投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


さて

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2014年10月 8日(水)18時12分34秒
返信・引用
  本日は皆既月食が観測できるようですので、家族でお月様を御覧になられては
いかがでしょう。

本日のこちらでの投稿は終了いたします。
 

大勝利さん、今晩は

 投稿者:実名主義者  投稿日:2014年10月 8日(水)18時11分28秒
返信・引用
   弘安二年十月十二日図顕の、本門戒壇の大御本尊、と言う本尊は、大聖人の仏法にはございません。
 そういう特別な御本尊は存在しないのですよ。
 御書にそういう記述がない以上、そういうものはありません。

 ご図顕されたと言う日に、興師に出された伯耆殿ご返事と言う御書がございますが、その本尊に関しての記載は全くございません。
 更には、大石寺4代目の日道上人が三師御伝土代を書き残しておりますが、その中でで熱原法難機縁の御本尊に触れて以下の文を残しております。

 「日興上人の御弟子駿河国富士の郡リ熱原より二十四人鎌倉え召れ参る。
 一々に搦め取て平左衛門の庭に引据たり、子息飯沼の判官馬と乗蟇目を以て一々に射けり、其庭にて平ノ左衛門入道父子打れり法華の罰なり、さて熱原の法華宗二人は頚を切れ畢ぬ、その時大聖人御感有て日興上人と御本尊遊ばすのみならず日興の弟子日秀日弁二人、上人号し給フ、」

 打ち首が十五日、身延の大聖人へ報告があったのが十七日。
 興師と御本尊を図顕されたのは当然それ以後です。

 これだけキチンとした証拠が残っているのですから、弘安二年十月十二日に本門戒壇の大御本尊の図顕はございません。
 歴史上の事実ですので、門下なら信受すれば済みます。

 私共は御書根本の創価学会員。
 御書に無い事を信じるわけにはまいりません。
 

Re: それと同じですね

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2014年10月 8日(水)18時10分0秒
返信・引用
  > No.17125[元記事へ]

阿部日ケ~ン(院政)さんへのお返事です。

追記。

広宣流布大聖堂を中心に・・とはいっても
創宗時代のような、登山会パターンはとられないと思いますし
する必要もないでしょう。

abcさんがおっしゃるように、登山会は窮乏している大石寺を信徒の手で
興隆させるといった深い意義がありました。
これも、法主や根檀家の講頭が考えた事ではありませんよね。
創価学会の会長が提案され宗門が承認をしたのです。

だから、責任もっていっさいを創価学会員で運営してきました。
悲しいかな、「大月天管理人」のように本山着任をされ功徳をいただいた
方の中にですら、「信心」ではなく「場所」や宗門の歴史のおかげだと
錯誤をして退転した人もいます。

「御本尊」に対する考え方は、即、自分の信心と直結してしまうので
本当によく考えてもらいたいものです。
因果具時が法華経なのですから。

御本尊が「物体」にすぎない と豪語される方は、自分の信心も手段としてしか
考えられないでしょうし、
御本尊が、ある場所にずっとあるから功徳がでるなんて考えているかたは
創価学会員であっても、石山の宗定本尊にいずれ心を奪われかねません。

そうではないですよね。

大白蓮華九月号107ページに池田先生の指導が紹介されています。

◎「現在」からつねに「未来」を志向し、ただ前へ、そして前へと進みゆく―――
 この「現当二世」の信心で、今日までの大発展の歴史は築かれてきたのである。
 「戦い」がなければ、真の「幸福」もない。
 それでは、本当の人生とはいえない。成仏もない。
 こう定めた信心に行き詰まりはない。
 「境涯」の力は不思議である。
 「一念」の力は無限である。
 同じ環境、同じ状況にあっても、わが「境涯」と「一念」しだいで、
 百八十度、違う結果となり、人生となろう。

【長野県総会でのスピーチから:1991年8月4日】

過去の事象に「ああすればよかった」「こうすれば納得できた」と
自分の心に合わせ思考し、幹部批判をしても、それは結果論であり、
いまさらどうしようもない愚痴を漏らしているだけでしかありません。
もし「原因」が解っているのなら、未来を作る(歴史を作る)形で前に
すすむしかないのです。

師匠が言われたように、大誓堂を中心に創価学会では世界公布に
羽ばたく事となりました。
この前進を阻むのは「何やつなるぞ」です。
今後、創価学会がどうなっていくか。それは、創価学会に付ききって
自分の歴史を造っていくしかありません。

同じ環境の同志の皆さんが、大誓堂に集うという状況になっている。
「境涯」と「一念」次第で、結果が変わるのです。
場所がどうとか、教学的な意義が未整備だとかいった批判は、正直なところ、
それにこだわる「境涯」を映し出しているにすぎないのです。

なんだかんだいっても、大勝利さんも新参者さんも大誓堂に行く機会が
まわってきたら、参加されるでしょう?
すでに参加されたかもしれませんけれど、信心や組織に関してスッキリと
した状態で行かれることを願ってやみません。


 

あべひさん曰く

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年10月 8日(水)17時59分16秒
返信・引用
  中心会館に御安置するから「大御本尊」なんだって???・・・。呆れる。

学会本部3Fに安置してたときは、「御本尊」で、本部は中心じゃなかったんだね?



 

Re: 大誓堂の意味

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年10月 8日(水)17時55分10秒
返信・引用
  > No.17126[元記事へ]

阿部日ケ~ン(院政)さんへのお返事です。

> 大勝利さんへのお返事です。
>
>
> ※「 広宣流布大誓堂を中心 」にと言う話と、
>   「学会常住御本尊」が「大御本尊」と言う話とはぜんぜん違うでしょ。
>   学会常住御本尊は他にもあるんですよ。
>
>
> はい。ほかにもありますね。関西にも。
>
> 「信濃町の広宣流布大誓堂が中心」が池田先生の御意向だという事に他事を
> 挟む余地はありませんね。
>
> 大聖堂が中心だから・・というのと、学会本部が中心になってというのはよく似ています。
> 新参者さんにも言及しましたが、個々人において「大御本尊」をイメージしたときに
> 大勝利さんは「大石の宗定本尊」(宗定という表記は便利なので使わせてもらいますね)

イメージの話なんてしてないし。


> だと思ったというだけの話でしかありません。


創価学会の宗定本尊が「日達」に許しを頂いた「学会常住御本尊」だなんて聞いてないね。


> 現在創価学会ではそういったスタンスを取っていません。

どういうスタンスだよ?
話が通じないね。


> 「義」とか「事」の上での“一閻浮提総与本門戒壇の大御本尊”の話を、
> 「理」で考えると、


アホか?

