新/043/生きるよ
※:活動報告で予告した通り近日中に変更されます。
此度の愚行、本当に申し訳ございません。
──ある日、朝起きたら夜月がいなかった。
どこを探してもいなくて、最終的にママに聞いた。
そして返ってきた答えは、ぼくにとって最悪なものだった。
『海外の戦地でぇ~実戦訓練?感が鈍らないようにするんだってぇ~。一ヶ月くらいないって~』
目の前が、真っ暗になった。
ガクガク足が震えて、夜はまともに眠れなかった。
一ヶ月も夜月が居なくなるというのもあったけど、それ以上に、夜月が死んでしまうかもしれないというのが、とてもとても怖かった。
ガタガタ震えながら過ごした一ヶ月とちょっと、ようやく夜月が帰ってきた。
ぼくは急いで駆け出して、夜月に抱き着こうとして──
『お前、変わってねえな』
──蹴り飛ばされた。
何をされたのか、全く理解が追い付かず、ただただ身体に走るギリギリに加減された痛みを感じるしかなかった。
『お前さ、もしも俺が死んだら、どうすんだ?』
そんな事、考えられない。
だって夜月は最強なのだから。
考えられないし、考えたくもない。
『答えろ』
分かんないよ。
『なら──』
そういって夜月は、自分の左腕の裾を捲り、右手のスナップで出したダガーで、左手首を切り裂いた。
鮮血が舞い、周囲にいたメイド達の悲鳴が広い玄関に響き渡った。
『答えろ。でなければ、このまま俺は死ぬ。血を失えば、さすがに俺でも死ぬ』
何が起こってるのか理解出来なくて、口をパクパクしながら、流れ落ちる血をただ呆然と見ていた。
『答えろ』
その言葉でぼくはようやく我に返った。
そして考える。このまま夜月が死んだらどうなるか。
それはとても嫌だ。
夜月が居なくなったら、夜月が居なくなったら、ぼくは、ぼくは──
『もしも、もしもお前が死んだら──』
◆◆◆
夜月に指示された道具屋へと雛と七海は目指す。
盛大に後ろ髪を引かれるが、二人は何も出来ないと分かっているので、引いている手を振り払い、歩を進める。
最初は七海を抱いていた雛だが、流石に途中で下ろした。
七海は最初はフラついていたが、すぐに酔いを覚まして今ではしっかり歩いている。
夜月がいなくなり心細くなる。
人間にはあまりに辛すぎる世界。濃厚に漂う血の臭いが、二人の不安を煽っていた。
もちろん、二人の不安に世界が左右される事など無い。
敵は普通に襲い来る。
それも──
「へへへ、こりゃ上玉だぜ!」
「マジかわいい!!どうする、誰先ヤる?俺でいい!」
「ばっか、てめえの腰使いじゃ彼女達に失礼だろ?俺だよ俺!」
──人間。
七海と雛の前に現れたのは、ギラらついた目をした中年男が五人。
一様に狂気を瞳に宿しており、まっとうな精神状態では無い。下卑た視線を二人に送り、すでに脳内では二人を凌辱しているようだった。
雛は当然気づいていたのだが、どうしても通らなければいけない道、つまりは道具屋のある通りに陣取っていたため、遭遇するしかなかったのだ。
覚悟はしていたが、実際に会うと後悔しか生まれない。
とはいえ実力的になんの問題もない。
向かい合って懸念があるとすれば、先程の爆発以来、何かを思い詰めている七海だ。
あれ以来、しっかりオークを倒したりはするが、あまり口を開かず雛について来ている。
今も目の前の相手から目を逸らす事無く向かい合ってはいるが、険しい表情だ。
「七海先輩。やりますよ」
「わかっている」
こうしてしっかり戦う意思はある。
雛は少し眉を潜めるが、怯えて動けなくなるよりはマシなので、意識を前に集中した。
「ひひ、そんなオモチャ持っちゃって。ププ、子供は可愛いねえ」
「おじさん達が優しくしてあげるから、安心してねえ」
雛は腰を落として何時でも動けるようにかまえ、七海も杖を敵に向ける。目に入った中年男達に顔をしかめるも、雛と七海は努めて冷静だった。
「警告します。今すぐ立ち去らないのなら、自分達は貴方達を殺します」
ability:【冷徹】が発動し、感情が一定以下に保たれた鋭く冷たい声で、雛は警告する。
雛は、本気だ。
向こうは雛の刀をオモチャと断じて侮っている以上、警告を聞かないだろう。現に、口笛を吹いたりしていて、聞き流している。
