78歳の妻を介護する85歳の夫。
妻は糖尿病を患い更に認知症も進行。
寝たきりとなって2年になる。
こうした在宅医療で重くのしかかるのが日々の食事。
栄養が偏りやすく今高齢者に急増する「低栄養」を引き起こす。
そんな現場を訪ね栄養指導に奔走する女性がいる。
この道を切り開いてきた訪問管理栄養士の第一人者。
認知症に糖尿病そして腎臓病など1,000人に上る患者の食生活を劇的に改善させてきた。
(笑い声)こんにちは〜。
こんにちは〜。
家から家を訪ね歩き患者に寄り添い希望の火をともす。
どうぞよろしくお願いします。
はい。
どうも失礼します。
それが今夜の「プロフェッショナル」。
その栄養士の職場は東京・足立区にある。
彼女は極度の無駄嫌い。
通勤時間を削るため職場から徒歩8分の場所に住むほどだ。
(取材者)何か理由あったんですか?ええ。
エレベーターがすぐ来そうにない時はまずボタンを押してからタイムカードを打刻。
僅かな待ち時間も無駄にしない。
やや大きめの白衣ももったいないから腕まくりで済ませるという。
中村が勤めるのは在宅医療に特化した国内でも数少ない病院だ。
中村は日本における訪問管理栄養士のパイオニア。
医師たちと連携し通院が難しい在宅患者の食事指導を担う。
この日最初の依頼は退院したばかりの重い腎不全の患者だった。
自ら車を運転し現場に急行する。
医師や介護ヘルパーが中村の到着を待っていた。
村上俊郎さん87歳。
腎機能が落ちたんぱく質の摂取量を成人男性の半分に制限しなければならない。
まずはこれまでの食生活を聞き出していく。
取り出したのは食品サンプルだ。
(笑い声)村上さんはマグロの刺身が好物だという。
だが高たんぱくなため腎臓への負担を考えると摂取は控えた方がいい。
それでも中村は大胆なプランを提案した。
時に厳しい食事制限を患者に強いる管理栄養士という仕事。
中村には心に刻む流儀がある。
中村は村上さんの綿密な献立作りに着手した。
好物のマグロを認める代わりに他の食事ではたんぱく質を極限まで抑えなければならない。
たんぱく質は制限しつつ一日に必要なカロリーと栄養素を摂取するのは容易ではない。
不足すると低栄養に陥り脳出血や認知症のリスクを高める。
目標の1,700キロカロリーに何とか届かせたい。
2日後。
在宅でも簡単にできる高カロリー低たんぱくの料理法を介護ヘルパーに授ける。
油を通常の1.5倍入れこの一食で500キロカロリーを稼ぐ。
(中村)ね!フフフフ…。
国は今年間38兆円を超える医療費を抑制するため在宅医療を推進している。
在宅ケアを受ける人は全国で350万人を超える。
だが目が行き届く病院と異なり自宅での食生活は自己管理が難しく再入院する患者が少なくない。
中村は一人一人の病状に合わせた栄養プランを意外な食品をも駆使する事で編み出してきた。
場合によってはコーラさえも取り入れる。
中村の朝は早い。
仕事に行くまでの時間で朝昼晩三食分の食事を作るのだという。
実は中村にとってここが実験の場。
この日は豚汁。
用いるのは冷凍の豚肉だ。
日もちするため患者にも勧めやすい。
しかも解凍せずに入れてみる。
大事なのは栄養バランスだけではない。
患者や家族の負担をどれだけ軽減しおいしく食べてもらえるかだ。
(笑い声)家から家へ患者の指導に日夜奔走する管理栄養士中村育子さん。
どんな状況にも対応できるよう選び抜いた道具を持ち歩いている。
まず栄養状態を把握する体重計。
中村さんはデジタルではなくアナログにこだわる。
そして患者の食習慣の聞き取りに欠かせない食品サンプル。
野菜や肉お菓子など30種類に及ぶ。
それぞれ栄養学の単位である80キロカロリーを基準に作られている。
選んだのは意外にもサラダ油とマヨネーズだった。
この日新たな依頼が舞い込んだ。
独り暮らしをする…極度の肥満症に陥り歩く事もままならない。
これまで度々ダイエットを勧められてきたが一歩が踏み出せずにいた。
中村はいつもどおり聞き取りから始めた。
間食についても細かく聞いていく。
(多田)そうそう。
あっそう。
(笑い声)友人と食べるお菓子が肥満を悪化させている事が分かった。
食べない方がもちろんいい。
だが多田さんはその時間を何よりの楽しみにしている。
(中村)多田さ〜んこんにちは〜。
ウフフフ。
3日後。
中村は懸案の間食について切り出した。
カロリーは高いがささやかな楽しみをやめさせる事はしない。
