(テーマ音楽)断崖絶壁の真ん中に私は自分の姿を彫らせた。
なぜこの場所なのか。
そこには深い訳がある。
私はアケメネス朝ペルシャの王…人は私を大王と呼ぶ。
私が彫られている場所を紹介しよう。
ここはイラン西部のザグロス山脈。
そこにそびえるビーソトゥーン。
ビーソトゥーンとは神々の山という意味だ。
その断崖の中腹高さおよそ70mの場所に私が彫られている。
この白くて四角い所だ。
現在修復中のため足場が架けられている。
一般の人は入れないが専門家と一緒に登ってくるがいい。
もちろん許可は出ておるから。
よく来た。
私はここだ。
これは私が戦いに勝ち王に即位した事を記した記念碑だ。
私が踏みつけている男がいる。
王になろうとした反乱軍の指導者だ。
降参のしるしに手を上げているのが分かるな。
手を縛られ首をつながれた9人の男たちが並んでいる。
それぞれ違う服を着ており民族が違う事を表している。
私に逆らった民族全てを鎮圧したという訳だ。
そうアケメネス朝は今のエジプトからパキスタンまでを支配下に置いた当時世界最大の帝国だったのだ。
山の麓には多くの人々が行き交う主要な交易路が通っていた。
その道の上皆の注目を集める場所に私は記念碑を造らせた。
私が偉大な王である事を民衆に知らしめるためだった。
レリーフの周りには碑文を刻ませた。
その内容は私が正統な王位継承者である事や勝利を収めた戦いの数々だ。
ここには同じ内容の文章が古代ペルシャ語新バビロニア語エラム語の3言語で刻まれている。
支配地域が広域だったため3つの言語が必要だったのだ。
くさび型文字は今の人から見れば同じように見えるかもしれない。
しかし3つの言語で同じ事が書かれているこの碑文から古代文字の解読が進み考古学の発展に大きく貢献したのだ。
ところで2,500年も前にどうやってこんな高い所に記念碑を造ったと思うかな?大きな石を積み上げて足場を築き記念碑が完成したあと足場を壊したと考える研究者もいる。
下に落ちている岩の数々は足場の残骸という見立てだ。
後の為政者が勝手に姿や名前を刻む事を防ぐためだったという説だがそうかもしれん。
確かに私は自分の偉業を後世に伝えたかった。
だから誰も手が届かない場所に刻ませたのだ。
おかげで私の姿は今も残り帝国の繁栄を知らしめているのだ。
生字幕放送でお伝えします2014/10/09(木) 16:50〜16:55
NHK総合1・神戸
シリーズ世界遺産100「ビーソトゥーン〜イラン〜」[字]
高さ70メートルの断崖にアケメネス朝ペルシャの王、ダレイオス1世が彫らせた記念碑。反乱軍の指導者を踏みつける姿を刻み、周囲には自分の功績をくさび形文字で残した。
詳細情報
番組内容
イラン西部の山、ビーソトゥーン。その断崖の高さ70メートルの場所にアケメネス朝ペルシャの王、ダレイオス1世の記念碑が彫られている。2500年前、ダレイオス1世自らが造らせたもので、反乱軍の指導者を踏みつける姿を刻み、周囲には自分の功績を3種類の言語のくさび形文字で残した。3つの言語で同じことを書いたのは、それだけ支配した領土が広大でさまざまな民族がいたからだが、そのおかげで古代文字の解読が進んだ。
出演者
【語り】松平定知
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32080(0x7D50)
TransportStreamID:32080(0x7D50)
ServiceID:43008(0xA800)
EventID:11189(0x2BB5)