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新たな世界が幕を開けました~命の値段は安いか、高いか~ 作者:村人X

新/041/最悪ですね

※:活動報告で予告した通り近日中に変更されます。
此度の愚行、本当に申し訳ございません。
 桐原光は『固い』

 おおよそ万人が望む全てを兼ね備えて産まれてきた桐原光は、失敗という失敗を経験した事が無い。

 いや、正確に言うならば、精神に傷が入るような失敗を経験した事が無い。

 その為、成功でのみ成長し続けた桐原光は、自分が正しいと肯定し続け、精神は『固く』なり、『世界(そと)』から入る様々なモノをほとんど受け入れなくなった。

 桐原光は『固い』



 桐原光は『脆い』

 失敗をすることなく成長した精神(こころ)は『脆い』

 筋肉が超回復をおこして鍛えられていくように、精神もまた傷を乗り越え鍛えられる。

 故に傷の無い桐原光の精神は、一切鍛えられる事無く『脆い』



 桐原光は『傲慢』だ。

 17歳は若いだろう。
 だがしかし、十分だ。
 内側から見た『世界』の知識だけ(・・・・)で、感じることも無く、触れることも無く、一方的(・・・)に善悪を決めつけるには十分な時間だ。

『固い』桐原光は『世界(そと)』に触れたことの無いが故に、感じたことが無い故に、単純な数値と知識だけで善悪を一方的に決める。

 桐原光は内側から『世界』を完全に定めた。

 自分の考えが絶対に正しいと『傲慢』に。



 もしも、桐原光が今更『世界』に触れて、感じてしまったら?

 今まで善と決めつけていたモノに、触れ、感じ、その結果、悪が見えてしまったら?

 今まで悪と決めつけていたモノに、触れ、感じ、その結果、善が見えてしまったら?

 17年の人生は否定される。

『固い』精神(こころ)は砕かれて、何も受け入れなかった『傲慢』な精神は、『世界』という名の激流を強制的に流し込まれる。一度として鍛練されない『脆い』精神(こころ)は容易に崩壊していくだろう。



 今更、触れるわけにはいかない。

 今更、感じるわけにはいかない。

 故に、桐原光に傷を入れる者がいてはならない。

 故に、桐原光を否定する者がいてはならない。



 桐原光は、肯定(あい)され続けなくてはならない。


 ◆◆◆


(──何故だ!?どうしてだ!)

 プライドは光の心の中で舌打ち混じりに現状をみていた。

【勇者】付与(・・)を行った以上、勝利は間違いなく、すぐにでも『怪物』は始末出来るモノと考えていた。

 何のに、蓋を開けてみればこの様だ。

 その上、『姫』すら取り逃がす。
 彼女には【勇者】の栄養になってもらわねばならないのに。

(そもそも、『怪物(こいつ)』はなんなんだ)

 神崎夜月は明らかにおかしい存在だ。
 人間の精神に寄生する関係上、プライドは人間の精神に敏感だ。
 だからわかる。神崎夜月が人間では無い精神の持ち主だという事が。

 だがしかし、プライドが分からないのは内側(こころ)じゃない。『怪物』だというならば、それでいいのだ。ここまで頭を悩ませる必要は無い。

 プライドを苛立たせるのは外側(にくたい)の異常さだ。
 内面(こころ)の異常さに目が行きがちだが、忘れてはいけない。この神崎夜月は外側(にくたい)だって異常だという事を。

 17歳という年齢では──いや、17歳ではなくとも、人間としてはありえない身体スペックだ。

 プライドは【Status】の能力値を見る事はできないが、levelとtitle、装備の大体の性能を観る事はできる。
 神崎夜月の今のlevelとtitleから今までに上昇した数値=BPを割り出し、現在の見せている力と、装備のおおよその性能を考慮する。そうすれば最初の、つまりlevel1の状態が大雑把だがわかる。

