ファッション音楽エンターテインメント。
新たな文化が次々と生まれエネルギーに満ちていたあの時代昭和。
多くのカルチャーを発信し人々をひきつけてやまなかった街。
それが…。
新宿駅東口界隈です
急速に移り変わるその街の中で大切に守られてきた昭和の面影。
変わっていない感動と懐かしさに数々出会えるのです。
今回はそんな新宿に残る昭和の頃から続く歴史あるスポットのみをランキング。
題して…
若者たちが集った思い出の場所新宿で産声を上げブームへと発展した文化。
この街には仲間と声高らかに熱唱した歌声喫茶に伝説のライブハウスなど若かったあの頃夢中になったものが今も存在。
扉を開ければ青春の日々に戻れます。
そして時代を超えて愛される美味も…。
変わらない味が記憶を鮮明に呼び覚まします。
懐かしいあの頃がよみがえる昭和の思い出探しへと出かけましょう。
今回は新宿駅の東口新宿3丁目に昭和から残るお店のみにスポットを当てます。
ということで本日のテーマ…
早速BEST20から
昭和の終わり頃まで戦後の面影を残していた新宿駅南口。
今はビルが建ち並ぶこの場所で一軒だけ時代に忘れ去られたようなお店があります。
昭和56年からこの地で営業
その頃大ヒットしたのが寺尾聰さんのこの曲です
客席を埋めるのは昭和の頃新宿で青春を過ごした男性たち。
店の魅力は豪快でおいしい酒のつまみです。
そして…
と言われながら愛されるご主人は極めて寡黙。
接客に余計な会話は一切なしです。
店の名物中華風もつ炒めのかわいいメニューは常連さんが書いてくれました。
ここにもお客さんの愛情がたっぷりです。
串元という店名ながら肉はフライパンで調理。
お酒が進む濃いめの味付けです。
付け合わせのタマネギも豪快。
青春時代のスタミナがよみがえりそうです
新宿通りから一歩路地へ。
ここで初めて豚骨ラーメンを食べたという関東人も多いことでしょう
熊本で創業し昭和43年に東京・新宿に進出。
3億円事件があったこの年はグループサウンズ全盛期でした
今でこそ豚骨スープはポピュラーですが開店当初東京では…
そこで注意書きを掲げました
その効果か多くのメディアに取り上げられ有名店となったのです。
今でも作り方は変わりません。
自家製のマー油に麺は熊本直送の中太ストレート麺。
豚骨白湯スープにも昭和からの長い歴史が詰まっています
新宿駅東口の雑居ビルの地下に構える喫茶店凡はもともとアルタ裏で昭和50年代前半に創業。
ロッキード事件が世間を驚愕させたその頃街には中村雅俊さんのこの歌が流れていました
ご主人がお客さんに合わせて選ぶというカップはなんと中には一客50万円のカップも。
昭和の時代新宿には個性的な喫茶店文化が花開いたのです
昭和40年代後半から営業を続けるのがタイムス。
店の内装は創業時のまま。
ホットパンツやベルボトムジーンズが流行したこの頃大ヒットしたのがGAROが歌ったまさしくこの曲です
タイムスという店名の由来は入り口に置かれた新聞紙。
創業当初特注で作った棚に毎日15種類の新聞が並びます。
小腹が空いたら卵の上にウインナーを裏表交互にのせたトーストサンドを。
新聞を読みながらゆったりとした時間を喫茶店で過ごす。
そんな人生のゆとりもまた昭和の置き土産です
昭和54年創業のカレー店ガンジー。
当時若者たちの心を震わせたのが…
カレー屋さんにしては渋い内装ですが実はこちら以前はスナックだったのです。
ママは映画シミ金シリーズで活躍した女優
息子さんがカレー屋に変え現在はお孫さんが跡を継ぎます。
創業当時からの人気メニューがチェダーチーズとトマトのカレー。
昭和の新宿青春の味です
紀伊國屋書店の地下飲食店街を行くといつも漂うカレーの匂い。
モンスナックは東京オリンピックの年に創業しました。
当時ヒットしたのがペギー葉山さんの『学生時代』
若き船越さんがよく食べていたのはこちらが元祖と謳うさらさらのカレー。
50年にわたって変わらない味です
昭和20年代後半から大流行し集団就職の若者たちも多く通った歌声喫茶。
そのブームの火付け役となったお店が場所を変えスタイルもそのままに今も営業を続けています
8月のリクエストランキングを見てみると懐かしの曲ばかり。
1位はこの曲。
ピアノとアコーディオンの伴奏でステージリーダーと一緒に歌います
「五番街へ行ったならばマリーの家へ行き」
そして最も盛り上がるのが歌声喫茶で歌うために作られた『青春』
振り付きで皆さん熱唱
青春時代に帰れる新宿の残すべき財産です。
以上20位から16位でした。
ということで今週は…
お待っとさんでした。
出没!
