう語っています。
面とは余白のこと。
文展のあとに描かれたもうひとつの『落葉』は更に余白を増やし全体に不思議な空気を漂わせています。
今日の一枚『黒き猫』は『落葉』に続く大いなる実験でした。
黒猫を除けば紅葉した柏の木と余白が占めるこの構図。
これは琳派の手法です。
平面的な表現で同じモチーフを繰り返し描き画面にリズムを作り大胆に余白を生かす装飾的な美。
春草も同じ葉脈を描いた平面的な柏の葉を繰り返し配してリズムを作り出しています。
そして装飾的な樹木の下には大胆な余白が。
そこに薄い墨で陰影のない幹を描き黒猫をのせたのです。
しかし春草の挑戦は単なる琳派の継承ではありません。
注目すべきはリアルに描かれた黒猫の存在。
平面的で装飾的な背景の中に立体的で写実的な黒猫が収まっている。
この対比こそが春草の新たなる試みでした。
今日の一枚菱田春草の『黒き猫』は背景の柏の木が琳派の手法で平面的に描かれているのに対し黒猫は立体的に描かれています。
相反する2つの世界をつないでいるのが幹です。
仮に幹をなくしてみると黒猫が宙に浮いているような違和感があります。
実は春草は幹を程よく曲げそこに黒猫をのせることで画面全体に安定感をもたらしているのです。
更に色も黒と親和性のあるグレーにすることで立体的な黒猫と平面的な柏の木を見事に一体化させています。
しかもふわふわで立体感のある猫の存在は画面全体に輝きを与えています。
春草の緻密な計算が新たな日本画の世界を作り出したのです。
ところでこのふわふわの毛並みどのように描かれたのでしょうか。
どうしたクロ震えてるじゃねえか。
画家さんちで何かあったのか?えっなぁクロ。
おいどこ行くんだ!なんだよそんなにいやだったのかよ。
ちょっと隣をのぞいてくるかな。
ちわっ誰かいますか?焼き芋持ってきましたよ。
なんだ誰もいねえのかよ。
え〜っ?何にも描いてねえじゃねえか。
あ芋屋のおじさんクロは?オメエのお父さん全然描いてねえじゃねえかよ。
うん。
あと5日でどう描くつもりなんだ?知らない。
クロが逃げちゃったよ。
もう探してくる。
黒猫なんて黒いだけなんだから。
こう描いて…。
難しいな。
黒猫じゃねえほうがいいな。
真っ黒だとこうなっちゃう。
春草は『黒き猫』以前にも猫の絵を描いています。
猫の毛の描き方を見てみると細い線で一本一本描いています。
これは毛描きと呼ばれ動物を描くときの伝統的な手法です。
毛描きでリアルに描き出された猫。
一方『黒き猫』…。
ふわふわの毛はどうやら一本一本描いたものではないようです。
うっすらとぼやけたような…。
いったいどうやって描いたのか…。
ぼかしで動物を描く…。
日本画の常識を破る手法でした。
日本画家の荒井経さんにその手法を再現してもらいます。
ぼかしは日本画の伝統的な技法のひとつ。
墨を置いたら水を含ませた筆で線をにじませます。
ふわふわの毛並みはそう簡単には表現できないといいます。
墨を置いてはぼかす。
この作業を何度か繰り返します。
一度薄い墨で塗ったところに塗り重ねてみると少しふっくらとした雰囲気が出たようにも見えますが春草の黒猫にはまだまだ及びません。
更に塗り重ねてみましたが…。
春草はふわふわで真っ黒な猫をどのようにして描いたのか?ぼかし以外にもあった驚きのテクニックとは?今日の一枚。
春草の黒を生み出す驚きの技法とは?日本画家の荒井さんは春草の黒の再現に欠かせないものがあるといいます。
それは日本の伝統的な顔料胡粉。
胡粉を混ぜた墨で塗り重ねていくと確かに黒さが増してきました。
更に荒井さんは裏彩式という技法で裏からも胡粉を混ぜた墨を塗ります。
すると黒に輝きが加わりました。
春草がどういう方法で黒を表現したのかは解明されていませんが日本画の伝統的な技法の組み合わせでここまで近づけることができました。
春草がこの絵の制作に費やすことができたのはわずか5日間。
まずは背景の柏の木を1日もかけずに仕上げたといいます。
そして残りの時間のすべてを黒猫の描写に費やしました。
春草は限られた時間のなかで自らが持つ日本画の技を駆使しあの輝くふわふわの猫を描ききったのです。
たとえ5日間でも新しい日本画を生み出したいその一心で…。
そしてこの『黒き猫』が春草最後の文展出品作になりました。
なぁクロ。
オメエの絵大人気だぞ。
なに?モデルがいいから当たり前?ヘヘヘ!まあしかしなあのふわふわはオメエそのものだよ。
だってさオメエ耳が横にパーっと広がってさ警戒心丸出しじゃねえか!すぐ逃げられるように足ふんばってさ。
そんなに嫌だったのか?うん?なんだか黒猫が春草さんに見えてきたよ。
春草さんも何かを恐れてたのかな?だからこそその…なんかよくわかんねえけどさすごい力が猫に…。
考えすぎかな?この秋『黒き猫』がこちらの美術館にやってきます。
わずか15年の画家人生最後の代表作です。
死の前年病に冒された身体で挑んだ新たな日本画でした。
柏の葉は心地よいリズムを刻みまっすぐにこちらを見つめる黒猫の瞳からはまだ何かに挑もうとする画家の情熱が伺えます。
菱田春草作『黒き猫』。
革新を追い求め続けた画家の最後の挑戦。
今この男の一挙手一投足を世界が見つめている。
2014/10/11(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち 菱田春草『黒き猫』[字]

毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の一枚は、多くの芸術家を魅了した名作、菱田春草作『黒き猫』。

詳細情報
番組内容
今日の一枚は、見る者を惹きつけてやまない、菱田春草作『黒き猫』。北原白秋、竹久夢二など多くの芸術家を触発したこの掛け軸は、重要文化財に指定されています。描かれた黒猫のふわふわとした毛並みは、思わず触れたくなるほど。一方背景は装飾的。その革新的な画風は誰もが驚いたと言います。春草の革新、黒猫の魅力…そこには天才的な発想と卓越した技法、そして黒猫に込めたある想いが。夭折の画家人生で到達した領域とは…?
ナレーター
小林薫
音楽
<オープニング・テーマ曲>
「The Beauty of The Earth」
作曲:陳光榮(チャン・クォン・ウィン)
唄:ジョエル・タン

<エンディング・テーマ曲>
「India Goose」
中島みゆき
ホームページ

http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/

ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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