とある副官のお話 (成宮)
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結構前に出来ていたんですが、遅くなりました
いい加減飽きられたかな?



自業自得

 急ぎ着替えて戻った周倉を出迎えたのは静かに微笑む関羽と苦笑いを浮かべる劉備たちであった。周倉は、予定の時刻には間に合わなかった。
 周囲の人だかりがいるにも関わらず怒涛の説教を始める関羽をどうにかこうにか劉備と北郷によってなだめ、周倉は頭を下げて謝罪する。先ほどようやく解放されて、周りから一歩外れたところで一息ついたそんな時、周倉の背後から忍び寄ってきたのは諸葛亮であった。

「お見事です。十分な成果でした」

「エグいですね、軍師殿。・・・わざと予定よりも早く切り上げましたね?」

「はわわ、た、たまたまですよ。周倉さんが予定通りの時間に戻ってくるのを見越してなんてことあるわけないじゃないですか」

 白々しい諸葛亮の否定、大勢の市民が集まっている中、先ほどのやりとりはいいパフォーマンスであったといえよう。警備という役目を抜け出した周倉に対し、規律を乱したものにその場でしっかりと罰を与える関羽、罪を犯したものでも次の機会を与えるという徳を見せつけた劉備、そしてその二人からご主人様と呼ばれ慕われる天の御使い、感謝の言葉と姿勢を見せ頭を下げる。こちらから見ればひどい三文芝居だ。

 だかその三文芝居を見て彼らを褒め称える人々がいる。関羽様は公正な方だ、劉備様は優しさで溢れている、そんな二人から信頼されている、さすが御使い様だ、と。

「周倉さん、ひとつ聞きたいことがあるんですが」

「はぁ、なんですか?」

「私に向けられている評価、どういうことですか?」

 首をわずかに傾け、ニッコリと微笑みを向ける諸葛亮。その普通の人なら可愛いと思える仕草を見て周倉は少しだけ怯む。だが実情の知らない観衆はその微笑みを見て歓声を上げた。

―――おお、あれが噂のちびっこ軍師、諸葛亮様か。
―――その可愛らしい見た目とは裏腹、味方に被害を出さず狡猾に敵を陥れる稀代の腹黒軍師らしいぞ。でもやっぱり可愛い!
―――あまりにも狡猾すぎて賊が泣いて謝ったらしい。恐ろしや可愛らしい。
―――年齢も見た目通りじゃないらしいぞ。確認できるだけでも数年近く体型に変化がなく、身長も、胸もぺったんこ。もう絶望的らしい、だがそれがいい。

「何か問題が?」

「大有りでしゅ!」

 諸葛亮はたいそう憤慨していた。多少なりとも脚色しているが大まかには間違っていない、と思う。これは俺のせいではく、噂がひとり歩きした結果である。

「どうせ尾ひれがついたんでしょう。むしろ泊がついて良いではないですか。よかったですねぇ、向こうで『妖女!』と拍手喝采してますよ」

「全然嬉しくないです!」

 我ながらいい仕事をしたと自負できる。情報を笑うものは情報に泣く、出回る噂が常にいいものだとは限らない。こうやって尾ひれ背ひれが付くことによって呂布の三万の敵を倒したーとか赤兎馬は千里を駆け抜けたーとかいう伝説が生まれたのだろう。
 その伝説の一つに携われたことを誇りに思う、訳はなかった。

「そこ!うるさいでし!」

 諸葛亮が怒れば怒るほどハイテンション人なっていく特殊性癖者達を見て、周倉はざまぁという感想が顔に出さないようにするのに必死であった。 


「皆済まない、我らはそろそろ陣に戻らなければならない。悪いが道を開けて欲しい」

 関羽によるこの言葉に、周囲に集まってきていた人々は残念そうな表情を浮かべながらも道をあける。その道を歩く劉備たちは振られた手を笑顔で振り返す。
 その光景はさながらパレードのようであった。



 