これはもう、戦闘──いや、殺しは避けられない。
雛は今日の朝の出来事で、過去の自分に蹴りをつけている。
きっと、人を殺す事に、これから先に躊躇いは無い。
「ヒヒ、怖いねえ~」
「頑張れ~、サムライガール(笑)」
当然の如く、狂ってしまった彼らでは、雛の言葉は笑い飛ばされる。
「つーか、さっさとヤっちまおうぜ」
「ああ、じゃ、じゃあ、あのちっこい子は──俺のだあぁぁぁ!!」
「ヒヒヒっ!いけぇ!ロリコン!!」
警告を完全に無視した中年達の中から、七海に向かって一人が走り出す。
肥えた腹を揺らし、欲望をたぎらせながら迫るその様は、オークと何も変わらない。
全く策も無く、ただ突っ込んで来るだけの男は、凄く遅い。七海にすらそう感じるのだから、雛には止まって見える。
雛が動く──前に、
「【弱電撃】!!」
「え!?」
七海から電撃が迸った。
「ぎゃあああ!!」
迸った電撃は狙い違わず突っ込んで来る男に命中。
白目を剥いて少しピクピクした後に、ゆっくりと前に倒れていった。
恐らく──死んだ。
M-ATTの低い【弱電撃】だが、装備と能力値の影響で、普通の人間に対する殺傷力は十分だ。
「なん、で!?」
この場で最も驚いたのは、仲間が倒された男達では無く、雛だ。
いや、理屈は分かる。
七海の【弱電撃】はもはや1秒で放てるし、MP消費も無視していいレベルだ。(ただし、再使用に5秒かかる)しかも、文字通り電光という速度なので、先制攻撃にはうってつけだろう。
だがしかし、今の七海の【弱電撃】はオークなら八割近く。普通の人間なら、一撃で絶命させる。
それが分からない七海ではないはず。
「せ、先輩?」
雛は敵を警戒しつつも、後ろを振り向く。
夜月がいなくなって、七海の心に重大な変化があったのかもしれなかった。
それだと不味い。戦場で狂ってしまえば致命的な隙になるし、何より雛も安心して背中を預けられない。
だがしかし、振り向いた先にいた七海は、真っ青にした泣きそうな顔で、プルプルと杖を構えていた。
何時も通り、変わらない、小さく、可愛く、臆病で、泣き虫で、貧弱な、西園寺七海がそこにいる。
「………こ、れが、人を、殺す、感覚か……最悪だ」
両目の涙腺から涙が溢れ落ちている。
震えて、杖を支えにようやく立っている状態だ。
だが目を逸らす事無く、しっかりと、西園寺七海は自分のやった行為を直視している。
その結果が生まれたての子牛のような状態だが、それでもなんとか立っている。
「なんで……?」
雛は理解ができない。
雛の思い描いていた西園寺七海は、おおよそ自分から人を殺す勇気などない。人を殺す場面があるとしたら、何かの結果、偶然に殺してしまうくらいだと考えていた。
その七海が、自分から殺した。
光のように精神異常を起こした訳では無く、しっかりと自分という精神を保ちつつ、殺した。
目を逸らすことすらなかった。
おおよそ、雛の思い描いていた西園寺七海ではない。
その事に呆然とする雛は、驚異度は低いとはいえ敵から意識を外してしまっていた。
「な、何をやったああああぁぁぁぁぁ!!」
「ガキが!調子のってんじゃねえええ!」
「てめえらは、大人の言う事聞いて、股開いてりゃ良いんだよ!」
「俺達がどれだけ苦労してきたかも知らねえで!てめえらガキは俺達大人に従う義務があんだよ!!」
雛が後ろを振り向き七海の行動に呆然としていた時、残っていた四人が、七海の反抗にブチギレ向かってきた。
そもそも誰一人冷静な者などいない。
だから、七海の使った電撃を誰一人正しく認識する事はできず、狂って、怒って、ただ突っ込んできた。
──彼等はサラリーマンだった。
今までリストラやクビとは無縁だったが、それと同時に出世とも無縁だった。
会社と家を往復するだけの毎日。何一つとして変わらない毎日。
一人暮らしならば、孤独を風俗で紛らわし、家族がいるなら妻の小言を、酒で消す。
そんな毎日に嫌気がさして、それでも何かを変える勇気など無くて、ただ流されるままに生きていた。
しかし世界は変わった。
あまりに理不尽な世界へと。
それで彼等は悟った。