 全て50~60。
 ありえない。プライドはそう考える。

 筋骨隆々な吉野武蔵や近藤匠ですら、STRの初期数値は20台前半。
 長身とはいえ痩躯の夜月。50、60などありえる数値では無い。

(なんなのだ、こいつは)

 訳の分からない不気味な『怪物』へ、プライドは苛立ちを募らせるが、時間を考えればそんな場合ではない。

 始祖吸血鬼(シャーネ・ドレイク)が到着するまでもう時間が無かった。

 いくら素の状態(・・・・)では【EX7(エクストラ・セブン)】最弱とはいえ、この程度の結界は容易く破ってくるだろう。

 それに無理矢理の【勇者】付与(・・)に、光の身体もそろそろ耐えきれない。

 このまま光に任せていれば、間違いなく自壊か、シャーネの到着が先だと苦々しく判断した。

 また更に負担になるかもしれないが、もう手段を選んではいられなかった。

(やるしかない)


 ◆◆◆


 黄金の壁に阻まれた夜月とメメ。
 壁の破壊は困難、光の打倒も困難。
 そんな状況で夜月がとった行動は──

「おい桐原!こいつがどうなってもいいのか!」

 ──メメを人質に取ることだった。

 漆黒の短刀を抜いてメメの首に突きつけ、光を脅す。

「月並みですね」

「ありがとよ」

 メメはそんな状況でも慌てていない。むしろ脱力して夜月に身を任せている。

 夜月にとっては味方で、光にとっては敵であるメメに人質の価値があるかどうかと聞かれれば──

「なっ!!貴様!どういうつもりだ!!」

 ──ある。
 いつの間にか脱臼した肩がはまって、立ち上がっていた光から驚愕と怒りを孕んだ叫びが上がる。

 桐原光は正義の味方だ。捕らわれた少女に攻撃はできない。
 何より桐原の標的は夜月であってメメでは無い。メメの事は悪に操られている『可哀想な子』とでも思っているのだろう。

 それに演技と見破られてもかまわない。
 メメという盾がある以上は、光も迂闊に攻撃できないからだ。

「仲間じゃないのか!!」

「こいつは盾で囮だ」

「貴様ああああぁぁぁぁ!!!」

 夜月は演技が得意な訳ではないが、『悪』と定めた者の卑劣な言葉は、否応無く光を激昂させ、信じ混ませる。

「…………八割くらい本音ですよね」

「…………七割かな」

 もっとも、確かに盾で囮と考慮していたので、嘘では無いが。

「その子を離せ!それでも男か!!」

「知らんな。俺の要求はこの結界を解く事だ。一分以内に解け。一分を越えればこいつに刃を刺していく」

「っ!!」

「早くしろ。それとも本気と思えないか?それならこいつの腹を抉ってみせようか?」

 夜月はその言葉と共に、首の短刀を動かしメメの細いウエストに突きつける。

 これにはメメも焦る。
 位置的に急所でないことは分かるのだが、それ故に夜月の性格上、必要なら刺しそう──いや、刺すだろう。
 突きつけられた腹が疼き、背中に冷や汗が大量に流れる。

(桐原先輩、信じてます)

 ハッキリ言って、メメはちょっと後悔した。

「止めろ!分かった!だからその子を解放しろ!!」

 悪と定めた以上、光は夜月の非人道的な行いが本気(実際七割本気)だと確信。
 黄金光を纏う端正な顔を歪ませ叫ぶ。

「まずは結界の除去が先。それから俺がこの学園の外に出て、お前達が追ってこない事を確認したら解放してやる」

「くっ!貴様ぁ!どこまで落ちればすむんだ!」

「早くし──ろっ」

「っ──!!」

 夜月はメメの腹部に刃を食い込ませる。光が息を呑んだ。
 凄い痛い訳でもないし(普通に痛いけど)覚悟もしていたので問題ないが、メメは内心の夜月へ対する非難を禁じ得ない。