そして劉備たちはその帰り道、一人の襲撃者に襲われた。









 その襲撃者に最初に気づいたのは周倉であった。理由は単純、1番近かった手練が彼だったからである。恐ろしいスピードで迫る襲撃者が真っ直ぐに諸葛亮の方に向かっていると感じた周倉は、剣を抜きその間に身体を割り込ませる。周囲の兵士は先程までの穏やかな空気から一変、突然の出来事だったことに加え、そのあまりの速さに対応しきれない。
 関羽はその場を動けなかった。襲撃者が一人とは限らない、自分が応援に行っている好きに劉備と北郷が狙われるということがないとは言い切れない、そう判断して対応を周倉に任せた。

―――そして周倉は自分の失敗を悟った。

 その失敗はもちろん諸葛亮の守りに入ったこと、などではなく襲撃者が諸葛亮に向かっていると錯覚したことであった。

 襲撃者との接触、周倉はまずはその恐ろしい勢いを止めるべく守りを固めた。大振りなどしてしまえば簡単に抜けられてしまう。視認できる敵は一人、動きが止まればあっという間に囲まれてしまう。であれば周倉に構わず諸葛亮を狙いに行くであろうと予測してのことだった。

「かはっ!」

 しかしその予測は外れる。襲撃者は周倉を抜く素振りを見せたものの急停止、ガラ空きになっていた周倉の脇腹に掌底を放った。
 無防備なところに一撃、それも直接怪我をしていた場所ではなかったものの、衝撃は剣を取り落とすには十分なものであった。

「返してっ!」

「チッ」

 そして周倉の手から滑り落ちた剣を拾おうとする襲撃者。その発した言葉でようやくその真の狙いを理解した。
 諸葛亮ではなく、初めから周倉の剣に狙いを定めていたのだ。
 
 周倉が無理な体勢から蹴りを放つも軽くよけられ地面に落ちた剣を拾われる。そして襲撃者はそのまま攻撃する意思を見せることなく離脱を図った。

「逃がすな、取り囲め!」

 呆然としていた兵士たちに向けて、関羽の激が飛ぶ。その声にようやく我を取り戻したのか、武器を構え、その逃走を阻もうとする。だが倒すのではなく、逃げる襲撃者の体捌きによってほとんど時間を稼ぐこともできず難なく抜けられてしまう。

「待てやゴラァ!」

 そのまま逃げられた、と思いきやその僅かな時間によって復帰した周倉が食らいつく。その口調は普段とは異なり、その怒りようがよくわかる。関羽たちにとっては初めて見る周倉の姿でもあった。
 剥き出しのそれなりの重さのある剣を持っていたことも幸いした。襲撃時ほどのスピードが出せていなかったのだ。

「ッッッ~~~!」

 周倉は届いた相手の腕を掴む・・・のではなくつまみ、捻る。
 皮膚を捻られる、それは殴られる、斬られるとは異なる想像を絶する痛みだ。そしてそれは戦場で味わうことのほとんどない、未知なる痛み。痛みに強いプロレスラーですら鼻の穴にカラシをねじ込まれれば悶絶するのと同じように。
 その未知の痛みに、襲撃者は声にならない絶叫を上げ、剣を取り落とした。周倉はその隙を見逃さない。立ち止まったところにお返しと言わんばかりにローキックを放つ。よろけた相手の足を払い、肩を掴み、地面に叩きつける。

「カハッ!」

叩きつけられた襲撃者は、その衝撃で肺にあった空気を吐き出させられた。周倉はそのまま腕を取り、関節を極め、そのまま流れるようにその腕をへし折ろうとして・・・

「待て!やりすぎだ周倉!」

 関羽のストップが入った。




「見事な捕縛であった。だが最後腕を折ろうとしたな、それはやりすぎだ」

「あー申し訳ありません。完全に頭に血が昇ってまして」

「はぁ、今後気をつけるようにしろ。そのまま殺しかねん」

 先程から周囲の味方からの目が痛い。周倉に向けられたのは、あいつ切れたらヤベーよ、そんな視線であった。確かに最後の腕を折ろうとしたところはまずかったかもしれないが、こちらとしては危うく剣を盗まれるところだったのだから大目に見て欲しいと思う。

「で、コイツどうするんですか?処断します?」

「とりあえずお前は落ち着け」

 猿轡を噛まされ、周倉をじっと睨みつける襲撃者・・・そいつはまだ年端もいかない少女であった。だがある種納得であった。あのスピード、正確な攻撃、フェイント技術、恐れを知らぬ度胸、どれもこれもが一般人ではありえない。おそらく後世にまで名が伝わる者の一人、怪我をしていた周倉がまともに戦っていては分が悪かっただろう。逃げに徹していたからこそ、むしろ捕まえることができたと言える。
 
