Think outside the box

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1997年度の景気後退

今年と1997年の消費税率引き上げを比較した"The Economist"の翻訳記事があったので、1997年度の景気後退について振り返ってみます。


消費増税で疲弊する日本経済:JBpress(日本ビジネスプレス)

実質GDPは1997年Q1のピーク後停滞し、1998年Q1に大きく落ち込んでいます。 

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構成要素別の変化幅を見ます。

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主な項目は、

  • 民間住宅:1996年Q4をピークに減少
  • 民間最終消費支出:1997年Q1に駆け込み需要→Q2に反動減→Q3持ち直し→Q4横ばい
  • 公的固定資本形成:1997年Q3から1998年Q2にかけて減少
  • 民間企業設備:1997年Q4から1998Q4にかけて減少

という推移です。1997年Q4と1998年Q2を比較すると、GDP-11.4兆円、民間最終消費支出-2.5兆円、民間住宅-0.6兆円、民間企業設備-4.0兆円、民間在庫品増加-2.2兆円、政府最終消費支出+0.8兆円、公的固定資本形成-2.2兆円、輸出-2.2兆円、輸入-2.8兆円、純輸出-2.8兆円となっています。住宅・設備・在庫の民間投資合計は-6.8兆円です。

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1997年の流れは、

  • Q1:住宅投資の減少続く
  • Q2:民間消費が反動減→Q3は持ち直し
  • Q3:公共投資が減少へ
  • Q4:民間投資が減少へ

となっています。中でも、Q4からの民間投資の減少が際立っています。消費税率引き上げが景気後退の主因ではないということです。

1997年末からの民間投資の急減の原因は、11月の三洋証券の破綻から始まった金融危機です(北海道拓殖銀行山一證券と続く)。1998年4月からの早期是正措置導入に向けて銀行がバランスシート健全化に動き始めていたころに未曽有のショックが加わったことが、信用収縮と投資急減を引き起こしたと考えられます。貸出態度の急変は、リーマンショック時を上回っています。

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この大ショックが、企業を本格的な人件費削減に向かわせることになります。実質賃金は1997年度中は消費税率引き上げによって低下しますが、1998年度以降は名目給与額の減少で減少していきます*1。これがその後の日本経済の足を引っ張り続けることになります。

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振り返ってみると、

  • 巨額の不良債権を抱えた金融部門の健全化に着手した時期に、
  • 財政引き締め(消費税率引き上げ+公共投資削減)を急いだことが、
  • 金融機関の経営破綻と金融収縮、民間投資急減を引き起こし、
  • 賃下げと消費停滞の恒常化

を招いてしまったと言えるでしょう。凍った湖面に降りるのであれば、重みをかけないように細心の注意を払わないといけないのに、その逆に勢いよく飛び降りたために、氷が割れて水没してしまったようなものです。

そもそも、政府の赤字(資金不足)を縮小するのであれば、家計の黒字(資金余剰)縮小または企業か海外の赤字拡大が必要です。しかし、銀行が貸出の厳格化を進める状況で企業に借入拡大を期待することは難しく、家計の消費拡大も期待薄です。残るは海外ですが、そのためには2003~07年のような大幅円安が必要になります。政府がそこまで考慮に入れていた形跡は見られません。財政だけ考えて経済全体を考えていなかったということです。

検証経済失政―誰が、何を、なぜ間違えたか

検証経済失政―誰が、何を、なぜ間違えたか

政調会長をつとめた山崎は、財政構造改革のタイミングに問題があったと反省している。
「総合的な戦略がなかった。大東亜戦争(太平洋戦争)の前みたいに、イケイケドンドンになっちゃった。財政構造改革はやらなくてはならんが、タイミングが早かったことは事実。同時にブレーキ(緊縮財政)とアクセル(景気浮揚)は不可能だ。橋本政権に財政再建を固守するという気持ちがあった。僕らもそれに引きずられた」

自民党の幹事長だった加藤は、経済政策の参謀本部を日本は失っているとの思いをこう話す。
「政治の側がグランドストラテジーを立てたり、(日本経済という)身体全体の体温と血流を診ていたということは、少なくとも過去30年間なかったと言っていい」

後知恵ではありますが、政府の負債がその後に激増したことを考慮すると、「急いては事を仕損ずる」という言葉の正しさを実感します。

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現在では、銀行と企業の財務は健全化していますが、日本の先行きへの期待は大幅に低下しているようです。企業の賃金抑制スタンスも続いたままです。

さて、今回はどうなるでしょうか。


国債がデフォルトしないことの常識的な説明 - Think outside the box

*1:消費税率引き上げ→1年後から名目賃金低下→1年半後から消費者物価下落の流れ。