代わりに油っこいおかずは控えあるものを食べるよう提案した。
1か月後。
多田さんは確かな足取りで歩いていた。
(中村)あっでもなんかあれですね…ダイエットは順調。
体重は5キロも減ったという。
中村は小腹が空くという多田さんに特製のおやつリストを用意していた。
(中村)どうしてもおなか空いちゃった時…。
強制するのではなくいかに本人のやる気を育むか。
中村はその傍らに立ち続ける。
毎回大盛況となる中村さんの無料の料理教室。
私が一番できなかったりして。
アハハハハ。
高齢者の病気を予防するため長年続けている。
18年前前例のない訪問管理栄養士として走り始めた中村さん。
その出発点は決して忘れる事のできない悲しい出来事だった。
はいどうぞ。
中村さんは幼い時から料理が大好き。
暇さえあればお菓子や晩ごはんのおかずを作る少女だった。
大学で栄養学を学び病院などで管理栄養士として懸命に働いた。
だが32歳の時人生を変える出来事が起きる。
この日「おいしい」といつも料理を褒めてくれた70代の女性にお弁当を届ける事になった。
だがベルを鳴らしてもノックをしても返事がない。
部屋に入ると女性は風呂場で倒れ息を引き取っていた。
死因は心不全。
中村さんにはなすすべもなかった。
ある日突然亡くなってしまったという事にすごく衝撃を受けまして。
管理栄養士としてもっと積極的に関われなかったのかっていう後悔ですね。
「自宅での食生活に目が行き届いていれば体の異変に気付けたのではないか?」。
「病状に合わせて献立を立てられていれば亡くなる事はなかったかもしれない」。
中村さんは思い切って病院を出て患者の家を訪問すると決めた。
だが前例のない世界。
待っていたのは苦い現実だった。
栄養価を考えて買っていった食材を使わずに腐らせてしまう患者。
指導に耳を傾けず入退院を繰り返す患者。
その人のためと思ってすればするほど受け入れてもらえない。
「自分はこの仕事に向いていないのではないか…」。
相談する相手もいない中一人悩みを抱え込み転職すら考えた。
「何で聞いてくれないんだろう?何で聞いてくれないんだろう?何でこうなんだろう?」って多分言い続けていたような…。
自分自身も悩んじゃったりとか突破口が見つけられないみたいな…。
悶々とする中中村さんは一人の患者と出会う。
脳梗塞の後遺症でまひの残る75歳の男性。
飲み込む力が極端に落ち胃から栄養をとる「胃ろう」に頼っていた。
当時飲み込む力は一度失われると回復は難しいと言われていた。
だが男性は諦めない。
「もう一度口から食べたい」とリハビリを懸命に行っていた。
中村さんは何か力になれないかと思った。
聞けば男性は妻が作る大根の煮物が大の好物だという。
「どうすれば大根の煮物を安全に食べられるか…」。
中村さんは大根をミキサーにかけ細かくすり潰した。
更に水分やとろみの量を少しずつ変えては試行錯誤を繰り返した。
1か月後。
ペースト状にした特製の大根を食べてもらう事にした。
男性はスプーンですくいゆっくりと口に運んだ。
一口飲み込むと絞り出すように言った。
(中村)強烈でしたね。
強烈に感動しました。
こんなにおいしいってほんとそんなに口から食べれてうれしい。
そしておいしいっていうふうに思うんだ。
人ってほんとに…口から食べないっていう事がどれだけつらいのか。
そして口からまた食べられるようになったっていうのがどんなにうれしいのかというのがよく分かりました。
食事療法を続けた男性は1年後には普通の食事ができるまでに回復した。
「食べるという事は人に底知れない力を与えられる」。
その事を胸に刻み中村さんは一人一人の患者と向き合い続けた。
今全国各地で在宅医療を希望する患者が増えている。
こんにちは。
中村さんの豊富な知識や技術を教えてほしいと多くの依頼が寄せられる。
中村さんがもがきながら切り開いてきた在宅での栄養指導。
その歩みは今確かな道となっている。
7月下旬。
困難な闘いがまた始まろうとしていた。
古内宏子さん72歳。
脳卒中で倒れ入院していたが「自宅で過ごしたい」と退院してきた。
後遺症で飲み込む力が低下し4か月間口からものが食べられず栄養剤に頼って暮らしていた。
(中村)フフフフフ…。
古内さんは普通の食事を食べたいと切に願っていた。
だが介護する81歳の夫鍍八郎さんも重いパーキンソン病を患っている。
古内さんが脳卒中で倒れたのは26年前。
