2014-10-23

ハロウィンの思い出

数年前の話。

その日はハロウィンということもあり、それにちなんだ場所彼女と出かけるつもりだった。

といっても、特別どこに行くとかは決めずに、なんとなく街をブラつこうってだけ。

お互い予定を決めず行動するのが好きだったので、よくそんなデートをしていた。

待ち合わせの場所で、最初はどこに行こうかなーなんて考えていたとき

視界の先で、信号待ちをしている彼女を見つけた。

ギリギリ視認できるぐらいの距離にいたんだけど、確かに彼女だと分かった。

いつも身に付けている、あの黄色マフラーが目に入ったのでピンときたのだ。

一瞬遅れて彼女も気付いたらしく、こちらに手を振ってきた。

お揃いの黄色マフラーをしているので、きっとそれで気付いたのだろう。

心のなかで待ってたぞーと呟きながら、手を振り返した。

その手を降ろしたのと同時に信号が切り替わり、彼女がこちらに向かって歩き出す。

その直後だった。

信号無視したタンクローリーが、横断歩道に突っ込んでいった。

20トン以上はあろう巨大な物体が、瞬く間に彼女との距離を詰めていったのだ。

ヤバい――――。

そう思った瞬間、タンクローリーの動きが遅くなったように錯覚した。

大袈裟かもしれないが、時間が止まったような気さえした。

いいや、違う。

それは錯覚ではないし、時間も止まってなどいない。

無意識の内に、奥歯に舌を押し当てていた事に気付き、納得する。

どうやら”スイッチ”を押していたらしい。

スイッチ――それを押すことで、サイボーグである俺は人間を越えた能力を発揮できる。

一秒間は体感で数百倍に引き伸ばされ、体も音速以上の速さで動かせるようになる。

意識と体を限界まで加速させる、いわば”加速装置”のスイッチというわけだ。

迷っている時間はない。

装置の起動を確認した直後、そう思った。

動揺のあまりスイッチを入れるタイミングが遅れてしまたからだ。

あと一瞬遅れていれば危なかったろう、そう思えるほどにタンクローリー彼女に接近していた。

俺はすぐさま、彼女に向かって走りだした。

いつものことだが、加速中というのは空気が肌に纏わりつくように感じてしまう。

錘を付けたままプールの底を走っているような感覚といえば分かりやすいかもしれない。

直立したままでは空気抵抗により速度が落ちてしまうので、思いきり前傾姿勢をとって走る。

マフラーが空中で尾を引き、俺の動きを追いかけてくる。

同時に、着ていたコートは衝撃で破れていき、その下から耐加速用の真っ赤なスーツが現れる。

加速中も、絶えず彼女のことを考えていた。

猶予はない、このまま走り続けるしかない。

しかし、このまま高速で移動するのは危険だ。

もし高速移動状態で彼女に触れてしまったら、その肉体は簡単に砕けてしまうだろう。

から途中で減速して、最終的には彼女の目の前で停止しなければいけない。

そこからゆっくりと、彼女の体を引っ張らなければいけない。

しかし、そんな余裕など無い。

タンクローリーは、今にも彼女に迫っている。

減速などすれば手遅れになることは必至だ。

だが、ひとつだけ手はあった。

最高速度タンクローリーにぶつかり、その軌道を逸らせばいいのだ。

全速力でぶつかれば、それは可能だろう。

自分の体も無事ではすまないだろうが、この際それはどうでもいい。

しかし、それでは運転手も無事ではすまないはずだ。

車体と共にお釈迦になってしまう可能性が強い。

なにより、彼女の後ろにいる数人の歩行者犠牲になってしまう。

彼女を助けようとした為に、複数人間を死なせてしまうことになる。

その結果を彼女はどう思うだろうか。

どうすれば犠牲を出さずに済むのか。

どうすれば彼女を死なせずに済むのか。

どうして彼女を失いたくないのか。

なにがそんなに嫌なのか。

いつからそう思うようになったのか。

俺の中のなにがそう思わせるのか。

答えなど置き去りにして、問いだけが溢れてくる。

装置限界に達してなお、思考だけは加速し続けていた。

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