新/042/許さない
※:活動報告で予告した通り近日中に変更されます。
此度の愚行、本当に申し訳ございません。
プライドはその名の通り、傲慢なる『天使』だ。
自分よりも上にいる存在が許せない。
だからこそ、始祖吸血鬼を敵に回すことになるだろう『怪物』にまで手を出して、自身を更なる高みへ押し上げる『家畜』を護った。
この【勇者】を喰らえば、間違いなく自分は更なる高みへと昇れる。
「あは、あははははははははははははは──っ!!!」
大爆発によってすっかり景色の変わった校舎裏。光の肉体のまま、天に向かって哄笑していた──
「いいご身分だな」
──プライドは硬直する。
震える。肉体では無く精神が。
圧倒的で絶対的な存在によって、恐怖と絶望に塗りあげられる。
「そんなに妾を怒らせたいのか?」
可愛らしい声だ。しかしながら同時にあらゆる生命の根幹を揺るがす、絶対的な声だ。
本来は無い眼球を操作して、天を仰いだ状態で周囲を探る。
いた──
真後ろに。悠然と佇んでいる。
一本一本が至高と思える銀糸の髪に、全ての宝飾品を路傍の石へと変える深紅の瞳を持つ絶対者。ゴシックドレスに身を包んだその姿は、万人を虜にする。
ただその全てを虜にする妖艶なる魔貌は、今は無表情。
──始祖吸血鬼/シャーネ・ドレイク
「まずは、跪け」
その言葉に魔法やability的な力は宿っていない。
されどプライドは素直に従うしかない。
例え【盟約】で縛られ、光を攻撃する事ができないとわかっていても、膝をつくしかない。
プライドは恐る恐るゆっくりと頭を垂れたまま振り向く。
先程の力を見せつけた者とは思えぬ程に震える様子は、惨めとも、憐れとも感じられた。
振り向いたプライドの視界には、シャーネのふわりと広がるスカートと黒革の靴に包まれた足、そしてその後ろの──
「なっ!!」
──氷で出来た棺。
青く透ける氷の中には、黒く焦げ、焼け爛れ、辛うじて人間だと分かる者が二人、抱き合った状態で閉じ込められている。
──氷属性第八階級【永久凍結】
プライドの脳裏に、その魔法の名前と先程起こったであろう事実が浮かび上がる。
光の能力値では無く、プライド自身の能力値で、更にabilityも使用し強化して放った炎属性第七階級【大爆炎】
その荒れ狂う熱波は紛れもなく二人を包み込み、間違いなく二人を焦がした。
だがしかし、その途中シャーネが到着。
炎熱を魔法で防ぎ、その後、急いで【永久凍結】を施したのだろう。
(失敗したというのかっ!?)
これだけ光に負担をかけておいて、殺し尽くせなかった。
プライドは頭を下げる屈辱と共に、シャーネへ憎悪を抱く。
(──いや、待て!LPが尽きていなくとも、炭化した身体は回復などでは直せない)
プライドは頭を垂れた状態で、眼球を動かしもう一度氷の棺の中を見た。
辛うじて背の高さで二人の違いを特定するしかない程、損傷した肉体。あれは、回復を主とした光魔法を得意とするプライドでも完全な状態で治すのは難しい。
治せたとしても、大幅に能力値は下がり、寿命をかなり削るだろう。
(いや、そもそも、あれは本当に生きているのか?)
