ジョン・J・ミアシャイマーの『大国政治の悲劇 改訂版
オフェンシブ・リアリズム（攻撃的現実主義）の観点から国際政治を分析した内容は、善悪などの道徳観を排除した冷徹なもので、国際政治の現実をありありと描き出したものです。分厚い本ではありますが、注釈なども含めてリアリズムを学ぶ上で教科書的な良著です。その一部は、当ブログでも紹介させていただきました。
【過去記事】 オフェンシブ・リアリズムから見る戦略論
今回の2014年改訂版は、中国の台頭を受けて加筆されたものです。実際、中国は2009~2010年に大規模な建艦期を迎え、その後の軍事力、とりわけ海軍力の発展は目覚ましいものがあります。この現状と未来をミアシャイマーはどう見ているのか、について興味を持たれていた方は必読です！
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��小平は「韜光養晦、有所作為（控え目に振る舞い、成すべきを成す）」を掲げました。��小平の頃はもちろん、現在でも中国は米国に軍事力で歯が立たないことを考えると、これは妥当な方針です。一方で、中国は経済成長を背景に堅実にその軍事力を増強しています。ミアシャイマーも「時間は中国に味方している」と見ています。経済成長に傾注し、軍事力を蓄えれば、20年もすれば日本や東南アジア諸国に小さな離島の所有を認めさせることなど容易になるくらいの国力を得られるでしょう。
では、中国は地域覇権を獲得するまで大人しくしていられるのか、という点についてはすでに「ノー」であるという答えが出ています。東シナ海のADIZ設定などはその振る舞い方を誤っているように見えますし、尖閣や南シナ海の領有権問題にしても、現時点で周辺国を刺激し挑発することは時期尚早です。下手に藪を突いて日本の国防意識を煽ったり、米国が介入を明言するきっかけを与えたりすることは、自ら蛇を招く行為だと言えるでしょう。
米国や周辺国との軋轢を穏便な態度で処理しようとする方が我々にとってよっぽど脅威なのですが、中国国民自身による大国意識の増大が、国家の韜光養晦を許さなくなっています。地域覇権への発展途上にある状況を理解できない国民から覇権国としての威厳を要求された国家指導部が、押し出されるように平和台頭路線を踏み外しつつあるのが現状なのかもしれません。
こうした中国に対して、米国は冷戦期にソ連に対したのと同じ姿勢で中国に対抗するだろうとミアシャイマーは予想します。日本をはじめとした周辺国も米国を主導とした「バランシング同盟」を形成する、という分析はすでにインドやベトナム、フィリピン、オーストラリアなどを含めた国々で現実の動きとなっていますね。
興味深いのは、米国による周辺国への「バック・パッシング」は行われない、という観測です。実質的に、米国はオフショア・バランサーではなく、オンショア・バランサーとして中国と対峙するという見方は、近年、クリストファー・レインなどが唱える極端な米国撤退論とは一線を画すものです。
台湾についても、軍事的に米国が台湾を中国から守れなくなるという可能性を完全に否定してはいませんが、米国が台湾を手放すことはほとんどないとしています。東アジアのシーレーンのコントロールにおける台湾の重要性、自国の信頼性や評判などは、米国にとって死活的に重要なものであるというのがその理由であり、このへんはトシ・ヨシハラやジェームズ・ホームズあたりの主張とも重なりますね。
米中両国が核武装しているから両国は戦争に至らないという推察も間違いだとしています。ミアシャイマーは、冷戦期の欧州とは地理とパワーの分布状況が異なるだけでなく、アジアの潜在的な紛争は核戦争へのエスカレーションの可能性が冷戦期欧州よりも低いと指摘します。すなわち通常兵器による戦争開始の閾値が下がり、それゆえに米中間の戦争が起こりやすいものになっていると危惧しているわけですね。
また、経済相互依存関係が米中衝突を回避させるという論に対しても明確に反論しています。この辺はまた稿を改めて紹介したいと思います。
結論として、オフェンシブ・リアリズムの理論から見れば、米中が衝突せざるを得ないという分析は2001年の時と変わりません。アナーキーである国際システムに変化がない以上、当然と言えます。また、改めて触れるまでもないですが、ミアシャイマーの予測の範囲内には、米国がズルズルと後じさりして北東アジアからそのプレゼンスを消してしまうというようなシナリオはないようです。
本著の訳者である奥山真司博士があとがきで触れておられる通り、ミアシャイマーの分析はあまりに“直線的”過ぎるものです。加えて、ひとつの理論で説明しようとするために（理論とはそうあるべきものではありますが）、考慮すべき変数が極限まで削ぎ落とされてしまっています。とはいえ、ミアシャイマー自身も認めているように、社会科学の理論には説明できる限界が必ずあり、その限界の向こう側にこそ米中衝突を回避する鍵があるのかもしれませんね。