「とりあえず事情を聞いたらどうかな」

「ご主人様っ」

「周倉さんも無事で良かった。でも女の子にあんまり手荒な事しちゃダメだよ」

「・・・善処します」

 この世界では男のほうが強者、とは安易に言うことはできない。関羽や張飛など例外が存在し、一般兵にも女性は混じっている。権力者で言えばむしろ女性の方が多いくらいだ。確かにこの襲撃者は少女であるが、北郷よりも周倉よりも強いかも知れない相手に手荒なことをせずというのがかなりの難題である。いい加減自分がいた世界とは違うことを理解して欲しいところであった。
 そういうと次に北郷はおもむろに襲撃者の少女の猿轡を外し、話しかけた。

「俺は北郷一刀。天の御使いなんて呼ばれてる。ガラじゃないんだけどね。君、名前は?」

 突然猿轡を外し話しかけてきた行動に少女は驚いた表情を浮かべた。だが、返事はせずにだんまりのままだ。じれた関羽が何か言おうとしたが、後ろに居た劉備がそれを止める。

「ね、君、なんで周倉さんの剣を狙ったのかな?よければ教えて欲しい。もしかしたら君の力になれるかも知れないし」

「ご、ご主人様っ」

 関羽の制止を振り切り、北郷は笑みを浮かべながら訪ねる。

「君みたいな子がこんな襲撃者まがいのことをしたんだからそれなりの理由があったんだと思う。でも理由があったからといってやっていいことじゃないんだ。今回はこうして捕まるだけで済んだかもしれないけど、次はきっとやってこない」

「・・・」

「君を縛っている俺たちが信用できないかもしれない。でも俺たちだって好きで君を害したいと思っているわけじゃない。事情があるなら、話して欲しい」

「なんで、そんなに優しくするんですか・・・」

 襲撃者の少女は総つぶやき、ポロポロと涙をこぼす。それを見た北郷は指でそっと涙を拭き、こう答えた。

「可愛い女の子が困ってるんだ、男としては助けなきゃいけないだろう?」

 少女は顔を真っ赤に染め、初めて笑顔を見せた。



「そこの人、が持っている剣は私の家に代々伝わる剣なのです」

 少女は落ち着いたのか少しづつ話し始めた。少女が周倉に向ける視線は厳しい。明らかに腕をおろうとしたことについて根に持っているのだろう。もちろん周倉に謝る気はない。

「それが何者かの手によって盗み出されました。私は取り返そうと探し回っていたんです。そして今日、この街に立ち寄り、そこの人が持っていてもたってもいられずに・・・」

「襲撃した、と」

 周囲の視線が周倉に集まる。もちろんやましいことは何もないため、堂々と受け答える。

「御使い様が知ってのとおり、これは少し前に賊から手に入れたものです。そのまま朽ち果てさせるのはもったいないと思いました故。おそらくその賊が奪ったのか、はたまたさらにその族がどこからか奪ってきたのか、そこまではわかりませんね」

「ですね。彼が奪った犯人ではないのは確かです。劉備軍として転戦してましたので、そのような暇は到底ありませんでしたから」

 そう言ってフォローを入れる諸葛亮。だがその暇がなかった原因は大体あなたの指示だったんですけどね、と心の中で愚痴る。

「はい、残念ながらその人が犯人ではないと思います。目撃者の話では、大男が盗み去ったと聞いたので・・・でも、よかったぁ。ようやく、見つけることができました」

 そう言って嬉しそうに涙をこぼす少女、周りも、よかったよかったと穏やかな空気になる。だが一人、周倉だけはこの流れの中穏やかでいられるはずがない。

「そういうことか。周倉、その剣、彼女に渡してやれ」

 関羽の一言に、周りの皆が頷く。やはり周倉にとって最悪の事態となった。

「ですが、その少女の言ってることが正しいとは限らないのでは?」

 その流れに待ったをかけるべく周倉は問いかける。だが残念なことに、その程度では少女に同情している流れは変えられない。純粋な関羽や劉備、特に関羽には返したくないとダダをこねているように思えたのだろう。