人間は果たしてあそこまで損傷して生きていられるモノだろうか?と、プライドは頭を捻る。
(………小娘はともかく、あの『怪物』は)
メメは死んでいてもおかしくない。ただし、あの異常な怪物はさすがにプライドでも判別できなかった。
プライドが頭を巡らせる中、シャーネが嘲笑い見下しながら声を発する。
「薄汚い寄生虫の分際で、妾を敵に回すのだな」
底冷えどころでは無い。聴いただけで、大半の者は心臓を止めてしまうだろう、絶対零度の声。
だがそれよりも「寄生虫」という呼び名にプライドは反応する。
その名はプライドにとって無視出来ない蔑称だ。
「こ、この私をその名で呼ぶなあ!!」
その名は天使や悪魔という呼称が生まれる前より、上位者達から侮蔑と嘲笑を込めて呼ばれていた名だ。
当時、弱かったプライドは、その名を屈辱と共に受け入れるしかなかった。
だが、今は違う。
rankAオーバーまで昇りつめたのだ。つまり自分も上位者の一人。見下されていいわけが無い。プライドは思わず激昂する。
「煩い」
「ひっ!」
シャーネから闇が噴き出す。
精神を握り潰されたかのような、圧倒的に重圧がその存在に降り注ぐ。
──ability:【闇の暴威】
精神の弱い者なら、文字通り[即死]する程のオーラをその身に纏う。
プライドはrankA++だ。さすがに[即死]も[気絶]も[恐慌(強)]も無い。だが、それでも存在が違うし、そもそもシャーネが常時発動しているability:【絶対者の威光】のせいで屈服しかけている。だからプライドは[恐慌(弱)]に陥る。
「め、め、めい【盟約】で、こ、この【迷宮】内で、での、あ、あなた──」
「──ああ、分かっているとも。妾はその身体に手を出せない。だが勘違いするな。妾はただ単に、オーラを放っただけだ。攻撃の意思など微塵も無い」
薄紅色の唇を吊り上げ、滑稽なプライドを絶対的高みから見下す。
屈辱に燃える一方、精神の奥底から恐怖してしまっている為に、何も言い返す事は出来ない。
「それしても、いつから貴様ら寄生虫は自ら『天使』を語るようになったのだ?」
「──っ!!」
「もっとも、妾も貴様らの事を先程までは『天使』と呼んでいたがな」
シャーネはプライド達の正体を知っている。
それでも天使と呼んでいた理由は、時代の流れだ。最近だとプライド達の本当の名称は伝わらない事も多く、面倒なので天使と呼んでいたのだ。
「だが、やはり貴様等に天使や悪魔はあまりに過ぎた名だ。寄生虫で十分」
「ふざけるな!」と叫び、最大の力で【聖光】を放ちたいが、無理だった。すでに反抗の意思が折れている。
それでもプライドには聞かずにはいられなかった。
「なぜ、なぜそのような者を愛するのですか!?」
プライドは品定めの為に、様々な精神を観ていた。
その時、偶然に吸血鬼と夜月の戦いを見つけ、その後、シャーネと夜月の逢瀬を目撃したのだ。
「そのよう、な?」
シャーネの声が一層低くなり【闇の暴威】が荒れ狂う。
プライドは直視する事が出来なくなり、地面に顔を向ける。
肉体があって良かった。プライドはこの不便な人間の身体に初めて良い所を見つけた。精神生命体としてなら、視覚で見ているわけでは無いので、こうして目を逸らすなんていう芸当は出来ないのだ。
「……………精神生命体の癖に、夫のrankが分からないのか?」
「ら、rank?そういえば、観ていないですね」
今は【永久凍結】のせいで、rankは観るが出来ない。
「観ていない?」
「は、はい」
「くっ、くはははははは!滑稽だな!」
「な、何が──」
──おかしい!!
そう続けそうになったが、笑われた理由がプライドにも理解出来た。
観ていない。そんな事は、無い。
何故なら目を向ける以前に、精神生命体である以上、傍に居ればrankを感じる事ができるのだ。
なのに、観ていない。
つまりそれは、逸らせない筈の感覚を逸らしていたという事だ。
(なぜ、なぜ、なぜ私は──あ、ああ、ああああああっ!!!!)
