新規事業を検討する際に取り入れたいUX思考

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2014/10/20

新規事業を検討する際に取り入れたいUX思考

UX思考とビジネス。その関係性を探る UX(ユーザーエクスペリエンス)は「ユーザー体験」と訳されます。また、提供する製品やサービスを利用するユーザーがどのような体験を得られるかを重視する考え方をUX思考と呼びます。概念としての認知は近年広がっていますが、UX思考とビジネスとの接点については、多くの人がまだ捉えあぐねていると言えるでしょう。

今回は、Web以前の時代からUX思考に基づくデジタル領域でのインタラクション設計を手がけていた株式会社インフォバーンの井登友一氏に、Webチャネルと深く融合しつつあるUX思考とビジネスとの関係性について伺いました。

いま、UX思考が重視される理由

よく「UX/UI」(UI=ユーザーインターフェース)と並列して書かれますが、この2つは同列ではなく次元が違うものだと考えています。UIの有無に関わらず「顧客にとっての良質な経験をどう提供するか」「良質な経験とは何かを追究し、設計していく」のがUXの考え方なのに対し、UIはそれをインターフェースとしてどう表現するかということです。例えば、アプリの操作画面やWebサイトのデザインだけに限らず、書籍もUIの一形態になるわけです。

また、UX思考自体は以前からあった考え方ですが、ここ数年は注目されることが多くなりました。UX思考への注目度が高くなったのは、①デジタルインターフェース上でインタラクションと関わり合う人口が増えたこと、②「顔の見えづらいユーザー」への理解がビジネスの成否に直結するようになったこと、の2点の要因が考えられます。「顔の見えづらいユーザー」に対しより深い洞察・理解をしていかないと、Webサイトやアプリを介して提供するサービスをユーザーに使ってもらうまでには至らず、結果、ビジネスの成否に直結するようになりました。

Amazonが成長したのは「UXのスパイラル的上昇」

Amazonの創設者ジェフ・ベゾスは「決して最初から本を売ろうと思っていたわけではない」とインタビューでよく語っています。「消費者にも喜ばれ、かつ、ビジネスにもなるものは何か」と考えたときに、もっとも他社と差別化できるのが書籍であり、かつ、それを提供できる手段がインターネットによる通販だったのです。

(リアルの書店では店頭在庫に物理的限界があるが、ネット上であれば圧倒的蔵書数を保有でき、通販形態で早く顧客の手元に希望の書籍を届けることができる。)

「顔の見えづらいユーザー」を相手にする、ということの関連から言えば、そのような顧客に提供すべきは「ユーザーにとっての良質な体験しかない」とも言えます。ミネラルウオーターを例に取ると、同じ銘柄の水であればコンビニで買っても他のWebショップで買ってもユーザーにとっては同じことです。同じなら、安いところや早く手に入るところで買う人が多いでしょう。製品そのものに差別化が完結しない場合は、全体的な経験を含めて「一番便利なところで買ってしまう」。Amazonは「もっとも便利で早い」というUXを提供しているわけです。もっとも便利なサービスになると、規模の論理で一番安く提供できるようになる。そうすると、ますますUXは高まります。

Amazonがここまで大きくなったのは、ユーザーとの関わりを持ち続けるなかでいいUXが提供できたから。極言すれば、提供するしかなかったからだと思います。

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続かないビジネスでは、よいUXを提供できない

以前は、事業戦略を考える人・部署と、サービスのデザインを考える人・部署は別セクションなのが一般的でしたが、最近はそこを不可分と捉える企業がどんどん増えているように感じています。事業戦略と良質なデザインとを考えるのが完全に同じ人・部署だったり、別チームだとしてもミッションは共有している。一方で、多くの日本の企業では、経営者層にその意識が浸透していないとも感じます。

ビジネスはボランティアではありませんから、ユーザーにとっての最大の体験を提供するだけでは駄目で、その対価としてより多くのビジネス機会を生んでいかなければなりません。「良質な経験を提供するためにどんなサービスが必要か」という視点と、「提供したことがビジネスに対しどんなインパクトを産むのか」という視点。この2つの視点がないとビジネスは永続しないし、続かないビジネスは良質なUXを提供できないのです。この2つの視点は、ややもすると別々に議論されがちですが、そのブレを小さくするためには、立脚点としてユーザーを中心に置くべきです。ユーザー中心の視点を保ち続けることで、「ニワトリが先か、卵が先か」という議論に陥らず、ビジネスを正しい軌道に導けると、私は考えます。

ユーザーの視点・ニーズを正しく捉えるには

有効な手法として、質的な定性調査が挙げられます。ユーザーの言動の観察、非言語情報の収集まで含めた文脈的調査などです。ある事象のトリガーとなっている過去の経験など調査対象の特徴的な発言や行動の根源的な欲求、本当に実現したい状態を、取材やフィールドワーク的な手法を組み合わせて調査するものです。そのような質的なことを知りたいときには、アンケートやグループインタビューといった定量的な調査ではなかなか把握できません。

また、ユーザーニーズを探る際、身近な対象者を観察するのも間違いではありませんが、マーケティングにおける「ペルソナ(提供するサービスに対しての、象徴的なユーザー像)」の考え方を念頭に置くならば、ペルソナは決して1つではなく、一般的なサービス・商品であれば、20~30は存在すると考えたほういいでしょう。その上で、「自社はどのペルソナにフォーカスするのか」を突き詰めるのが大変重要になります。身近な顧客や知り合いを観察するのは簡単ですが、本当にフォーカスすべきペルソナかどうかはよく検証する必要があります。UX思考に基づいた事業の開発フェーズでは、ペルソナの絞り込みが後々のビジネスの進み方を左右する重要な岐路になるでしょう。

この記事の執筆者:常山剛

「ライフハッカー[日本版]」「roomie」の編集長を歴任後、ライティング、コピーワークの他、Webメディアスタートアップの経験を元に新規メディア立ち上げのコンサルティングを行っている。

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