白濁したスープに浮かんでいるのは、羽を広げた小型のコウモリです。おなかを上に、口を半開きにして、ちょっと恨めしげな顔で見上げています。そんなパラオの郷土料理を食べてみたいと願ったのは、私です。それは衝撃的な体験でした。
コウモリといっても、主に果物を食べる草食で、身体からいい香りがするためにフルーツバットと呼ばれ、パラオだけでなく南太平洋諸国や中国南部、アフリカなど広い範囲で食べられているそうです。頭や内臓、皮も食べることができるので、調理法は1匹まるごと姿焼きや姿煮にするのがポピュラー。お祝いなど特別なときに食べる高級食材として珍重されていて……。
ひと口食べてみると、密集して生えている短い毛が舌にまとわりつきます。自分の長い髪の毛が口に入ってしまったときに感じる舌触りとはまた異なる、もっとやわらかい動物の毛。私は小型犬を飼っているのですが、いたずらで前足を口に入れられたときの感触がもっとも近いかもしれません。
とはいえ、毛皮さえ丁寧にはがせば、意外にもすいすい食べ進められます。肉はちょっと野性味があるけれどやわらかく、大きな青唐辛子を入れて辛めに仕上げ、タロ芋でとろみをつけたココナツスープがよく絡んで、エキゾチックな味わいでした。
パラオ料理は、もちろんコウモリだけではありません。主食はキャッサバやタロなどのイモ類。これを蒸かして食べるのが一般的です。また、戦時中に日本が統治していた影響もあり、庶民に人気の巻き寿司は「スシ」とか「マキ」と呼ばれ、いなり寿司などと並んでスーパーマーケットお惣菜コーナーの一画を占めていました。
酒のおつまみとして、はしが止まらなかったのは、陸ガニを使った料理「ウカイブ」。パラオで人が暮らしている九つの島のうちのひとつ、ペリリュー島の名物だそうです。
作り方はいろいろあるそうですが、私が食べたものは、新鮮な陸ガニの身を丁寧にほぐしてココナツミルクで煮込み、それを甲羅に詰めて、さらにココナツミルクをかけたものでした。
パラオは、ミクロネシアの多くの国々がそうであるように、食材をはじめ日用品など必要なもののほとんどを輸入に頼っています。世界複合遺産として知られる、あの独特のフォルムを生み出した古代の珊瑚礁は、パラオならではの美しい景観を生み出していますが、米や野菜、果物を育む“肥沃(ひよく)な土地”ではないのです。
それでも、手に入る数少ない身近な食材をあますところなく調理しようという心意気が島料理の最大の魅力かもしれません。たとえば主食のタロ芋の葉はココナツミルクで煮てスープにするなど、薬膳のひとつとして使われます。主食がイモ類なのは、収穫できる野菜の種類が少ないなかで食物繊維を効率的にとるためなのでしょう。
冒頭で紹介したコウモリの姿煮込みも、そんな創意工夫から生み出された郷土料理のひとつ。「おいしいものを食べたい!」というパラオの人々の情熱に、深く深く共感したのでした。
<クレジット>
取材協力:デルタ航空
※コウモリとエボラ出血熱との関連が疑われるとの情報もあります。
旅のあるライフスタイルを愛するフリーライター。その土地の風土や人に育まれた食、歴史に裏打ちされた文化を体感するラグジュアリーな旅のスタイルを提案する。趣味は、旅や食にまつわる本を集めることと民族衣装によるコスプレ。「江藤詩文の世界ゆるり鉄道旅」をmsn産経に連載中。
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