感覚を逸らしていただけなので、実際は観ている。そして覚えている。
プライドは思い出してしまった。
「あ、ありえない」
プライドは観ないようにしていたのだ。
ありえない。いや、ありえてはいけない。
たかだか人間ごときがあれほどのrankなど、ありえてはいけない。プライドはそうやって観ないようにしていたのだ。
人間は基本的にrankD以下だ。ただ稀にC以上も生まれる。
上位個体や特殊個体というわけでもないのに、生まれつきのrankにここまでバラツキがあるのは人間だけだ。(プライド達は質の良い精神を食せばrankが上がるが、生まれのrankは基本同じ)
長い年月の中でプライドが観た人間の最高rankはAだ。
噂では今のプライドと同等のA++がいたらしいが、眉唾だと思っている。
それが、それすら越える人間が──
(──人間………!?)
プライドは即座に自分の記憶を否定したかったが、思い出すしかなかった。
(なんなんだ!なんなんだよ畜生!!)
『怪物』だ。神崎夜月は『怪物』だ。
内側は間違いなく。
だけど外側は人間──とも、言えない。それをプライドは実感してしまっている
(だけど、それでもおかしい!一応括りは人間のはずだろう!!)
その通り。プライドも光も見ていないが、夜月の【Status】にはしっかり、『人間』と表示されている。
(でも、もしも、本当に………それなら不味すぎる)
焼け焦げている神崎夜月。生きている可能性は極端に低い。それにまだlevelが低いのでrankも覚醒前。
だがしかし、プライドの脳裏には蘇って再び現れる『怪物』の映像が、頭に何度も過る。
もしも、本当に、今度は覚醒した状態で、再び戦えば──危険すぎる。光だけではなく、プライドも。
とはいえ、プライドも光の栄養として『姫』を狙っている関係上、これから先、関わらないというわけにもいかない。
光自身、人間の能力としては優秀だ。
rankはBもある。これは人類最高峰とも呼んでいいrankだ。
だけど、『怪物』とは比べることも出来ない。
【勇者】の付与なんて、所詮ハリボテ。
勝てる可能性は、少ないとかじゃなく、本当に無い。
光だけなら、最悪だがまだいい。どれくらい時間がかかるか分からないが、また質の良い精神をした人間は産まれてくるだろう。
だがプライドはイメージしてしまった。精神生命体すら追い詰めてくる『怪物』を。
戦慄が走る。
「混乱しているな。まあいい。覚えておけよ、寄生虫。【EX7】が一人、シャーネ・ドレイクは──」
一旦言葉を切り【闇の暴威】が強まる。
それこそ、快晴の青空を闇で塗りつぶすほどに。
「──貴様も、その身体も、決して許さない」
その声と共に、プライドは反射的に肉体の指揮権を放棄し、光の魂の奥底へ逃げる。
プライドの意識が無くなった光の身体は倒れる。
既に限界を超えている身体はボロボロで、プライドが逃げても、光の意識は戻らなかった。
シャーネは倒れた光を絶対零度の視線で睨み付ける。
今ここで、最悪の苦痛を与えて殺したかった。物理的な痛みだけではなく、精神的にも徹底的に。
だがそれが出来ない。
【盟約】によって、この【迷宮】内では人間にあまり関われない、話をしたり、贈り物をしたりする程度なら許されるが、それ以上はできない。実際、【サマエル】の匙加減なので、どこまでがセーフで、どこまでがアウトなのか明確ではないが、危害を加えるのはどう考えてもアウトだろう。
他にも長距離転移が封じられているなど、正直【迷宮】内でシャーネができることはかなり限られている。
【盟約】を結んだ時は夜月のことを知らなかったので、しょうがないが、それでも【サマエル】への不満は禁じ得ない。
(出世したものだな。転生者の分際で)
シャーネは目を一回閉じて、意識からあの女を消し去る。
「ふん」
シャーネは鼻を鳴らして、振り返る。