(ちょっと血迷ったかもしれません………)

 血迷った──というのは人質役を受け入れた事で、決して夜月に着いていく事を後悔した訳じゃない。

 なぜなら、夜月に着いていくという事を決めたのは、なにも恐怖を乗り越えるためだけではないからだ。もちろん、一番の理由はそれなのだが。

 メメが夜月達に着いていこうと思った理由は、このコミュニティは破綻すると予想したからだった。

 維持が出来なくなる訳ではないだろう。
 光は強くなったし、学園内もある程度は安全になった。

 だがしかし、桐原光を頂点に据える以上、近い将来このコミュニティは破綻する。

 光は平等を説く。しかし、その平等はおそらく『前の世界』のものだ。

『強者は弱者の為に』と言う思考を持っている以上、戦える者を戦場に駆り立てつつも、物資や食料を平等に配布する。
 戦場に出て、命をかけている者に対しても平等に。

 なるほど、確かに後方支援は偉大だ。
 戦闘だけではコミュニティは崩壊する。
 その事を全員が正しく理解できれば、誰にでも平等だろうと問題は無い。

 だがそんな事を理屈はともかく、感情で受け入れられるかと聞かれれば、間違いなく『NO』だ。

 戦場に出ている者からは不満が出るだろうし、平等に配布される関係で、守られている側はそれが当然だと思い込む。

 結果的に内部から破綻していく。

 とはいえ成果順に配給すればいい、という事でも無い。
 そうすれば、決定的な差別意識が生まれ、上の者は増長し、下の者は弱いまま憎悪を抱える。

 過剰なストレスの影響で、全員の心は大なり小なり変化している。
 それが200人弱という大人数でいるのだ。
 正直なところ、メメには破綻しない理由の方が思い付かなかった。

 だから出るしかない。

 だがこの状況で一人になる訳にもいかない。
 故に夜月を頼る。性奴隷だろうと、盾だろうと、最も頼りになる夜月と共に行く事しか、メメは生き残る選択肢を思いつかなかった。

 それに【勇者(いま)】の光は、メメにとっても気持ちが悪いモノがある。正直、関わりたくない。

「止めろ!分かった、結界は解く!だから止めるんだ!!」

「ならさっさとしろ」

 メメが食い込む刃の痛みから目を逸らしている間に、ようやく光が結界を解く決断をした。

 夜月はようやく腹から短刀を引き抜く。
 洋服が少し血で滲んだ事を不満に思いながらもメメは安堵する。分かっていたからだ。後数秒遅ければ、間違いなく夜月は短刀を深々と突き刺すことが。

「ほら、解け」

「くっ!いいか、必ずその子を解放しろよ!!」

「いいから──っ!?」

 しつこく聞いてくる光にうんざりとしながら、早くと促す夜月──だったのだが、突如異変に気づいた。

「な、なんだ?ぷ、プライ──っ!!!」

 いきなり光が狼狽しだし、身体から放出していた黄金光の()が、魔力を感じ取れない夜月達ですら、分かるくらい急激に高まっていく。

 黄金の輝きは増し、光の目からどんどん意識が失われていく。

(なんだ?)

 夜月はメメに短刀を突きつけたまま、冷静に光の変化を観察するも、理解できない。

 そして、質が変わったのは黄金の光だけではなく、先程の狂気的な怒りを宿していた光自身の雰囲気がガラリと変わった。

 冷静で、それでいて圧倒的な高みから夜月達を見下しているような、そんな感じだ。

 青い瞳が見開かれる。
 そして──強烈なる殺気が夜月とメメを襲った。

「「っ!!」」

 メメはガタガタと震え出す。
 夜月に殺されかけた記憶がフラッシュバックするほどの殺気。死を明確に感じとるほどの殺気。

 夜月は死を恐れる事が無いために、特に生命の危機を感じる事は無い。
 だが七海を通して仮初めの恐怖──つまり七海の為に死ぬことが出来ないという思いが、執拗に刺激される。

