比較広告ブームの中、なぜスタバは沈黙を守るのか?

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 セブン-イレブンの100円コーヒー、スターバックスの2000円コーヒー、「コーヒー界のアップル」ブルーボトルなど、最近、コーヒー市場をめぐる各企業の競争が加熱している。

 『戦略は「1杯のコーヒー」から学べ!』の著者である永井孝尚氏によると、「コーヒー業界をめぐり各社が打ち出す商品、ビジネスモデルは、最新ビジネス戦略を学ぶ好材料」だという。そこでコーヒーの裏側にある高度なビジネス戦略について語ってもらった。

■ライバル企業との比較広告はやるべきか?

2014年9月10日、アップルは新しいiPhoneを発表した。6にするか、6 plusにするか、悩んだ方も多いだろう。かくいう私もそのひとりだ。

悩んでいる真っ最中だった2週間後、ネットを見ていた私は「iPhone6 plusを曲げてみせた」という人の動画を見つけた。

よくよく考えれば、これだけ薄くて大画面ならば、思いっきり力を入れれば曲がるのは自明だが、「iPhone6 plusって、力を入れると曲がるのか?」と驚いたことを、よく覚えている。

実はその後、アップルのライバルたちは、英語でこんなツイートをしている。

■サムスンモバイル:「カーブしています。曲がりません」(Curved. Not bent.)

■米国LGモバイル:「曲がりません。わざと屈曲しているんです」 (Our phone doesn't bend, it flexes...on purpose.)

■ドイツ・ノキア:「曲がるかな?」(Will it bend?)

確かに曲がること自体も気にはなる。しかし、ここまであからさまに他社を揶揄する企業姿勢は、決していい印象を与えるものではない。

まだ数は多くないものの、日本でもあからさまな比較広告が増えている。このように攻撃されると、比較された企業側の立場からは「ブランドの危機だ」「いかに反論するか」と考えてしまうことも多いかもしれない。

しかしその一方で、こう考える人も多いのではないだろうか? 「でも、それって本当に意味があるのか?」。

よい事例がある。本連載第4回で紹介した、業績不振で苦しむ2008年ごろのスターバックスも、露骨なネガティブキャンペーンを受けていたのだが、その「かわし方」は見事なものだった。

■マクドナルドの比較広告を「スルー」したスタバ

当時、米国マクドナルドがスペシャルティコーヒー市場参入を表明。全米1万4000店で提供を開始し、1億ドルをかけたプロモーションを行うと発表された。

そしてプロモーションの一環として、スタバの本拠地であるシアトルで、「4ドルなんて馬鹿らしい。エスプレッソをどうぞ」という看板を100カ所に出したのだ。

ちなみに英語の原文は"Four bucks is dumb. now serving espresso."「Buck」とは1ドル紙幣のこと。4ドルを意味する"four bucks"と"StarBucks"を掛け合わせた、あからさまな挑発だ。

しかしスターバックスはこの広告には、直接の反論はいっさいしなかった。CEOのハワード・シュルツは、著書『スターバックス再生物語』(徳間書店)でその理由を語っている。

わたしたちはなんの抗議もしなかった。しかし、わたしは激怒していた。「攻撃に出なければならない」と私は言った。「喧嘩するのではなく、積極的に自らを定義し、声をあげ、会社の個性を表現したい」

なぜ反論しなかったのか? 消費者であるあなたがどのように感じるかを考えれば、わかるはずだ。

最近の国会でも、いかに日本をよくするかという議論をせずに、与党と野党が相変わらず相手の揚げ足取りに終始しているのを見て、「私たちの税金を使っているのだから、もっと有意義な議論をしてほしい」とうんざりしている人は多いだろう。

まったく同じだ。ライバル企業同士でネガティブキャンペーンにネガティブキャンペーンで仕返ししているのを見ても、「何やっているんだろうなぁ」と思うのではないだろうか。

ネガティブキャンペーンは社会に何の価値も生み出さない。現代の賢い消費者に足元を見透かされるだけだ。

ではスタバはどうしたか? スタバらしい方法で、消費者にメッセージを出そうと考えた。

2008年11月の米国大統領選挙では、事前に54%と低い投票率が予想された。そこでスタバは「選挙当日、店頭で『投票に行ってきた』と言えば、トールサイズ1杯差し上げます」というキャンペーンを行った(YouTubeのリンクはこちら)。