「ああ、夜月。待っていろ。大丈夫だ。妾がきっと治してやる」
先程までの絶対的な雰囲気は消え去り、氷の棺を愛しそうに、撫でる。
余計なのが夜月に抱きついているのが不満だったが。
シャーネは夜月やプライドに、自身が惚れた理由をrankのように匂わせたが、実際は違った。
「お前だけなのだ。妾と同じ存在は……だから、死なないでくれ」
焼け爛れて親族ですら判別がつき難いだろう夜月の顔を、潤んだ紅い瞳で悲痛そうに眺める。
少々強い風に頬を撫でられ、嫌いな太陽に照らされる中、一度目を瞑り、氷に頬を押し付け、始祖吸血鬼は心を落ち着かせる。
そして顔を上げたシャーネは、何時も通りに戻り、魔法を行使する。
──空間属性第五階級【固有空間】
本来展開時間が一番長い空間属性の魔法を、なんのabilityも使用せず、ノータイムで行使する。あまりに早すぎたために、魔力光すら表にでなかった。
シャーネの真横の空間が長方形に切り取られた。
内部を覗くと、豪奢な内装が施された広い一室。
転移魔法では無く、完全に外部とは切り離した空間を創造する魔法だ。内装が整えられているのは、シャーネの暇潰しだ。
本来、【永久凍結】状態ならば、生物として判定されないが故に、storageにしまう事も可能なのだが、シャーネは夜月を物扱いする気はなく【固有空間】を使用したのだ。
闇色の金属に深紅の宝石がはめられたブレスレットの効果の一つ[念道力]を起動し、氷の棺を宙に浮かせ、内部に運ぶ。
「………ん?」
内部に運ぶ際に見た夜月の装備はボロボロで、修復不可能に思われるのだが、一つ気になった。
「ベルト、一つしかなかったような?」
シャーネが夜月に贈ったベルトは二つ。
しかし辛うじてだが、確認できる装備のベルトは一つだけ。
(まあ、耐性も無いから原型を止めなかったのだろう)
所詮は些細なこと。今、重要なのは一刻も早く、夜月を治すことだ。
「あ。アレはどうするかな……」
急いで帰ろうとした時、ふと思い出して道具屋の方を向いた。
「…………殺すわけにもいかないしなあ」
外見相応の拗ねた不満そうな態度で、足元の小石を蹴飛ばした。
「しょうがない」
心底不満そうだが、少しだけ愛する夜月のために気を使ってやろう。シャーネは不満そうにため息を吐いた。
──なお、小石は大気中を斜め上に向かってほぼ直線で飛び、摩擦で溶けて消えていった。
◆◆◆
「──ふう、流石に厳しかった」
神崎椿は今しがた五十も群がるゴブリンと、十匹のホブゴブリン、そしてその親玉らしいゴブリン・ジェネラルの計六十一体の掃討を終えた。
軽く言っているが、本当に辛勝だ。
黒髪のおかっぱという古風な外見の美少女は、血と埃と汗でぐたぐただった。
一匹一匹は問題にならないほど弱いゴブリンだが、流石に五十と群がれば数の暴力。その上、ホブゴブリンと、将軍個体までいたのだ。戦闘は壮絶と言っていい。
西園寺六花が魔法である程度受け持ち、直前で【先駆者】を手に入れ【不思議な宝箱・上】から現在の装備を手に入れてなかったら、まず死んでいただろう。
「お~い。椿、大丈夫ぅ」
何時も通り余裕溢れる気の抜けた話し方の六花が、後方から手を振ってくる。
「はいはい、大丈夫だよ」
SPとMPはかなり消費したが、LPはあまり消費していない。
傷は小さいモノが多く[気功・Ⅹ]を持つ椿ならすぐにでも回復していくだろう。
椿は散乱するドロップアイテムの内、ホブゴブリンとジェネラルの物だけ回収し、気楽な態度を崩さない六花の元に歩く。
「うーん、疲れた」
「私も~」
「この先丁度宿屋があるから、そこにいこう。お風呂もあるし」
「賛成~」
まだ朝なのだが、二人共少し休みたいと思う程、消耗している。この状況で無理な行軍はかえって状況を悪化させる。疲れたら休む。焦ってはならない。
椿は少し体操をして身体の調子を確かめ六花を連れて歩き出す。