>日顕宗門徒のように、創価学会に下付された過去歴代の御本尊は
> 「大石の宗定本尊」に目通りすることではじめて功力がでる~という、時系列や「戒壇」
> の義を無視した論ができます。



そんな論が出てくる話と関係ないよ(笑
話しが通じないね。毎回毎回。
 

Re: 新参者 さま

 投稿者:新参者  投稿日:2014年10月 8日(水)17時52分42秒
返信・引用
  大河さんへのお返事です。

はじめまして。

> > しかしね。
> > 一閻浮提総与の御本尊は、大石寺の戒壇の本尊だと教えて来た歴史があるのです。
> > おまけに、出世の本懐を形に現した御本尊だとも教えてきました。
> >
> > この見解を、宗教法人創価学会が、公式に否定し、改めたと云う事実がありますか?
> > 地区・ブロックまで徹底された事実はありますか?
> >
> > 会則は、表面的に繕うために、「戒壇」と云う文字を外し、玉虫色に文言を変えただけでしょう。
> > 会則変更の時に、親切な説明などなかったですよ。
>
> 会則変更の時に、親切な説明
> 2002年3月30日付聖教新聞
> 創価学会会則の改正について(全国総県長会議から)
> ↑これは、親切な説明には該当しないでしょうか?
> 私などは、もっぱらこれを見て納得しているのですが。
> 私のブログで抜粋記事を掲載しています。
> 名前をクリックしていただくと該当記事がでます。
> 本当にポイント部分だけの抜粋です。

今回、教学部レポートに書かれている会則変更は、学会の組織を根本的に変えるものなのですよ。
故に、SGI各国は反対しました。
会議も、紛糾しました。
会則変更を同じように考えてはおりません。
学会上層部に反対があるものを、末端会員の私達まで、徹底納得させる事は、新聞発表で済むことではないと思います。

> 創価学会創立70周年記念(2000年発行)の「仏教哲学大辞典Ⅲ」には
> > 一閻浮提総与の御本尊は、大石寺の戒壇の本尊だと教えて来た歴史があるのです。
> > おまけに、出世の本懐を形に現した御本尊だとも教えてきました。
> ↑このことは、ビッシリ書いてありますよね。
> ちなみに5000円で買いましたから、簡単に中身を変えないでくださいと思いますよ。

そう思われるなら、余計に丁寧な説明が要りますよね。
この仏哲第三版も、今は、廃刊になっています。
私は、組織推進で購入しました。
残念ですね。
 

大誓堂の位置づけは

 投稿者:新参者  投稿日:2014年10月 8日(水)17時35分26秒
返信・引用
  名称通り、広宣流布を祈る場所です。

これまでの学会本部は、建てまし建てましでこれまでやってきました。

会合に使うと言うのが主目的です。

大誓堂は礼拝にしか使いません。

会則変更や教義変更と、まったく関係の無いことを、一緒に述べるとは…。

呆れました。
 

新参者 さま

 投稿者:大河  投稿日:2014年10月 8日(水)17時34分47秒
返信・引用
  > No.17111[元記事へ]

突然に失礼します。

ちょと、場違いなので投稿は緊張しています。
HNは知っている方はたくさん登場はしているのですが
緊張しています。



> しかしね。
> 一閻浮提総与の御本尊は、大石寺の戒壇の本尊だと教えて来た歴史があるのです。
> おまけに、出世の本懐を形に現した御本尊だとも教えてきました。
>
> この見解を、宗教法人創価学会が、公式に否定し、改めたと云う事実がありますか?
> 地区・ブロックまで徹底された事実はありますか?
>
> 会則は、表面的に繕うために、「戒壇」と云う文字を外し、玉虫色に文言を変えただけでしょう。
> 会則変更の時に、親切な説明などなかったですよ。
>



会則変更の時に、親切な説明


2002年3月30日付聖教新聞

創価学会会則の改正について(全国総県長会議から)

↑これは、親切な説明には該当しないでしょうか?
私などは、もっぱらこれを見て納得しているのですが。

私のブログで抜粋記事を掲載しています。
名前をクリックしていただくと該当記事がでます。
本当にポイント部分だけの抜粋です。

創価学会創立70周年記念(2000年発行)の「仏教哲学大辞典Ⅲ」には


> 一閻浮提総与の御本尊は、大石寺の戒壇の本尊だと教えて来た歴史があるのです。
> おまけに、出世の本懐を形に現した御本尊だとも教えてきました。

↑このことは、ビッシリ書いてありますよね。
ちなみに5000円で買いましたから、簡単に中身を変えないでくださいと思いますよ。

http://miraihisyo.exblog.jp/22665720/

 

Re: 大誓堂の意味

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2014年10月 8日(水)17時29分57秒
返信・引用
  > No.17123[元記事へ]

大勝利さんへのお返事です。


※「 広宣流布大誓堂を中心 」にと言う話と、
  「学会常住御本尊」が「大御本尊」と言う話とはぜんぜん違うでしょ。
  学会常住御本尊は他にもあるんですよ。


はい。ほかにもありますね。関西にも。

「信濃町の広宣流布大誓堂が中心」が池田先生の御意向だという事に他事を
挟む余地はありませんね。

大聖堂が中心だから・・というのと、学会本部が中心になってというのはよく似ています。
新参者さんにも言及しましたが、個々人において「大御本尊」をイメージしたときに
大勝利さんは「大石の宗定本尊」(宗定という表記は便利なので使わせてもらいますね)
だと思ったというだけの話でしかありません。
現在創価学会ではそういったスタンスを取っていません。
「義」とか「事」の上での“一閻浮提総与本門戒壇の大御本尊”の話を、
「理」で考えると、日顕宗門徒のように、創価学会に下付された過去歴代の御本尊は
「大石の宗定本尊」に目通りすることではじめて功力がでる~という、時系列や「戒壇」
の義を無視した論ができます。



 

