Fuzzy Logic

時事ネタ、音楽、映画、本、TV番組などなど、幅広く適当に語ります。

孫悟空はなぜ自ら死を選んだのか

悟飯
何をしている
とどめだ!!!
すぐにとどめをさせ!!!


もうとどめを?
ふふ…まだはやいよおとうさん
あんなやつはもっと苦しめてやらなきゃ…

ぼくらの世代、もしかしたら世代じゃなくてもそうかもしれない、少年漫画の偉大な金字塔・ドラゴンボール。ナメック星編が終わって人造人間編が始まり、セルゲーム。これを最初に読んだ時からずっと、心のどこかにひっかかっていたことがある。

どうして悟空は自分で闘わずに、息子の悟飯に闘わせたのだろうか。


「悟空」であることを息子に押し付けようとした悟空

絶望感では、正直言って「セル」よりも「フリーザ」の方が圧倒的に勝っている。

悟空が全ての力を使い果たしてもフリーザの50%にも満たないという圧倒的な戦力差。唯一の希望である元気玉も碌に通用しなかった。運良く悟空がスーパーサイヤ人になれたから良かったものの、そうでなければフリーザによって皆殺しの憂き目にあっていたことは間違いない。「ベジータ」戦ですら、「セル」よりは絶望感があった。

ひょっとしたら、いやひょっとしなくても、悟空が必死で闘えばあるいは、その時点のセルなら倒せたんじゃないか? 

しかし、悟空は間違いなくあの時点では、それ以上強くなろうとはしていなかった。強くなる努力を放棄して、息子の悟飯に尻拭いをさせた。今でもその印象は変わらない。なぜなのか。

後進を育てようとしたのだろうか。いや、ぼくはそうじゃないと思う。

10年後の魔人ブウ編の、悟天とトランクスに対しては確かにそういう雰囲気はあったし、そうする必然性(自身は既に死んでしまっていて、これから先の危機をずっと自分が助けてやれるわけじゃない)もあった。

悟空はその時、純粋に自分の限界を感じていた。だから、自分よりも力を絞り出せる可能性のある悟飯に全てを託した……いや、これは言葉が綺麗すぎる。悟空は悟飯に「丸投げ」した、というより、自分の「代替」であることを押し付けようとした

悟空は、「悟空」であることを息子に押し付けようとしたのだ。


大人になってしまった悟空

これはぼくの勝手な想像だけど、原因は直前に罹った心臓病にあるんじゃないかと思う。死の淵を彷徨うような病気になった経験は、悟空を変えたんじゃないだろうか。

あの時、悟空は知ったんだと思う。いつまでもそのままではいられないこと。自分もやがては老いて、死んでいくだろうということ。

それを知ってしまった悟空は、どこまでも強くなれると心から信じられる無邪気な少年ではなくなってしまった。自分の限界がどこにあるのか、おぼろげながらも理解した人間のことを、人は「大人」という。

悟空は自分の限界がどこにあるのかを知ってしまったから、「大人」になってしまったから、まだ可能性のある自分の息子に「自分の代わり」を演じさせようとしたんだと思う。息子の気持ちを置き去りにしたまま。


父親に愛されなかったピッコロ

ここで、称賛されるのがピッコロだ。

悟空……
きさまは間違っている…
悟飯はきさまのように闘いは好きじゃないんだ………!
その作戦悟飯は知っているのか…
ちゃんと話し合ったのか!?


…今悟飯が何を思っているかわかるか!?
怒りなんかじゃない!!
なぜおとうさんはボクがこんなに苦しんで死にそうなのに助けてくれないんだろう…


ボクの命よりフェアな男らしい勝負の方が大切なんだろうか……と……
忘れるな…!!
実力はナンバーワンになってもあいつはまだ子供だ…!!


やられてもいい!
オレはいくぞ

ピッコロは、父親だろうか。ぼくは少し違うのかもしれないと思っている。

ピッコロは父親の視点から悟空を窘めているのではなく、どちらかといえば息子の立場として悟空を非難しているようにも見える。

考えてみれば、ピッコロも父親の引いたレールを歩かされている。父親であるピッコロ大魔王は死の間際に、父の無念を晴らすこと、悪の根を絶やさないことを息子に願った。それを受けて生まれた幼きピッコロは父のカタキを取ることを誓ったが、それは本当に彼が望んだことだったのだろうか。

ピッコロは悟飯にこんなことを言っている。

恨むんならてめえの運命を恨むんだな


このオレのように……

つまり、ピッコロは自分の運命、「父親が押し付けた『ピッコロ大魔王』であらなければならない自分の運命」を恨んだ経験がある。

この意味で、「悟空の生き方」を押し付けられた悟飯とピッコロは相似的な関係にある。

だから、ピッコロは悟飯の悲しみが理解できた。理解できたからこそピッコロは、「息子に害成す父親」と成り果てた悟空を真っ向から非難したんだと思う。

それはピッコロ自身が父親に言ってやりたかったことなんじゃないか。


押し付けたものの罪深さ

「悟空」であることを押し付けられた悟飯は、結局その役割を十二分に果たしてしまう。怒りによってスーパーサイヤ人2に覚醒した悟飯は、セルの子供達を容赦なく殺していく。

セル自身をも容易く追い詰めた悟飯。とどめを刺すように言った悟空に対して、悟飯はこう言う。

もうとどめを?


ふふ…まだはやいよおとうさん
あんなやつはもっと苦しめてやらなきゃ…

なぜ悟飯はこんなことを言ったのか。スーパーサイヤ人2になった高揚感か、それとも。

気になるのは、悟飯とセルが闘いを始める前に悟空がセルに仙豆を渡したことだ。このことはピッコロも非難していたが。

「フェア」な闘いを重んじる悟空ならさもありなんという行動だが、おそらく悟飯は悟空がセルに仙豆を渡したことを、心の奥底ではこう解釈したんじゃないか。

セルは地球を潰すと言っている。セルに勝たなければ地球を守れない。なのにお父さんはセルに仙豆を渡した。要するに、ベストの状態のセルをボクが上回れなければ、ボクには地球を守る権利がないってことだ。セルより強くなければ地球は守れない。ボクがセルよりも強ければ地球を守ることが出来る。

それって裏を返せば、強い方が全てを自由に出来るってことにならないか?

そんなのは悟空じゃないかもしれない。しかし、悟空にそういう側面があることは否定できない。

この時の悟飯は、悟空の鏡の向こう側だ。悟空はこの時の悟飯の姿に、自分が押し付けたものの罪深さを見たはずだ。


親と子の関係性

悟空は自分がやってきたことの結果を全て受け入れて、自らの死を選んだ。自分という人間の末路を息子に見せることで、父親としての役割を果たそうとした、とも言える。

しかし、自分が息子にしたことの罪深さに耐えかねて逃げ出したようにも、見えたりする。

正解はわからないが、親子関係の難しさ、というほかない。

トランクスは自分が殺された時に父が怒ったことを聞いて、父の優しさを感じることができた。人造人間17号と18号は躊躇いなく自分の生みの親(とも言えないかもしれないけど)を殺した。

親と子の関係性。ドラゴンボールの人造人間編が一貫して描いてきたテーマだ。

親は子供にどういう背中を見せるべきなんだろうか。

何を伝えるのか。何を残すのか。

ドラゴンボール 完全版 (1)   ジャンプコミックス

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