「……………………………プライド」

 夜月は苦々しくその名を呼ぶ。
 光では決してない。そもそも光は殺気を放てない。夜月達を殺す意思が無いからだ。

「さすがですね。瞬時に気づくとは」

 光の端正な顔のまま、夜月達を嘲るようにニヤリと笑みを作る。

 夜月は感覚の糸をプライドに伸ばし──

(ああ、こりゃ無理だ)

 ──完全なる敗北をその身に受け入れた。

 夜月をして、圧倒的だと言わずにはいられない。
 もっとも、シャーネという感覚の糸を伸ばさなくても分かる絶対者と比べれば、随分落ちるのだろうが、それでも夜月ですら手を出せないほどの強さだ。

 更には間違いなく二人を殺す気だと理解させられた。
 まあ、この人質作戦なんて、所詮は光にしか使えないのだけど。

 メメは本能的に悟ったのか、夜月に完全に体重を預け、更に身を震わせる。
 彼女は夜月ではない。死を感じて平然としていられる訳もない。

「それではあなた達二人を殺します」

 プライドは端的に、にっこりと笑って死の宣告を行う。光の声だというのに、中身が変わっただけで、ここまで変わるのかと戦慄する。

「待て、お前の目的は俺だろう?メメを殺す理由は無い筈だ」

「っ!!」

 夜月から発せられたのは、なんとメメの助命だった。
 死の恐怖に怯えていたはずのメメは、その信じられない言葉を聞いて、一瞬だが恐怖を忘れた。

「……?あなたからそんな殊勝な言葉が出るとは、何をお考えで?」

「言った通りだ。俺を殺す理由はナナの事だろう?こいつは関係ない」

 ますますメメには夜月の真意が分からない。
 それに今気づいたが、夜月は今尚メメを支えている。おかしい、とメメは思った。何故なら目の前の相手は明確に自分ごと夜月を殺そうとしている。夜月が自分では盾にもならないと理解出来ないわけはない。

(まさか………本気で私を──)

 ──思っているわけなどない。

 夜月は自分がここで死ぬと分かった瞬間、何が七海にとって最善かを割り出していた。

 その結果が、メメを生かして、その恩によって七海を護らせるというモノだ。
 メメは武人だ。命の恩は、きっと返す。夜月はそれを知っている。

 それにメメも七海や雛の有用性と、ここに留まるリスクを正確に見る事ができる。
 メメを生かせば、その分七海の生存率が上がるのだ。

「駄目です。二人纏めて殺します」

 しかしプライドは冷酷に告げる。

 プライドは何も夜月の仲間だからメメを殺すわけではなく、メメ自身を殺す理由も当然あった。

 夜月を殺す理由は、第一に光の精神に傷をいれる存在だから。第二に七海から引き離すためだ。

 そしてメメを殺す理由は、メメが光を否定しているからだ。光が築くコミュニティは破綻していると思い、更には光自身を気味悪がっている。実際に言われたわけでは無いが、人間(・・)の精神を()とする精神生命体であるプライドは、人の精神(こころ)には敏感だ。メメの瞳を見れば、すぐに理解できる。

 プライドは知っている。
 これ以上、光の心に負荷をかけるわけにはいかないと。
 すでに夜月によって、小さくだが皹が入り始めているのだ。
 折角自分好みの精神(こころ)なのだ。壊されてはたまらない。

 だから栄養として(ななみ)を求め、それを阻む者(よづき)を殺し、光を否定する者(メメとひな)も殺す。

 折角見つけた良い家畜(・・)なのだから。

「桐原にはなんと言う?」

「どうにでも。あなたを悪と見立てて作り話でも語っておけば、(こいつ)は疑う事無く信じるでしょう」

 夜月は光の後ろを見る。
 転がっている三人が今の会話を聞いていれば、何か行動があるはず。光をただの傀儡とするのを、匠と鈴火が黙っているとは思えない。
 しかし遠目で見た三人は、何故か気絶していて今の会話を聞いていない。