「・・・おまえは何を言っているんだ?この少女が浮かべた涙が嘘だとでも?私にはそうは思えなかった。お前もみただろう?盗まれた家宝を取り戻そうとする、彼女の直向きな姿を」

「うーん。周倉さん、返してあげられないかなぁ。そのこも困ってるだろうし。ね、お願い?」

「俺からも頼むよ周倉さん」

 劉備軍のトップから請われる、実質的に命令と一緒だ。断る事なんて出来やしない。周倉はやるせなさから唇を噛み締める。

「お願いです、私、何でもします。どうか、返してください・・・」

 畳み掛けるように言葉を綴り涙を浮かべつ少女。形勢は完全に決まってしまっていた。

 俯く周倉の手から離れていく剣、縄を解かれ、北郷から渡された剣を受け取り笑みを浮かべる少女。ありがとうございます、と何度も感謝の言葉を口にする。
 ああ、納得いかない。
 賊から剣を回収したのは周倉。襲ってきた相手を殺さずに捕らえたのは周倉。そして元の持ち主に返したのも周倉。だがこうして感謝の言葉を、尊敬の眼差しを贈られるのは北郷。
 もはや項垂れる周倉を見ている者は誰もいない。ゆっくりと、その場を離れた周倉に気づいた者は誰もいない。

「どうか、この御恩を返させてください」

「そうか、なら俺たちの仲間になってくれないか?」

「え、そんな、ご迷惑に・・・」

「そんなことはない。あの時の身のこなし、実に見事であった。我らも武将は少ない、お前ほどのものならば喉から手が出るほど欲しい」

「うん。お友達が増えるのは大歓迎だよ!」

 楽しそうな話し声が耳に入る。周倉にとっては最早どうでもよかった。ただ、ほかの人よりも少しだけ鋭敏な耳が聞き取ってしまうだけ。いや、言葉として認識すらしていなかった。だからこのあとの展開を、知ることがなかった。

「あ、そうだ。君の名は―――」

「そういえば――でした」

「せっかく――ーになったん――ら、きちんと自己紹介しなくちゃ―」

 






「私―名は、周―です。不本―な―――そこの―と同―名―です。あれ―どこに―― ―んで―――」

















「あ、お帰りなさい、誠さん。あれ、ご主人様達はどうしたんですか?」

「ああ、ちょっといろいろあってね。先に戻らせてもらったよ」

 一足先に陣に戻ってきた周倉は、こちらを見つけてとことこと歩いてくる雛里に向けて乾いた笑みを浮かべた。ここに戻るまでの間に多少の発散は出来たが、それでも気は収まらない。だが、それを他人に悟られるのはプライドが許さなかった。

「そうでしたか。いえ、むしろちょうど良かったかもです」

「ん?」

 ちょんちょんと手招きする雛里、それを見て周倉は膝を折り雛里が届く高さまで合わせる。最近雛里が使う、密談のサインだ。

「ついさきほど誠さん宛に書簡が届いたんです。それも極秘裏に」

「・・・どこから?」

 秘密の書簡。残念ながら周倉は外部にそのようなものを送ってくる伝はなく、心当たりがなかった。わざわざ直々に、ということは果たしてどういうことだろうか。現代であればラブレターなどという甘い期待もできるが、残念ながらここは残酷な世界である。

「・・・曹操さんから、です」

 雛里の深刻な顔、思わずゴクリと唾を飲んだ。

「やばめ?」

「あわわっ、やばいです。申し訳ありませんが中身を拝見させてもらいました。そしたら中には"天、地、人"と一言」

 "天、地、人"

それは明らかに天和、地和、人和を示したもの。つまり曹操は黄巾党の実態を把握していることにほかならない。そしてそれを極秘に周倉に向けて伝えた、その真意は。

「・・・曹操は俺たちに協力を申し出ている?」

「その可能性が高いかと」

 周倉の元黄巾党の部隊が、信奉する張三姉妹のいる黄巾党を攻撃する理由は極僅か。張三姉妹を見限ったか、その三姉妹を助け出したいかのほぼ二択。そしてもし見限っているのであればその情報を主人に売り渡すのは必至。
 そして曹操は劉備たちが張三姉妹を“知らない”ことを知っている。