当時めっき職人だった鍍八郎さんが仕事をしながら介護を始めた。
料理を一から覚え妻に手料理を食べさせた。
まひが残り出歩けない妻にせめてもの楽しみをという一心からだった。
古内さんは鍍八郎さんが作る大根の煮物が大好きだったという。
5日後。
(中村)お邪魔しま〜す。
古内さんが口から食べられるようになるために中村は食事療法をスタートさせた。
(ミキサーを回す音)
(ミキサーを回す音)まずはミキサーを使ってペースト状にしたおかゆを飲み込む練習をする。
安全に飲み込めるかの診断は歯科医の担当。
飲み込む時に雑音がないか。
最も危険なのが食べ物が誤って気管に入る誤嚥。
肺炎を発症し年に数万人もの高齢者が命を落としている。
(歯科医)うんうん…。
そうですか?そうですか。
ペースト状のおかゆであればうまく飲み込めている事が確認できた。
(笑い声)よかったよかった。
飲み込む練習を重ねれば鍍八郎さんの大根を再び食べられるかもしれない。
しかし1週間後の事だった。
介護ヘルパーから思わぬ知らせがもたらされた。
古内さんがドロドロした食感を嫌がりおかゆをミキサーにかけずにそのまま食べているという。
このままだと誤嚥を起こしかねない。
(中村)こんにちは〜。
お邪魔します。
古内さんは誤嚥による気管支炎を既に起こしていると思われた。
このままでは命に関わる。
(中村)うん一切ないけど…。
中村の説得は1時間を超えた。
古内さんはドロドロした食感がどうしても受け入れられないという。
このままではおかゆも禁止せざるをえない。
大根の煮物を食べられる日は遠のくばかりだ。
それでも中村は古内さんの切なる思いに寄り添う。
1週間後。
中村はあるものを用意して古内さんの家を訪れた。
おかずはペースト状にする時の水分調整が難しいためこれまでは制限してきた。
だがあえて解禁する。
(ミキサーを回す音)味のあるおかずならドロドロへの嫌悪感を取り除けるかもしれない。
古内さんはペースト状のおかゆを飲み込む練習に前向きに取り組むと約束してくれた。
それから1か月古内さんは毎日リハビリを続けた。
9月上旬。
鍍八郎さんは張り切って大根の煮物作りに取りかかっていた。
(大根を切る音)1時間かけてじっくり煮込む。
古内さんは飲み込む力を取り戻しペースト状でなくても誤嚥のおそれがないほどに回復していた。
5か月間待ちに待ち続けた夫の手料理。
(中村)今日はね梅干しのおかゆとあと大根ですね。
(中村)おいしい?力強くかみ味わう。
ウフフフフ…。
食べ終えてなお「まだ食べたい」と古内さんは言った。
(主題歌)
(中村)じゃあまたねおいしくごはん食べてね。
は〜い。
さようなら〜。
どうもお邪魔しました。
やっぱりその在宅で生活したいっていう希望。
それから在宅でご家族の作ったお食事を食べたいっていう希望がある限りやっぱりそこに近づけてあげたいっていう気持ちが湧いてきますね。
訪問管理栄養士中村育子。
患者の元へまた向かっていく。
どんな時でも自分に厳しく自分を甘やかさずそして厳しい状況にあっても周りに優しくできるそんな人だと思います。
(中村)本当にこの次また会えるっていう保証はないんですよね。
だからほんとにその中で精いっぱい何か食支援ができればなと思いますね。
2014/10/06(月) 22:00〜22:50
NHK総合1・神戸
プロフェッショナル 仕事の流儀「訪問管理栄養士・中村育子」[解][字]
在宅医療の現場で患者の食生活の改善に奔走する訪問管理栄養士の第一人者・中村育子に密着。脳出血の後遺症で飲み込む力が落ちた妻が、夫の手料理を口にするまでの記録。
詳細情報
番組内容
在宅医療の現場を奔走する訪問管理栄養士・中村育子に密着。認知症・糖尿病・腎臓病など、1000人にのぼる患者の食生活を劇的に改善させてきたこの道の第一人者だ。この夏、中村に困難な依頼が舞い込んだ。脳出血の後遺症で飲み込む力が低下した70代の女性は、夫が作る大根の煮物をもう一度食べたいと願っていた。だが、リハビリを始めた直後、思わぬ難題に直面する。彼女の希望をかなえることはできるのか?食と命の記録。
出演者
【出演】訪問管理栄養士…中村育子,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
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