「お前、忠誠心とか無いんだな」

 三人の無様な姿に舌打ちしつつ、夜月は珍しく悪態とついた。
 これでメメを生かせる確率は低い。雛一人では不安だ。そもそも、あの強かな後輩が七海をしっかり護るかどうかも微妙だ。

「いえいえ、ありますとも。この方の精神(こころ)は貴重ですよ。では、殺しましょう」

「……………………」

 楽しそうに話すプライドだが、夜月は焦っているように感じた。

(時間をかけたくないのか?)

 光明が見えた──訳じゃない。
 夜月は悟っている。プライドが攻撃を始めれば、数秒すら稼げないと。
 実力もそうだし、ドーム状に覆われたこの空間では逃げる事もできない。

(完全に詰みだな)

 プライドは右手に黄金光を集中しはじめた。
 その光はあまりに強く、あまりに鮮烈で、あまりに美しく、あまりに恐ろしい。

 魔法に集中している内になんとか──とか一瞬思ったが、距離もあるし、何よりプライドからは隙がみつからない。近接戦でも自分とわたりあえるだろう技術(スキル)を感じ、隔絶した身体能力も加わることを考慮すれば、やはり詰みだった。

「光属性には攻撃系の魔法が無いので、別の系統であなた達を殺すとします。あんまり得意では無いんですけどね」

 鼻唄でも歌いそうな気楽さと、高みから見下ろすような声でプライドは語る。プライドは夜月とメメと話す気は無い。これは恐怖を煽る、独り言だ。

 メメはギュッと反射的に夜月の服を掴む。
 集められた黄金の光は、燃え盛る灼熱の炎へと変わっていっていく。

「桐原は、魔法が使えたのか?」

「まあ魔法は使えますよ。ただこの炎魔法は、私のskillですが」

 会話をする気は無かったが、ようやく夜月を殺せるという事に気分を良くしたプライドは、答えてやった。

 プライドは確かに光魔法以外は若干落ちるが、それでもこの魔法は完全に過剰攻撃(オーバーキル)だ。
 プライドは学んでいる。
 目の前の『怪物』に、二度も計算を外されているためだ。
 決して侮らない。魔法で仕留めるのも、近接戦ではいかにプライドでも殺しつくすのに時間がかかる可能性があるの為だ。

 夜月は無言でメメの身体に腕を回し、鍛えているわりに華奢な身体を抱き寄せる。

「っ!!」

 メメは死に震えつつも、それでも驚き反射的に上を向いて夜月の顔を下から覗く。

「……………………………何故、ですか?」

 覗いた顔は、決して死に怯えている訳でも、メメを哀れんでいる訳でも無い。
 ただ、いつもの、標準の、安定の、無表情。

 理由が分からないメメは、この際、聞いてみた。

「ん?嫌か?ナナの漫画とかでは、死ぬ間際に誰かと一緒にいた方が安らかに眠れる、とか書いてある事が多いんだけど、お前は違うのか?離れるか?」

 淡々とこの状況でも一切変わらない夜月。それ自体にメメは不思議に思わない。むしろ、納得の方が強い。漫画とか本の知識で人間を語るのも、夜月らしい。

 しかしメメには分からない。どうして自分を支え、安らかに送ってくれようとしているのかを。

「どうして?」

「嫌なら止める」

「っ!は、離れないでください!」

 メメの反応が芳しくないと感じたのか、夜月はメメから腕を離そうとした。

 だけどメメはここで腕を離されたくなかった。怖いからだ。確かに夜月も怖いけど、今は自分を支えてくれている。今離されれば死の恐怖の中、孤立してしまう。

「わかった」

 夜月は腕を伸ばして、メメを抱き締める。弓が邪魔だったので外した。

 先程まで恐怖の対象だった夜月に支えられて落ち着くという、あまりに自分勝手で、弱い自分に嫌になるも、メメは夜月の身体に身を預けずにはいられない。

 この間にも、灼熱の熱波が二人を包んできた。
 夜月は装備のおかげでなんとかなっているが、メメはあまりの熱に、夜月の方に身を回し、正面から抱きついた。夜月はそれにも特に感じる事なく、受け止める。

