「GAIA」…それは息づく大きな生命体。
混沌の時代にも希望を見いだし再生を果たして未来へ向かう。
そこにきっと夜明けがやってくる。
店内をのぞくと人だかりが。
客が手にとっていたのはブラックサンダーという日本のお菓子でした。
台湾ではセブンイレブンが独占販売。
価格は50円と日本より高めです。
ブラックサンダーはチョコレートの中にココアクッキーとビスケットが入ったチョコバーです。
こちらは日本の空の玄関免税店をのぞいてみると…。
ここでも台湾からの旅行者がブラックサンダーを大量に購入していました。
よく見るとブラックサンダーだけではありません。
実は今日本のお菓子が外国人旅行者から土産物として人気を集めているのです。
この店舗のこちらはタイからの旅行者。
日本で買うお菓子を事前に調べわざわざコピーまで持ってきていたのです。
この機に乗じて世界に打って出る日本の菓子メーカーその最前線を追った。
台湾で大ヒットしたお菓子が次に狙ったのはアメリカ。
果たして日本の味は通用するのか?あのポッキーがインドネシアの学校に乱入。
グリコの驚くべき戦略とは?ジャングルの奥地を目指す1そうの船。
日本のお菓子はどこまで行くのか?外国人観光客に人気となっている日本のお菓子。
なかにはすでに海外に進出しているものもあります。
例えばこちら。
えんどう豆を丸ごと使用して作っているというカルビーのさやえんどう。
アメリカとカナダでスナッピークリスプという名前で販売されています。
100%豆でできたスナック菓子という独自性がうけまた一般的なポテトチップスよりもヘルシーということで人気となっているそうです。
続いてはこちら。
お酒のつまみとして定番となっている亀田製菓の柿の種です。
2008年からアメリカでカメダクリスプスという名前で売られるようになりました。
日本でおなじみの醤油味やわさび味だけではなくブラックペッパーやバーベキュー味など現地の好みに合わせた商品を展開しているそうです。
これが現地のスーパーで販売されている様子ですがこの黒いカップで3種類の味を試食できるようになっています。
お客さんが気に入れば上にある商品を購入するということです。
こちらは葉巻のような形で有名なヨックモックのシガールというクッキーです。
日本で作った商品をこちらの国や地域で販売しています。
最近は特にアラブ首長国連邦の富裕層に人気でこのように高級ブランド店のような店で売られているということです。
そして今無名の菓子メーカーが作ったこの駄菓子のようなチョコレートが海外を目指そうとしています。
『ガイアの夜明け』今回は日本の菓子メーカーの海外進出その新たな戦略を追いました。
駅前を走る路面電車。
よく見るとブラックサンダーの広告が…。
「豊橋にはコレがある!」と書かれています。
駅前から走ること30分大きな工場が見えてきました。
あの台湾で大人気のブラックサンダーを作っているのは有楽製菓という聞き慣れない会社です。
従業員290人の朝はラジオ体操から始まります。
7年前に創業者である父親の跡を継ぎました。
はい!有楽製菓は当初はアイスクリームに添えて食べたりするウエハースを作っていました。
しかしその後は得意なのはチョコレートやビスケットを使った菓子。
数年前までこうした下請けでの受注生産が売り上げの7割を占めていたのです。
自社ブランドの商品もありますがその数はわずか10種類ほど。
ブラックサンダーもその一つです。
20年前に発売したもののあまり売れず生産を中止した時期もあったほど。
転機となったのは2008年北京オリンピックでメダルを獲得した内村航平選手のひと言でした。
「ブラックサンダーが好物」と報じられると注文が殺到したのです。
更に2012年。
内村選手が金メダルを獲得すると安倍総理までフェイスブックでブラックサンダーを取り上げました。
有楽製菓の売り上げは2008年から急上昇。
わずか5年で90億円にまで達しました。
少なかった自社商品の売り上げが今や8割と受注生産を大きく上回ったのです。
河合社長はこの追い風に乗って2,000坪だった工場を2万坪に拡大。
それでも生産が追いつかないといいます。
その人気の秘密とは?ブラックサンダーのなかのビスケットは有楽製菓が得意とするところ。
生地から製造しています。
1枚の生地を型でくりぬいていくと不思議な形が出てきました。
この丸みを帯びた形がサクッとした食感を生み出すといいます。
そして表面をこんがりと焼き上げることでビスケットの中にチョコレートがしみこまないよう工夫しています。
そのビスケットとココアクッキーをチョコレートで混ぜて板状にします。
