情報ライブ ミヤネ屋 2014.10.08

こんにちは。
10月8日水曜日、情報ライブミヤネ屋です。
さあ、きょうは日本人快挙のニュースからお伝えしたいと思います。
こちらのお三方がきのう、栄えあるノーベル物理学賞を受賞されました。
まずは名城大学の赤崎勇教授、そして名古屋大学大学院の天野浩教授、そしてカリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授です。
このお三方が受賞したのが、こちら。
ねぇ、この青色LED。
こちらの総称に使われている、青色発光ダイオードを初めて発明した功績がたたえられたということなんですが、まあ、20世紀中には困難だって言われたものなんですね、この青色発光ダイオード。
人類に、そして、われわれの生活に、これほどまで貢献した、計り知れないものですね、ご覧ください。
歓喜の知らせから一夜が明けたきょう、名古屋の名城大学では。
3、2、1、0!
赤崎勇終身教授の名誉の受賞に。
家で跳び回りました。
どんな感じで跳び回った?
やったー!すごーい!赤崎先生。
学生たちが、大喜び。
一方、アメリカ・カリフォルニア大学では。
おめでとうございます、乾杯!
中村修二教授が、笑顔で壇上に。
その同じころ、フランス・リヨンの空港に現れた、この人は。
天野さん、すみません、どうぞ。
ノーベル賞受賞、おめでとうございます。
あっ、どうもありがとうございます。
えっと…。
知らなかったんですか?
ご一報は、どのようにして?
えーっと…。
えーっとですね、すみません、ちょっとここ、場所よろしいんですかね。
沸き立つ周囲をよそに、どこかマイペースで。
びっくりしましたね。
どうやってここの場所、分かったんですか?
奇跡の青を生み出した、3人の日本人研究者。
世界を激変させたその功績が、ついに歴史に刻まれた。
きのう、日本時間午後7時前、スウェーデンの首都ストックホルム。
ノーベル賞物理学賞の受賞者に決まったのは、名城大学の赤崎勇終身教授85歳。
名古屋大学大学院の天野浩教授54歳。
そして、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授60歳。
大型ディスプレーなどに使用されている青色発光ダイオードを、世界で初めて開発した3人だ。
受賞が発表されると、街では一早くごうがいがくばられた。
今の日本の活力になりますよね。
すごい役に立つものを作ってくれて、ありがとうと。
きのう、会見を開いた赤崎教授。
半分サプライズで、こんな名誉なことはないと、これ以上の名誉はないと思いました。
とても20世紀中にはできないだろうと当時言われておりましたので、どんどん辞めていく人もいましたし、そういう状況でしたけれども、私はちっとも、そういうことは考えませんでした。
自分のやりたいことをやってきた。
仲間が支えてくれたと、受賞の喜びを語った。
長年、赤崎教授を支えつづけた妻、陵子さんは。
帰ってきたらなんてことばをかけてあげたいですか?
それはもう、おめでとうっていうのと、それから今まで長いこと、いろんなことがありましたけど、85にもなって、毎日それでも学校に行って、頑張っていますので、そのように私が力になればと思っております。
さらに。
安倍晋三でございます。
ありがとうございます。
どうも先生、ノーベル物理学賞受賞、誠におめでとうございます。
ありがとうございます。
安倍総理も、電話で祝福。
みんなが、日本の学術のレベルの高さを、世界に示すことができたのではないかなと思います。
と、受賞が決定した3人を称賛した。
一方、名古屋大学、天野教授の研究室では、主役不在の中。
天野先生、ノーベル賞受賞、おめでとうございます。
ばんざーい!
天野教授のパネルを囲み、教え子たちが喜びに沸いた。
乾杯!
そしてこの方、受賞をアメリカで知った中村教授は、同僚らと祝杯。
今の心境を教えてください。
心境ですか?僕は非常にうれしいですよ。
うれしい以外、何もありません。
この日が来ることは?
そうですね、まあ日本のマスメディアがずっと、来る来ると言ってたんで、まあ、分かんないですけど、来るかもしれないなと思ってました。
受賞決定を発表したスウェーデン王立科学アカデミーは、彼らの発明は、革新的で、21世紀はLEDが世界を照らしたと、3人の功績をたたえた。
その赤崎教授らが開発した青色発光ダイオードとは、一体どんなものなのか。
これが、電流を流すと青い光を放つ発光ダイオード、いわゆる青色LED。
これまで光の三原色のうち、赤と緑のLEDは製品化されていたが、青色だけが実現できていなかったのだ。
そして今回の青色発光ダイオードにより、光の三原色がすべてそろい、あらゆる色の光を作り出せるようになったのだ。
その結果、私たちの身の回りには、LED電球が普及。
信号機をはじめ、テレビの液晶画面や新幹線のヘッドライト、ありとあらゆる照明に使われているのだ。
さらに消費電力が少なく、寿命も長いため、環境にも非常に優しいLED電球。
しかし、今回発明された青色発光ダイオードについては、必要な結晶を得ることが難しく、20世紀中の発明は不可能だといわれていたのだ。
その不可能を可能にした3人の研究者、一体、どんな人物なのだろうか。
皆さんの大きな支えがあったと思っております。
決して、私1人でできたということではない。
実に50年にもわたり、青色発光ダイオードの研究を行ってきた赤崎教授。
1929年、鹿児島県で生まれ、その後、京都大学理学部に入学。
化学や物理を学んでいた赤崎教授の学生時代、湯川秀樹氏が、日本人で初めてノーベル賞を獲得した。
あのころ、敗戦直後で、みんな元気がないころでしたんで、なんか非常にこう、明るくなったような気がしましたね。
その後、1964年には、松下電器産業の研究所で、青色発光ダイオードの開発に取り組んだという。
しかし、開発が困難なため、次々と研究をやめる人が相次いだ。
しかし。
たとえ最後の一人になっても、研究をやめようとは思わなかった。
青色発光に見せられ、実現の可能性を信じて疑わなかったからです。
そして1981年、名古屋大学教授に就任したとき、当時、学生だった天野教授と、運命の出会いを果たすのだ。
大学4年生のときに、赤崎研究室へと進級した天野教授は、赤崎教授と共に、青色の光を出す窒化ガリウムの研究に没頭した。
そして1989年、青色発光ダイオードの開発に、世界で初めて成功したのだ。
そのときについて。
ものすごく感動しましてですね、早速、赤崎先生の所に持っていった記憶があります。
青がないってことに気が付いたんですね。
誰もやってない、いや、やったけど、だめだったと。
だけどそれをテーマに選ぶかどうかはその人の考え方ですけど、そこが一つの分かれ目。
そういうのが、難題が残されてたってことですね。
それは運といえば、運かもしれません。
不可能を可能に変えたのは、半世紀にもわたる研究に対する熱意と、それを支えた若い研究者がもたらしたものだった。
そして赤崎教授と天野教授の研究を発展させたのが、もう1人のノーベル賞受賞者、中村修二教授。
スウェーデンのノーベル財団から物理学賞を頂き、非常に光栄に思っています。
と、所属するカリフォルニア大学のホームページに、メッセージを寄せた中村教授は、徳島大学工学部を卒業後、日亜化学工業に入社。
半導体の分野への進出を目指し、青色発光ダイオードの開発に取り組む。
開発装置をみずから製作するなど、休み返上で研究に没頭。
そしてついに1993年、青色発光ダイオードが世界で初めて製品化された。
20世紀中の開発は不可能だといわれていた、その偉業を、当時サラリーマンだった中村教授が成し遂げたのだ。
しかし、会社から支払われた開発報酬は僅か2万円。
中村教授は2001年、発明者として正当な対価の一部を求め、訴訟を起こす。
3年後の2004年、東京地裁は驚くべき判決を下した。
青色発光ダイオードの特許を利用して、日亜側が得た利益は、およそ1200億円に上り、中村教授の貢献は、その50%を下回らない。
として、中村教授の請求どおり、200億円の支払いを日亜側に命じた。
これに対し、会社側は控訴。
裁判が長引くことを懸念した中村教授側は、8億4000万円余りを受け取ることで、和解に応じた。
勝ちか負けかということでいうと、中村先生、どうお考えですか?
勝ちか、負けですか?でも100%負けですよ。
それは勝ちというのはね、以前、2万円しかくれなかったでしょ。
2万円に比べたら、8億円だって、でも、実際には100%負けですよ。
中村教授は、多くの大学から誘いを受け、2000年に研究の場をカリフォルニア大学に移し、クリーンエネルギー分野の研究に従事。
現在も地球資源の節約に貢献している。
その中村教授は日本時間のきょう未明、アメリカ・カリフォルニア大学で、受賞前の心境を告白。
その後、報道陣を自分の城である研究室へと案内し。
全然違う、やっぱり違うことをしたら、がーっと新しいことを勉強できるんで。
日本のサラリーマン、延々同じ企業でしょ、だからあほになります、40年も50年も同じ会社にいて。
だから、変わったら新しい世界が勉強できるので、それは非常に役に立ちますよ。
と、会社と闘った中村教授らしい持論を披露。
一方、フランスの空港に降り立った天野教授はというと。
受賞から7時間がたっていたこの時点でも。
と、まさかのリアクション。
受賞決定の瞬間は、空の上だったらしく。
ノーベル賞の受賞を気にしていらして?