 轟──と、灼熱が大気を燃やしていく中、やはりメメには分からない。

「なんで、どうして?私を支えるのですか?」

「んー、ああ、そういう事。まあ、あれだ、恩返しだよ」

「恩、返し?」

 意味が分からなかった。
 より一層強まる熱波にすら反応する事を忘れるほどに、意味が分からなかった。

「お前が隙をつくってくれたおかげで、最低限の仕事ができた。ナナを逃すっていうな」

「ああ」

 確かにそうかもしれなかった。
 ただその事実に、少し、ほんの少しだけ、残念という気持ちが生まれたのは、メメは生涯(・・)気づく事は無い。

「プライドは、ナナの事を桐原の精神を保つ為の道具にしか思っていない。それは、さすがに許容できないからな、逃がせてよかった」

「そうですね」

 メメは淡々と答える夜月に、相づちを打って、そのまま夜月の胸に顔を埋める。
 死というモノを前にしても、結局夜月は変わらない。夜月は、最期まで七海のことを考える。

(ある程度、俺はお前の精神(こころ)を鍛えられたはずだ。ナナ、後はお前次第だ)

 そんな変わらない夜月という存在を、文字通り肌身で感じ、焦げる身体の痛みを堪えて、抱きつき震えていたメメも、死ぬ覚悟を決めた。

「まさか、生きると決めた直後に死ぬとは」

「高くついたな」

「はい。でも、そうですよね、私は武道家です。そろそろ覚悟を決めるべき。でなければ、武道家とは言えない」

「そうなのか?」

「はい。
 矢は、覚悟と共につがえ、弓は、信念と共に引きます。

 例え傷がつかなかったとはいえ、私は人にそれを向けた。そもそも、その時点で覚悟を決めていたはずなのに。それなのにこの様。
 結局、死ぬのが怖くて、覚悟なんて口だけだと痛感しました。

 でも、そろそろ決めなくては。
 これ以上の無様は、死よりも最悪なことです」

 震えが止まった。
 声も、足も、魂も。

 そうメメは武道家だ。
 夜月のように人を壊す技術としてではなく、雛のように目的の為の手段としてではなく、弓を引くその姿に『強さ』を望んだ武道家だ。
 力ではなく『強さ』をメメは望んだのだ。

 そろそろ覚悟を決めなくては、自分を育ててくれた『武』を否定してしまう。

 目が焼ける熱波にすら耐え、眠そうな目を開き、夜月に目を向ける。

「わかんねえな」

「でしょうね」

 その時──死の覚悟を決めたからか、メメはある事に気づいた。

「………先輩は、どうして桐原先輩を殺さなかったんですか?」

 そう、夜月は敵の力を利用して光の肩を脱臼させた。もしも肩ではなく、首に組つけば、光の首を外せたはずだ。

「……………………お前と同じだ。恩だよ」

 痛いところを突かれたと、夜月は少しだけ表情を崩す。

「恩………」

 ──そもそも夜月は桐原光を害悪と見なしながらも、自分から殺すことは無かった。

 オーク・ジェネラルの時も、光を死地へと煽りこそしたが、自分から殺すことは無かった。
 それどころか、昏倒させた時も脳に影響が出ないように手加減していた。

 今日の朝だってそうだ。最初のアッパーは、七海が手加減しろと言う前から、そもそも殺す気がなかったのだ。

 黄金の光を纏った時の一撃目だって、脳に多大な影響を及ぼす一撃だったが、殺すほどではなかった。
 殴打に耐性があると瞬時に判断しておきながら、短刀を抜いたのは連打の後。それに短刀を抜いたあとだって、殺す気でいながら狙った所は腹だ。