(2人)「アド街ック天国」。
私があなたの街の宣伝本部長愛川欽也です。
皆さんはいかがですか?須黒清華です。
え〜!?『涙のリクエスト』?しようがないよそりゃ。
そうなんですちなみに同じ年に『サムライ・ニッポン』もヒットしています。
ありがとうございます。
ちなみに愛川さんの生まれた年に流行ったのは東海林太郎さんの『赤城の子守唄』。
うわ!すばらしい。
それでは皆さんの昭和の新宿といえばこれというものフリップでお出しください。
はいどうぞ。
これは橘左近師匠というビラ字っていうか寄席文字を今書いてる方でね新宿の末廣亭なんか行くと看板あって噺家さんの…。
これはほとんどこの方が書いてるんですけども。
この間僕たまたま行きまして私の名前も書いていただいたんですけども。
この方飯田の出身です長野県の。
おお!ちょうど…。
あらそう。
でいまだにお書きになってらっしゃいます。
そうですか。
そうなんです。
新宿の今の伊勢丹のメンズ館のちょうど靖国通りを挟んで真ん前に…。
そこにちっちゃなビルが建ってて僕の東京の一人暮らしの始まりだったんです。
へえ。
またすごいとこに。
そこにだから大学の3年生から28まで住んでましたんで。
そうだね。
はいそれでは梨乃ちゃん。
はい私は新宿高野です。
あのフルーツの高野なんですけども地下には食料品いろんな輸入の缶詰とかビンとかあって見てるだけで楽しくてそしていちばん上にはインターナショナル・マーケットがあっていろんなレストランが入ってて新宿なのに外国でした。
私はもう故郷なんですね。
生まれも育ちも新宿なので。
だからガキの頃はほんとこの界隈で自転車乗って遊び行ったりとかして。
青春時代はですね…。
え〜!?はい。
僕高校生のときに…はい。
そうですよね?そうなんですよ。
いやいや…。
持っていってたのあそこ。
はいやっくん。
あの僕小学校の高学年から中学生まで映画の今後やりますよっていう予告のチラシを集めるのが趣味だったんですよ。
何百枚と持ってたんですよ。
それを集めもらいに行ってたのがこの新宿の映画館なんです。
忘れられないのがやっぱりアングラ文化ですよね。
ヒッピーアングラ文化ですよね。
そういうその時々の若者文化の名残っていうのは今も残っていて歴史を見られますね。
若者文化の歴史を。
穴のある5円硬貨が初めて発行された年に大衆食堂として創業しました。
現在は8階建てのビルに
集団就職でやってきた多くの若者たちが働いていたことでも知られる三平食堂。
創業時の流行歌は…
三平食堂の歴史を受け継ぐのが5階にあるレストランはやしや。
創業した当時の雰囲気を漂わせています
注目のメニューは復刻されたその名も昭和のプレート。
ラグビーボール形のご飯をレトロなアルミの皿の上へ。
ハンバーグやサーモンムニエルなどをこれでもかと盛り合わせたひと皿です。
更にカレーかハヤシのソース付き。
お腹も心も昭和の味で満たされます。
そしてこのビルの7階にある貸し会議室では毎年すごい会合が開かれています。
それが長野県下條村出身の有志が集う首都圏下條会。
こちらで毎回講演を行うのが長野県観光大使第1号そう下條村が生んだスター峰さんです。
毎年名スピーチを披露しているそうです
アルタ裏のビルの地下にひっそりと構えるバー
新宿に数多あるバーのなかでも屈指の歴史を誇ります。
創業は力道山のデビューと同じ昭和26年。
当時のヒット曲は…
店のママ笑子さんは銀座のバーを経てこの店にやってきました。
以来30年以上にわたりお店の顔です
ドライマティーニお待たせしました。
新宿にはこうした渋くていい店が今も残されており長年通うファンも少なくありません
レトロな看板が目を引くサントリーラウンジイーグルもその1軒。
階段を降りていくと…。
地下2フロアにまたがる巨大なバーが現れます。
オープン当時昭和42年のヒット曲は…