いやいや、そんなの全然ないですよ。
一応、メール、皆さんのメールは見れるときは、見ることはしてるんで、それで見て、ずらーっとメールがたくさん並んでたんで、びっくりした。
どなたに、この受賞の喜びを伝えたいですか?
そうですね、やっぱり家族ですかね。
父親とか、夫としても、全然だめ人間で、土曜日どころか、日曜日もずっと仕事をしているような状態だったので、家のことはほとんどもう任せっきりでしたんで。
号外です、ありがとうございます。
どうぞ、号外です。
おはようございます。
ずっと期待しながら、ノーベル賞を見てたんですけど、ことしは本当におめでとうございます。
赤崎先生みたいに、社会に貢献できるような人間になれたらいいなっていうふうには思います。
ばんざい!
すごい心優しい方で、大変学生思いで、すごいすばらしい、そういう面でも尊敬できる方だと思います。
メールが来ました、メールが。
これからも今までと同じように一生懸命頑張りますって書いてありました。
今まで育ててくれてありがとうって、初めて書いてあった。
てれくさいですね。
そうね、初めて。
そういうことばを聞いたのは。
総理、日本人3人がノーベル物理学賞を受賞されましたが。
今回のノーベル賞は、LEDという、大変身近な開発によってですね、受賞されました。
そしてそれは、省エネにもつながり、世界にライトを発信した。
われわれとして、本当に日本人として誇りです。
おめでとうございます!
私も中村さんみたいな人になりたいなと思いました。
今よりももっと頑張って、僕もノーベル賞を取れるぐらいの人になりたいなと思います。
まあ、本当にわくわくするニュースが入ってきましたが、何よりも後藤さん、今回は分かりやすいですね。
そこがすばらしいと思う。
文字どおり明るいニュースじゃないですか。
前回、前回というか、2008年でしたかね、2人の名古屋から、受賞者が出られましたけど、あのとき、盛り上がりようがなかったでしょ?名古屋の人も。
分からなかった?
分かりにくくて。
すごい研究だけど、なかなか理解するの難しかったんですが、今回はわれわれの身の回りに、ありとあらゆるものに使われているということで、本当にありがとうございましたっていう気がするんですが、青がそんなに難しかったのかというのを初めて知りましたが、東京のスタジオには、科学ジャーナリストの寺門和夫さんにお越しいただいております、よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
寺門さん、この3人の同時受賞っていうのは、いかがですか?
やはりこれはですね、この青色ダイオードの研究が、基礎研究から、それからそれが実用化されて商品になって、そして、世界中に広がっていくということ、すべてをですね、日本人がやり遂げたということを、ノーベル賞が認めてくれたということですね。
そういった意味では非常にいいことだったなというふうに思っています。
あれですもんね、いわゆる発想から実用化まで、全部、日本人がやっちゃったってことですよね。
そういうことですね。
寺門さんのあれですか?胸のチーフは、青色LEDですか、それ。
すみません、ちょっと聞こえなかったんですが?
すみません、ちょっと軽くぼけてみたんですけど。
すみません。
はっきりつっこめませんでした。
LEDのように。
どういうことですか?
野村明大さんです。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
まあ、それぞれの先生方が非常に個性的でね、
そうなんですよね、もう3人いらっしゃるので、どの方から紹介していいかという、迷ってしまうぐらいですけど、まずは、この方からいきましょうか。
中村さんです。
カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村教授。
1954年生まれの60歳ですね。
愛媛の西宇和郡で生まれまして、そのあと徳島大学に進まれたんですね。
そして大学院終了後に、日亜化学という、こちらも徳島の会社に就職をされて、そして1988年に社長に直訴して、青色LEDの開発に取り組みたいんだということで始めたということで、そのあと会社辞めてから2000年からはカリフォルニア大学の教授に就任されたということで、小学生のころの夢は鉄腕アトムのお茶の水博士だということですが。
まあある意味なっちゃったということですが。
さあ、中村教授のお兄様であります、中村康則さんと中継がつながっております、お兄さん、おめでとうございます。
ありがとうございます。
朝からずーっとテレビを見せていただきましたが、もうお兄様も万歳、万歳でしたね。
いやぁ、いやぁ。
21年間の悲願がですね、ようやくかないまして、われわれ家族、また、親父は亡くなったんですが、母がですね、喜んでいると思いますし、21年間は長かったです。
だめだと思ったときもあったんですが、ようやく認められて、本当に感激しております。
ありがとうございます。
ことしは取れるんじゃないかというのは、お兄さんは、思ってらっしゃいました?
もう90%以上、私はもう20年間、やってまして、もうことしもだめだろうと思ってたんですが、あと10%、虫の声がしましてね、ひょっとしたら?というね、ことしは2年目で、日本人が受かるということも報道で、していましたんでね、ひょっとのひょっとということで、思ってました。
その10%の確率で、受賞をもらいましたよ。
本当に感謝いたしております。
中村先生、弟さんは、ちっちゃいころは、どういうお子さんだったんですか?
われわれは4人、姉がいまして、4人きょうだい、男3人でございましてね、特に3人、男がいますと、常に兄弟げんかをするというとですね、もう日々のように、毎日、例えばリンゴを4つに分担するとですね、4人がどれが大きい小さいというようなけんかを常にしてるというような家庭でございます。
修二はそういう中でも、冷静沈着にリンゴの、小さくても大きくても、冷静に、あまりこう、けんかを嫌う、小さいやつをですね、最後に残ったやつを素直に食べると、そういう環境を見て判断するというのが、幼少の時代からもあったかなと思っております。
やっぱあれですか、ちっちゃいころからいろんなことに興味を持っている弟さんだったんですか?
そうですね。
これは、おやじが四国電力の電力会社でですね、変電所のエンジニアをしまして、和歌山は大昔、西宇和郡の…という村でですね、われわれ育ったんですが、当時は白熱の豆球40ワット、60ワットの白熱電球がですね、壊れるということもございまして、おやじが豆を、なぜ壊れたとかですね、そういうことを探求、おやじによく質問してたのが、印象に残っております。
中村先生はね、おしゃべりになってる口調とか、それから表情なんか見ると、大変意志の強い方だなという気がするんですが、そのあたりの負けず嫌いなところは、やっぱりおありになるんですかね?
あると思いますね。
これは、私もそういうところがあるんですが、きょうだいげんか、3人男でよくやっておりまして、姉が中に入るわけですが、男の中では常にけんかをする。
けんかの中でもね、私がこう、やっぱり長男、やつは次男でございますんで、やっぱり悪いところよりいいところをですね、よく盗んで、自分のものにしていくというふうな、要領のいいところがあったように思います。
ずっと。
これも、けんかから、兄弟げんかから得たものだと思いますね。
ずっとお兄様は、この中村先生が研究していらっしゃる、苦しんでいらっしゃるところは、よくご存じだと思いますが、一番先生が大変だったところっていうのは、どこなんでしょうか?きょうに至るまで。
これは当時、日亜化学さんにいて、会長からですね、自分でやらしてくれって、提案をし、それを最後まで自分でやりとげた、結果、ブルーのLEDを開発したということが、組織の中の呪縛とかですね、またサラリーマンとかという考え方とかを捨ててですね、一研究者として組織を無視し、自分が孤立感の中で、やっぱり結果を出したというところはですね、本当によくやったと思うし、そのころ、われわれも家に帰ってきて、話をしたんですが、本当に孤立無援で、やるところまでやるという形で、本当、やっておりました。
あまり守秘義務があって、あまり大きいことは話できなかったんですが、まあ、やる根性だけは立派なもんだというふうに思っています。
中村先生はね、研究の途中でお兄さまに、兄貴、俺、もうだめかもしれないとか、俺、くじけそうだみたいなことはちょっと弱音はいたりされたこともあったんですか?
いやぁ、いやぁ、そういう弱音は一度もございません。
聞いたこともございませんしね、本当、こつこつとやり遂げたというふうに思いますね。
お兄さま、お会いになるのは、今度いつごろになりそうなんですかね?
もしもし、もう一度お願いします。
今度、弟さんにいつお会いできるんですか?
まだこれからちょっと、彼、忙しくなると思いますんでね、取材とか、きょうも朝一番すると取材攻勢入ってるとか言ってましたのでね、また日本に帰ってくると思いますんでですね、そのときにはぜひ会いたいというふうに思っています。
中村先生は、ちっちゃいころからの大好物とかなんかあるんですか?
え?
好きな食べ物とか、なんかあるんですか、中村先生は。
なんでも食べますよ。
やっぱり、四国でございますんで、瀬戸内海の小魚ですとか、非常に、刺身とか魚が好きでございます。
お父さまとか。
魚をさけにしてとか、一杯、よくやってますよ。
ああ、お酒。
お酒飲みはるんですか?
