林家木りん、落語家から芸能界の横綱へ!父は元大関・清国
大相撲の元大関、清国(72)の息子で落語家の林家木りん(25)が大手芸能プロダクション「ワタナベエンターテインメント」に所属したことが25日、分かった。2009年3月に林家木久扇(77)に入門し、昨年11月に二ツ目昇進。「もっとメディアに出て売れたい」と一念発起した。身長192センチで高校時代にモデル経験もあるイケメン。今後はバラエティーや役者など枠にはまらない活動で落語界の横綱を目指す。
体が大きすぎて特注だという、羽織に袖を通すと、表情が引き締まった。木りんは「やっぱりこれを着ると背筋が伸びますね」。落語家というより、まるで関取のよう…って、父が元大関・清国なのだから当たり前か。
続いてスタイリッシュなジャケット姿に。身長192センチと落語界一の長身で、イケメン。モデル顔負けだ。撮影で東京・表参道に繰り出すと、目を引くこと、この上なし。はかま姿とのギャップがありすぎて、同一人物ということを忘れてしまいそうだ。
昨年11月の二ツ目昇進を機に、「売れたい」という一心で「ワタナベ―」の門をたたいた。「普通にいけば真打ち昇進には、あと10年はかかる。先輩方を見ると、二ツ目で売れた方が多い。だから私も二ツ目で知名度を上げ、実績を残して、真打ちを迎えたいと思ったんです」。両親はもちろん、師匠の木久扇も「所属するなら絶対に大きな事務所がいい。いろんなことにチャレンジしたらいい」と喜んでくれたという。落語界にもうわさはすぐに回り、林家正蔵(51)にも「頑張れよ」と励まされた。
中学時代は相撲に取り組んでいた。「自分で言うのもなんですけど、中学2年で序二段の力士に勝ってました。父の部屋を継ごうかなと思っていました」。高校に進学すると芸能界に気持ちが傾き、大手芸能プロにモデルとして登録していた時期も。高校で木久扇の「学校寄席」を聞き、「面白い!」とハマった。
数年後、両親と行った、あるパーティーで、父と木久扇が知り合いだったことが判明。入門を決めた。「学校寄席で面白いと思ったのが、実は落語ではなく漫談だった」というオチもあったとか。「林家木りん」は、背が高い「キリン」と、中国で縁起がいいとされる「麒麟」から付けられた。
今後はバラエティー、役者、モデルと、落語の枠にとらわれず幅広く活動する予定。「父の名前もあるので売れないわけにはいかない。くすぶるわけにはいかないんです」と燃えている。
数年前、親交のある笑福亭鶴瓶(62)が出演するテレビ東京系「きらきらアフロ」を見学に行った際に、突然、カメラの前に引っ張り出された。「何もできなかったんです。面白いことひとつ言えなかった。鶴瓶師匠がうまく引き立ててくれて、なんとか丸く収まったような感じです。本当にそれが悔しかった」。以来、落語やフリートークで自分自身を鍛えてきた。「今、どれだけできるか。期待と不安が半分半分です。いつか鶴瓶師匠とまた番組でご一緒できれば。また助けてもらうかもしれませんけどね」と目を輝かせた。
目指すは「落語界の横綱」だ。「やるからにはそれぐらい言わないといけないと思う。父に追いつけ、追い越せで頑張りたい。若い方にもっと落語を知ってもらえるような、そんなきっかけになれれば。売れて師匠に恩返ししたいですね」と言葉に力を込めた。
◆林家 木りん(はやしや・きりん)本名・佐藤嘉由生(よしゆき)。1989年2月10日、東京都生まれ。25歳。2009年3月、林家木久扇に入門し、前座見習としてスタート。同9月、前座となる。13年11月、二ツ目昇進。慶大通信教育学部在学中。
◆清国 勝雄(きよくに・かつお)本名・佐藤忠雄。1941年11月20日、秋田県生まれ。72歳。荒磯部屋に入門し、56年9月場所で初土俵。63年5月場所で十両昇進、同年11月場所で新入幕。69年5月場所後に大関に昇進、翌7月場所で初優勝。74年1月場所中に引退。77年、7代伊勢ケ浜を襲名し、部屋を継承。85年、日航機墜落事故で妻と2人の子供を亡くし、その後、麻記子さんと再婚し、木りんをもうける。2006年、定年退職。肩の脱臼を治すのがうまく、横綱・千代の富士が取組中に肩を脱臼した際に応急処置を施した。