それと同じですね

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2014年10月 8日(水)17時18分0秒
返信・引用 編集済
  ※法規改正の時は、決定から公布まで、ある一定の期間が設けられ、
 国民に周知徹底されています。


法律改正は、国会でオープンに議論されていますよね。
議決し公布(公表される)ことと、施行(実行力が発効される)までには期間があります。
ご指摘の通り周知期間としてですが、すべての法律が施行日が「公布」の段階で
明記されます。
(参考:内閣法制局  http://www.clb.go.jp/law/process.html )

創価学会に限らず、一般の会社でもそうですが、内々に執行部が決めた取り決めに
公布と施行日はあるとは限りません。


※「創価学会常住御本尊」こそが「戒壇の大御本尊」に変わる新たな「大御本尊」

繰り返しになりますが、

◎時代は、ますます濁り、乱れている。
 だからこそ、我らは、この広宣流布大誓堂を中心に、それぞれの使命の
 舞台で、自行化他の題目の師子吼を、いやまして勇気凜々と響かせ、
 ありとあらゆる邪悪に打ち勝ち、わが地涌の眷属の威光勢力を無限に
 増してゆくのだ。
【聖教新聞 2013/11/30日付け】より引用

が池田先生の御意向です。

かつて、学会本部にあった「常住御本尊」が大誓堂に御安置されてから、
毎日のように全国の学会員さんが誓願のお題目を上げにこられています。

なぜ「学会本部」の時代にそういったことが為されていなかったのでしょう。

過去がどうのこうのを聞きたいのではありません。
今、創価学会は2013年から新たな動きをはじめているのです。
それに合わせて、全国から同志が来られるのは「創価学会常住御本尊」を
中心にしているからではありませんか?

そして、そうなったことを「大誓堂」にこられた方が再確認し、地域活動へと
連動させる。

創価学会では「公布」と「施行」は同時だったというに過ぎません。

THJさんがおっしゃられていたように、個々人において「大御本尊」と尊称をつける
ことは別に問題だともおもいませんし、以後、会則がかわらなくても「大御本尊」の
位置づけは「現在の大石寺にはない」事は、明確ではないでしょうか。


 

先生の行動予定と

 投稿者:新参者  投稿日:2014年10月 8日(水)16時54分53秒
返信・引用
  会則教義変更を同一視するなんて、無茶な論理です。
屁理屈ですよ。

一国の総理の行動予定も、国民には知らされませんが、法規改正の時は、決定から公布まで、ある一定の期間が設けられ、国民に周知徹底されています。

で、下記の質問へのお答えは?

『「創価学会常住御本尊」こそが「戒壇の大御本尊」に変わる新たな「大御本尊」』

この、レポートの真贋は別として、この考え方は、破折しておかなければなりませんね。
如何ですか?
 

大誓堂の意味

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年10月 8日(水)16時45分49秒
返信・引用
  ※また、大勝利さんが「大誓堂の御本尊」であって「大御本尊とは違う」と
考えられるのも心情的には理解できます。

しかし、2013年11月をもって、創価学会は「 広宣流布大誓堂を中心 」に
広宣流布に邁進することを世間にも宣言したということを忘れてはならないです。
これこそが池田先生の 御意向 ではないでしょうか。



「 広宣流布大誓堂を中心 」にと言う話と、
「学会常住御本尊」が「大御本尊」と言う話とはぜんぜん違うでしょ。

学会常住御本尊は他にもあるんですよ。
 

Re: 新参者さんへ

 投稿者:新参者  投稿日:2014年10月 8日(水)16時44分42秒
返信・引用
  阿部日ケ~ン(院政)さんへのお返事です。

> ※私も、離別当初の事は、よーく知ってる者ですよ。
>   男子部からの以降直後で、組織も預からせて頂いておりました。
>
>
> 新参者さんに対して,
> 私は「当時をよく知らないのでは」と失礼なもの言いをしてしまいました。
> 謝罪して訂正いたします。申し訳ありません。

謝罪訂正、了解いたしました。
ありがとうございます。

あなたも、仰せの様に、先生の辞任の真相を周知徹底するまでは、長大な時間を要したのです。

これを、執行部の怠慢と見るかは別として、こと、宗義の根幹である、御本尊を含む教義の変更を、突然行うなんて、常軌を逸した行為ですね。

あなたが、教学部レポートを信じないのも自由ですが、私が教学部レポートを信じるのも自由です、

大聖人の御書でも、真筆が存在していない、また、したことすら確認されていない御書は、多くあります。

それらの御書も、背景や内容を精査して、真筆と決定されています。
 

Re: 教学はしっかり理解していきましょう

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年10月 8日(水)16時37分19秒
返信・引用
  > No.17110[元記事へ]

阿部日ケ~ン(院政)さんへのお返事です。

> ※じゃぁ出して下さい。
>  大石寺の板本尊じゃない一閻浮提総与の大本尊を。
>
> 各家庭にもありますし、会館にもありますね。
> おそらく「物体」にこだわる方には、大白蓮華10月号の上野殿御返事(水火二信抄)の
> 講義の此の部分が理解しづらいのではないでしょうか。
>

貴方の家庭にある、会館にもある御本尊は、
一閻浮提総与本門戒壇の大御本尊の書写、または常住御本尊ですよ。
一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊の御形木御本尊です。


あべひさんの答えは
大石寺の板本尊は「一閻浮提総与の大御本尊」ではなくて、
あべひさんの家の御本尊が「一閻浮提総与の大御本尊」との意味ですよね?