え?
お酒もよく飲まれるんですか?
ああ、よく飲みます。
彼も強いですよ。
お酒はよく飲んでおります。
必ず帰ってくると、一杯やっております。
お兄さまもそうなんですが、中村先生のお父様、お母様のちっちゃいころからの教えっていうのは、どういうことをずっとおっしゃっていたんですか?
これは、親父はことば少ないんですが、もう親の背中を見て育つという、おやじはまさにその典型でございまして、おやじの行動規範で、子どもたちを指導してたわれわれを教育してもらったというふうに思います。
ことばは少ないんですが、特に修二はですね、おやじも電力のエンジニアの、今でいうエンジニアでございますんでね、そういう背中を見ておやじがいろんな電球とか、ものづくり、大工とかをやるとですね、修二も図画工作なんかは、一緒に手作りをやっておりました。
非常にものづくりが当時から得意として、好きだったんだなというのを今、思い出されます。
お兄さま、大変今、にぎやかな所にいらっしゃるんですが、今、どこにいらっしゃるんですか?それは。
今ですね、CEATEC会場という所にいましてですね、幕張のシーテック会場という所にいます。
そこで何を?
そこでですね、これは私どもが、3D裸眼というものを展示していまして、将来、眼鏡がなくても立体で見れますよっていう、テレビを、将来のことで考えております。
眼鏡をかけなくても、立体で見えると。
ここのですね、明るさのバックのライトを、ブルーのLEDとか、LEDを使ったですね、バックの明かりを使っております。
それはあれですか?お兄様の会社が開発されたとか、販売していらっしゃるとかですか?
そうです、わが社で開発して今、販売をしております。
ということは今、コマーシャルになってるわけですね、ここは。
ええ、そうでございます。
でも、弟さんの開発されたものが、お兄さんの会社にも大いに貢献してるってことですね。
そうでございます。
活用して、そういうLEDのデバイスを使ったものを、ソリューションとして、こういう3Dの裸眼モニターを今、展示しておりますし、わが社として開発をいたしました。
お兄さん、もう一回聞きますが、そのテレビは何がすごいんですか?
眼鏡をかけなくても、立体で見えます。
眼鏡をかけなくても立体で見えるテレビを、お兄さんのところの会社が作り、販売してらっしゃるということですね?
そうです。
テレビというより、モニターでございますね。
モニターね。
モニターを今、販売しております。
テレビは将来、フューチャーですね、われわれ実現しようという夢を抱いております。
モニターを今、やっていらっしゃるんだ?お兄さん、これぐらいコマーシャルしたら、いいですね。
もう十分でございます。
ありがとうございます。
おめでとうございます。
ありがとうございました。
ありがとうございました、お忙しいところ。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
しかし、五郎さんね、ひとつやっぱりドラマがあったのは、お父様も電気のエンジニアで、そこから、この青色発光ダイオードまでいくんです。
それからやっぱり、きょうだいがね、けんかするぐらい、仲がいいから21年ね、私はやっぱり、結構ね、お兄さんはじめね、皆さんがやっぱり、支えたと思いますね。
大変なあれだったと思いますよ、会社との関係でも。
それからお兄様としゃべっていても、明るいし。
明るくなりますね。
すごく前向きな感じもしますが。
さあ、そして、もうお一方は、赤崎先生。
名城の赤崎先生。
ご紹介を致します。
名城大学の赤崎勇終身教授ということで、85歳のおんとしですけれども、非常にお元気な方ですけれども、1929年に、生まれたのは鹿児島の知覧なんですよね。
出身で、そして京都大学の理学部を卒業したあと、松下電器ですとか、あるいはそのあと、名古屋大学や名城大学など、いろいろ民間と学問、いろいろ行って、研究をされたと。
文化勲章も受けていらっしゃると。
受けてらっしゃる。
そして家族のエピソード。
実は、お父さんは口癖のように、好きなことをやれというふうに教授に言ってたそうです。
そしてお兄さんがいらっしゃって、お兄さんは元九州大学の大学院の教授ということで、やはりこちらも非常に賢いご兄弟でいらした。
さあ、東京のスタジオの寺門さん、赤崎先生っていうのは、どういう先生なんでしょうか?
まず一言で言うと、僕、信念の人だと思いますね。
ですから、自分の研究で、絶対これをやると、これで必ず成功するっていうことを決めてですね、ほかの人が撤退しても、あくまで自分がやるということを貫いた人だというふうに思います。
これ、50年、それ成功するか失敗するか分からないけども、自分としては必ずやり遂げるんだっていうのっていうのは、すごいですね。
そうですね、ですから、自分の研究の方法論を作って、目標を立てて、必ずそれを実現するということで進んできた方ですよね。
まさにだから、人生をかけてっていうことでしょ?
そういうことになりますね。
すごいな。
それから天野先生。
赤崎先生の一番弟子ともいわれております、こちらの天野浩教授54歳、名古屋大学大学院の教授ですが、1960年生まれです。
静岡の浜松生まれということで、名古屋大学の工学部を卒業して、そのあと、名城大学などでも研究されましたけれども、大学在学中に、この赤崎研究室で半導体を研究していたんですね。
そして大学の卒業研究を決める際に、この青色LEDが世の中の人の役に立つと思って、研究を始めたということなんです。
ちなみにお人柄は、気さくで優しくて、基本的に怒ることはないというふうに学生の皆さんはおっしゃってると。
寺門さん、この天野先生はどういう方でしょうか。
やはりですね、もちろん研究者として優れていると思いますけれども、やはり天野先生、おっしゃったように、人の役に立つ研究をしたいっていうね、こういった考えがずーっとやっぱり、この先生でも、研究始めたときから貫かれているという、そういったところに僕は非常に感銘を受けましたね。
ですから、この3人の先生に共通するところは、信念を絶対に曲げないっていうところなんですかね。
そうですね、絶対に諦めない、自分の目標を決めたらそれにまい進するというところは共通していると思いますね。
これはできないですよ、なかなか。
さあ、お三人の先生の共通点。
言動からもその共通点が見られるかもしれません。
赤崎教授、こういう言動を残されていまして、研究がうまくいかなかったときにたとえ最後の一人になっても、自分は研究をやめようとは思わなかったというふうに話していらっしゃる。
そして天野教授も、学生さんに聞きますと、土曜も日曜も大学にいて、研究の虫なんだと。
研究に対して、心血を注いでいる、ご本人は人と違うことばかりやっていたとおっしゃってます。
それから中村教授、高校時代の同級生の話で、俺は俺のやり方で勉強するというふうに言って、数学や物理の難問、公式を使わずに解いていたなんていう証言も出てきている。
これは中村先生は、ある意味、自分のエネルギーは怒りだなんておっしゃっているんですけども、天野先生も、何やってんの、あなたと。
成果も出ないのに。
もう不可能じゃない?って言われてた。
このあたりの血のにじむような努力と、気持ちの強さっていうのは、今回の、住田さん、表彰で、すごくわれわれ、胸を打ちますよね。
そうですね。
諦めないっていう忍耐心とともに、私は偶然ですっていう、謙虚なことをおっしゃるんですが、その偶然、温度が上がらないところで、別のやり方をやってみたら今度うまく言ったと。
どのノーベル賞の方も、偶然とおっしゃるんですけれども、その背景には、血のにじむような、今おっしゃったね、努力やらもう本当に虫のように研究されたということなんだろうなと、すばらしい、私たち、その忍耐心を学ばせていただきますね。
寺門さん、これいろいろね、言われてるんですけども、その失敗っていうことは、とにかくあるんで、その先っていうところを、やっぱりわれわれもそうですし、企業側、研究機関も考えなきゃいけないっていうところは、改めて勉強させられましたが。
そうですね、やっぱり最初は失敗の連続なんですよね。
でもやがて、それが突破されて、いわゆるブレイクスルーということが起こってですね、研究の成果というのは、ここまで広がるっていうのが、たぶん、ほかにもいっぱいあると思うんですね。
さあ、そしてまあこれねえ、3人の先生方が着目して実用化していただいたおかげで、われわれの生活はとっても便利になったと。
この青色LEDというのを、改めて復習しておきたいと思うんですが、本当に今回のノーベルの中では、全然、難しくないというところは皆さんにもよく分かっていただけると思います。
液晶テレビですとか、スマートフォンのバックライトなんかにも使われております。
それでこの白色LED照明、今、電器屋さんなんかでも非常に売れておりますけれどもこういう特徴がやはりあるんですよね。
寿命が従来の白熱電球に比べて、およそ2000時間だったのが、5万時間とか10万時間とか、何万時間ももつといわれております。
それから消費電力も1時間当たり100ワットがこれ、20分の1以下です、4ワットしか使わないと。
さらに色の調整、光の調整も簡単で、振動や衝撃にも強いと、画期的、革命的といわれます。
これ、後藤さんね、LED照明が出たときに、大変便利なものができたなと、で、これ、節電にもなるなと思って、当たり前のようにわれわれは、購入したじゃないですか。
その裏にこういう先生たちの思いがあるっていったときに、ねぇ?
