急増代理出産 その背景に何が
10月3日 14時35分
ことし8月、タイで、日本人の独身男性が「代理出産」で10人以上の子どもをもうけていたことが発覚しました。
子どもを第三者の女性に産んでもらう代理出産。
広がりとともに当初想定しなかったようなトラブルも相次いでいます。
今、代理出産を巡って何が起きているのか。
社会部の牧本真由美記者、国際部の山澤里奈記者、アジア総局の松本祥子記者が解説します。
広がる代理出産
ことし8月、タイで、日本人の24歳の独身男性が、代理出産で10人以上の子どもをもうけていた問題が発覚しました。
日本人男性は弁護士を通じて「事業を継がせるため」などと説明していますが、実態は明らかになっていません。
このニュースは海外でも伝えられ、高い関心が寄せられました。
代理出産は、病気などで子宮を摘出した女性が、“代わり”に別の女性に子どもを産んでもらう目的で、およそ40年前にアメリカで始まりました。
今では、晩婚化や晩産化の影響で、年齢を重ねた夫婦が代理出産を望むケースも増えています。
国内には代理出産に関する法律はありませんが、日本産科婦人科学会が禁止しています。
子どもをもうけるために他人の体を使っていいのかという倫理上の問題と、出産のリスクを代理母に負わせる医療上の問題があるからです。
しかし、最近は、インターネットを通じて海外で代理出産を依頼する日本人も増えています。
代理出産を実施する国や地域はおよそ20に及び、複数の仲介業者が依頼者と代理母を結びつけています。
いわば、“生殖医療”が“生殖ビジネス”に様変わりしているともいえます。
代理出産を請け負うのは、多くは途上国の女性たちです。
経済格差を利用して女性の体を使い子どもをもうけることに批判の声も上がっています。
タイの“代理母村”
私たちは、日本人からの代理出産の依頼が増えているというタイの実態を取材しました。
タイ北部にある、バンコクから車で6時間ほどの人口850人の地区は、地元では「代理母村」と呼ばれていました。
地区長の調査によりますと、この地区の20代から30代の女性の5人に1人が代理母を経験していて、その依頼者の多くは日本人だということです。
去年、60代の日本人女性の依頼を受けて女の子を出産した農家のブッパーさん(31)。
収入は月1万円ほどです。
ブッパーさんは、周囲の女性たちが代理母で報酬を得る姿を見て、貧しい暮らしから抜け出したいと代理母になったといいます。
7年分の年収に当たるおよそ100万円の報酬を得て、念願の中古車と3ヘクタールの農地を手に入れたということです。
ブッパーさんは「他人の子どもを出産することはいい仕事だとは言えませんが、代理出産をしなければ、土地は一生、手に入らなかったと思います」と話していました。
代理母を引き受けたことでトラブルに巻き込まれたという女性もいます。
クックさん(32)は、妊娠後、仲介業者の求めに応じて、バスで片道6時間もかかる病院で毎月、検査を受けていましたが、妊娠5か月だったことし8月、バスの中で突然、急激な痛みに襲われて流産しました。
クックさんは流産の後遺症で今も下半身に痛みとしびれがあり、病院に通っています。
しかし、仲介業者とは連絡が一切つかなくなり、報酬が一方的に打ち切られたうえ、治療費も支払われていないといいます。
クックさんは「痛みで重いものが持てず、新しい仕事もできません。こんなつらい思いをするなら代理母になるべきではありませんでした」と話していました。
依頼者のトラブルも相次ぐ
代理出産を依頼する日本人がトラブルに巻き込まれるケースも相次いでいます。
関西地方の30代の夫婦は、妻に生まれたときから子宮がないため、子どもをもうけるには代理出産しかないと、インターネットで仲介業者を探しました。
高い成功率をうたっているホームページにたどり着き、複数の受精卵を業者に渡しました。
しかし、その2週間後、仲介業者からは「代理母は妊娠しなかった」という短い内容のメールが届き、その後、詳しい説明を求めても納得のいく回答はありませんでした。
これまでに支払った金額はおよそ230万円。
妊娠しなかった場合、このうち少なくとも数十万円が返金される契約でしたが、支払いはなく、メールを送っても返信が無いということです。
代理出産を依頼した妻は「自分で産めないので、わらにもすがる思いでお願いしました。子どもという希望を奪われ、これからどうやって生きていけばいいのか分かりません」と涙ながらに語っていました。