 

新参者さんへ

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2014年10月 8日(水)16時07分15秒
返信・引用 編集済
  ※私も、離別当初の事は、よーく知ってる者ですよ。
 男子部からの以降直後で、組織も預からせて頂いておりました。


新参者さんに対して,
私は「当時をよく知らないのでは」と失礼なもの言いをしてしまいました。
謝罪して訂正いたします。申し訳ありません。

ただ、やはり日顕宗との離別に絡んで、いろんな方が思うところがあるのだなぁと
改めて気付くことができました。
真摯な討論に感謝いたします。

かつては「私」も浦島太郎さんのような状態でしたので、なんとなく解ります。
登山に行けなくなった創価学会について、「いままではなんだったの?」と
自分なりに理解するまでにけっこう時間がかかりました。

 

Re: あのね、アベヒさん。

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2014年10月 8日(水)15時42分40秒
返信・引用 編集済
  > No.17118[元記事へ]

新参者さんへのお返事です。

※多くの部員さんに、離別の問題をお話しましたが、離別と
 戒壇の本尊とは、分けて考えておられましたよ。

そうですね。
信心の上で、大石のいわゆる戒壇本尊とは分けて考えている人が
多かったからこそ、日顕宗の策謀は崩れました。
日顕宗は「登山ができなくなれば、学会員がこちらにつくに違いない」
と、袈裟を着た商売人らしいアホな目論見をしていたわけです。
これは、創価学会における「教義」教育、先生の指導のタマモノだとおもいます。
そして、学会員さんは、幹部が考えている以上に健気な方が多かった。
これに尽きるでしょう。

※ある大幹部の方は、大御本尊は、いずれ学会に戻ってくると、
 根拠の無い指導をされてまで、会員を納得させていたのです。

この心情はわからないでもありません。
理由は先に述べました。
しかし、昨年の11.28以後、大石の大御本尊ではなく「大誓堂」の常住御本尊
を中心に広宣流布に励むことになったのです。
もしかすると新参者さんも、この点に納得いっていなかったからこそ、
組織糾弾の内部攪乱者の言に翻弄されているのではないでしょうか。
一番スゴイのは、日顕宗のあの脅しに屈しなかった一人一人の池田先生の弟子です。
新参者さんもそうです。
これからどんな風に創価学会が変わっていくのか、私には想像がつきませんが
「学会員でよかった!」といえるのであれば、人生の勝利者です。
今、「大御本尊はいずれ戻ってくる」という指導をする必要なくなりました。






※会員に、正しい事を知らせ指導して行くのが、執行部の責任使命でしょう。

「いずれ、学会本部の常住御本尊を安置する新しい建物ができますから、
 それまでは我慢して下さいね」とわざわざ含みをもたせた説明をする
 必要もなかったのではありませんか?
学会の墓園ができるできないが直前まで公開されないのも同じ事です。
突然、一般の会員さんや世間に公表したかのように感じられるかもしれませんが
「これからおこる事業」を先んじて漏らすと、なにかと妨害の手を打たれる
場合も考えなくてはいけません。
池田先生の来訪なんて、トップシークレットでしたよね。
会議の上では早々に計画されているでしょうが、それを逐一会員に説明しなければ
ならない理由もないでしょう。
確実に計画を練り下準備を重ね、他者との契約等をすませたうえで「事実」として
公開するのがベストではありませんか?
 

あのね、アベヒさん。

 投稿者:新参者  投稿日:2014年10月 8日(水)15時28分30秒
返信・引用
  あなたの感想をお聞きしてるのでは無いのです。
私も、離別当初の事は、よーく知ってる者ですよ。
男子部からの以降直後で、組織も預からせて頂いておりました。

多くの部員さんに、離別の問題をお話しましたが、離別と戒壇の本尊とは、分けて考えておられましたよ。

ある大幹部の方は、大御本尊は、いずれ学会に戻ってくると、根拠の無い指導をされてまで、会員を納得させていたのです。

14年間も、会則を変更しないのが、会員への配慮ですって。
会員に、正しい事を知らせ指導して行くのが、執行部の責任使命でしょう。

その指導を怠っていたのが、執行部ですよ。

先生の辞任の真相を会員まで知らせたのは、ほんの数年前です。
先生の辞任は、勇退とされていました。
これは、40年近く前のことです。
 

Re: 大誓堂の意義

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2014年10月 8日(水)15時12分52秒
返信・引用 編集済
  > No.17115[元記事へ]

新参者さんへのお返事です。

※三代会長の指導は、迹門の時代(僧俗和合時代)と、
 本門の時代(離別後)と考えるべきですよ。

よく、『暗黒の宗門史』と言いますが、学会も宗門史の1ページですからね。


新参者さんのこの発想は賛同いたします。
日蓮正宗創価学会といっていたの時代は、11.28以後「迹」となったと
考えて差し支えないと思います。
「暗黒の宗門史」を堂々と語れるのも、日顕宗が創価学会を破門したからと
いえるでしょう。
また別の視点から見るならば、創価学会を疎んじ日蓮正宗が五老僧の如く
大聖人の法を下げてくれたからこそ、学会の正義もまた証明された。
そして、僧俗和合時代に荒れ寺であった大石寺をあれだけ宣揚し、興隆
せしめたからこそ創価学会の価値もあるのだと思います。
「逆縁」となってくれたからこそなのですから、その点においてのみ
日蓮正宗という@迹@には感謝もできます。

abcさんが「化城を出た」と表現されることにも頷けますし
新参者さんが、「御本尊には、浅深優劣の差異は存在いませんし、
何処にあるや、誰が所持しているかで、功力が変わるものでもありません」と
表現されるのも頷けます。
また、大勝利さんが「大誓堂の御本尊」であって「大御本尊とは違う」と
考えられるのも心情的には理解できます。

しかし、2013年11月をもって、創価学会は「 広宣流布大誓堂を中心 」に
広宣流布に邁進することを世間にも宣言したということを忘れてはならないです。
これこそが池田先生の 御意向 ではないでしょうか。

教学部レポートや、ウワサ話の類いを、組織(幹部)糾弾論のベースに
しても、足並みを乱すだけです。
いうなれば、全国のテレビ地上波地デジ化の時や、省エネ推進(補助)の時に
政治家・官僚と家電業界・電気販売業界また自動車産業との「しがらみ」を
理由にあげて
「結局、国民が負担を強いられるだけじゃないか」と反対しているのと同じです。

いわゆる『黄金の三年』は、創価学会としての新方針をすべての会員さん共々に
周知しおし進めていく期間だと、腹をくくっていきましょう。

 

Re: THJさん

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2014年10月 8日(水)14時59分31秒
返信・引用 編集済
  > No.17081[元記事へ]