すごいですね。
例えば信号機なんかも使われてるじゃないですか。
けど、発熱量が少ないから、東北なんかだと、雪がとけなくて、信号が全部隠れちゃったみたいなことが去年なんかいっぱいあったわけですよ。
このすばらしい発明を、もっと使う側がもっといろいろと考えていけば、もっとすごいことにつながっていくんじゃないかなと思います。
さらにこの先があると中村先生もおっしゃってましたけど。
LED、なんか、ちょっと家でつけたんですけど、拝んだもんね。
本当にそうだと思いますよ。
ほんま簡単にかって、便利やとか節電とか、本当すみませんでしたって。
これからクリスマスにかけて、もっとイルミネーションもね。
イルミネーションの前で、みんなこうするよね、本当に。
しかしそれにしても、なぜ青が、これほど見つからなかったんですかね。
難しいって、これちょっと、寺門さんに聞いてみましょうか。
青はなんでこんな難しい?ほかの色は出来てて。
そうですね、LEDの原理はもう分かってたんですね。
ですから、そこのところには、べつにはっけんはなかったんですけど、青い色を使うための半導体を見つけて、それを実際に光るように加工するというところが非常に難しかったんですね。
これはもう、みんなできなくて、撤退した中で、ずーっと研究を続けてて、それがやっと実現したということですね。
それくらい、難しい技術だったということですね。
ほかの色はできて、青が難しいっていうのは、寺門さん、簡単にいうとわれわれ素人でも分かるように言うと、何が難しいんですか?青は。
それはですね、半導体の組み合わせで、その色が決まってくるんですけど、赤色とか、緑の色は、わりと簡単にできちゃったんですね。
ところが、青色を作るための半導体っていうのが、なかなか作ることができなかったということですね。
なんか、それ聞くと、寺門さん、なんかこう、化学ももちろん入ってるんですけども、何かこう、自然の作用というか、そういうものすら感じますよね。
そうですね。
ですから、結局、化学の世界で分かっていても、実際にものにするためのものづくりの力だとか、そのためのアイデアだとか、それからさっきちょっとお話出ましたけど、実験の中での偶然性みたいなもの、そういったものが、いろいろ重なって、やっと出来上がったのがこの青色なんですね。
だから、五郎さんね、ノーベル賞をとられる方、特に物理学とか化学賞を取られる方のお話を聞いていると、何かこう、文化系のお話をされてるような感じがありますよね。
ただ、やっぱり偶然とはいえ、その背後には、やっぱりずーっと一筋にやってきてるのが背景にあるから、偶然にも出会うっていうことでしょう。
だから失敗をいっぱい潰していって潰していって、潰していって、成功ってなるわけですからね。
さあ、そしてこちらご覧ください。
そうなんです、青が大事ということで、改めてまだ分かってらっしゃらないという方がいらっしゃったらあれなので、説明しておきたいんですが。
もう大概分かってるで。
発光ダイオード。
電流を流すと発光する半導体なんですが、1962年に赤が開発されて、68年に緑が開発されて、赤と緑ともう一つ青がそろえば、光の三原色といいまして、白を含むどんな色でも出せるようになるというもので、ただ青だけが難しいということだったんですね。
20世紀中の開発は無理だといわれていたんですが。
野村さんね、一つ聞きたいのは、20世紀中の開発は無理だって誰が言うたん?
これはもう科学界でみんながいわれていて。
常識やったと?
この開発から、みーんな手を引いてたんだけど、粘り強く、このお三方は研究を、1人でずーっと続けられたということで実現されたと。
これ、寺門さん、青色は20世紀中は無理だっていって、このお三方、ほかの研究者の方もいらっしゃると思いますが、本当に孤立無援で戦っていらっしゃったってことですよね。
それに近いと思います。
逆にいうと、20世紀中に無理だと言ってた人の考え方が、間違っていたということですよね、基本的にはね。
そこで諦めないで、追究することが、必要だったということですね。
だから住田さんね、やっぱりわれわれもそうですよ、若い人もそうですけど、不可能はないと。
そういうことですよね。
やっぱり諦めたら、何も道は開けませんから、そういう意味で今、文化系ですけど人の道の哲学のようなものがありますよね。
さあそして、経済効果は計り知れないんですが。
実はやはり、皆さんがもう、LEDといえば知ってるぐらいですから、これ、過去の2005年までの9年間で見た経済効果だけでも応用製品の売り上げはおよそ3兆円。
これ、そのあともずーっと今、続いてますからね。
そして、経済波及効果はこの9年間で見ても3500億円、それから国立大学の研究者の方が関わったということで、これ実は国への収入も、この9年間だけで50億円近くあったと。
そして、新規雇用もこの9年だけで3万人いたと、さらにこれも広がりを見せているということ。
寺門さん、もちろん、節電にも役に立つし、これからどんどん、LEDも進化していく、その一方で、まだまだインフラが整備されていない発展途上国、このあたりのやっぱり電力というものに対しての、それから電気というものに対しての貢献っていうのはこれからすごいことになるんでしょうね。
いや、これはものすごい大きいと思いますね。
ですから豊富な電力、あるところでは別ですけれども、やっぱり途上国で電力が少ない所でも明かりが使えるということになりますからね。
それは非常に大きいです。
本当に世界的に貢献した、貢献する、これからの可能性っていうのは、ちょっともう、分からないぐらいですね。
そうですね。
人類社会全体に貢献していくということだと思います。
なんか、聞いてるだけで鳥肌が立ちますね、なんかね。
ただ、中村先生には、過去にはこういうこともありまして。
先ほどやはり、お兄さんもずっと口にされているんですけれども、この苦しい時期っていうのがあったっていう話なんですが、93年に日亜化学工業で、青色LEDの開発に成功したんですが、当時の開発報酬は2万円だったというふうにされています。
で、2001年に、会社をもう辞められてからですけれども、発明者として正当な対価を求めて、裁判を起こされたんです。
2004年に東京地裁は日亜側、会社側が青色LEDで得た利益はおよそ1200億円だということで、中村さんの請求どおり、200億円の支払いを会社側に命じました。
中村さんはこれから発明者、一生懸命発明をして、特許を出すようになるとおっしゃってたんですが、結局そのあと会社側は控訴して、もう中村さんは、裁判が長引くことを懸念して、8億円の和解でもう、終止符を打ったと。
われわれ、このニュース、大変大きく報じられたときに、私もかつてサラリーマンだったんですが、五郎さん、サラリーマンとはというものを、突きつけられたニュースでもありましたよね。
そうですね。
これは、やっぱりしかし技術とまたね、ちょっと違うんですね。
これだけのものを発明されて、それはやっぱりないだろうという、やっぱり感じはありましたよね。
ただこれ、中村先生は会議にも出なかったりとか、いろいろおっしゃってましたけど、ここで日亜さんも、そういう環境とか、開発費はずーっと出してらっしゃったということは、すごい会社だなと、ある意味、思いますよね。
ですから、司法がどう判断するかというのは非常に注目をされて、地裁レベルの判断でこういう判断が出て、結局和解に至ったと。
今考えたら、2万円は安いなというね。
そうですね、ただ200億円というのはばく大な金額になりますからね。
これ、どこでバランスを取るかっていう話だと思うんですが。
さあそして、特許というのはどういわれているんですか?
実はこの話に関係があるんですけれども、会社員で大発明をした場合、どうするんだということで、この中村さんの裁判以降、その会社側もいろんな対価を払うようになってくるという流れにはなってきたんですが、実はこれ、安倍政権が去年の6月に、日本再興戦略という中で、職務発明制度の見直しっていう方針を、ちょっと打ち出しておりまして、どういうことかと説明しますとね、現在の特許法ではこれ、大発明した場合、それはもう、従業員のものだということで、もしこの権利を会社側に譲る場合には、相当の対価、これがまあ、何千万なのか、何億なのか分かりませんけども、受ける権利というものが保証されているとなっているんですが、やはりこれでは会社側があまりにもお金を払わなきゃいけないということで、もたないっていうような経済界からの声もありましたんで。
こっちにしたんだ?
これ、まだ、これしていないんですけど、こういう方法がちょっと検討されているんですが、これ、発明があった場合、権利、会社のものにするっていうのはどうだろうと。
そのかわり、発明した人にはきちんと報いる形で、仕組みを整理しましょうと。
ただ、こういう形になったときに頭脳が会社から流出しちゃうんじゃないかという指摘もあると。
まあ、ものすごい高い給料になるとか、ものすごいボーナスもらうとか、もういきなり重役になってしまうとか、そんなんで満足する人も入るし、そんなんではという人は、会社辞めるかもしれないですよね。
そうですね、大きな違いとしてはやはりこちら、会社側にその主導権っていうのがあると。
そんな会社嫌だったら、従業員は出て行けばいいっていう、そういう選択肢はあるんですがね。
寺門さんね、先生おっしゃってましたけど、日本じゃやりにくいんだと。
アメリカっていうのはもう大学も企業も垣根がないと、ベンチャーもどんどんどんどん出資してできているよっておっしゃっています。
日本の今の現状はどうなんですか?