その足取りは夜月達とは比べ物にならないほど軽く、あまり周囲を警戒していないように思える。
だが、それは違う。
神崎椿は[気配察知・Ⅹ]を持っている為に、意識しなくても半径百メートル内の生物を把握できるのだ。
ならなぜこんな危険なeventに遭遇してしまったのかというと、実は最初はホブゴブリン数体とジェネラルのみで、特に驚異と認識しておらず、おいしい経験値程度に考えていた。
だが、いきなり[制限]がかけられ、逃走が不可能に。そしたらジェネラルの咆哮一つで、周囲にいたゴブリン達が一斉に集まってきたのだ。
「明日には杉並区かな」
「そうだね~」
歩みが早いと言っても敵の数が膨大。
しかも快晴が続いてかなり暑く、どうしたって進みが遅れる。
明日、つまり四日目でようやく目的の荻窪駅がある杉並区に入れそうというのが現状だ。
「よー君大丈夫か──っ!止まれ、六花!!」
「?はぁ~い」
義息の事を思い出していた瞬間、椿のセンサーに突如なにかが出現した。
その椿の剣呑な雰囲気を感じとった六花は、軽く返事をしながらも、椿の後ろに回る。背丈の関係上、隠れる事はできないが、それでも椿という強者の背後は安全だ。
椿は腰から短刀を取り出す。
正直、義息のように得意な得物では無いが、【不思議な宝箱・上】から出た一級品の魔法の武器だ。
(私がこの間合いで気づかないとは………)
ポーカーフェイスは保つも、内心の驚愕は禁じ得ない。
それだけ自分の感覚に絶対的な信頼をおいていたのだ。半径二十という間合いで、椿が気づかないなど前代未聞。夜月クラスの隠行ですら、半径三十で気づける。
「出てきてくれないかな?」
椿は警戒しながらも、優しげに声をかけた──影に。
前の世界ならそんな馬鹿なと一蹴したかもしれない。だがしかし、もう影が気配を持つ程度に驚いたりはしない。
影が揺れる。
六花がニコニコ笑いながらも、目を細めてそれを観察する。
「ふふ、流石はお義母様。影化する妾を容易く見つけるとは」
「「お義母様?」」
影から返ってきた声があまりにも意外過ぎたせいで、二人の驚く声が重なる。
すると影からゆっくりと、美少女が出てきた。
二人とも思わず息を呑む。
美しい。銀糸の髪と処女雪の肌、深紅の瞳を持つ美少女。
二人共良く知る七海とほぼ同等の美少女。同性ですら魅了されてしまう圧倒的な美貌だ。
「っ!!」
みとれたのは一瞬。椿がその美少女の実力を感じとり、そのまま数歩後退する。
相手を警戒して下がるのでは無く、気圧されたように下がる。
「………………………わお」
長い付き合いでも見たことのない椿の焦り。それを見て、六花は大体敵の強さが分かった。「手におえる相手じゃない」と。
六花は構えていた杖をだらりと下げ、椿も同時に鞘に短刀を納めた。
目の前の美少女が攻撃に移れば、盾にもならない事は理解させられている。ならば敵対意思はないと武器を納め、僅かでも生存確率を上げる。
「ふふ、お初におめにかかります、お義母様。妾の名はシャーネ・ドレイク。あなたの息子、神崎夜月の婚約者です」
シャーネは優雅にスカートの裾をつかんで礼をする。
絶対者で王でもある彼女にすれば、簡単に頭を下げていいはずもないが、愛する夜月の母なら別。むしろ失礼が無いようにと、念入りに確認してきたほどだ。
「「………フィ、婚約者?」」
数多の経験を積んでいる椿と六花だが、いきなりの事で目を白黒させる。
二人が状況を呑み込み、なんとか咀嚼したのは数秒後。本来の二人にしたら、あまりに長い時間だ。
「えーと、よー君の恋人ってこと?」
「無論。その通りでございます」
七海と違って貫禄のあるその態度。意思が弱くなくても、思わず膝をつきそうだった。
しかしそこは流石に屈することは無く、二人共表面上取り繕う──なんて事はなく、
「む、私は認めないよ!よー君に恋人は早すぎる!後、二十年は私の手元に置いて育てるんだから!」