当日飲まれたコーヒーは普段の2.5倍。店内は活気にあふれた。スタバはこのイベントを通して、莫大な費用をかけずにスタバらしい方法で来客数を増やし、顧客と積極的にかかわる方法があることを学んだのだ。

さらに半年後の2009年、「地球温暖化防止のため、紙コップをやめてマグカップにしましょう。4月15日、マグカップを持ってきたらトールサイズ1杯差し上げます」というキャンペーンを全世界で実施した。

スタバはこのような取り組みを、マスメディア、ソーシャルメディア、そして店舗と従業員が一体となって展開してきた。スタバはこれを「ブランドスパークス」と呼んでいる。当時のブランド担当副社長Chris Abruzzoがブランドスパークスについて講演した動画がある。英語ではあるが、興味がある人はぜひ見てほしい("StarBucks Brand Sparks Strategy" 、O'Dwyer's June 22, 2010)。

■スタバが広告を出さない理由

あなたはスターバックスの広告やテレビCMを見たことがあるだろうか? おそらくほとんど記憶にないだろう。実際にスタバは、上記のブランドスパークスのような活動で少額のおカネを使う以外には、広告費をほとんど使っていない。なぜか?

今朝、あなたが読んだ新聞で、何件の広告を思い出せるだろうか? 思い出せない人が多いのではないだろうか? 実際には、朝刊には100件近くの広告が掲載されている。朝刊の広告は、世の中の広告でも比較的高価な部類だ。それでも消費者の記憶にとどまっているのはわずかなのだ。

では生活者は、世の中にある情報のうち何%を消費しているのだろうか? 答えはわずか0.004%。2万5000件につき、たったの1件だ。〈「我が国の情報通信市場の実態と情報流通量の計量に関する調査研究結果(平成21年度)」より算出。1日当たり流通情報量は7.61×10の21乗ビットに対して、消費情報量は2.87×10の17乗ビット〉

つまり世の中には情報が氾濫している。広告も情報の一種だ。つまり広告の効果もますます下がっているのである。そしてスタバは、このことを熟知している。

では、スタバはどのようにプロモーションしているのか?

これもあなた自身のスタバ体験を振り返るとわかるはずだ。あなたのスタバ体験は、スタバの店舗で生み出されているはずだ。スタバは、店舗と店員を通じて、顧客と直接触れ合うことが何よりの体験だと考えている。たとえば、スタバは広告などにおカネを使う代わりに、店頭で新しいコーヒーを試飲させるのだ。

スターバックスで8年間マーケティングプログラムの作成と実行に携わっていたジョン・ムーアは、著書『スターバックスはなぜ値下げもテレビCMもしないのに強いブランドでいられるのか?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)で、次のように書いている。

スターバックスのマーケティングは、言葉で表現するというより行動で示す。立派な広告にお金をかけるよりも、顧客エクスペリエンスをより素晴らしいものにしようと、マーケティング資金の多くを次のことにあてている。

・メニューに個性的なドリンクを増やす

・店内でコーヒーを飲みながら楽しめる無線LANと、音楽CD作成ができる設備を整える

・座り心地のいいソファと読書用のテーブルを増やす

・サービスのスピード向上のため、従業員の数を増やす

……お客様の体験を生みだすことがスターバックスにとっての「一番のマーケティング」なのだ。

広告を何百回も見るよりも、実際にコーヒーを一口飲んだほうが、はるかに印象に残る。だからスタバは広告におカネを使わずに、店頭に来る消費者に直接訴えかけているのだ。

もちろん、マス広告の効果が失われたわけではない。マス広告が抜群の威力を発揮する場面は依然として多い。しかしマス広告は必ずしも万能ではなくなってきている。スタバのように、店舗・店員とソーシャルメディアを組み合わせて効果を上げる場面も増えてきているのだ。

そして賢い消費者に対して、昔ながらのアプローチで働きかけても、足元を見られるだけだ。消費者は本物を求めている。

現代のより賢くなった消費者には、より洗練された、より賢い方法で働きかけることが必要なのである。

(撮影:尾形文繁)