新参者さんへのお返事です。

※ 戒壇の本尊は、平成3年から平成14年までは、学会の宗定本尊だったのです。

会則を変えるまでは「戒壇の御本尊」は大石寺にある!としていたという事
でしょうか。
うーん。この時代を知っている人間からいわせていただくなら
日顕宗が学会に破門通告を行った11.28以降、実際にはその用(創価学会と
しての戒壇御本尊)を為さなくなったという感じです。
むしろ平成14年になるまで、会則が変化しなかったのは、会員への配慮では
ないでしょうか。
長きにわたって、大石寺の正統性とともに創価学会の正統性も担保されて
きましたし、歴代会長、諸先輩は赤誠の信心をもって護られてきました。
そういった方々が、各地域の地区・支部の長をされていたことは
いうまでもないでしょう。

昨年の11.28の青年部メッセージにこうあります。

※時代は、ますます濁り、乱れている。
 だからこそ、我らは、この広宣流布大誓堂を中心に、それぞれの使命の
 舞台で、自行化他の題目の師子吼を、いやまして勇気凜々と響かせ、
 ありとあらゆる邪悪に打ち勝ち、わが地涌の眷属の威光勢力を無限に
 増してゆくのだ。
【聖教新聞 2013/11/30日付け】
(以上引用)

創価学会は昨年から世界広布新時代と銘打たれ新たな出発をしているのですね。
 

Re: (無題)

 投稿者:新参者  投稿日:2014年10月 8日(水)14時57分7秒
返信・引用
  abcさんへのお返事です。

> 「(創価学会の)永遠の指導者」であって「永遠の指導」ではないですな。

それは、どうですかね?

三代会長の指導は、迹門の時代(僧俗和合時代)と、本門の時代(離別後)と考えるべきですよ。

よく、『暗黒の宗門史』と言いますが、学会も宗門史の1ページですからね。
 

そして、アベヒさん

 投稿者:新参者  投稿日:2014年10月 8日(水)14時52分2秒
返信・引用
  教学部レポートに曰く。

『「創価学会常住御本尊」こそが「戒壇の大御本尊」に変わる新たな「大御本尊」』

この、レポートの真贋は別として、この考え方は、破折しておかなければなりませんね。
如何ですか?
 

(無題)

 投稿者:abc  投稿日:2014年10月 8日(水)14時45分37秒
返信・引用
  在在諸仏土 常与師倶生(化城喩品)と申しまして、常に師とともに生まれ、師は化城を出現させて弟子を導きます。  

(無題)

 投稿者:abc  投稿日:2014年10月 8日(水)14時37分55秒
返信・引用
  「(創価学会の)永遠の指導者」であって「永遠の指導」ではないですな。  

アベヒさん

 投稿者:新参者  投稿日:2014年10月 8日(水)14時19分0秒
返信・引用
  曰く。

「日蓮大聖人は「法華経の真髄」である「南無妙法蓮華経」を解き明かしその相貌を曼荼羅として表されました。
本門戒壇の大御本尊とはいっても、その「義」(法ですね)によって大功徳を出すことができる訳です。
もちろん、我々が御本尊様に毎日「南無妙法蓮華経」と唱題するのがもっともと最高の御供養になります。
大御本尊は、どこかにある真正の曼荼羅のことだと、心に思いながら唱題するのは「仏」が自分以外のどこかにいると考えて唱題するのと同じ事です。
「口には本門、心では迹門」と池田先生が指導されたように、功徳がでません。」

そういうことですよ。
御本尊には、浅深優劣の差異は存在いませんし、何処にあるや、誰が所持しているかで、功力が変わるものでもありません。

「本門の大御本尊とは言ってもその「義」(法ですね)によって大功徳を出すことができる訳です。」

と念押しされたように、信力行力によって御本尊のお力である、仏力法力をいだすのですね。

しかしね。
一閻浮提総与の御本尊は、大石寺の戒壇の本尊だと教えて来た歴史があるのです。
おまけに、出世の本懐を形に現した御本尊だとも教えてきました。

この見解を、宗教法人創価学会が、公式に否定し、改めたと云う事実がありますか?
地区・ブロックまで徹底された事実はありますか?

会則は、表面的に繕うために、「戒壇」と云う文字を外し、玉虫色に文言を変えただけでしょう。
会則変更の時に、親切な説明などなかったですよ。
 

教学はしっかり理解していきましょう

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2014年10月 8日(水)13時02分11秒
返信・引用 編集済
  ※じゃぁ出して下さい。
 大石寺の板本尊じゃない一閻浮提総与の大本尊を。

各家庭にもありますし、会館にもありますね。
おそらく「物体」にこだわる方には、大白蓮華10月号の上野殿御返事(水火二信抄)の
講義の此の部分が理解しづらいのではないでしょうか。

「仏はいみじしといへども法華経にたいしまいらせ候へば
              螢火と日月との勝劣天と地との高下なり」(上野殿御返事)

○現代語訳
仏は尊いとはいうものの、法華経に比べれば、蛍火と日月のほどの勝劣があり
天と地ほどの高下がある。

  ↑
この部分を「仏(釈尊)」が日月であり、法華経が蛍火であるから
「仏」が優れていると読み違えると、法主本尊論や特定の場にある御本尊が
優れているといった勘違いをします。

この解釈は根本的にちがいますよね。
日蓮大聖人は「法に対する供養」に大功徳があると言われているのです。

なぜなら、仏がインドで法華経を説いて(諸説ありますが(笑い)はじめて、
仏になれました(始成正覚)ではないから。
法華経を説いて、「久遠実成」を表されたのです。
つまり、説いたから法華経があるのではなく、法華経があったから説いた
と。

日蓮大聖人は「法華経の真髄」である「南無妙法蓮華経」を解き明かし
その相貌を曼荼羅として表されました。
本門戒壇の大御本尊とはいっても、その「義」(法ですね)によって大功徳を
出すことができる訳です。
もちろん、我々が御本尊様に毎日「南無妙法蓮華経」と唱題するのがもっともと
最高の御供養になります。

大御本尊は、どこかにある真正の曼荼羅のことだと、心に思いながら唱題するのは
「仏」が自分以外のどこかにいると考えて唱題するのと同じ事です。
「口には本門、心では迹門」と池田先生が指導されたように、功徳がでません。







 

あべひさん

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年10月 8日(水)12時48分45秒
返信・引用
  ※かつて、創価学会では日蓮正宗の伝承を元にして、正本堂に御安置された板曼荼羅は
日蓮大聖人が建立されたものを、許可を得て弟子が刻印したという事になっていました。