「あはははっ!家の子フラれてる~♪寝とられてどんな顔してるんだろ~♪」
二人共普段通り。
椿は遺憾の意を示し、絶対者であるシャーネの言葉を切って捨てる。
六花は何時も通り、可愛い可愛い我が子を想像し、思い浮かべた涙目の七海を嘲笑する。
この態度には流石のシャーネも呆然としてしまう。
果たして、今までシャーネの実力を把握しておきながら、こんな普段通りの態度をとれた者が、何人いただろうか。
(………ふふ、面白い)
シャーネは口許を緩め、微笑む。
その笑みを見ても、椿は唇と尖らせそっぽを向き、六花はニヤニヤ笑っていた。
とはいえ、シャーネは別段婚約(自称)の報告に来た訳ではない。
それに【盟約】のせいであまり長居ができない。
「義母様に認められないのは残念ですが、今日は少々用事がございます」
「………………………なあに」
「あははは~♪ちゃんと聞いてあげなよ~」
見た目中学生くらいのおかっぱ少女である椿が頬を膨らませているのは、外見相応に愛らしい魅力がある。
「単刀直入に言います。夜月が現在、戦闘──いえ、行動不能な状態にあります。意識もございません」
「「っ!!」」
シャーネの発言には流石の二人も目を見開いて驚いた。
「本当に?」
「はい。事実です。妾がその身を請け負い、今から本拠地へと帰還し、全力をもって再生させます」
海千山千。人間達の舌戦を経験してきた二人の経験が、シャーネの言葉を真実だと判断した。
しかしそれは不味い。
夜月が行動不能ということも椿はとても心配だが、それよりも七海のことが心配だった。
(………この状況で一人とか、笑えない)
七海は貧弱だ。一人ではすぐに死ぬ。もはや決定事項のようなモノだ。
六花もさすがに娘の状況を正しく把握したのか、先程までの笑みを消して、鋭い視線でシャーネを射抜く。絶対者すら恐れない眼光は、シャーネにも素直に称賛できるものだった。
「夜月はあの小娘を生き甲斐としている。だから妾も、不満だが殺す気はない。故にお義母様達にはすぐに合流していただきたい」
それは頼まれなくてもするつもりだが、残念な事にそう易々と合流できるモノではない。
「君が護ってあげれば?」
「………妾はとある事情で、そもそもあまり長居ができません。それに、仮にも夜月の主人ならば、この程度の苦難乗り越えてみせるべきでは?」
そう、シャーネは七海に直接手を貸す気はなかった。夜月の為に、出来れば殺したくはないが、それでもシャーネは手を貸す事を否定した。
そもそも不満なのだ。
確かに七海のrankは人間にしては素晴らしいものだが、それでも弱い。そんな奴が夜月の主人を名乗るということが、シャーネは不満なのだ。
もしも、この程度で死ぬならそこまで。
夜月の主人を名乗るなら、乗り越えてしかるべきだ。
「──くははははは!!だよねえ~♪七海もそろそろ困難を乗り越えるべきだよねえ~」
「六花…………」
シャーネの言葉を呑み込んで、六花は笑った。実の娘が死ぬかもしれないというのに。
椿は意外に思うことはなかった。むしろ想像していた。六花がこういう奴だと。
「酔狂な奴だな」
夜月の母ではないので、六花には素の口調だ。
シャーネにしたら六花の反応はかなり意外だ。娘が死地にいるというのに、平然と笑うとは。
六花は別に七海を愛していないとか、どうでもいいとか思っているわけでは当然ない。
だって彼女は知っている。親だから、誰よりも、七海の事を知っている。
「ふふふふっ♪ねえ、お嬢ちゃん。君さあ、七海のこと嘗めてるでしょ」
「……愚問だな。奴は弱い」
そうシャーネから見た西園寺七海は弱い。貧弱で脆弱。夜月が居なくなれば、精神はすぐに崩壊する。当然だと、シャーネは決めつけていた。
「ふふふ♪そうだね、弱いよ。何にでも怯えて、すぐに泣く。西園寺七海は弱いんだ」
だからなんだ?とシャーネは首を捻る。