「張三姉妹を"保護"できるところは限られています。そして曹操さんならばその条件を満たしています。彼女たちのこれほど人を惹きつける才、曹操さんの気質を考えれば充分欲しがる要因です。裏切り売り渡す可能性はかなり低いかと」

「賭ける価値は十分あるということか」

 いや、そもそも周倉たちに選択肢はない。劉備軍での保護は難しく、ひっそりと匿おうにも大軍を動かすことのできる曹操から逃げ切ることは不可能だ。
 とりあえず会うだけ会ってみよう、そう雛里に告げるとこっそりと曹操の陣へと向かう。周倉の不在は適当に雛里がはぐらかしてくれるであろう。

 張三姉妹の知らぬところで、彼女たちの運命が決まろうとしていた。







「ほらほら、もっと丁寧に扱いなさい。傷でも付いたらどう責任を取るつもりかしら」

「ぐぬぬぬ」

 優しく、時には強く曹操の素足をマッサージしていく。時折あげる嬌声はなんと艶かしいことこの上ないが、正直しんどさが上回っている。猫耳の殺気立った視線もそれを助長する。
 周倉は今日もまた曹操のところに呼び出され、奴隷としてご奉仕させられる日々なのである。



 あのあと曹操陣営に向かった周倉は、身に覚えのない理不尽な暴力を受けたあととある契約を交わした。

『そちらは張三姉妹を助けたい、こちらは彼女たちを手に入れ、もとい保護したい。充分共闘できると思うのだけど、どうかしら?』

 その言葉から始まった密談は想像よりもトントン拍子に進んでいった。
 唯一といってもいい協力的な元黄巾党を率いた周倉の部隊、黄巾党に紛れ込みやすく、張三姉妹を探し出すのも容易い。内情を知りつつも他者を出し抜くべく、より迅速に、より具体的に行動を起こすことができない曹操が欲しがっていた駒。
 そして現状唯一といっていい、実情を知り張三姉妹を保護できるだけの実力を伴った勢力。才を愛し、その才を持つ三姉妹を迎え入れるだけの度量がある曹操は保護先としては申し分無かった。もちろん裏切る可能性はあるものの、現状どの選択肢よりも可能性があった。

『無事に保護できれば、そのまま周倉隊をこちらで受け入れましょう。この戦いが終われば義勇軍である劉備軍は解散、そのままこちらについても問題はないでしょう。願うならばそのまま彼女たちの親衛隊としてもいい』

 成功すれば彼女たちの傍にもいられ、就職先まで斡旋してくれるという。まさに旨すぎる話に裏があるのではないかと勘ぐるのも仕方のないことかもしれない。それにどこからか漏れれば一大事、ハイリスクである。