やはり、この問題も含めてそうなんですが、やはり基礎研究からですね、最後の商品にして、ビジネスに結びつけるところまでですね、ここまでまだいい流れが全体的にはできてない、そこがこれからの日本の科学技術の課題だっていう感じはします。
だから失敗しても、これがだから、もし成功すれば、すごい実用化されて、世の中の役に立つ、ビジネスになるというものを、やはり地道に応援していくっていうシステムですかね?
そうですね、企業としてはそこが大事なところですね。
でも、ことしは科学の世界で、いろんなことがあって、日本の科学の信用性、どうだといわれましたけれども、これでなんか、やっぱりすごいんだな日本はっていうことになったんじゃないですかね。
そう思いますね。
とてもうれしいニュースです。
さあ、これからこのLEDっていうのは、まだまだ無限に広がっていくんですか?可能性は。
これからもっと広がりますし、それから、われわれが考えもしなかった分野で、応用が進む可能性ももちろんありますね。
考えもしなかったって、例えばどんなことなんですかね?
例えばですね、今、天野先生ですね。
これを医療分野に使おうとしてますね。
ですから、今、照明だとか、ディスプレーに使っているものを、もっと全く別な医療だとか、そういったことに使おうとしているわけですから、これからどんどんどんどん、利用の範囲も広がっていくと思いますね。
寺門さん、どうもありがとうございました。
どないなんねやろ。
例えば、植物の光合成ができやすい光とか、そのあたりも自由自在ですし、医療にもそういった延長線上で利用できるんじゃないかと。
農業は当然使えるし、医療だったらどうなるんだろう。
病気のところがぴかっと光るんやろうか?
でも、そういうことですよ、例えば。
そういうことですよって、知ってるの?
結構詳しいです。
どういうこと?
例えば、病気の細胞、がん細胞的なものを発光させて、それを取り除くための手術に応用するとか。
治るの?
それをだから、どういう技術になるのか、臨床的なものはちょっと分かってないですからね。
そんなざっくりした話だったら、僕だって言えるで。
紫外線レーザーのがん治療とか、例えばそういうような可能性も秘めてるかもしれない。
そうなると、俺分からん、ごめん。
なかなかわれわれが考えても難しいんですよ、それは。
一つのね、例えば天野先生にしてもね、土日もないじゃないですか。
私、やっぱり家族はね、やっぱりこういう環境で支えたっていう、家族の力っていうのは、すごく大きい感じしますね。
まだまだ日本人受賞の可能性はあるというね。
盛り上がってきたノーベル賞ウィーク、こちらご覧ください。
きょう、化学賞がありまして、まあ、医学生理学賞受賞ならなかった竹市さんですとか、あるいは京都大学の北川さんなんていうのも、候補じゃないかといわれております。
そしてあした木曜日はいよいよ文学賞で、毎年、この人が有力候補といわれています村上春樹さんがいらっしゃいますね。
そして金曜日、10日、あさってなんですけれども、実はこれ、ノーベル平和賞、憲法9条の保持ということで、日本国民が受賞できるなんていう海外の研究機関の予想なんてのもありまして。
僕らもらえるの?
という海外の研究機関が予想しているらしいんです。
五郎さん。
そういう、いろいろ運動してる人もいたっていうのもあるんでしょ?
そうですね、運動していらっしゃる方も、日本人にもいらっしゃいますし。
だったら、ちょっとストックホルムいかな。
全員行ったら、大変なことになりますから。
行ける人は、日本人で行ける人は。
研究機関の予想的中率というのは、非常に低いそうなんです。
それ言わないでください。
そういう話題も出ていると。
でもね、五郎さんね、これだけ日本は経済大国といわれながら、経済学賞って、出てないんですよね。
そうなんですね。
圧倒的にアメリカなんですよね。
なんでなんですかね?
これはなんでなんでしょうね。
それで、学生さんなんかでは、理科離れとか理系離れって言われてるけど、取ってるのは理科系なんですよね。
20年前、30年前の研究が2000年以降、だーっと受賞し雲を動かしてみますと、きのうからですね、気圧が65ヘクトパスカル下がったんですよね。
ということは勢力、増したということですね。
今猛烈な勢力で、900ヘクトパスカル。
900?
台風の目も見えます。
進路予想を見てみますと、このあと、暖かい海域を通ってきますので、この900ヘクトパスカルでしばらく維持したまま、北上してきます。
同じような動きですけども、沖縄、それから九州辺りも、相当の勢力でやってくるって思ったほうがいいですね。
日曜日の午前中の段階で、沖縄本島の東の海上ですね、月曜日の段階で、九州の南まで進んできまして、予報円のもし一番北側を通った場合には、もう西日本に影響が出るおそれがあります。
これがこう行って、こう行く可能性がまたあるということですか?
偏西風、流れてますから、近づくと一気に来る可能性もあります。
また3時台に、詳しくお伝えいたします。
こちらでございます。
これ?そんなになるの?
焦げついたフライパンでも、使いかけの口紅でも。
あなたの不要品がお金に換わる!驚きの買い取り現場に密着!
最高金額や。
ありがとうございます。
出張買い取りで向かったのは、超豪邸。
そこでまさかの事態が。
家にある全然使っていないもの、
ここで最新のニュースです。
岸田さん、お願いします。
お伝えします。
ノーベル物理学賞の受賞が決まった中村修二教授の兄、康則さんが喜びを語りました。
ひと言、おめでとうということと、おやじに生きてればね、報告するのが、一番おやじ喜ぶだろうなって、ひと言言うとね、うん、うんということで、数学的要素は非常にずばぬけたものがあるし、分からんことはどんどん聞いて、おやじに聞いて、おやじはね、やっぱりことばで、うまく褒めてね、そういう能力を生かそうと、特に天才であったとか、そういうことじゃなくて、本当、非凡な男でございまして、そういう意味での努力をしていた、より以上にね。
われわれ、兄弟の中でも、本当に一番の努力家であると、小さいころからね、そういう感じはいたしております。
人以上に努力をすると。
負けず嫌い、いろんな学び、勉強する、そういうところがね、やっぱりこういう結果に結び付いたと思います。
よくやったというふうに褒めてやりたいというふうに思いますね。
そして、その中村修二教授、カリフォルニア州の地元では、子ぼんのうな優しいお父さんとして知られています。
中村教授はつきに2回は通うという、自宅近くの日本料理店。
妻や幼い息子ら家族4人で一緒にラーメンを食べることが多いということです。
先生はもう本当に、すてきなお父さまで、子ぼんのうなお父さんという感じですね。
熱いラーメンなんで、小さいボウルに取り分けてあげたりとか、そういうことは、いつも本当にやってらっしゃって、熱いよって言ったり。
また中村教授が月に1度訪れるという、近所の理髪店では。
気さくだね、気さくですよ。
あんまり短くしないように、長くしないようにというオーダーが、かなりおおざっぱな感じで、任せますっていう。
店長は、12月のノーベル賞の授賞式の前に散髪をするのが楽しみだと話していました。
次です。
安倍総理大臣は参議院の予算委員会で、北朝鮮による拉致被害者らの調査を巡り、1回目の調査報告が先送りになっていることについて、大変残念な状況になっていると述べました。
北朝鮮側の第1回目の調査報告が、夏の終わりから秋の初めと言っていたのが、先送りされましたよね。
これは総理、北朝鮮側が約束をほごにしたというご認識ですか?
