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日本デザイン界の巨匠であり仏僧 榮久庵憲司インタビュー

インタビュー・テキスト:島貫泰介 撮影:佐々木鋼平(2013/07/26)

原爆後の広島で目にした「凄惨な無」を「有」で消していきたいと思った。それがインダストリアルデザインに生きることを決めた瞬間です。

―榮久庵さんは広島のご出身で、原爆が落とされた後の広島を目にされています。すべてのものが破壊されて悲鳴を上げているような情景を前に、自分はデザインを仕事にするのだと決心されたそうですね。

榮久庵:僕が広島市内から20kmほど離れた江田島の海軍兵学校に入学したのは昭和20年、終戦の年でした。戦時中の広島は普通の町だったけれど、原爆が投下されて終戦後に帰ってみたら町がまるごと消えてしまっていた。家も何にもない。何にもないというのは私の表現で言うと「凄惨な無」。それまで無というのは、霧のように透明感のある不快な感じがしないものを考えていた。でも、広島で目にしたものはただただ凄惨だった。自転車が焼けている、自動車が焼けている、電車が焼けている、家はもちろんない。そして一望千里何もなくて、その先に瀬戸内海が見えた。

『臥人の像』1982
『臥人の像』1982

―海まで見通せるくらい、何もなくなっていた。

榮久庵:その凄惨な無に対して、僕が何を感じたかというと「『有(ゆう)』が欲しい」だった。

―ゆう?

榮久庵:つまり「有る」が欲しいと。ジャングルに入って、何もない所に急にピース(煙草)の箱でも落ちていたとしたら多分ホッとするじゃない。そういうことで無の凄惨さを消していきたいと思った。有を求めるために、物の世界という帝国と契約をした瞬間でした。それがインダストリアルデザインに生きることを決めた日です。そうこう言ってるうちに広島に米国の図書館ができた。

『Fire / Peace』2013 自主研究
『Fire / Peace』2013 自主研究

―CIE(アメリカ文化センター)図書館ですね。

榮久庵:女の人がみんなブカブカのもんぺを履いていた頃に、ここだけは違うの。外国人の司書が制服姿で、細くて赤いフレームの眼鏡をかけて、ナイロンのストッキングを履いて。「なんと豊かなんだ……」と驚いたものです。そこで『Art & Architecture』というロサンゼルスの雑誌を見せてもらったら、偶然にもインダストリアルデザインの特集号だった。

―それがインダストリアルデザインとの初めての出会い?

榮久庵:辞書を引きながら、一生懸命訳して読んでいて、「なんだ、インダストリアルデザインなんて、ずっと僕がやってきたことじゃないか」と思った。というのは、ついこのあいだまで、学徒動員で砲弾を作っていたから。当時のアメリカで、『グッド・デザイン賞』の第1号になったものを知ってますか? 軍用のジープですよ。「これこそが第二次世界大戦の立役者だ」なんて紹介されていた。

『Y125 もえぎ(コンセプトモデル)』2011 ヤマハ発動機株式会社
『Y125 もえぎ(コンセプトモデル)』2011 ヤマハ発動機株式会社

―つまり戦争の道具に対して、『グッド・デザイン賞』が与えられた。

榮久庵:そして国家のために尽くしたデザインということだね。ある意味での、「自利利他」(悟りを開くために修行すること、他人の救済のために尽くすことの2つを共に行うこと)の思想がインダストリアルデザインにはあった。戦後日本は天皇中心から民主主義に変わるんだなんて言われても全然ぴんとこなかったけれど、この思想は心の中で理解することができた。インダストリアルデザインっていう世界は、他も利すれば自らも利するもの。同時に、それまでは軍人や一部の人しか買えなかった物がどこでも誰でも買える「物の民主化」を感じた。そして、何十円かそこらの安い鍋でも立派にデザインが施されれば美の表現になるという「美の民主化」。「自利利他」「物の民主化」「美の民主化」。この3つが私の核になっています。当時、政治的なイデオロギーはいろいろあって、だいたいの人たちは左のほうに行ったけれど、私はそうじゃないものを選んだわけ。

展示風景
展示風景

―それは左翼に対する右翼とかではなく。

榮久庵:イデオロギーに左右されない、欲に向かったんだ。だから退屈しなかった。戦争の後は、新しい物ができるたびに人が騒ぐでしょう。やれ電池ができた、やれ電化製品ができた。そういう騒ぎの響きが刺激をキープしたんだね。

―自利利他の実践ですね。

榮久庵:そうだね。さらに経済成長の波も大きかった。戦争中にみんな我慢していたものが一気に爆発したんだ。


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