今ではメジャーな野菜スティック。
実はこのバーが発祥といわれています。
またサントリーラウンジと謳うだけにサントリーのウイスキーが種類豊富です。
創業時からの一番人気はオールド。
当時ホワイトしか手が出せないサラリーマンにとってオールドは憧れでした
イーグルに来たらちょっと背伸びしてオールドを頼むのが昭和のダンディーだったのです
昭和の風情とともにある懐かしの味。
まだ焼けあとの時代から新宿で知られる焼き鳥の名店。
そして青春の日々がよみがえるロールキャベツシチューも健在です
もともとは屋台のお店でした。
戦後復興の槌音が響く新宿で昭和22年に創業。
昭和の風情がひときわ目につく店構えです
創業の年に流行していたのがディック・ミネさんの渋い歌声。
現在は二代目と三代目が店の味を守ります。
タレで焼いたつくねを卵の黄身に絡める食べ方は東京での元祖ともいわれます。
看板メニューの水たきは博多風。
濃厚なスープで鶏のうまさを実感できます
路地裏で長きにわたって愛される懐かしい洋食店です
創業した昭和38年は東京オリンピックの前年。
希望の時代にふさわしいヒット曲が生まれました
もともとはラーメン店でしたがあるオリジナルメニューを看板に掲げ洋食店に転身しました。
それが当店独特料理と謳うロールキャベツシチューライス付
オリンピックに訪れる外国人客をあてこんで先代が考案。
ガラスープで煮込んだロールキャベツをホワイトシチューに合わせるひと皿は昔も今も変わらぬほっとする味わいです
そして今…
それは宗教上の理由で豚肉を食べられない外国人客のために鶏肉を使ったロールキャベツ。
アカシアは東京オリンピックのたびに進化するのです
かつて新宿に伝説のライブハウスがありました。
昭和47年に歴史が始まった
小さな丸テーブルが並ぶ400人収容のそこはそうそうたる顔ぶれが若き日に出演しアーティストの登竜門と言われました
なかでも語り継がれているのが…
昭和59年3月15日。
高校を自主退学していた彼は反抗心からあえて卒業式の日にステージに立ったのです
数々の伝説を生んだライブハウスは昭和62年騒音問題で閉店。
音楽シーンを牽引してきたスポットは消滅かと思いきや歌舞伎町の一角でRUIDOK4に名を変え今も営業を続けています。
こちらはキャパ300人ほどのオールスタンディングスタイル。
実はRUIDOは系列のライブハウスを都内に5か所展開しているのです。
その一つが今年9月西新宿にオープンしたこの日は
ライブを行っていました
「罠罠罠に落ちそう」「誘惑の恋私をさそう」
お客さんも昔と変わらぬツイストで盛り上がります
新宿を熱狂させたライブハウスは今も音楽を愛する人々を熱くしています。
以上15位から11位でした
船越さんRUIDOってやっぱりそんなに有名だったんですか?いやもうほんとにって言っても過言じゃないくらいやっぱりRUIDOだったんですよ。
みんなルイードだったんですね。
あそこに行ってるとちょっとまだみんな知らないでしょ?私は知ってるのって感じ。
水炊き屋もちょっと驚きましたねあれ。
鳥源。
はいあんなもう今で言うと…。
いいよねビルに挟まれてね。
なんともいい画だよねあれ。
さぁそれではいってみましょう薬丸印の新名物ですどうぞ。
純印度式カリーでお馴染み新宿中村屋で見つけたのは土鍋で出てくる昭和なイタリアン。
新名物だけど実は歴史ある品です
昭和の新宿といえば古くから愛されるおいしい名物がたくさんある街。
そんな街の新名物を新宿中村屋で発見しました。
中村屋といえば純印度式カリーが超有名ですが実はカレーにも負けない逸品があるのです。
それがこちら
ナポリターノでございます。
土鍋で煮込まれて出てきたのは鍋焼きうどんではなくその名も
イタリアンなネーミングながら麺は中村屋で販売される特製の卵麺を使用。