『ああ、俺は、本当は変わりたくなかったんっだ……』
そう、変えたいと思いつつも、実際には変わりたくなかった。
出世をしなければ責任は変わらないし、会社に行って仕事をすれば生活はできるし、家族がいなければ自由だし、家族がいれば面倒な家事をしなくて済むし、新しい事に挑戦しなければ、落胆する事も、金がかかる事も、労力がかかる事もないし、女なら風俗で十分だし、やる事が取り合えず一緒なら不安になることもないし、ないし、ないし、ないし、ないし…………。
彼等はそう、変わりたくなかったんだ。
だけど、この世界になって、強制的に変えさせられた。
法も倫理も彼方に消えて、自分を守っていた毎日が消えて、彼等の溜まりに溜まったストレスは、ついに理性の膜を突き破り、爆発する。
狂って、狂って、狂って──
雛はハッとなって振り返る。
驚いている場合ではない。ここは戦場なのだ。
一旦七海の事は置いておいて、雛は彼等と相対する。
狂って血走った瞳を輝かせる彼等に、雛は決して心を動かされる事無く摺り足で間合いを詰める。
銀の閃が刻まれる──
「え──?」
血色の花吹雪と共に、頬の痩けた男の頭が舞う。
あまりに鋭すぎる一撃は、首を飛ばされてなお、男を絶命させるにはいたらず、眼球がキョロキョロ動いていた。
「「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」」
狂った男達はそれを認識する事無く、ただただ走り、雛と七海に迫る。
(──しまった!)
一人の首が舞えば恐怖で動きが止まる可能性を考えていた雛は、予想以上の狂気に計算を狂わされた。
四人の内の一人が七海のほうに抜ける。
雛自身にも二人襲いかかっているので、フォローに向かうには、最低三秒はかかる。
魔法のリロードタイム(七海がかってに呼んでる)は終わってるのだろうが、先程確認した精神状態で魔法が使えるとは思えなかった。
「ガキがああああああ!」
七海の所に眼鏡をかけた男が迫る。
涎をだらだらと流し、目は血走り、狂気が渦巻く。
「ふぅ」
その吐息と共にだらんと、腕と杖が下がった。
やはり人を殺した影響が強かったのだろうか?
「素直に──がっ!」
七海は男が間合いに入った瞬間、杖の先端(宝珠が無い方)で男の喉を突き刺した。いや、突き刺したは語弊がある。七海はただ、突っ込んで来る男の軌道上に杖の先端を置いてきただけ。男が杖に突っ込んだのだ。
だらんと腕を下げていたのは、自身のSTRでは数秒でもじっと構え続けるのは難しいし、何より相手にも起動が見えるからだ。
雛は一人を斬り殺した隙に、七海のその様子を見ていた。
正式に長年武術を修めた雛目線で語れば大した事は無いが、十分様になっている。基本に忠実で、しっかりと身体が覚えているだろう突きだった。
男は自分の走る勢いのまま杖に突っ込んだ為、喉が潰れ苦悶の唸りと共に倒れる。気管と食道に重大なダメージを負ったことは間違いない。まともに呼吸する事も叶わないはずだ。
「──夜月に、よく、教えられたからな、身体に」
『力が無いんだから下手に動かすな。相手の軌道上に置けばいい』七海は何度も何度も身体にそう叩き込まれた。
わざわざ魔法では無くそれを実践したのは、夜月の教えを、どんな些細な事でも思い出す為だった。
殺したのもそうだ。夜月が最期に七海に教えた事だ。
──七海は、悟っている。
どうして?と聞かれれば「なんとなく」としか答えられない曖昧なものだけど、それでも七海は悟っている。
泣きながら、震えながら、七海は顔を上げる。
ぐしゃぐしゃになっても美しい顔は、悲痛に揺れて、今にも崩れ落ちそうだ。
でも、それなのに、立っている。
いや、立たなければならなかった。
七海はフラフラと歩きながら、喉を押さえて蹲る男の背後に歩く。
「せ、先輩、自分が──」
「──いや、ぼくが、殺る。やらなきゃ、いけない。もう、夜月には頼れないんだから」
「……………………………………」
それはつまり、と雛は顔を青くする。
何故分かる?と思うし、根拠だってないはずだとも思う。
それでも雛はその七海の覚悟に悟らねばならなかった。
(でもそれならどうして?)