更に別のチョコレートでコーティング。
最後に余分なチョコレートをエアーで取り除くことで甘すぎない味に仕上げていました。
こうしてサクッとした食感のブラックサンダーが完成します。
この日河合社長が食堂に社員たちを集めていました。
テーブルの上に並べられていたのはアメリカで発売されているチョコレート菓子。
その数50種類以上。
社長一つひとつ試食して味の傾向を分析しようと言いだしたのです。
うわっほんとだ。
ほとんどのチョコバーにキャラメルやクリームなどのやわらかい素材が使われていました。
サクッとした食感が売りのブラックサンダーとは大きく違います。
実は河合社長次なる戦略を打ち出そうとしていました。
海外でブラックサンダーを売っているのは台湾だけ。
河合社長次の狙いはチョコレート大国アメリカだったのです。
その責任者に指名されたのが突然の抜てきに頭を抱えていました。
有楽製菓の工場。
伊藤さんアメリカ向けに新たなパッケージの準備を進めていました。
そこには英語表記のブラックサンダーが。
初のアメリカ進出。
まずは商品を知ってもらおうと名前を大きくアピールすることにしたのです。
アメリカにはブラックサンダ−とBIGサンダーの2種類を売り込むことに決めました。
合わせて3万個を生産。
もうあと戻りはできません。
そこに有楽製菓の伊藤さんが乗り込んでいました。
早速向かったのは大型のスーパーマーケット。
ライバルとなるお菓子を調査します。
いや〜だけど…。
さすがアメリカ。
棚の端から端までチョコレート菓子で埋め尽くされていました。
伊藤さん何やら気づいたことがあるようです。
棚を占領していたのは10社ほどの有名菓子メーカーの商品。
どれもアメリカではロングセラーのものばかりです。
町なかの食料品店は…。
ここでも同じように10社ほどのチョコレート商品が棚を占領していました。
店にブラックサンダーを置いてもらうことはできるのか?伊藤さん店員に聞いてみると…。
客は定番商品に満足しているためわざわざよその国のチョコバーを買わないだろうと言われてしまいました。
チョコレート大国ハードルが高いのは最初から百も承知です。
翌日伊藤さんが訪ねたのはシアトルに本拠を置くスーパーマーケットウワジマヤ。
実は伊藤さん事前に交渉を進めこの店で2日間テスト販売をさせてもらうことになっていました。
ブラックサンダーは1個50円BIGサンダーは90円で売ってみることにしました。
2個買うと少しお得に。
しかし日本から来た無名のお菓子。
手に取ってくれるどころか立ち止まってくれる人さえいません。
すると伊藤さん突然スイッチが入りました。
スーパーマーケットウワジマヤ。
この店で2日間ブラックサンダーのテスト販売をさせてもらうことになりました。
しかし日本から来た無名の菓子。
誰も立ち止まってさえくれません。
英語は学生時代に習って以来ですが…。
商品を知ってもらおうと試食を勧めます。
必死にアピール。
クッドユートライディスチョコレートクッキーバー?すると続々と客が集まってきました。
プリーズ…。
忙しい…一気に来ましたね。
OKOK?アメリカ人の舌にブラックサンダーはどう感じるのか。
自信を持った伊藤さん。
積極的に売っていきます。
OK。
試食した人たちが次々と商品を買い始めました。
オーオー。
サンキューベリーマッチ。
サンキューソーマッチ。
ベリーグッド。
オーサンキュー。
サンキュー。
しかしホッとしたのもつかの間。
思いがけないことを言う人が。
アンケート用紙を見るとブラックという商品名やパッケージの色に否定的な書き込みがいくつもありました。
今回のアンケートを参考に伊藤さんパッケージのデザインなどを再検討するそうです。
反響を受け今後このスーパーでは正式に販売してくれることになったのです。
アメリカ進出の第一歩を踏み出すことができました。
一方赤道直下のジャングル。
そこにグリコの駐在員がいました。
まさかこんなところまで…。
これまで菓子メーカーは売り上げを伸ばすためにさまざまなキャンペーンを展開してきました。
例えばヤマザキナビスコのRITZ。
オン・ザ・リッツというキャッチコピーは聞いたことがあるのではないでしょうか。
そのままお菓子として食べるだけではなく食材をのせれば手軽な料理になるということをアピールしてきました。
このように箱の裏にも写真入りで紹介するなどこれまでなんと数百種類のレシピを提案してきたということです。
こちらはネスレのキットカット。
名前が「きっと勝つ」という言葉に似ていることからもともと一部の受験生が験担ぎに食べていました。
そこでネスレがつけたキャッチコピーが…。