昭和26年に中村屋で開発されたこのオリジナル揚げ麺をトマトベースのスープとともに煮込みます。
更にミラネーズやトマトマッシュルームを加えゴージャスに。
お好みで粉チーズをふっていただきます。
イタリアナポリにはもちろん存在しない…
決定薬丸印の新名物
中村屋さんのナポリターノでございます。
グツグツいってるじゃん!グツグツいってる!うわ〜!今日はわざわざ料理長にお越しいただいて作っていただきました。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
本格的ですね。
3人も来てくださって。
さすがですね。
さすがだ。
これ独特だな。
独特です。
独特ですよね。
そうそう麺がほら。
これがいい。
こってりしそうに見えててあっさりしてるというのはこれいいわ。
なんかパスタなのに口の中で食感がそうですねうん。
そうそうそう。
昭和の新宿BEST10
新宿に13店舗。
70年代前半からコアな音楽ファンに愛されてきました
新宿のディスクユニオンに昨年新ジャンルの専門店昭和歌謡館がオープンしました。
その名のとおり昭和の歌謡曲に焦点を絞った品揃え。
歌謡曲ファンにはたまらない懐かしい復刻版CDや全国から集めた中古レコードがずらりと並びます。
なかでも今人気が再燃しているのが藤圭似子さんのアルバム。
『螢火』はオリジナル曲の他演歌の名曲をカバーしたマニア垂ぜんの名盤です
そして現在販売される最高額のレコードはあまり知られていないグループサウンズザ・モージョのシングル。
希少価値の高さでなんと13万3,715円です
界隈屈指の老舗。
新宿の雑踏の中で渋く光る老舗の落ち着き。
創業から100年以上。
変わらぬ粋な江戸前の味で客人を魅了するうなぎの名店が登場します。
そして昭和の新宿を行き交った文化人や大物俳優が愛した名酒場へ。
彼らの酒の肴は熱い議論とおいしい料理の数々です
界隈屈指の老舗。
昭和の頃サラリーマンの懐が温かいときにご褒美として行ったうなぎの名店です
周囲の喧騒をよそに店内は戦後まもない頃から変わらぬ雰囲気。
青島幸男さんも足しげく通いました。
都知事が愛したうなぎは今の時期九州産を使用。
創業時より継ぎ足しながら使われるタレはきりっと辛めです
お待たせいたしました。
関東風にふっくらと焼き上げたうなぎ。
今も昔もちょっといいことがあった日に食べたい変わらぬ新宿のごちそうです
今日も朝まで。
居酒屋呑者家は新宿に5店舗を有する有名店です。
創業はインベーダーゲームがはやった昭和54年。
当時ヒットした曲は…
多くの有名人に愛されてきた呑者家。
なかでも常連だったのがビートたけしさんです。
昭和50年代深夜ラジオの生放送が終わると軍団を引き連れてやってきては朝まで飲み明かしていたそうです
コーヒーによ砂糖とミルクたっぷり入れてゴックンって飲んでやっぱりコーヒーはブラックにかぎるっつったんだ。
新宿にはこうしたスポットが数多くあります
末広通りの…
この頃街にはこの人の歌声が流れていました
こちらはワインに合うしゃれたつまみを出した居酒屋の先駆けともいわれます。
ビールに合うジャンボしゅうまいも評判です。
仲間と立ち上げた本の雑誌社が近くにあった椎名誠さんは週にほぼ4日のペースで通う常連。
著書にも思いを記しています。
また多くの著名人を迎えてきたのが奥の座敷席。
特に原田芳雄さんは屈指の常連でした。
麿赤児さんやゲージツ家のクマさんとともに来店しウイスキー片手に語り明かしていたそうです。
有名人が素顔でくつろげる場所。
今もその空気に触れられます
焼肉店の最古参。
当時新宿で映画を観るとこの店のコマーシャルがよく流れていました
もともとは新宿の南口で創業し昭和30年代に現在の場所に移転。
元祖炭火焼肉を謳い七輪で供するスタイルはこの店が草分けと言われています
そして炭火焼肉と並ぶ名物が冷麺。
毎朝作るダシが味の決め手です。
