Listening:日本は戦後70年をどう迎えるべきか(その2止)
2014年10月27日
◇戦後に誇りを持て 対峙の発想は危険−−明治大特任教授・大沼保昭氏
−−戦後70年をどう捉えますか。
資本主義が地球規模に広まり、史上類を見ない繁栄がもたらされた時代。他方、繁栄の中心と周辺の極端な格差も生み出した。主役はむろん米国だが、その国内総生産(GDP)世界シェアは、1945年の約40%から2014年の22%(国際通貨基金推計)と半分近くに落ちている。
他方、歴史上ほとんどの時代に超大国だった中国が、19世紀から1世紀半の「眠れる獅子」の状態から覚醒してきた。現在、世界第2の経済大国で、10年後には米国も抜いて世界一の経済超大国となる可能性がある。戦後70年から80年の10年は、欧米中心の世界から中印を含む多極・多文明世界への転換期という世界史的意味を持つかもしれない。
−−戦後国際秩序は「サンフランシスコ体制」が支えました。
戦後の国際秩序はヤルタ=サンフランシスコ体制と呼ぶべきでしょうが、確かにサンフランシスコ講和条約によって日本は西側先進国中心の「国際社会」に復帰することができた。ただ、日本との戦争の最大の当事者だった中国、さらにソ連、韓国、北朝鮮が不参加で、日本の戦争と植民地支配にかかわる問題は今日まで実際上「未決」の問題として残されている。
−−日本の戦後70年をどう位置づけますか。
奇跡的な経済発展と平和の時代。45年には100ドル以下といわれる日本の1人当たりGDPは今日、(貨幣価値の差はあるが)約3万ドル。戦後日本は貧富の格差の小さい確たる中間層を作り出すことに成功した。日本の自民党政権と社会党の組み合わせがもたらした所得の再配分、社会・教育・防衛政策は、諸外国から称賛される平和で豊かで安全な社会をつくり出した。だが、21世紀には格差が広がり、社会的統合が崩れてきている。このまま中間層がやせ細る一方でよいのか、危機感を抱かざるを得ない。
戦後日本が奇跡的な経済復興を実現できたのは、信じがたいほど寛大な講和、国交回復に恵まれてきたからでもある。連合国は日本に対する戦争賠償を基本的に放棄し、日本の侵略戦争で膨大な人的・物的損害を受けた中国も賠償を放棄した。ところが多くの日本国民はそれを意識していない。一部の論者は、逆に占領政策や憲法、東京裁判を非難し、戦後日本のあり方を、敗戦国として不当に抑え付けられた、打破すべき体制と捉えている。史上類を見ないほど寛大な講和を享受しながら、それに基づく戦後体制を否定しても、諸外国、国際社会の理解を得ることはできない。
−−中国とは歴史認識などで対立が続いています。
72年の日中の国交正常化に際して、日本の側には、中国はよくぞ賠償を放棄してくれたという思いがあった。だからこそ、日本の指導者たちは中国に巨額の経済協力を行った。しかし、今日この理解が共有されていない。そのため、「日本があれだけ経済協力をしたのに、なぜ中国は感謝の言葉がなく、日本の戦争責任を言い募るのか」という議論が出てくる。
他方、中国の指導層も「自力更生」を掲げて、日本からの莫大(ばくだい)な経済協力を中国国民に伝えてこなかった。そのため、中国国民からは「日本はあれだけひどい戦争をやっておきながら、全く反省していない」という声が起こってくる。
戦後70年の機会に、日本国民は第二次大戦で日本が諸外国に与えた膨大な損害の賠償を基本的に払わずに済んだことがどれだけ日本を救ってくれたか、よく考えるべきです。
最初に述べた世界史の観点から見ると、21世紀に米国をもしのぐ超大国として復活しつつある中国と「対峙(たいじ)する」という発想は日本にとって極めて危険だし、得にならない。
19世紀までの日本は、中国から文化的・文明的な影響を受け、法制度も学んできた。19世紀に清朝が衰え、日本が一足早く近代化を成し遂げると、今度は中国が日本の学問、教育、科学技術などを学ぶようになった。日本はこうした形で中国の近代化に貢献してきたし、これからも優れた科学技術、デザイン、礼儀正しい市民生活のルールなど、中国が習得していかなければならないソフトパワーの面で大いに貢献していけるはずだ。
−−慰安婦問題の解決も課題です。
93年に細川護熙首相が、日本の戦争が侵略戦争だったことを総理として初めて認めた。95年の村山富市政権下で慰安婦問題解決のための「アジア女性基金」が作られ、私も呼び掛け人・理事として12年間働いた。当時は日本側に反省の機運が生まれ、教科書検定制度の改善や女性基金による償いなど、営々と努力を重ねた。
ところが中国と韓国はこれを評価せず、日本にひたすら謝罪を求めた。これが日本国民の反発を招き、日本の「右傾化」の基盤を作ってしまった。中国・韓国の指導者やメディア関係者は、この点を深く反省してほしい。
他方、日本国民も口汚い「嫌韓嫌中」に日本の未来がないことは十分わかっているはず。双方が冷静さを取り戻すことが何よりも大事だ。
−−日本が今後、取るべき道は。
短期的には、戦前の日本と戦後日本とを切り分けることを政府が明確に示すこと。安倍晋三首相が歴史に名を残したいのであれば、戦前の日本でなく、戦後日本の達成(豊かで平和で安全な社会、途上国への莫大な経済・技術協力等々)にこそ日本国民の誇りを見いだすべきでしょう。
長期の世界史的観点からは、欧米中心の20世紀世界から多極・多文明の21世紀世界に変わっていく中での日本の立ち位置という問題がある。日本は、侵略戦争、植民地支配という負の側面も持ちながら、おおむね非欧米諸国の「優等生」として近代を生きてきた。しかし日本も人種差別に苦しんだし、今日でも捕鯨や慰安婦問題に関わる欧米の報道には偏見が残っている。
「中国の夢」を掲げて欧米中心の国際社会のあり方を変えようという中国の政策は、アヘン戦争以来の強烈な被害者意識をバネにして「中華」の復活を図る、危険な路線ではある。だがそこには、近現代に周辺化され、差別されてきた非欧米諸民族の「共通の夢」という側面もある。
かつて日本は、「大東亜共栄」というイデオロギーを掲げて欧米中心の国際秩序に挑戦し、逆にアジアの諸民族に膨大な被害を与え、自らも亡国の縁に立ったが、戦後賢明な平和・経済政策で見事に復活することができた。私たちは、その経験を基に、非欧米世界で最も成熟した先進国として、中国にも欧米にも、その他の国にも、語るべき多くのものを持っている。戦後70年は、日本国民がそうした自覚と誇りを育む年であってほしい。【聞き手・丸山進】
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■人物略歴
◇おおぬま・やすあき
1946年生まれ。国際法専攻。東京大教授を経て2009年から現職。著書に「『慰安婦』問題とは何だったのか」「戦後責任」「国際法」。