雛の中で思い描く七海は、夜月が居なくなると分かったら、泣き喚くか、断固としてその現実を受け入れないという、脆弱な人だ。
間違っても、こんな直ぐに覚悟を決められる人間ではない。
「……………意外か?」
「えっ、あ、はい。すいません」
「いいんだ。事実、ぼくは今でも受け入れられているか分からない」
七海は男の背後でボロボロのナイフを抜きながら、雛に苦笑し、自分を自嘲する。
男は上手く呼吸ができない苦痛で、七海と雛の会話は聞こえておらず、後ろの七海にも気づいていない。
「…………ぼくは、あなたを殺します」
震えながら、泣きながら紡がれた声。
だけどしっかりと、確かな覚悟を感じる。
「ひゃめ、ひゃめひょ!!」
その声に呻く男は振り返る。
止めてくれ、助けてくれ、と七海に向かって懇願する。
「ぼくは怖い。もしも君のことを生かして、恨まれて、寝首をかかれるかもしれない。凌辱されるかもしれない。だから殺す。そんな自分勝手な理由だけども。ぼくは殺す」
「はしゅ、はしゅけてっ!!!!!」
「君がなんで狂ったのか、恵まれたぼくにはまったく理解できない。ぼくに恨みや憎しみはない。むしろ憎まれ、恨まれる側だ。こうして、君を殺すのだから」
「ひゃめ、ひゃはめっ!!!
「ごめんなさいは、言わない。これは自分勝手な、人殺しだから」
恐怖で必死に懇願する男に、七海は震えながらもしっかりと、ボロボロになったナイフを首に突き刺す。
正確だった。逃げようとする男の首に、正確に、ナイフは突き刺さった。
「ううぅ……っ!」
七海は刺さったナイフを手放し、抱えていた杖を落としてヨロヨロと後退する。
雛はそれを支えようと走ろうとするが、七海は倒れず立っていた。
分からない。雛には分からない。
どうして、どうして七海は立てるのか。
カランと転がる杖の音が、寂しくなった道に響く。
どれくら、時間が経っただろう。
雛にとっては永遠に感じるほどの時間。実際は一分も経っていないのだろうが、雛の思考は停止していた。
そんな思考を停止した中で、七海の声が小さく、されどしっかりと、死と血の蔓延する世の中に響く。
「もしも、もしも、お前が死んだら──」
◆◆◆
『──ぼくも、死ぬ』
その言葉を出してしまったその瞬間、夜月の瞳から急激に色が無くなり、ぼくを無視して歩き出す。
制止の声をかけようとも、残念ながら声は出なかった。
怖くて。恐くて。
その夜、ぼくは椿さんの部屋に行った。
ママが居たけど、気にならないほどにぼくは衰弱していた。
だって、だって夜月が、あんな、
『七海ちゃん。よー君だって、死ぬんだよ』
分かってる。
夜月だって死ぬんだ。分かってる。
でもさ、ぼくを置いて死ぬなんて、そんなのないよ。
だったらぼくも一緒に死ぬ。
『七海~、分かってる?』
ママが口を開いた。何時も通り、軽く、へらへら笑って。
黙っててほしい。あなたが口を開いて、今まで録なことがない。
その不満の念は伝わらず、ママはぼくをバカにして、嘲笑う。
『夜月くんが死ぬ時は、きっと七海を護った時だよ。それなのに、七海は死ぬの?夜月くんが護った七海を叩き壊して。夜月くんが命懸けで護った七海を否定するの?それならどうぞ、悲劇のヒロイン気取って死んでください』
……………………………………………………相変わらず嫌な母親だ。
その後、早く寝ろと部屋を叩き出されたぼくは、夜月の部屋に向かう。とはいっても、隣なんだけど。
まだ、ほとんど分かんないけど、夜月が死ぬなんて想像もできないし、したくないけど、それでも確かに、夜月は、ぼくを護ったんだから。
死んじゃ、ダメだよな。
『借り物の言葉だな』
ああ分かってる。まだ、理解もできてない。
『いつか、その言葉を言えるように、鍛えてはやるよ』
その夜は、なんとか及第点をくれた夜月と一緒に寝なかった。
一人で寝てみようと思った。
もっとも、恐くてほとんど寝れなかったけど。
それでも呟いてみた。まだまだ、実感の欠片もない言葉を。
『もしも、もしも、お前が死んだら──』
◆◆◆
「──ぼくは、生きるよ。夜月」
Q:『あの男達はどうやって生きてきたんですか?』
村人X:「【神/作者】の加護です」
Q:『生きてる人達って、どれくらいいるんですか?』
村人X:『生きてるだけなら、結構います。
長々と五十話近く書いてますが、実際まだ三日と経っていないので、餓死者とかはほとんど出てません。脱水で死んだ人は結構いますが、立てこもっていれば三日くらいは生きられるのです』
+注意+
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