牛すじと牛バラの他鶏ガラも投入。
長時間煮ると濁るため1時間だけ煮込み透き通ったスープに仕上げます。
あっさりとしていながら旨みの深いスープ。
この店で初めて冷麺のおいしさを知ったという方もいらっしゃることでしょう
全身で感じる音。
昭和の時代あまたの文化を発信した新宿。
そのなかでジャズ喫茶ブームを牽引したのがDIGでした。
五感を研ぎ澄ませひたすらジャズの響きに没頭した懐かしい時代にタイムスリップ。
さまざまな伝説が生まれた聖地へとまいりましょう
ここまで徹底。
1960年代ジャズブームによって都内に続々とジャズ喫茶が誕生しました。
ことに新宿で有名だったのがDIG。
その歴史を受け継ぐ店が今も靖国通りに健在です
ジャズバーアンドカフェに業態を変えた現在も古くからのファンが通います。
オーナー中平穂積さんは日本のジャズ喫茶ブームを牽引した人物。
DIGを始めた60年代ジャズ喫茶は一種独特の空間でした。
あくまで「ジャズを聴く場所」との認識で私語は厳禁。
お客さんはほとんど動かずひたすら音に集中したのです
店側も音を立てないよう最大の注意を払いオーダー時はスタッフどうしブロックサインでやりとり。
例えば人差し指を立てると…
指で目をさせば…
とにかく客の邪魔をしないことに徹していたそうです。
店はその後DUGとなりマル・ウォルドロンなど海外のミュージシャンもライブを開催。
店でライブレコーディングも行われ世界的に知られる店となりました
ジャズを愛する思いは今も新宿に息づいています。
以上10位から6位でした
あんなに玉袋さん厳しいものだったんですね。
がんじがらめのルールですよね。
あれ?みたいなのがありますよね。
DUGになってからはね別に普通におしゃべりしたりよく我々も打ち合わせに使いましたけど。
VTR拝見してて…。
楽なんですよねなんか。
そうなんです。
楽です。
どっか行きたいなって思ったらそのどっかが絶対どこかにはありますからね。
それがまたあらゆる時間にありますよね。
何時でもあるんですよそれが24時間。
だから呑者家とか行くと腰を落ち着けて飲んじゃってあれまた朝までやってるからね。
朝までいっちゃうんですよね…。
あと池林房ですか?あそこの2軒は…。
あ〜なるほどね。
そう。
だからあれ…。
危ないですよ。
あとうなぎの小ばやしさん出てきましたけれども玉袋さん…。
実はうちの師匠が行きつけで…。
え〜!その時に3つ候補があって…。
すご〜い。
なんで玉袋にしたの?なんですかね…。
いよいよBEST5。
でもその前に…
まるで映画のセット。
三島由紀夫や黒澤明も通った名酒場。
創業から63年昭和から変わらぬ姿で歴史を重ねるもはや新宿の遺産です
日本を代表する多くの俳優たちが熱く演劇論を交わした場所です
名物も昔のまま。
ドンカクとはどん底カクテルのこと。
まだサワーなどなかった頃に焼酎をレモン汁や炭酸で割った先駆け的な1杯です。
更にそのドンカクと並ぶ店の代名詞がピッザパイ
ピザが日本で流行るはるか前にいち早く提供し溶けたたっぷりのチーズが当時の若者たちを驚愕させました。
新宿が時代の先端であることを実感できた逸品は今も生地から手作りです
新宿の顔。
昭和も今もモダンで文化的であり続ける2軒の老舗へ。
いつの時代もおいしい印度式カリーを食べたあとタカノフルーツパーラーでパフェをほお張れば昭和のデートは完璧です
カレーといえば…。
昭和天皇が誕生された
新宿東口の顔です
日本における元祖印度カリーは自家製ヨーグルトがポイント。
水の代わりにブイヨンを入れます。
家で食べるカレーとあまりにも違ったスパイシーなおいしさ。
衝撃を受けたその味は今もここ新宿で守られています。
現在はビルの改装のため一時閉店中。
今月末には新たに生まれ変わった中村屋に出会えます
新宿の発展とともに
果物専門店。
