【福島県知事選】「県民は“放射線防護”,“命優先”を選択しなかった」〜前副知事に完敗した熊坂氏
DAILY NOBORDER 10月27日(月)9時23分配信
福島県民が選んだのは変革ではなく現状維持だった―。
26日に投開票された福島県知事選挙は、副知事として大地震・原発事故後の県政を担ってきた内堀雅雄氏(50)が熊坂義裕氏(62)らに大差をつけて圧勝した。自民・民主、社民までもが相乗りした組織選挙の結果、放射線防護や避難者支援よりも経済復興・観光客誘致が加速することになる。投票率は45.85%(前回比+3.43)。これまでで二番目の低さだった。
【「放射線防護は後退するだろう」】
「放射線防護が後退する?そうなるでしょうね。でも、それも福島県民が選択したことです。組織選挙であったとしてもです。『命を優先する』と言い続けた私ではなく、県民は内堀さんを選んだ。これからどうなるか、歴史が証明しますよ」
悔し涙を流す支援者一人一人との握手を止めて、熊坂氏は私の質問に答えた。
大方の予想通り、19時に投票が締め切られるとNHKが内堀氏の当選確実を報じた。13万票近くを集めたが、最終的にはトリプルスコア以上の大差をつけられての完敗。5人の得票を合計しても、内堀氏の得票(49万384)の半数にも達しない。一部でささやかれた「候補者の一本化」などというレベルではなかった。与野党相乗り、組織選挙の強さをまざまざと見せつけられた。
福島市内の選挙事務所で早々に開いた記者会見では、「ひとえに私の力不足。政策が届かずに申し訳なく思っている」と支援者への謝罪に終始した熊坂氏。一方で「政策では負けていない自信はあるが、与野党相乗りということは大きかったと思う。政党っていったい何なのかな…」、「内堀さんが当選したことで、原発再稼働が加速するということはあり得るだろう。歴史が証明する」、「今日の今日まで『内堀優位』を肌で感じたことはなかった」と本音も。選挙戦を通じて投票率が下がるだろうと予想していたと言い、「どうしてなのだろう。あきらめというか、『選挙に行っても変わらない』というムードを感じた」と振り返った。
実際、複数の投票所で「仕事上の関係で内堀氏」(郡山市、30代男性)、「県知事が替わって農業関連の助成金がなくなると困ってしまうので内堀氏」(本宮市、60代男性)などと、原発事故後の福島が抱える課題とは別の理由で内堀氏を選んだ有権者がいた。母親の一人は「放射線は気にはなるけど…。別の理由で選びます」と話した。公開討論会も、選挙の争点を浮き彫りにしようと開かれたシンポジウムも空席が目立った。「原発被災県」の新しいリーダーを選ぶ選挙だったが、これが現実だった。
【県外に自主避難した母親の涙】
9月下旬、浪江町民が身を寄せる仮設住宅で開かれた熊坂氏のミニ集会。集まった町民からは「同じ町民でも、帰宅困難区域と居住制限区域とでは賠償金に差がある。道路一本隔てるだけで全然違う」、「どうせ帰れないのだから、町にも中間貯蔵施設を造ればいい。土地を提供すれば町にも何億という金が入る」、「放射線量が下がれば帰りたい。浜通りの復興について県はどう考えているのか」などの声があがった。
これに対し、熊坂氏は「県がもう少し東電に強く言わないと駄目。賠償しなさいと」、「町民のせいでこうなったのではない。戻る人にも戻らない人にも補償しなければいけない。加害者に被害者が遠慮する必要はない」、「原子力発電は明確にやめるべき。人類は原発をコントロールできません」などと答え、支持を求めた。
また、今月2日の事務所開き後に行われた地元記者クラブとの懇談では、「県外に避難した人に向かって『福島に戻って来てください』とは言わない。帰還しないことも含めて選択に寄り添う」、「原発問題や被曝回避が争点にならないと言うこと自体が信じられない」、「知事になったら当然、国や東電との対決姿勢は強くなる。それによって福島県への予算の確保が難しくなるなどということも無い」、「放射線防護と風評被害対策は矛盾しない。そこをごちゃごちゃにしてしまうから押し問答のようになってしまう。福島の中でも安全な場所はある。農作物にしても原発事故前より放射線量が低ければ風評被害ということだ」と、原発被災対策の総見直しを改めて強調。「医師は結果がすべて。言ったことに責任を持たなければならない」、「実行できるから政策として掲げているのに、行く先々で『本当に実行できるのか』と尋ねられるのは予想外。必ずやる」、「今回の原発事故は、戦後最大の環境汚染事件だ」と話していた。
敗北が決まり、涙を流す女性たちの中に、福島市から山形県米沢市へ自主避難している母親の姿があった。「熊坂さんなら県政を変えてくれる」と避難先から選挙事務所に通い続けた。前副知事の勝利に「子どもたちの被曝の問題はますます取り上げられなくなる」と表情を曇らせた。
【内堀氏を支持した政府や電力労組】
公開討論会で、内堀氏は「(福島市や郡山市などの)中通りは住んでも健康に影響が出るような放射線量ではない。観光客誘致にも力を入れて行く」と話していた。応援に駆け付けた福島選出の国会議員は、与野党とも口を揃えて「内堀氏は出来る限りのことは尽くしてきた」と、原発事故後の放射線防護策を評価した。選挙事務所には、被曝回避に消極的な伊達市長からの激励が掲示されている。壁一面に貼られた各種団体からの「推薦決定書」には、電力系労組の名前も多く見られる。安倍晋三首相からの激励も届いた。新しい知事は、本当に原発被災に遭った県民に寄り添うことができるのか、東電に毅然と物を言えるのか、大いに疑問が残る。
地元メディアは、内堀氏が出馬を表明した直後から優勢と報じてきた。
「地元紙の記者に会うたびに言い続けて来たんだ。『アンタらが白けさせてるんだ』ってね。初めから『内堀優位』と報じ、ロクに課題も提示しないで『政策論争が深まらない』とばかり書いてきた。挙げ句の果てには、公開討論会の翌日の紙面が『原発は争点にならない』だからね。酷いものだよ」
支援者が帰り始めた事務所で、熊坂後援会の幹部はまくしたてるように言った。会見では、地元二紙の記者は一切、質問しなかった。
原発問題に嫌気がさしている県民と、放射線防護を前面に打ち出したくない国。そして地元メディア。それぞれの思惑が都合良く絡み合って選び出された新知事。熊坂氏は今後も福島市内に住み、内堀県政を見守りながら自身の政策が少しでも反映されるよう行動していくという。
鈴木 博喜
最終更新:10月27日(月)9時23分
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