 ──つまり夜月は、殺したほうが良いと分かりながらも、桐原光を殺せなかった。

 結果的に、「殺さずに、関わらない」という面倒な選択せざる得なかった。

 以前のメメには意外感を禁じ得ないが、今なら少しだけ分かる。
 神崎夜月は義理を大事にしている。
 今、あの程度の恩で、自分を支えてくれているのだから。

 おそらくそれは、西園寺七海の教育係としての側面を持つ、従者としての選択だ。

『人情はともかく、義理は大事にしろ。それを蔑ろにする奴は外道だ』

 夜月は七海にそう教えている。教えているからには、実践しなければならない。
 例え、死を前にしようとも。この場に、七海がいなくとも。

 身体に教える。
 それが夜月の教育方針。
 それなのに、自分が無傷ではあまりに説得力がない。

 メメは夜月に対する印象を変える。メメは夜月のことを合理主義者だと思っていたが、実際には違う。
 夜月は七海の為なら、回り道だろうと、無駄なことだろうと、やって見せる。

 ──全て七海の為。

「桐原先輩に、それほどの恩を感じていたんですか?」

「違うな。桐原光に対してじゃなく、その父親への恩──いや、大恩かな」

「??」

「気にするな。ほら、来るぞ」

 夜月のその指摘と共に、プライドの魔法の展開が終わった。
 メメにもそれが分かった。死神の鎌は、もうすぐ後ろに来ていると。
「大恩」の事が気になったが、頭を振って気にしないことにする。

 死が迫る中、二人は最期にお喋りをする。それは死から目を逸らすためでは無く、ただ、最期に少しだけ、「普通」を味わっておきたかったのだ。
 肺が焼けそうだが、気にしない。

「先輩と心中ですか」

「ああ、そうみたいだな」

「好きな人と一緒が良かったです」

「いるのか?」

「いません」

 事実だ。
 メメは夜月に処女を差し出すなんて言ったが、別に夜月の事は好きではない。
 何せ問答無用で殺されかけたのだ。こんな状況じゃなければ、一生会いたくない。
 そんな夜月と一緒に死ぬことになるとは、メメは苦笑するしかできない。

「なんだそりゃ?」

「ただの乙女チックな願望です」

「乙女チックな分際で、性奴隷とか言っちゃうのかよ」

「処女は必要経費みたいなものです」

「……絶対乙女じゃねえ」

「そうでしょうか?」

「ああ」

 プライドが魔法を夜月達に向けて放った。
 死を告げる灼熱の豪球が飛来する。

 とはいえ、二人は気にしない。
 何かを言っているようだが、夜月もメメもすでにプライドなど眼中に無い。

「終わりですね」

「だな」

「先輩と死ぬなんて──最悪ですね」

 二人は苦笑を交わし、メメは最期に夜月の胸へもたれ掛かった。

 その変わらない心音は、やっぱりメメにとっては怖かった。


 ◆◆◆


 灼熱の豪球は結界内を埋めつくすどころか、結界を内側から破壊し、太陽光すら霞ませる。

 黄金の光が散っていく、灼熱の光景は、死をもたらしたモノとは思えぬほどに、美しく輝いていた。

 炎が静まり、煙が晴れたそこには、真っ黒なクレーターと、純白と黄金の【勇者】のみ。

 その他には何も、残らなかった。


Q:『【勇者】とはなんですか?』

[プライド]:[肥育牛のようなものです。大切に育てていきたいと思います]

Q:『【聖光】って出てますが、本当に天使なんですか?』

[プライド]:[無論!私は天使です!!絶対天使なのです!!最高の天使なのです!!]
+注意+
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