拉致被害者の方々の明確な生存情報も含めた報告等があるものと期待をしていたところでございますが、北朝鮮側の認識としては、いわば調査を行っている現状についての報告をしようと、こう考えていたということ、彼らの認識がそうであったということであり、大変残念な状況になっております。
これに関連して、岸田外務大臣は、調査自体を前に進めるために、具体的に何をすべきなのか、政府全体として今、検討している。
現時点で北朝鮮への制裁措置を元に戻すなどということは考えていないと述べました。
どう考えてもうまくいってるようには思えないんですが、五郎さん、きのうの韓国の領海に入って撃ち合いになったりもして、北朝鮮の真意みたいなところは、本当見えてこないですね。
そうなんですよね。
まあ今までのずっと長い歴史から見れば、裏切られることの連続でしたからね、やっぱりここは、しかし、またここをやっぱり突破しないことにはね、難しいとこですね。
キム・ジョンウン第1書記の健康問題の話もあって、国が一つにまとまってるかって、そういうところもちょっと見えないですしね。
そうですね、そういったことがこの拉致などの調査に影響をしなければいいですけれども、まあ、健康問題については先日の電撃訪韓があったときに、北側からは、問題ないんだという説明はあったそうですけれども、まだ分かりませんからね。
安倍総理の残念な状況ということばが、どうも引っかかるんですよね。
そうなんですよね。
もっと強く出られないのかという声は政府に対して、拉致被害者家族などから上がっていることは事実ですよね。
例えば制裁、一部解除したことについて、元に戻すぞというようなことをもっと言えないのかとかですね北朝鮮に、日本側から調査団を出す、いつ出すのか出さないかといったことについてもやっぱりもっと慎重に、北側に乗せられないように、慎重にやってほしいという声もありますのでね。
もう1回強硬的な姿勢を取るのか、向こうに乗っかっていくのかという、日本政府、非常に難しいと思いますね。
続いてのニュース、お願いします。
ニュースを続けます。
北海道大学の男子学生が、イスラム過激派組織イスラム国への戦闘参加を計画していた事件で、この学生が、渡航を相談していた元大学教授に対し、就職活動に失敗し、金もないので、早くシリアに行きたいと話していたことが分かりました。
シリアに渡航し、イスラム国の戦闘に加わろうとしたとして、警視庁公安部が関係先を捜索した、北海道大学の26歳の男子学生は、イスラム国の幹部と親交のある中田考元大学教授に、渡航を相談していました。
中田元教授は、日本テレビの取材に、その経緯を次のように話しました。
就活に失敗して、東京に出てくると。
東京に出てくると、学生であまりお金もないんでですね、日本にいるとお金がかかるんで、早く行きたいということで、ということで確か、7月ぐらいだったと思うんですけど、7月ぐらいに、急いで行けるように手配してくれっていうような話になってですね。
男子学生は、イスラム教に入信し、アラビア語の勉強も始めたということです。
もっと入りやすいグループっていくらかありますので、そっちのほうに入ってもらっても構わなかったんで、そのへんをですね、いくつか聞いてみたんですけど、彼はISっていって、イスラム国に入りたいと。
警視庁公安部はきのう、中田元教授の関係先も捜索し、渡航計画の全容解明を進めています。
東京・足立区の夫婦の次男が行方不明になっている事件で、夫が次女に対し、犬用の首輪をつけたり、顔を殴るなどしたとして、再逮捕されました。
警視庁によりますと、再逮捕された皆川忍容疑者は、ことし3月から6月にかけて、足立区の自宅などで、当時3歳の次女に対し、首に犬用の首輪をつけたり、顔を殴ってけがをさせるなどした疑いが持たれています。
皆川容疑者は調べに対し、しつけのつもりでやったがやりすぎたと、容疑を認めているということです。
皆川容疑者と、別の事件で逮捕されている妻は、次男の遺体を山梨県の河口湖周辺に捨てたと供述し、警視庁が捜索しましたが、これまでのところ、見つかっていません。
以上、最新のニュースをお伝えしました。
住田さん、この北大生、就職に失敗したから、イスラム国へっていうのも非常に短絡的な感じがしますけどね。
普通、香港の学生のように、政治的な背景だとか動機だとか、国のためを思うって言うのであれば、まだしもですね、単にこれ、私、逃避にしかすぎないと思うんですね。
それを大学の先生、元先生かもしれませんけれども、もう少し大人としての対応を教えてさしあげないと、こういう若い、やっぱり世の中を知らない学生にとっては、本当に問題ある行動を指示してしまったと思いますね。
後藤さん、欧米の若者がたくさん行っているっていうのは、少なからず、こういう理由の人も結構いるんですよね?
そうなんでしょうね、こういう裏のルートが実際には存在してるんだなという、怖いですね、これは。
大体言っているのは、自分の国に未来はないから、イスラム国へなんていうのを聞きますもんね。
そうなんですよね。
やはりそのあたりはちょっと短絡的なんじゃないかなと思われるところも多いですよね。
やはり背景としては、やはり貧しさであるとか、格差であるとか、失業率の高さであるとか、そういったことに、社会に対するなんらかの不満をもんもんと持っている若い世代に、巧みにイスラム国が関与しているっていうのが、世界中に広がっているようですよね。
分かりました、ありがとうございました。
ありがとうございました。
さあ、続いてはどんな不要なものでも値をつけて買ってくれるという、買い取りショップに密着しました。
さらに年商100億円ですって。
買い取った不要品がお金に換わる、ビジネスの舞台裏に潜入しました。
ありがとうございます。
じゃあ、こちら、拝見させていただきますね。
焦げ付いたフライパンが。
こちらは×××円。
ごみから現金に。
家を片づけてて、断捨離で。
家庭で眠っていた不用品が。
こちらでございます。
これ?
はい。
そんなになんの?
思わぬ大金に。
空箱だけでも。
使いかけでも。
おー、すごい、新記録!
どんなものでもお金に換わる。
驚きの買い取り現場に密着!出張買い取りで向かった先は、長ーい廊下の超豪邸。
エルメスですねぇ。
次々と飛び出すお宝に、まさかの事態が!
ちょっとあれですね。
お金が足りない予感がしてきましたね。
その驚きの買い取り金額とは?さらに。
ことし年商100億。
不用品で年商100億円!知られざる買い取りビジネスの裏側に、ミヤネ屋のカメラが潜入!
すべて×××のほうへ販売させていただきますね。
どんなものでも買い取って、どんなものでも売りさばく。
不要品がお金に換わる、そのからくりとは。
いらっしゃいませ。
こんにちは。
店にやって来たのは、子ども連れのお母さん。
持ち込んだのは、バッグに、ネックレスなどのアクセサリー2つ。
そして皿や子ども服、おもちゃなどすべて捨てる前に持ってきたという不要品。
持っていっても、返されたりするんですよね。
そうですね。
それがすごく傷つくんですよね。
ほかのリサイクルショップでは、買い取りを断られることも多く、この店に通うになったと言います。
捨てるんやったら、100円でもなればいいかなと思って。
では、その買い取り額は?
大変お待たせしました。
こちらのですね、金額なんですけれども、合計の金額のほうが、600円となっておりまして。
査定の内訳を見ると。
持ち込んだ不要品すべてに値がつきました。
続いて訪れたのは、紙袋を抱えた親子。
カウンターを埋め尽くす大量の不要品がこのあと大金に換わりました。
家を片づけてて、ずっと置いてたんですけど、使うことがないから。
断捨離で。
持ってきたのは、バッグ。
ファーのマフラー、サングラスに、美容器具、そして指輪など、合わせて34点。
その査定額は?
大変お待たせいたしました。
金額のほうなんですけれども、合計のほうがこちらでございます。
これ?そんなになんの?
買い取り金額はこちら。
しめて5万円なり。
一体、何が大金に化けたのか?内訳を見ると。
バッグは合わせて500円。
ファーのマフラーは、合わせて700円。
最も高額となったのが、このプラチナの指輪、2つでおよそ4万6000円。
これでおいしいランチを。
かなりいいランチが食べられると思います。
驚くことに、買い取られたものの中には、商品の入っていないブランドの空箱も。
さらに、使いかけの香水も。
すべてに値が付いたのです。
ぜんこくで60店舗を展開する買い取り専門店、エコリング。
この店の最大の売りが。
いらっしゃいませ。
飲食物と生き物以外でしたら、なんでもほとんど買い取っております。
あらゆる中古品を、ぼろぼろだろうと、なんでも買い取ってくれる。
例えば、こんなものも。
じゃあ、こちら拝見させていただきますね。
使い込んだ中華鍋に、焦げ付いたフライパン。
すると。
フライパン、こちらは150円。
それぞれしっかり値が付きました。
ほかにも、店の奥をのぞいてみると。
ぼろぼろの縫いぐるみに、使用済みのキッチン用品。
そしてこちらは、ぼろぼろのカウンター。
さらに。
これ口紅で、本当に使いかけの口紅になってます。
なんと、使いかけの口紅まで。
一体、誰が使うのでしょうか。
やって来たのは、愛知県名古屋市。
買い取られた中古化粧品なんですが、こちらのお店にやってくるそうなんです。
ちょっとお邪魔してみましょう。
こんにちは。
いらっしゃいませ。
これ、化粧品ですよね。
たくさん並んでいます。
ここは、中古化粧品の買い取り専門店。
店内にある化粧品は、個人や業者などから買い取ったものばかり。
エコリングも、買い取った中古化粧品をまとめてこの店に売っているのです。
こんなにたくさんの中古ですよね、化粧品を買い取って、どうするんですか?
これ、一個一個、すべてきれいにして、新品とまではいきませんけども、きれいに掃除をして、インターネット上で、インターネットで販売をします。
はあ。
例えばこの口紅の場合は。
おもしろいんですよ、これちょっと、鎌なんですよ。
鎌?
鎌。
鎌が出てきました。
ではいきます。
きれいな面が出てきました。
きれいな面が出てきました。
ああ、確かに。
同様に、ほかの面もカットすれば、修復完了。
ご覧のとおり、汚れていた部分は、すべてなくなりました。
その後は、店長みずからインターネットのオークションに出品。
売れるんですか?