『あら、疑り深いのね。でも私は彼女たちにはそれだけの価値があると思ってる。危険を冒しても手に入れたい。それにそもそもあなたたちに選択肢はあるのかしら?』

 そう、選択肢はないのだ。既にこの話は受けざる負えない。断れば待ち受けるのは破滅のみ。

『契約成立ね。あ、あと周倉。あなた私の奴隷だから』

 最後の一言、まるでついでのように言われた奴隷宣告。断れないのを承知で、契約に不純なものを追加するのはいかがなものであろうか。





「で、関羽は何が好きなの?」

「そうですね。年相応に甘いものとか可愛らしい動物とかですかね。本人は隠したがっているみたいですけど」

「なるほど。食事にでも誘ってみようかしら」

「そのときは張飛にご注意を。阿呆みたいに食べまくりますので」

「張飛の武力には興味あるけど、張飛自体には興味ないわね。それと、例のあれは手に入れられたのかしら?」

「無理に決まってるでしょう。死ねと?そもそもあなたが手に入れて嬉しいんですか」

「嬉しいわ」

 あれとは、関羽の下着のことである。主要の人々の荷物は厳重に管理され持ち出すことなんて到底かなわない。というかそんなものを要求してくる曹操に周倉はドン引きである。

「ちっ、使えないわね。まあいいわ、そっちの首尾はどう?」

「上々で。ちょうど良く干されましたし、諸葛亮もあれこれ面倒な仕事を押し付けてますよっと」

 その一環がこの使いっぱしりという名の曹操の伝令役である。
 あの日、周倉は様々なものを失っていた。剣、地位、そして名。
 あの時の襲撃者の少女、彼女こそが本物の周倉であった。もちろん他者からすれば本物も偽物もないのだが、その愚直なまでのまっすぐな姿勢は関羽の好感を得ただけでなく、他の者にも絶大な支持を得ていた。あれよあれよという間に劉備軍に馴染み、周倉といえば彼女を指す言葉になっていた。元々周倉隊以外はそれほどいい印象を持たれていなかったためにほかの兵士たちからしてみれば印象を塗り替えるには十分であった。
 かくして周倉は居場所を奪われ、その存在自体が危ぶまれるような状況になっていたのである。ある種開き直るのも無理はなかった。

「できるだけ早く作戦を成功させてこちらに来ることをオススメするわ。私なら劉備軍よりも高くあなたを買ってあげるわよ」

「・・・奴隷状態で高く買っていると言われましても。私、何かしました?」

「さぁ、どうかしらね」

 ふふっ、と笑顔を滲ませる曹操を見て周倉はため息をついた。果たしてどちらが幸せだろうか。先程からこちらを睨んでいる猫耳を見ると、こちらも命の保証はない気がしてならない。

「さて、そろそろ帰りますよ。形だけとはいえそろそろいい時間ですし」

「あらもうこんな時間ね。楽しい時間というのはすぐに終わってしまうものね」

 誰にとって楽しいか、周倉は考えることを放棄した。そんなもの考えるまでもないことだ。

「ということで手はず通りに。よろしくお願いしますよ?」

「勿論、誰に物を言っているのかしら?」

「申し訳ありません。そう言われて何度も裏切られているもんで疑り深くなっているんですよ」

 諸葛亮とか、諸葛亮とか、諸葛亮とか。
 黄巾党本体も補足し、決戦は近い。その際に周倉隊は諸葛亮から重要な役割を任されていた。勿論表立って言えるようなことではなく、ある種卑怯と言えるかもしれない。
 その役割とは、黄巾党に紛れ、その首領である張角なる人物を捕らえろというものであった。なんたるムチャぶりであろう、周倉隊は僅か100人程度であり、紛れ込んだことが発覚すれば殲滅されるのは目に見えている。確かに追い詰められている黄巾党に紛れるのは、元黄巾党の周倉隊には難しくないかもしれない。だがそれは本来特殊な任務を受けた隠密とか草の仕事ではないのか。
 つまり、そもそも諸葛亮は成功するとは思っていない。黄巾党に混乱を生じさせるために一石にするつもりなのだろうと、泣きながら雛里がそう言って頭を下げていた。
 だが、その危険な役割をあえて周倉は了承した。張三姉妹を保護するならばそれくらいこなせなければいけない。その任務を軸に、曹操と作戦を練った。
 作戦内容は単純、曹操軍が黄巾党の撤退ルートをあえて残して待ち伏せし、そこを捕らえるというもの。周倉隊は案内役兼護衛役だ。混乱した黄巾党の凶刃によって倒れたなんて笑えないし、他の勢力が迫ってくるかもしれない。劉備軍は作戦開始前の段階で抑えられるが、その他何が起きるかわからない。諸葛亮ならば配置の段階でもしかすると察するかもしれないが、曹操軍に抑えられてはどうしようもないだろう。ざまぁ。

「ええ、私がここまでやるんだから失敗は許さないわ。必ず無事に送り届けなさい」

 曹操の力強い言葉が、非常に頼もしかった。

 部屋を出ようとしたとき、猫耳に蹴られた。彼女はこういったコミュニケーションしか取れないのだろう、あまり痛くなかった故に気にしないことにした。
 扉を出たところにいた夏侯惇に胸ぐらを掴まれ、「あまり調子に乗るなよっ!」とドスの利いた声で脅された。すぐに解放されたが胸元が万力で締め付けられたかのように痛かった。
 陣から出て少し歩いたところで地面に矢が刺さった。振り返ると夏侯淵らしき人物がこちらを見ていた、と思う。遠すぎてはっきりとは分からなかったがそんな気がした。

 契約、反故にされるんじゃないかと心配になった。






ここまで読んでいただきありがとうございます

終盤です そろそろ終わりです


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