1世紀以上にわたって同じ場所にあり続けています
高野といえば昔から有名なのがフルーツパーラー。
昭和の記事によると…
当時最先端のデザートだったパフェが。
値段は200円。
ソフトクリームがたっぷり入っていたようです。
中二階にあったフルーツパーラーは現在5階に移動しモダンに進化しましたが変わらず大人気。
パフェも時代とともに進化しフルーツが11種類とここまでたっぷりになりました
開設は明治30年
戦後間もない昭和21年。
闇市がひしめく新宿に現在の建物が建てられました。
都内の寄席で唯一の木造建築です。
場内の売店でお弁当や飲み物を買えるのも寄席のお楽しみ。
伝統芸能のお供といえば昔から助六寿司が定番です。
そして売店の隅にも昭和の名残が。
ネジでとりつけられたこれは今は使われていないビンの栓抜き。
この空間はさながら昭和と現在をつなぐタイムマシーンのようです
昔も今もランドマーク
いつの時代も新宿の最先端です
昨年リモデルオープンを果たし本館正面玄関は優美なシャンデリアを配するなど開店当時の姿に復元されました。
常にトレンドを発信してきたその足跡を振り返りましょう
若者向けの
このとき評判となったスカートのタータン柄がのちに伊勢丹のあのショッピングバッグになりました
メンズ館
ショッピングバッグの
伊勢丹オリジナル。
伊勢丹は新宿で時代を切りひらき続けています。
以上昭和の新宿BEST10でした
ということでかたせさん1位は伊勢丹でした。
伊勢丹はほんとによく行くんですけども。
女性の下着あれ?なんで知ってるの?あっそう!一緒に行きます。
すてき〜。
ところで船越さん来週の10月17日からまたあの金曜8時のドラマが始まるんですよね。
1年ぶりに帰ってまいります。
前は『吉永誠一涙の事件簿』というタイトルでお送りしてたんですけど今回からリニューアルして『新・刑事吉永誠一』というタイトルになりました。
今までは涙涙の刑事だったのが今回は怒りが爆発するという毎回。
昨日も怒り爆発させて今日のどガラガラでございます。
ぜひ金曜日8時ご覧くださいませ。
楽しみです。
2014/10/11(土) 21:00〜21:54
テレビ大阪1
出没!アド街ック天国〜今も変わらない名店 昭和の新宿〜[字]
青春時代がよみがえる…昭和の時代から今も変わらず続く名店をランキング!▽歌声喫茶&伝統の洋食&有名人が集う酒場▽有名カレー&フルーツパーラー秘話&老舗バー
詳細情報
番組内容
今回のアド街は、新宿に残る昭和のころから続く歴史あるスポットのみをランキング。
題して「昭和の新宿」!
この街には仲間と声高らかに熱唱した歌声喫茶に、伝説のライブハウスなど、若かったあの頃夢中になったものが今も残っています。
そして、時代を超えて愛される美味も。
懐かしいあの頃がよみがえる昭和の思い出探しへと出かけましょう。
出演者
【司会者】
愛川欽也、須黒清華(テレビ東京アナウンサー)
【レギュラー出演者】
峰竜太、薬丸裕英、山田五郎
【ゲスト】
船越英一郎、かたせ梨乃、玉袋筋太郎
お知らせ
【ゲストの船越英一郎さん出演!】
金曜8時のドラマ「新・刑事吉永誠一」
10月17日スタート
毎週金曜 夜7時58分放送!
▽“勧善懲悪”痛快エンターテイメント!吉永&鑑の2人から目が離せない!!パワーアップした捜査一課・片山班が総力をあげて難事件に立ち向かいます。
http://www.tv-tokyo.co.jp/yoshinaga2/
関連情報
http://www.tv-tokyo.co.jp/adomachi
ジャンル :
情報/ワイドショー – グルメ・料理
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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