新自由主義経済のグローバル化によって南北格差が拡大する中、よりよい暮らしを求めて、あるいは様ざまな抑圧から逃れるために、国境を越える人びとが増え続けています。それらの人びとは移住先で労働搾取などにあい、劣悪な環境で安全を脅かされることが少なくありません。こうした「搾取的移住」の最たるものである人身売買は「現代の奴隷制」とも言われ、深刻な人権侵害を伴います。
人身売買は、ジェンダー、貧困、人種、民族、国籍に基づく差別などの要因が複雑にからまりあった結果でもあります。人身売買された人びと、特に女性と子どもは、出身国において人種差別をはじめ様ざまな差別や抑圧を受けていた場合が少なくありません。また、受入国で人権侵害からの救済がなされない背景としても、人種差別の存在が指摘できます。人身売買対策として、出入国管理の厳格化が各国で進んでいますが、それだけでは問題は解決しないばかりか、人身売買の手口が巧妙になり問題が見えにくくなり、被害者への搾取が増大する危険もあります。人身売買された人びとの救済や支援と共に、搾取を生み出す社会構造を見据え、変えていくことこそが、問題の根本的解決のために求められています。
IMADRの国際的な活動
IMADRは、国連経済社会理事会との協議資格をもつNGOとして、1993年から国連の場で、人身売買された女性や子どもの人権保障の必要性を訴え、国際的な人権保障の基準作りのための政策提言等を行なってきました。また、「人身売買」「女性に対する暴力」「移住者の人権」に関する国連特別報告者への情報提供や協力によって、人身売買が様々な角度から問題にされ、解決への糸口が見いだせるよう努めてきました。さらに、NGO間のネットワークの他、ワークショップの開催など、様々な啓発活動をおこなってきました。
IMADRの各地での活動は以下の通りです。関連する詳細資料は、資料室をご覧ください。
1)アジア委員会
南アジアのNGOと連携して、南アジア安全移住政策を策定し、人身売買の被害者ケアと保護のマニュアルを策定し、移住に関する啓発教材の作成を行なってきました。また、南アジア地域連合(SAARC)人身売買条約がきちんと実施されるよう監視するしくみをつくるよう求めています。
2)ラテンアメリカベース
アルゼンチンでの女性の人身売買についての調査研究を、教会など他団体と協力しながら行ない、書籍(スペイン語)を発行しました。また教会や女性団体と共同で毎年ワークショップを開催しています。また、
3)ナイジェリア
ナイジェリアでの人身売買撤廃の活動をご覧ください
人身売買受入れ大国―日本の課題
日本は、アジアをはじめ世界各地からの移住労働者の主要な受け入れ国の1つであり、人身売買においても「受け入れ大国」と言われています。特に80年代からは性産業に送り込まれる形態の人身売買が問題となり、業者を仲介した国際斡旋結婚も一部人身売買の様相を呈し、90年代からは、外国人研修・技能実習制度の悪用による労働搾取の人身売買も問題となりました。
日本には人身売買を禁止する法律がなかったため、2003年にIMADR-JCを含めたNGO、シェルター関係者、弁護士、研究者が「人身売買禁止ネットワーク(JNATIP)」を結成し、人身売買を禁止し、被害者の保護支援を行なうための包括法の制定を求めて各政党や政府への働きかけを行なってきました。その結果、2005年には、刑法の中に人身売買罪が新設され、政府は行動計画もつくりました。しかし被害者保護支援の法がなく、予算も政策も十分ではなかったため、被害者が保護支援を求めて名乗り出てくることはほとんどありません。その上、被害者認定が厳しいこともあり、警察庁が発表する被害者数は驚く程少ないのが現状です。
日本での活動
1)政府への提言活動:人身売買禁止ネットワーク(JNATIP)を通じて
IMADR-JCはJNATIPの運営と活動に設立当初から積極的に関わっています。JNATIPでは、毎年政府との意見交換会を開催し、政府が、多言語ホットラインを開設し、被害者認定の枠を実態に即して広げ、人身売買対策の政府専管部署を設置して予算も確保し、責任をもった取り組みがなされるよう働きかけています。
2)国連の制度を活用し事態の改善をめざす活動
国連人権理事会には、人権に関するテーマごとに専門家を任命し、その専門家が問題と思われる国を訪問調査し、事態の改善にむけた勧告を出すと共に、同理事会でその結果を発表するという、特別報告者制度があります。その制度を活用し、人身売買に関する特別報告者が日本を公式訪問するよう働きかけ、2005年にフーダ特別報告者が日本を非公式訪問し、2009年には、エゼイロ特別報告者が日本を公式訪問しました。IMADR-JCは、人身売買された人びとや関連NGO等から効果的な情報提供がなされるよう取り組みました。また、翌2010年に国連に提出された日本公式訪問調査報告を和訳して広報し、一人でも多くの人にこの問題を知ってもらえるよう、JNATIPと共催でシンポジウムを開催しました。
3)連続講座・セミナー等の開催
日本は人身売買の受け入れ大国でありながら、その実態がほとんど知られていません。人身売買をなくしていくために一人ひとりにできること。それはまず実態を知ることです。さまざまな形態の人身売買の実態に迫り、解決の糸口を探るべく、支援の現場にいる人びとを講師に招き、2006年に8回にわたる連続講座を行ないました。その内容を書籍『講座 人身売買-さまざまな実態と解決への道筋』として出版しています(実態はほとんど変わらず、今に通じる内容ですので是非ご覧ください)。
4)移住女性のエンパワメントとの協働
JNATIPの活動や、国連特別報告者の招へいなどを通じてつながった草の根の運動を、側面から支える活動も行なっています。移住女性の自助組織である「カラカサン―移住女性のためのエンパワメントセンター」のメンバーを上記の連続講座に講師として招いたのが縁で、ドメスティック・バイオレンスを乗り越えたフィリピン女性たちの体験をつづった書籍をカラカサンと共同編集する企画が実現し、IMADR-JCブックレット11『移住女性が切り拓くエンパワメントの道』として出版しました。同書はカラカサンのウェブサイトから注文できます。