売れますよ。
売れます、売れます。
結構売れる?
結構っていうか、ほぼ、ほぼ全部、売り切ります。
ええ?売り切れるんですか。
ちなみに、この店が300円で買い取った先ほどの口紅は700円を超える値で落札されました。
一方、エコリングの店舗では、喜びの声が。
最高金額や。
ありがとうございます。
最高金額と、大喜びする親子。
どんな金額が飛び出したのでしょうか。
持ち込んだものを見ると、何やら時代を感じさせるものがずらり。
この中に、お宝の品があったのでしょうか。
それではこちら1150円、本日の買い取り金額と、こちら…。
ありがとうございます。
ん?1150円?聞くところによると、こちらの船木さん親子。
家の不用品整理で毎週のように店に通っており、この日、8度目にして、初めて買い取り額が1000円を超えたのです。
まだ全然、2階は片づいていません。
もしかすると、本人たちが気付いていないお宝が眠っているかも。
ということで、翌日、お宅を案内してもらうことに。
ここがおばあちゃんの家で、今、片づけやってる途中なんです。
ことし5月に、船木さんのおばあさんが老人ホームに入ったため、空き家を整理していたのです。
片づけが終わっていないという2階へ上がってみると手付かずのままの大量の不要品が。
押し入れはこんな感じで。
こんな感じで衣類、衣装ケース。
衣装ケース。
この辺りは反物だと思います、着物の。
たんすの中には、着物がぎっしり詰められ、長年、使われずに眠っていた食器や、段ボールに入りきらない座布団も。
そんな中、父親が取り出したのは。
ミシン、これは。
あと充電器。
いつのかな。
わかれへんよな。
30年ぐらい前のミシン。
なんとも懐かしい、レトロなミシン。
実は。
意外に、趣味で愛用されていたものというのが、高額買い取りにつながるものが、結構ありますね。
例えばですね、趣味で使われていた裁縫道具の、中でもミシンですね、ミシンはかなり高く買い取りさせていただけるメーカーのものもございます。
古いミシンの中には、高値で取り引きされるものもあるというのです。
ということで、ほかの不要品と共に、ミシンを持っていくことに決めた船木さん一家。
果たして驚きの高額買い取りとなるのでしょうか。
一方、ミヤネ屋が向かったのは、兵庫県姫路市に構えるエコリング本社。
わー!失礼します。
ああ、たくさん段ボールが!内海さん、詰まれていますね。
そうですね。
この中には、何が入ってるんですか?
この中にはですね、全国で買い取った商品が入ってます。
全国の店舗から集まってくる、買い取られた中古品。
その数、1日1500点以上。
ここで、衣類や食器、電化製品などに細かく仕分けされます。
中でも、売り上げの主力となるのがブランドバッグ。
一体、中古バッグがどれほどの利益を生むのでしょうか。
あれは何をしてらっしゃるのですか?
あれはですね、われわれこう、中古品扱ってますので、そういった商品を、きれいにほこりを取ったり、ビスを磨いたりとか、そういった形のことをしてもらって、商品化しっかりして、出品していきます。
専門スタッフが担当するクリーニングは、売り値を左右する重要な作業。
こういうのだと、どこをどうきれいにするんですか?
そうですね、こういうのだと、こういったビスの部分ですかね、こういう。
はあ、はあ。
ちょっとこう、さびた感じになってますが。
とか、あと金具の部分であるとかっていうところになりますね。
きれいになるものなんですか?
きれいになります。
留め具のサビや黒ずみは、綿棒や消しゴム、歯ブラシなどを使って丁寧に取り、表面についたほこりや汚れはふき取って、専用のクリームで磨き上げます。
すると、ご覧のとおり。
クリーニング前と比べてみると、留め具はぴかぴかに。
表面の革にもつやが戻りました。
わー!これは、もう持ち手の部分がきれてしまっています。
これも直して売るんですか?
いやちょっと、さすがに切れちゃっているものは直せないので。
このままの出品にはなっていくんですけど、こちらにもありますけど、この取れた、これも取れてるんですけども、こういった商品とこういった商品を、一緒に合わせさせていただいて、販売させていただくっていうような形です。
まとめ売りをするんだ。
でも、切れたものはさすがに買わないですよね、皆さん。
それが買っていただけるんですよ。
クリーニングを終えた中古品は、別の部屋で撮影。
1日に800点から1000点を、ネットオークションに出品するそうです。
ちなみに先ほどのルイ・ヴィトンのバッグ。
エコリングは2000円で買い取りましたが、なんと1万2590円で落札されました。
ほとんどもう99%ぐらいは売れていきます。
1日で?
そうですね、はい。
うえー。
そんなに需要があるんですね。
売り上げというのは?
ひとつきですか?
はい、ひとつきで。
ひと月大体2億円ぐらいです。
2億!
そして、この巨大倉庫にも、不用品で利益を生む秘密が。
おー!目の前に大きな家具類と、そして、山積みになったこのビニール袋、これはなんですか?
すべて衣類になりますね。
衣類、お洋服。
これ、どれぐらいあるんですか?量としては。
15トンくらいありますね。
15トン。
ほかにも、大量の縫いぐるみに、自転車や車いす。
日本人形など、あらゆる中古品がこの倉庫に。
これ全部どうなるんですか?
すべて海外のほうに販売させていただきますね。
海外にいくわけなんですね。
そうです。
日本で買い手がつきにくい中古品は、アジアや中東、アフリカなど、海外の現地業者に販売。
どんなものでも需要のある国があるそうです。
例えば今、アフリカで人気なのがベビーカーとおもちゃ。
基本的にアフリカの国っていうのは、今すごく子どもが多くてですね、なかなか所得もないので、一つ一つ、いいおもちゃであったりとか、新品を買えないんですね。
なので、日本製のこういった安全がすごいあるようなおもちゃっていうのが、すごい人気ですね。
エコリングが1台500円で買い取ったベビーカーは、現地業者に1000円から1500円で売れるそうです。
また、こちらは。
いすがたくさんあります、これ。
そうなんですよ。
オフィスで使われるようないすですよね。
そうです、そうです。
これは、主にどこの地域、国に行くんですか?
基本的には東南アジアの国に行くんですけども、香港であったりとか、ドバイであったりとか、今は結構、会社がどんどんどんどんできてきているんで、オフィス用品っていうのはすごい人気ですね。
また日本人として誇るべき、こんな理由も。
日本から来た商品っていうような形であれば、すごい人気がやっぱりあるんです。
メイド・イン・チャイナでも、正直いいんですよ。
やっぱり日本人が使ってたっていう部分で、ユーズド・イン・ジャパンということで、その商品が、もうそれがブランドの一つになってしまってますんで。
日本人が使ったものこそ、高品質の証し。
日本で役割を果たした中古品は、こうして海外で再び活躍するのです。
こうした事業に目をつけたのが、2001年にエコリングを創業した桑田社長。
なんでも買い取って、捨てているんじゃないかとか言われることもあるんですけども、今までお金になってないもの、換金できないもの、そういうものが換金できるようになりますからね。
マーケットに支えられていると思いますね。
基本的には、買ってから考えるっていうのが、うちの基本的な姿勢になります。
この日、出張買い取りで大阪市内のマンションに向かった、エコリングのスタッフ。
すみません、こんにちは、どうも。
すみません。
失礼いたします。
何やら立派なお宅。
廊下がすごい長かったんで。
こちらですか。
この、つってあるものと、あとこの中にも入ってるんですけど。
これ、全部ですか?
そうですね。
全部。
あと、まだ奥にも。
まだですか?分かりました。
ここに置いてるものと、あと、この奥にももう一つ、部屋があるんですけど。
あるんですか。
ここですね。
スーツケースの中に入ってるものもですね。
スーツケースの中にも。
全部ですか。
そのつってあるやつは。
もう全部です。
全部ですか。
おじいさんから大量の衣類を処分するよう頼まれたという、孫の小池さん。
すると。
エルメスですねぇ。
このエルメスっていうブランドですね。
ニナリッチですね。
もう高級ブランドですけども。
お金のにおいがする高級ブランドがずらり。
すると、店のスタッフが。
ちょっとあれですね。
お金が足りない予感がしてきましたね、ちょっと。
査定額がもう、持参したお金をちょっとオーバーしてくる可能性が出てきましたね。
なんと、店から持ってきたお金では、足りない可能性が。
査定額ですか?もちろんめっちゃ楽しみです。
一部はお小遣いで、私が今回いるので、もらえるということになっているので、はい。
急きょ、ほかのスタッフも駆けつけ、査定すること1時間。
注目の査定金額は?