「でもね、でもね、嘗めないでよ。家の子は──いや、止めとこう♪」
「………………??」
「実際に見るといいよ。西園寺七海を」
不敵に笑う。シャーネですら反応してしまうほどの迫力で、不敵に笑う。
「まあ、それは置いておいて。えーと、シャーネちゃんだっけ?」
数秒の沈黙を破り、今まで黙っていた椿が二人の間に入る。
シャーネがこちらを攻撃する気がないといっても、あまり剣呑な雰囲気を作るわけにはいかないのだ。
「はい、お義母様。それで、なんでしょうか?」
「お義母様と呼ぶな!」
剣呑な雰囲気にするわけにはいかないが、これだけは譲れない。
「……………それで?」
「うん。君は別にその事を伝えるために来たんじゃないんじゃない?」
「ふふ、さすがです」
そう、自分達にそれを教えたとしても、今すぐに七海のところに行けるわけじゃない。
そもそもどこにいるかも分からないので、椿達が行ける限界は定めた合流ポイントまで。下手に探そうとすれば、行き違いになる可能性が高いので、探すわけにもいかない。もっとも、椿なら探す事もできるが、六花の護衛がある以上、やっぱり下手な行動はできない。
つまるところ、教えたところでほとんど意味はないのだ。むしろ焦らせるだけ。
それが分からないシャーネではないはず。七海自身に助力する気もないのに、こちらにそれを教えたのには訳が当然あるはずなのだ。
「はい、お義母様「椿ちゃんと呼びなさい!!」……達には、早めに合流できるよう、妾からプレゼントを差し上げます。これを使えば、攻略速度は格段に上がるでしょう」
そういって、シャーネはスマホを操作し、目の前に黒い箱を出現させる。
「城の宝物庫からあなた方に相応しいと思うモノを見繕って来ました」
「へえ」
「おお~」
転移ができないので、一度戻って、選んで、また戻って来たのだ。労力はかかったが、愛する夜月のためなので気にはならない。それに夜月の母に会うのだ。部下に行かせるわけにもいかない。
「それでは、本来ならもう少し語らいたいのですが、長居は出来ません。この辺りで失礼させていただきます」
シャーネは優雅に頭を一つ下げ、立ち去ろうと影に潜る。
本当なら夜月と自分の事を認めて(勝手だが)もらいたかったのだが、しょうがない。
「あ、待って」
半分くらい影に潜ったところで椿から制止の声がかかり、シャーネは潜行を止める。
「なんでしょう?認めて下さいま「それは却下」………なんでしょう?」
「よー君は、ちゃんと治る?」
本当は夜月が行動不能になった原因を聞いておくべきかもしれない。護衛として、夜月がおくれをとるような状況は聞いておくべきだ。
だけどそれでも、椿は母だ。義理でも母だ。愛してる。その愛は、七海にだって、シャーネにだって、負けないし、自身の中では圧倒的に勝っていると思っている。
だから椿は護衛として失格と自覚しながらも、息子の心配を優先した。
その事に、シャーネは彼女に尊敬の念を抱く。
そして柔らかく笑いながら、シャーネは誓う。
「ふふ、無論です。必ず、治してみせます」
「うん。期待してる」
「ですから「それとこれとは話は別」…………では」
シャーネは今度こそ、影へと沈む。
気持ちも若干沈んでいたのは、気のせいではないだろう。
Q:『プライドさんて小物過ぎじゃね?』
シャーネ:「小物だからな」
Q:『プライドさんて、実際強いんですか?』
シャーネ:「妾と比べれば、弱い。ただ普通の人間からしたら、隕石くらいの驚異だな」
◆
Q:『椿さん……二十年って、夜月くんおじさんですが』
椿:「大丈夫。私と同じで気を使って老化を停滞させられるから。それに例えおじさんでも、私の可愛い息子であるのは変わらない。今はまだ手放す気は無い!!」
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