コラム/インタビュー

スポーツとアート

SPORTS and ART 榮久庵 憲司

今の時代だからこそ求められる「結び」のこころ

2016年の夏季オリンピックの東京開催を目指し、現在、都内を中心に招致活動が進められています。この招致活動のシンボルとして使用される水引をモチーフにした招致ロゴを制作したインダストリアルデザイナーの榮久庵憲司氏に、ロゴのコンセプトについて伺いました。

榮久庵 憲司氏
榮久庵 憲司氏

2016年に開催される第31回オリンピックの開催都市に東京都が立候補。この招致ロゴの制作依頼は、まさに「突然」のことでした。招致活動は今後、何段階ものステップをクリアしなければならず、大変な苦労を伴います。しかし、ロゴの制作自体には特に困惑や気負いはなく、むしろある種の自信のようなものがありました。

日本人にとって、ロゴマークは感覚的に割合とらえやすいものです。代表的なところでは菊の御紋、葵の御紋というように、日本の家庭には伝統的に家紋があります。そして、お祝い事があれば、家紋を背中に染め出した着物を身につけるなど、冠婚葬祭と紋は切っても切れない関係にあります。また、武士の世界には、戦国武将の真田幸村の六文銭をはじめ、戦の時に使われる旗印があり、誰もがそういったものを見慣れています。

私は幼少の頃、寺に育ちましたが、寺には象徴的なモノがたくさんあります。それは神社も同じで、鳥居、注連縄と、日本人はシンボル的なものに囲まれて生活してきました。だから、ロゴを作るといってもわざわざ難しく考えることもなく、かなり自然な感じで対しました。

制限を与えられた中で
生み出される日本の美学

ロゴのデザインについては特に細かなリクエストはなく、自由でした。唯一、制限があったとすれば、どんな大きさにも対応できることです。工業製品のデザインと違って、ロゴはいろいろなものに展開され、使用されます。例えば東京を代表するビルに掛けられる垂れ幕に描かれることもあるでしょう。逆に雑誌の隅に置かれたり、名刺やバッジといった小さなサイズで使用されることもあります。どのようなサイズになろうと、きちんと認知されること、それがロゴ制作の制限といえば制限でした。

私はかつて『幕の内弁当の美学』という本を書きました。限られた一尺四方の中にたくさんのおかずを入れて新しい風景を描く幕の内弁当。そこには互いに邪魔をせず、それぞれの特性を生かす美学がありますが、ここでポイントになるのは制限を与えること。制限を与えられると、そこで初めて想像力が働きます。そうしてすばらしいものが生まれてくるのは、わずか17文字で表現する俳句しかり、日本の電化製品しかりです。

今回の招致ロゴも、大きく目立てばいいわけではなく、どんなサイズになろうと見苦しくなくする倫理観が求められた点が最も苦労した点でした。

国際オリンピック委員会(IOC)が定めるロゴ使用解禁日の7月10日、東京オリンピック招致委員会が招致ロゴをお披露目。記者発表には石原慎太郎会長を始め、レスリングの浜口京子選手が出席した。	写真提供:アフロスポーツ

国際オリンピック委員会(IOC)が定めるロゴ使用解禁日の7月10日、東京オリンピック招致委員会が招致ロゴをお披露目。記者発表には石原慎太郎会長を始め、レスリングの浜口京子選手が出席した。
写真提供:アフロスポーツ

コンセプトは乱れた世界を
一つに結びつける「UNITE」

実際の制作では、直感的に出てくるものを大切にしました。今回の場合、最初に出てきたのは「合わせる、一体化する」、英語で言えば「UNITE」でした。

今やアジアの中でも、各国が一つに結びつきにくい状態が続いています。例えば韓国と北朝鮮は朝鮮戦争以来60年間、38度線で分かれたままで、どう結びつけるかに苦労しています。中国の中もいろいろと乱れています。東南アジア諸国と日本の関係も乱れています。

また、アジアだけではありません。中近東も生々しい対立が現在進行形で起きています。東西ドイツは1989年のベルリンの壁崩壊で統一されましたが、その後は東西の格差からいろいろと問題を抱えています。アフリカも何十という新しい国ができましたが、争いが絶えません。

たとえ表面上は一つに結びついて見えるところでも、実際には結びついていないのが現状です。十重二十重に国際協会ができ、それぞれが「世界を一つに」と言っていますが、なかなか世界が心の奥底から「UNITE」していません。そんなことを考えると、今の時代、「結ぶ」こと、つまり「Unite the World」が何よりも大事だと直感的に思いました。

日本には天の御柱を伊邪那岐(いざなぎ)の尊が左回りに、伊邪那美(いざなみ)の尊が右回りに回り、二人がぶつかり、“結ばれ”、日本の島々ができたという国作りの神話があります。

一方、水引は西暦600年頃、小野妹子が隋(中国の王朝)からの帰りに答礼としていただいた品物に紅白の紐が結ばれていたのが始まりだと言われます。以来、水引はお祝い事や御礼の品を差し上げるときに、自分の心を伝える一つの形として使われてきました。

そこで、私は神話の時代から日本人の中にある「結び」の心を、日本で象徴的に使われている「水引」を使って表現しました。それが5本の水引をリボンの形に結び、五輪カラーにした招致ロゴです。しかし、結ぶのは大陸と大陸、国と国だけではありません。部族と部族、一人ひとりが結び合う。人と人、日本と世界、子供たちと未来を結ぶ。あらゆるものを結び合い、一つにしたいとの願いが込められています。


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