いちおうこの創価学会のかつての公式発表の資料を出して見てくださいな。
せっかくだから。
 

あべひさんって

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年10月 8日(水)12時41分12秒
返信・引用
  ※多角的に読み解かれることをおすすめします。

君の場合は結局、大石寺の板本尊を分析考察する姿勢を見せて、
自分が知的派であることをアピールしたいわけでしょ。

それとも何かお困りなんですかね? 笑
 

Re: やっぱり混乱されているみたいですねぇ

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年10月 8日(水)12時29分20秒
返信・引用
  > No.17106[元記事へ]

阿部日ケ~ン(院政)さんへのお返事です。

> THJさんへ
>
> ※しかし、大石寺にある板本尊がそうであると言う話は大石寺の伝承以上の話はありませんよ
>
> おっしゃる通りだと思います。
> かつて、創価学会では日蓮正宗の伝承を元にして、正本堂に御安置された板曼荼羅は
> 日蓮大聖人が建立されたものを、許可を得て弟子が刻印したという事になっていました。
> つまり「模刻」された御本尊ということです。
>
> これは「物質的」に、宗門に正当性があるという証明になっていると
> 勘違いされている方も多いということでしょう。
> 弘安二年に「一閻浮提総与」の御本尊が建立されたということは、物質的な存在意義を
> 示すものではなく、それまでに日蓮大聖人が個々の門徒に書写された御本尊、
> そして「戒壇」の為の御本尊として書写されたものとの違いとして考えなければ
> 宗祖の「真筆御本尊」・それ以後の、日興上人を含む(日興上人を二祖とした)
> 歴代書写御本尊に「差」があるように錯覚をしてしまいますね。
>
> 大勝利さんだけに限ったわけではなく、現在創価学会の会則にある
>
> ◎この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、一閻浮提総与・三大秘法の
>  大御本尊を信受し・・ (会則第二条から抜粋)
>
> が「大石寺にある板曼荼羅「のみ」を指すと、今でも考えておられる方が
> すくなからずおられるということに尽きるでしょう。
>
> 教宣ハンドブックや大白蓮華の資料を提示したところで
> 会則や指導に、「特定の大御本尊」の意義が示されていない以上、固執する所
> ではないと考えます。
>
> 「大御本尊は大石寺にしかない!」と論じられる方は
> 大白蓮華10月号にちょうど、御本尊様について御書講義されている
> 箇所があるのですから、「此の御本尊全く余所に求むる事なかれ」の御文を
> 多角的に読み解かれることをおすすめします。
>
>
>


じゃぁ出して。示して下さいな。
大石寺の板本尊じゃない一閻浮提総与の大本尊を。

 

やっぱり混乱されているみたいですねぇ

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2014年10月 8日(水)12時22分21秒
返信・引用 編集済
  THJさんへ

※しかし、大石寺にある板本尊がそうであると言う話は大石寺の伝承以上の話はありませんよ

おっしゃる通りだと思います。
かつて、創価学会では日蓮正宗の伝承を元にして、正本堂に御安置された板曼荼羅は
日蓮大聖人が建立されたものを、許可を得て弟子が刻印したという事になっていました。
つまり「模刻」された御本尊ということです。

これは「物質的」に、宗門に正当性があるという証明になっていると
勘違いされている方も多いということでしょう。
弘安二年に「一閻浮提総与」の御本尊が建立されたということは、物質的な存在意義を
示すものではなく、それまでに日蓮大聖人が個々の門徒に書写された御本尊、
そして「戒壇」の為の御本尊として書写されたものとの違いとして考えなければ
宗祖の「真筆御本尊」・それ以後の、日興上人を含む(日興上人を二祖とした)
歴代書写御本尊に「差」があるように錯覚をしてしまいますね。
あくまでも創価学会では「大御本尊建立の意義」を重要視しています。
(以下引用)

◎熱原の法難において、民衆が不惜の強き信心を表したことこそが、大聖人の
 大願である広宣流布成就の根本要件なのです。
(創価学会公式HP・日蓮大聖人の御生涯~熱原の法難と出世の本懐)

(以上)

大勝利さんだけに限ったわけではなく、現在創価学会の会則にある

◎この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、一閻浮提総与・三大秘法の
 大御本尊を信受し・・ (会則第二条から抜粋)

が「大石寺にある板曼荼羅「のみ」を指すと、今でも考えておられる方が
すくなからずおられるということに尽きるでしょう。

教宣ハンドブックや大白蓮華の資料を提示したところで
会則や指導に、「特定の大御本尊」の意義が示されていない以上、固執する所
ではないと考えます。

「大御本尊は大石寺にしかない!」と論じられる方は
大白蓮華10月号にちょうど、御本尊様について御書講義されている
箇所があるのですから、「此の御本尊全く余所に求むる事なかれ」の御文を
多角的に読み解かれることをおすすめします。






 

「日蓮大聖人御入滅の日」全国で法要 世界広布の大願へ前進

 投稿者:朝日新聞がなすべきこと  投稿日:2014年10月 8日(水)11時56分52秒
返信・引用
  2012年 10月13日


 ――(弘安2年)10月12日の「大御本尊御図顕の日」の意義を留めたものである。


 東京・信濃町の広宣会館では、原田会長を中心に各部の代表が厳粛に勤行・唱題し、焼香を。末法の御本仏への報恩感謝と、御遺命である世界広宣流布への誓いを新たにした。


http://www.seikyoonline.jp/news/headline/2012/10/1204227_2525.html
 

永遠の指導者の指導

 投稿者:朝日新聞がなすべきこと  投稿日:2014年10月 8日(水)11時55分32秒
返信・引用
  戸田城聖全集


富士大石寺にいます一閻浮堤総与の御本尊を信ずることである。大聖人のお命たる大曼荼羅を信ずることであり、その大曼荼羅中の、極説中の最極説たる弘安二年十月十二日ご出現の総与の御本尊こそ、真の民衆救済のご本体であらせられる。



弘安二年十月十二日に、戒壇の御本尊を建立遊ばされた。この御本尊は、一閻浮提総与の御本尊であり、大聖人の極説中の極説であるゆえに、日寛上人の観心本尊抄文段の御本尊についていわく、