受験シーズンに合わせてさまざまな商品を開発し売り上げを伸ばしてきたということです。
例えば郵便局と組んで作ったこちらの商品。
箱に応援メッセージを書いてそのまま受験生に郵送できるそうです。
裏側に切手を貼って住所を書けるようになっています。
そしてこちらはグリコのポッキー。
昭和51年に始めたのがポッキー・オン・ザ・ロックのキャンペーンです。
このように氷の入ったグラスにポッキーを入れお酒と一緒に楽しむという新しい食べ方を提案しました。
また昭和52年から始めたのは旅にポッキーのキャンペーン。
当時若い女性の間で広がっていた旅ブームを背景に仲間と旅に行くときにみんなで分け合って食べようと呼びかけました。
こうしたキャンペーンを使って新たな市場を掘り起こしてきたグリコのポッキー。
その手法を海外でも生かそうとしていました。
インドネシアの首都ジャカルタ。
街の中を走る1台のワゴン車。
車体には日本のお菓子グリコのPockyの文字が。
ポッキーワゴンが到着したのは郊外にある学校です。
降りてきたのはキャンペーンガール。
ポッキーの宣伝部隊です。
なんと授業中にもかかわらず教室の中へ。
中学生を相手に始まったのはクイズ。
1日3校2か月かけて市内の中学や高校を回るキャンペーンです。
そして昼休みになると…。
(一同)ポッキーポッキー!生徒たちが口々にポッキーコールを始めました。
1人1箱ずつ無料で配っていきます。
このワゴン戦略ある効果を期待してのこと。
生徒たちが今流行りのツイッターやフェイスブックなどを使って写真やコメントを投稿しはじめたのです。
こうしてポッキーの噂がインドネシア中に広まっていくのです。
インドネシアの人口は日本の倍。
その4割がお菓子の主な購買層である20歳未満という若い国です。
この巨大市場で指揮を執るのが田崎さんただおいしいだけではダメだと考えていました。
校門を出ると多くの露店が並んでいます。
インドネシアでは子供たちが学校帰りにおやつを買う習慣が。
少ない小遣いをどうやりくりするかは子供の気分しだいです。
田崎さんグリコのお家芸であるイメージ戦略も始めていました。
この14歳の少女をくぎづけにしているのが人気アイドルグループJKT48を使ったCM。
キャッチコピーは仲間たちとポッキーを分け合って食べよう。
これがかっこいいと訴えかけます。
すっかりアイドル気分。
ジャカルタ市内にある今年4月にできたばかりです。
実はインドネシアでは30年前からポッキーを売っていました。
しかし販売代理店に任せっきりだったためこれまでポッキーの名前すらあまり知られていない状況だったのです。
そこで1年半前初めて日本から送り込まれたのが田崎さん。
さまざまな手を打ってきました。
その一つがこれ。
ポッキーカラーのジャンパーとヘルメットをスタッフに支給。
ポッキー赤ヘル部隊と名付けました。
総勢30人の営業スタッフがジャカルタ市内のスーパーや商店を回ります。
その姿は走る広告塔でもあるのです。
田崎さんが赴任してわずか1年で年間2,000万箱売れるようになりました。
30年の遅れを一気に取り戻そうとしています。
帰れない恥ずかしいですね正直。
こちらグリコのシンボルマークが掲げられた大阪道頓堀。
その大阪に江崎グリコの本社はあります。
早くから海外に進出してきたグリコ。
ところがその海外で長い間苦戦を強いられてきました。
各国の販売代理店に任せていたのでパッケージもバラバラ。
例えば…。
イスラム教徒の多い国なので食べてはいけないPorkを連想させるという配慮からでした。
そこで2年前ポッキーグローバルブランド化計画というプロジェクトを立ち上げました。
全世界でブランドイメージを統一しようと動き出したのです。
遅まきながらの再スタート。
長年ロッキーという名前で売ってきたこの国でもてこ入れが始まりました。
しかし…。
マレーシアの首都クアラルンプール。
この国の人口はおよそ3,000万人。
マレー系中国系インド系の他にも多くの少数民族が入り交じった国です。
グリコは今年4月からこのマレーシアにも初めて駐在員を派遣していました。
クアラルンプール市内には大型のショッピングモールがいくつも建ち並んでいます。
モールの中の菓子売り場をのぞいてみるとマレーシアで圧倒的人気の商品が目立っていました。
世界ブランドネスレのキットカットがいい場所を独占していたのです。
それに比べグリコのポッキーはその他たくさんのお菓子が並ぶ棚に埋もれていました。
ここはポッキーのその一角を間借りして今年4月日下部さんは事務所を構えました。
駐在員はたった1人です。