はい、えーとですね、一応値段がですね、洋服だけ全部で19万4500円になりまして、あとは、例えば小物とかが、向こうにあったんですけど、ああいう雑貨等、ちょっとまとめさせていただいて、キリよくなんですけども、ちょうどジャスト20万までは、なんとかできそうかなと思うんですけど。
はい、大丈夫です。
今回の買い取り金額、しめて20万円。
値が付きにくい中古の衣類でありながら、高級ブランドのものも多く、高額査定となりました。
これには孫の小池さんも。
もう笑いしか出てこないです。
ところで、あの家族はどうなったのでしょうか。
きょうは、ちょっとお宝を持ってきたから、いけると思います。
おばあさんの家から持ってきた、高額査定の期待がかかるミシン。
そうですね、シンガーさんのミシンになりますね。
結構ミシンの中では、すごく有名なメーカーにはなりますかね。
何やら好感触。
果たして、中古のミシンに、いくらの値がつくのか。
その結果は?
すみません、お待たせしました。
お待たせしました。
ミシンのほうは、シンガーさんのミシンが500円。
なんと、期待のかかったミシンは、人気のタイプではなかったため、500円。
結局、ほかの不用品も合わせてこの日の買い取りは2020円だったのですが。
おー!すごい。
新記録、新記録!
ありがとうございます。
これまでの買い取り最高金額を更新し、船木さん一家は大喜び。
おばあさんにプリンを買うと言って、帰っていきました。
家庭の不用品が、ちょっとしたお小遣いに。
あなたも一度、捨てる前に持ち込んでみては?
これは住田さん、断捨離にはもってこいですよね。
そうですよね、今、遺品整理なんてとっても大変なんですけど、早いうちに自分の手でちゃんとやって、お金を回収しておきたいですよね。
ちょっと、捨てるのもなっていうものも買ってくれるわけですから、それからやっぱり五郎さん、日本の信用度っていうのは、すごいなと思いますね。
そういうことありますね。
まあしかし、これはただ捨てると思えばこのぐらいでもいいけども、いろんな思い出が詰まっていたりね、いろんなことがあるんですよね。
それはね、男は絶対それ言うんですよ。
女の人はそれないですよね。
いやいや、おばちゃんでもそうですよ。
要らないの、要らないのって捨てますやん。
だからこういうと胡があったら、思い切れるんですよ。
エコリング、きょう第2水曜日は全店お休みですので、行かれる方はあす以降お願いします。
きょうはお休みですんで、あす以降、行っていただいて。
出張もしてくれるんですか?
そうなんです、出張買い取りもありますし、宅配、こちらで詰めて、送って、査定してもらうということもできますから。
いいですね、ぜひ一度皆さんも家の中のもの探していただきたいと思います。
さて、続いてはこちらです。
御嶽山の噴火から12日目、山に残された不明者の方を捜し続ける、捜索隊の奮闘を負いました。
自衛隊のヘリコプターが降下し、救助隊が続々と下りています。
自衛隊員のひざまで埋まっています。
多くの命を奪った山で、今なお戦い続ける隊員たち。
まだ多くの方が行方不明になっているということで、われわれは必ず捜し出す、絶対に見つけてあげるという気持ちで臨んでもらいたい。
残された登山者全員を家族の元へ。
しかし、自然の脅威は、そんな彼らに次々と襲いかかった。
戦後最悪の火山災害となった御嶽山の噴火。
やばい。
どうする?
やばいな、これ。
下がる?もっと。
まにあわん。
口隠せ。
現在、8合半。
9合目に向けて登山中。
現在、9合目では陸上自衛隊のヘリで、ピックアップ中。
これは噴火の翌日、一早く山頂付近に向かった、名古屋市消防局の隊員が記録した映像。
登山者を襲った大量の火山灰と大きな噴石は、捜索隊の行く手をも阻んだ。
さらに。
鳴り響いているのは、火山ガス検知器の警告音。
いつ、再び噴火してもおかしくない。
要救助者を1名、発見したもようです。
この斜面の上ですので、今から上がって救出。
危険と隣り合わせの状況で、隊員たちは、捜索活動を行っていたのだ。
噴火から4日目。
噴煙が上がる御嶽山。
火山活動の活発化を受けて、捜索活動は休止を余儀なくされた。
山頂付近で取り残されたご家族の方の心情を思うとですね、非常にいたたまれない気持ちが共通しております。
このとき、山頂付近には多くの心肺停止の登山者が取り残されたまま。
そして翌日、捜索は再開され、大型ヘリで、大量の隊員が投入されたのだが。
風で舞った火山灰が、隊員たちの視界を遮る。
さらに、火山灰で足場が確保できず、移動や搬送も思うようにいかない。
困難を極める捜索活動。
さらに追い打ちをかけたのが。
台風18号による雨だ。
先週土曜日、捜索隊が向かった山頂付近。
そこでは、ある異変が起きていた。
火山灰が雨を含み、泥のようにぬかるんでいるのだ。
深い場所では、ひざ下まで埋もれてしまい、前に進むことさえ、ままならない。
ゆっくりでいいから、ゆっくり。
石あるよ、石ゆっくり。
田んぼみたいな感じで、どろどろになって、前に進めなかったですね。
結局、雨による土石流が懸念されるため、捜索はまたもや中止になった。
そしてきのう、3日ぶりに再開された捜索活動。
自衛隊員が手にしているのは、行方不明者を捜す探索棒だ。
行方不明になっている方々のご家族の思いなどをくみながら、なんとか早く見つけ出してあげたいなという気持ちですね。
今、隊員たちが、大型のヘリに続々と乗り込んでいきます。
隊員たちは、噴石を防ぐための大きな盾や、金属探知機を持って山頂へ。
そして捜索では、新たな手法が。
捜索隊員が、ロープ状のものを使い、区間を仕切っています。
横1列に並び、一歩ずつ前に進む隊員。
40メートルごとにロープで区切ったエリア内をくまなく捜索する、ローラー作戦だ。
しかし。
自衛隊員のひざまで埋まっています。
かなり深い灰があると思われます。
ぬかるんだ灰で、自衛隊員のひざまで埋もれています。
きのうの捜索で発見されたのは3人。
いずれも死亡が確認された。
厳しい状況でしたので、私が想像したよりは、きょうは進みませんでした。
歩くごとに一回一回、ひざが抜けるような、ひざの関節が抜けるような感じも感じました。
そしてきょう。
きょうは山頂付近で400人以上の方が活動されているということなんですが、こちらご覧ください。
きょう、お一人発見されて、亡くなった方が55人、いまだ行方が分からない方が9人いらっしゃいます。
後藤さん、本当に頭が下がりますよね。
本当ですね。
相当体力を奪われながら、捜してくれているんだと思いますから、敬意を払いたいですよね。
命を懸けてということなんですが、やっぱり五郎さん、あと心配なのは、これ、雪がね、もうまもなく降ることなんで。
先ほどご紹介しました、不要品買い取り専門店のエコリングですが、現在、宅配での買い取りは受け付けていないということです。
今現在。
大変失礼いたしました。
そしてホームページ、今、アクセスが集中しているということです。
ご了承ください。
さあ、台風ですが、蓬莱さん。
今回の台風のポイントは、まず勢力が今、900ヘクトパスカルと、猛烈な勢力となっています。
北上してきまして、土、日と沖縄が荒れたお天気となりそうです。
月曜日の段階で西日本にも影響が出てきそうです。
いずれにしても、これ沖縄、九州、西日本はもう避けられないですね、影響が。
この先の火曜日の予報円というのがあした出るんですが、これが非常に重要で。
これはまっすぐ抜けていくか、ちょっと東に行くか。
東のほうに。
まだちょっとぶれ幅があります。
今回のポイントは、接近前から前線の影響で大雨のおそれがあります。
18号のときと同じですね。
そうですね。
本州に近づくと、偏西風の流れで速度が速まって、一気にやって来る可能性があります。
今回は大型の台風ではないですが、勢力が強いです。
近づくと、急に風が強まるおそれがあります。
そして最後のポイントが、土砂災害に厳重な警戒をしてください。
18号の大雨から10日もたたないうちに、次の大雨となってしまいますから、
とりあえず3連休の、そして火曜日あたりまで要注意ですね、これ。
日曜日の雨というのは、それほど強くはなさそうなんですが、台風の動きしだいでは、この月曜日、火曜日というのは、要注意となりそうです。
西日本見てみましょうか。
西日本もそうですね。
沖縄が、あすから雨が降りやすくなってきまして、土、日、風が強まり、波も高くなるでしょう。
運動会とか、お出かけの予定されている方、ずいぶんいらっしゃると思うんですけどね。
2014/10/08(水) 13:55〜15:50
読売テレビ1
情報ライブ ミヤネ屋[字]

▽祝!ノーベル3氏が同時に…ミヤネ屋総力取材〜秘話満載!!▽あなたの不要品が…オカネに変わるんです!!

詳細情報
出演者
宮根誠司
川田裕美
住田裕子
後藤ひろひと
橋本五郎ほか
番組内容
▽御嶽山最新中継
▽不倫疑惑の東国原氏
カメラの前で一体何語る?ほか
番組ホームページ
http://www.ytv.co.jp/miyaneya/

ジャンル :
情報/ワイドショー – その他

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語ステレオ
サンプリングレート : 48kHz

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