弘安二年十月十二日の大御本尊

 〔質問〕弘安二年の十月十二日の御本尊様について教えてください。

 弘安二年の御本尊は、本門戒壇の大御本尊と申し上げ、日蓮大聖人が出世の御本懐として、弘安二年十月十二日に御図顕になられたのであります。聖人御難事に、建長五年より、余は二十七年にして出世の本懐を遂げるとおおせあそばされています。
 

Re: 会則から

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年10月 8日(水)11時11分4秒
返信・引用
  実名主義者さんへのお返事です。

>  以前の会則からです。
>
>  この法人は、日蓮大聖人御建立の本門戒壇の大御本尊を本尊とし、日蓮正宗の教義に基づき、弘教及び儀式行事を行い、会員の信心の深化、確立をはかり、もってこれを基調とする世界平和の実現と人類文化の向上に貢献することを目的とし、これに必要な公益事業、出版事業および教育文化活動を行うものとする
>  ~引用終わり~
>
>  現在です。
>
>   この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊を信受し、日蓮大聖人の御書を根本として、日蓮大聖人の御遺命たる一閻浮提広宣流布を実現することを大願とする。
>  ~引用終わり~
>
>  本門戒壇の大御本尊は消去されています。
>  ですので、何処まで行っても、創価学会に本門戒壇の大御本尊は必要ございません。
>
>  良いか悪いかではなく、既に会則そのものから無くなっています。
>  事実がこうですので、それを踏まえた上での論議でないと、無意味です。
>

極めて愚かな意見です。
同じですよ。同じ。
一閻浮提総与の御本尊は、本門戒壇の大御本尊と同じ。
事の戒壇たる正本堂は破壊されたので、新しい建物をそう呼ばないだけ。
中は同じ。
 

Re: 教宣ハンドブック

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年10月 8日(水)08時53分52秒
返信・引用
  > No.17091[元記事へ]

朝日新聞がなすべきことさんへのお返事です。

多くの資料の御提示大変ありがとう御座いました。
 

Re: THJさんって

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年10月 8日(水)08時52分17秒
返信・引用
  > No.17093[元記事へ]

THJさんへのお返事です。

> 大勝利さんへのお返事です。
>
> 「それひとつで充分ですよ。 笑」と言っていたのに、荒らし並に画像を貼り付けていますね。
>
> で、あなたが貼り付けた画像の何処に、現在の創価学会が「弘安2年10月12日の戒壇の御本尊」が現在でも現存し、大石寺の板本尊だと特定している記述があるのですか?
>
> 現在の創価学会は弘安2年に大聖人が出世の本懐をとげられ大御本尊を御図顕され、日興上人が身延離山時に所持され、戒壇の御本尊にするように日目上人に伝えたことはでは認めています。
> しかし、大石寺にある板本尊がそうであると言う話は大石寺の伝承以上の話はありませんよ。
>
> あなたが貼り付けた画像の何処に、現在の創価学会が「弘安2年10月12日の戒壇の御本尊」が現在でも現存し、大石寺の板本尊だと特定している記述があるのですか?
> ちゃんと新会則施行(平成14年4月)以降に発行された資料だと分かるように出してくださいね。

あれあれ?
教学部レポートの話から、百貫房伝説の話をしていたのですか?
論点のすり替えはみっともないですよ。
 

THJさん

 投稿者:新参者  投稿日:2014年10月 8日(水)06時15分54秒
返信・引用 編集済
  おはようございます。

曰く。

「御本尊に問題があるなどと言う話はしていませんよ。
大石寺の板本尊は、正しい信心をする人を失ったために功徳が出せない本尊になっただけですよ。」

おやおや?
これでは、私と同じ事を言ってるのですよ。

そうなんですよ。
御本尊そのものから、仏力法力が失せるのではなく、御本尊の功力は、永遠絶対のものなのです。
あなたは、宗門が謗法をおかし、創価学会を切った時点から、御本尊からは、お力が消えた、そして、宗門が正信に戻ればお力も戻ると、言われたのですよ。

平成3年から平成14年までの間の、学会の宗定本尊は、弘安二年十月十二日大聖人お筆とされる一閻浮提総与正本堂安置の大御本尊だったのです。
少なくとも、この間に学会が下付していた御本尊は、石山歴代の貫主が化儀に則り書写していた御本尊なのです。

あなたが仰るように、宗門が謗法を犯した時点から、学会が離別した時点から、戒壇の本尊に功力が失せたと言われるなら、辻褄が合わなくなりますよ。

ここのところの説明がなされていませんね。

おまけに、日昇は謗法を犯した法主だと、創価新報でも、糾弾してたでは無いですか?

牧口先生の御実家は、謗法法主の日精である、日精書写の本尊が御安置されていたと言われています。

謗法を犯した法主の御本尊を拝し、拝んで功徳を頂いておられたのでは無いのでしょうか?

詰まり、大聖人お筆の法体の御本尊は、もちろんの事、お写しした御本尊にも、等しく功力は備わり、何処に安置されてようが、誰が所持してようが、拝む側の仏力法力によって、御本尊に厳然と備わっている仏力法力は、頂けると云うことです。

ダイアモンドは、何処に有ろうが、誰が持とうが、その価値が変わるわけではありません。

ダイアモンドの値打ちや真贋が分かるか分からないかの問題なのです。
 

(無題)

 投稿者:abc  投稿日:2014年10月 8日(水)05時33分51秒
返信・引用
  山の財政難に対処する為に登山会を企画し、その方便として板曼荼羅を持ち上げた。  

Re: おはようございます

 投稿者:abc  投稿日:2014年10月 8日(水)05時31分5秒
返信・引用
  > No.17095[元記事へ]

実名主義者さんへのお返事です。

>   『日蓮正宗創価学会の根本は、一閻浮提総与の本門戒壇の大御本尊であることはいうまでもない。しかもその大御本尊は、日蓮正宗に厳然とおわします。そして宗祖大聖人より第二祖日興上人、第三祖日目上人と代々の御法主上人が法水瀉瓶・血脈相承され、現在は、日顕上人猊下に一切受け継がれているのである』
>  (広布と人生を語る一-一三一)
>
>  以前は池田先生がこういう講義を常にされておられました。
>  所が最近では、
>
>  『邪宗門から独立をし、世界広布への環境が整った』(趣意)
>
>  これが普通になっています。
>  皆様方にお尋ねいたしますが、これは嘘つきの罪なんでしょうか?