マレーシアでは日下部さん一からの立て直しを命じられたのです。
この部屋にはグリコの創業者江崎利一さんの写真が掲げられていました。
江崎さんこんな言葉を社員に残しています。
壁にぶつかっても何とかして突破口を探しなさいという叱咤激励です。
クアラルンプールから飛行機で2時間マレーシアはクアラルンプールのあるマレー半島とボルネオ島に分かれます。
クチンは島の西側の玄関口。
日下部さんクチンは素通りし車で1時間の小さな村に降り立ちました。
販売代理店のスタッフとともに回り始めたのはパパママストアと呼ばれる小さな商店。
ボルネオ島にはこういった家族経営の店がいたるところにあります。
ライバルたちがまだあまり手をつけていないこうした店をまずは1軒1軒おさえていこうという作戦です。
お客さんに次に日下部さんがやってきたのは船着き場。
船をチャーターしてジャングルの奥地に点在する村を回るというのです。
日本人と知るとみんな大丈夫なのかと心配してくれます。
それにしても日下部さんなんでこんな辺境の地にまで足を運ぶのでしょうか。
そういうところが…。
前方にジャングルにへばりつくように広がる村が見えてきました。
ジャングルの奥地にまでポッキーを持って乗り込んできた上陸したのは人口およそ1,500人の漁村です。
この村には小さな商店が3軒あるといいます。
まずはその1軒目。
ハローアイムフロムディスカンパニー。
ノー?いらないって?うんいらないって言ってますね。
ここも並んでないですもんね。
日本円で70円のお菓子はこの村では高すぎるというのです。
続いて2軒目。
店主はこの人のようです。
すぐに断られてしまいました。
残るはあと1軒。
そこで日下部さんは…。
子供たちにポッキーを食べてもらいます。
村の子供たちが次々と集まってきました。
初めて食べる日本のお菓子に夢中です。
ちゃっかり箱ごと奪い逃走する子も。
すると日下部さんのあとを…。
いやポッキーのあとを子供たちがついてきます。
ハロー。
彼らを引き連れて最後の1軒へ。
ここでもう一度子供たちに食べてもらいます。
サンキューベリーマッチ。
需要があるとにらんだ店主なんといちご味も置いてくれました。
こうやって遠く離れたジャングルの奥地の村に日本のお菓子。
ポッキーが初めて置かれたのです。
いつの日にか今日が記念すべき日になるかもしれません。
日本のお菓子は味だけでなく形が崩れにくいチョコレートが溶けにくいといった細かい工夫がなされています。
また欧米のお菓子に比べると健康的なイメージもあるようです。
和食ブームと同じように日本のお菓子もこれからどんどん海外で広まるのかその動きに期待したいと思います。
2014/10/07(火) 22:00〜22:54
テレビ大阪1
ガイアの夜明け【世界を喜ばす!ニッポンのお菓子】[字]
成田空港で買い物客殺到!台湾でも爆発的人気の意外なチョコとは!?▽ポッキーをジャングルに売り込む…グリコの海外戦略の裏側を取材▽世界を狙うニッポンの菓子が続々登場
詳細情報
番組内容
今、成田国際空港のお菓子売り場が外国人観光客に大人気だ。お土産として日本のお菓子を“箱買い”して、飛行機に乗り込む人が多いという。日本のお菓子は味や品質の評判が高く、また安全で健康的なイメージがあることから、お土産に持ち帰る人が増えているのだ。特に人気なのが「ブラックサンダー」。これまで“無名”だった菓子メーカーは、このチャンスに海外進出を狙った。アメリカで販売しようという動きに密着する。
番組内容続き
さらに、「ポッキーグローバルブランド計画」を打ち出した大手菓子メーカーを取材。主力商品の「ポッキー」はすでに30カ国で販売されているが、欧米メーカーに押され苦戦を強いられている。巻き返しを図る新たな戦略に迫る。
出演者
【案内人】江口洋介
【ナレーター】杉本哲太
音楽
【音楽】
新井誠志
【テーマ曲】
◆オープニング曲
「鼓動〜ガイアの夜明け」(作曲/岸利至)
◆エンディング曲
「夜空の花」(作曲/新井誠志)
「ガイア」とは
ギリシャ神話に登場する「大地の女神」を意味し、後にノーベル賞作家のウイリアム・ゴールディングが「地球」を指して“ガイア”と呼んだことから「ガイア=地球」という解釈が定着している。「ガイアの夜明け」という番組タイトルには、地球規模で経済事象を捉えることで21世紀の新たな日本像を模索すること、そして低迷する経済状況からの再生=「夜明け」を目指す現在の日本を描くという意味合いが込められている。
関連情報
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