トラブルは氷山の一角
アメリカで医療コンサルタントをしている清水直子さんのもとには、こうしたトラブルの相談が相次いでいるといいます。
手数料などとして500万円余りを支払ったあと、仲介業者と連絡が取れなくなった人や追加の料金を何度も請求された人もいるといいます。
清水さんは「代理出産は、日本では禁止されているため、仲介が表立って行われず、相談する機関もないため、被害者は泣き寝入りをせざるをえない状況になっている」と指摘しています。
日本でも議論始まる
こうした事態を受け、国もようやく動き出しました。
去年11月には、自民党が、代理出産など生殖補助医療の法制化を目指す作業チームを立ち上げました。
生まれたときから子宮がない女性などに限って、妻の卵子と夫の精子を使い、無償で行う場合のみ、代理出産を認めるという内容の法案をまとめています。
今後、自民党内や国会などで議論が行われるものとみられます。
“代理出産先進国”アメリカ
代理出産について議論する際に参考になるのが「代理出産先進国」のアメリカです。
およそ7割の州で代理出産が認められているアメリカでは、年間2000人ほどが代理出産で産まれ、その数はこの10年ほどで3倍近くに増えています。
病気で子宮を摘出した女性だけでなく、同性愛のカップルやシングルファーザーを望む人など、希望する人は多様化しています。
代理出産を巡るトラブルも増えていて、専門の弁護士も現れています。
カリフォルニア州の「生殖医療弁護士」、アンドリュー・ボルチマーさんによりますと、最近、特に増えているのが、胎児に病気が見つかった場合にどうするのかという問題です。
医療技術の進歩によって胎児の状態が早期に詳しく分かるようになったことで、代理母と依頼主との間で、子どもを産むべきかどうか、意見が食い違って争うケースが増えているといいます。
3年前に代理母を経験したヘザー・ライスさん(29)は、こうした問題に直面したひとりです。
当時、シングルマザーだったヘザーさんは、生活費を得ながら人の役にも立てると考え、250万円の報酬で代理母を引き受けました。
しかし、妊娠4か月のとき、胎児の脳に重い障害があることが分かり、依頼主から中絶するよう求められました。
ヘザーさんは依頼主の求めを断り話し合ったものの、結論は出ませんでした。
結局、出産した男の子は依頼主に引き取られましたが、どのように暮らしているのか分からないといいます。
ヘザーさんは「私の子どもではありませんが、命には責任があると感じ、中絶などできませんでした。子どものことを思うと今も胸が締めつけられます」と話していました。
アメリカでは、こうしたトラブルを防ぐために、代理母と依頼主の間で交わす契約書が年々、詳細になっています。
3年前、代理出産で双子をもうけたロミンスキーさん夫婦は、仲介業者のもとで1年かけて契約書を9回、書き直したといいます。
契約書は、胎児に異常が見つかった場合にどう対応するのか、母体に危険が迫るなど、どのような状況になったら子どもを諦めるのかなど、60項目に及びました。
夫婦は、最終的に、子どもにどのような障害があっても受け入れると決めましたが、出産を第三者に託すことの難しさを痛感したといいます。
ロミンスキーさんは「自分で産むなら考える必要もない難しい問題ばかりで、夫婦でとことん話し合って結論を出しました」と話していました。
ロミンスキーさんが依頼した仲介業者は「どれだけ詳細な契約を結んでも人の命に関わる問題なので、すべての問題を防ぐことは不可能だ」と指摘したうえで、当事者がよく話し合い、理解し合うことが大切だと話していました。
代理出産にどう向き合うか
取材を通じて、代理出産が“医療”から“産業”へと変化していることが多くの問題を引き起こしていると感じました。
忘れてはならないのは「子どもの命の重み」です。
依頼者が代理出産を選択する際、子どもの意見はもちろん反映されません。
だからこそ、産まれてくる子どもの命や将来への責任があるということを考えなくてはならないと思います。
日本産科婦人科学会監事の吉村泰典さんは「代理出産を望む人たちが存在するという現実を受け止める必要があるが、子どもの利益を社会が代弁するために、法整備やガイドライン作りを急ぐ必要がある」と話していました。
禁止しても代理出産が広がっているという現実から目を背けることなく、日本でも真剣に議論する時期に来ていると思います。