「正直捨方便」だと思います。
 

(無題)

 投稿者:過去ニュース  投稿日:2014年10月 8日(水)05時28分4秒
返信・引用
  鎮魂と慈悲 ブッダの素顔展
https://www.youtube.com/watch?v=2IpPBU7nd9A
 

会則から

 投稿者:実名主義者  投稿日:2014年10月 8日(水)05時22分54秒
返信・引用
   以前の会則からです。

 この法人は、日蓮大聖人御建立の本門戒壇の大御本尊を本尊とし、日蓮正宗の教義に基づき、弘教及び儀式行事を行い、会員の信心の深化、確立をはかり、もってこれを基調とする世界平和の実現と人類文化の向上に貢献することを目的とし、これに必要な公益事業、出版事業および教育文化活動を行うものとする
 ~引用終わり~

 現在です。

 この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊を信受し、日蓮大聖人の御書を根本として、日蓮大聖人の御遺命たる一閻浮提広宣流布を実現することを大願とする。
 ~引用終わり~

 本門戒壇の大御本尊は消去されています。
 ですので、何処まで行っても、創価学会に本門戒壇の大御本尊は必要ございません。

 良いか悪いかではなく、既に会則そのものから無くなっています。
 事実がこうですので、それを踏まえた上での論議でないと、無意味です。
 
 

おはようございます

 投稿者:実名主義者  投稿日:2014年10月 8日(水)05時14分53秒
返信・引用
    『日蓮正宗創価学会の根本は、一閻浮提総与の本門戒壇の大御本尊であることはいうまでもない。しかもその大御本尊は、日蓮正宗に厳然とおわします。そして宗祖大聖人より第二祖日興上人、第三祖日目上人と代々の御法主上人が法水瀉瓶・血脈相承され、現在は、日顕上人猊下に一切受け継がれているのである』
 (広布と人生を語る一-一三一)

 以前は池田先生がこういう講義を常にされておられました。
 所が最近では、

 『邪宗門から独立をし、世界広布への環境が整った』(趣意)

 これが普通になっています。
 皆様方にお尋ねいたしますが、これは嘘つきの罪なんでしょうか?
 

Re: (無題)

 投稿者:abc  投稿日:2014年10月 8日(水)04時49分59秒
返信・引用
  > No.17054[元記事へ]

> そもそも、山の財政難対策の為に登山会が始まった。
> 会員さんにわざわざ山へ行ってもらう為にはモチベーションが要る。
> そこで板曼荼羅がいかに凄いかという事を宣伝した。
> 化城喩品の指導者の如く苦心した事でしょう。
> 今では山の財政を考える必要がなくなった。会館のメンテナンス、新築に専念できます。

言い方を換えれば、山の財政について考える必要がなくなったので板曼荼羅も必要なくなった。
 

Re: THJさんって

 投稿者:THJ  投稿日:2014年10月 8日(水)01時53分4秒
返信・引用
  > No.17086[元記事へ]

大勝利さんへのお返事です。

「それひとつで充分ですよ。 笑」と言っていたのに、荒らし並に画像を貼り付けていますね。

で、あなたが貼り付けた画像の何処に、現在の創価学会が「弘安2年10月12日の戒壇の御本尊」が現在でも現存し、大石寺の板本尊だと特定している記述があるのですか?

現在の創価学会は弘安2年に大聖人が出世の本懐をとげられ大御本尊を御図顕され、日興上人が身延離山時に所持され、戒壇の御本尊にするように日目上人に伝えたことはでは認めています。
しかし、大石寺にある板本尊がそうであると言う話は大石寺の伝承以上の話はありませんよ。

あなたが貼り付けた画像の何処に、現在の創価学会が「弘安2年10月12日の戒壇の御本尊」が現在でも現存し、大石寺の板本尊だと特定している記述があるのですか?
ちゃんと新会則施行(平成14年4月)以降に発行された資料だと分かるように出してくださいね。
 

大白2014年

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年10月 8日(水)01時34分35秒
返信・引用
  8月号  

教宣ハンドブック

 投稿者:朝日新聞がなすべきこと  投稿日:2014年10月 8日(水)01時30分20秒
返信・引用
  2012年度  

大白蓮華

 投稿者:朝日新聞がなすべきこと  投稿日:2014年10月 8日(水)01時28分19秒
返信・引用
  2010年10月号   

教宣ハンドブック

 投稿者:朝日新聞がなすべきこと  投稿日:2014年10月 8日(水)01時26分26秒
返信・引用
  平成16年度
 

御書

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年10月 8日(水)01時24分50秒
返信・引用
  2006年版  

(無題)

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年10月 8日(水)01時22分33秒
返信・引用
  原田会長  

Re: THJさんって

 投稿者:大勝利  投稿日:2014年10月 8日(水)01時18分11秒
返信・引用
  THJさんへのお返事です。

> 大勝利さんへのお返事です。
>
> > 結局自分の思い込みだけで、何一つ根拠を示すことができないんですね。
>
> 会則にある教義から「大石寺の戒壇の御本尊」が削除されたという明確な根拠を示していますよ。
>
> あなたが「いーーぱい ありますよ。」と言いながら、何一つ根拠を示していないのですよ。
> 新会則施行(平成14年4月)後、現在の創価学会の教義では「大石寺の戒壇の御本尊」に学会での教義的な位置づけを示す記述はありません。
>
> 「大石寺の戒壇の御本尊」の話は、大石寺の伝承であるという話しか、日蓮正宗の教義の話として出てくるだけですよ。
 

Re: THJさんって

 投稿者:THJ  投稿日:2014年10月 8日(水)00時23分52秒
返信・引用
  > No.17084[元記事へ]

大勝利さんへのお返事です。

> 結局自分の思い込みだけで、何一つ根拠を示すことができないんですね。

会則にある教義から「大石寺の戒壇の御本尊」が削除されたという明確な根拠を示していますよ。

あなたが「いーーぱい ありますよ。」と言いながら、何一つ根拠を示していないのですよ。
新会則施行(平成14年4月)後、現在の創価学会の教義では「大石寺の戒壇の御本尊」に学会での教義的な位置づけを示す記述はありません。

「大石寺の戒壇の御本尊」の話は、大石寺の伝承であるという話しか、日蓮正宗の教義の話として出てくるだけですよ。
 

/304