2014年10月22日
ぼく「どういうこと?」
馬鹿「僕たちが普段、何か行動を起こす時
その前には必ず思考がある」
ぼく「ふむ」
馬鹿「歩こうと思ったから、歩く。立とうと思ったから、立つ」
ぼく「そりゃそうだ」
馬鹿「つまり思考をした結果、それに伴って行動が起きると」
ぼく「当たり前のことだね」
馬鹿「でも、実際はそうじゃないんだって気が付いたんだ」
ぼく「なんだって?」
馬鹿「逆なんだ。思考ってのは身体的な過程があった後の結果に過ぎない」
ぼく「何言ってんだお前」
ぼく「じゃあ聞くけど、君はさっきぼくと話をする時に
先にビールを注文したね」
馬鹿「したね」
ぼく「まずはビールが飲みたいぜ!って言ってた」
馬鹿「そうだね」
ぼく「ビールが飲みたいと思ったから、ビールを注文した」
馬鹿「うん」
ぼく「ほれみろ、思考が先じゃないか」
馬鹿「そんな事はない。思考は後だよ」
ぼく「本気で言ってるのか」
ふむふむ
実際行動する時に、脳内で言葉で表現してる事って少ない事に最近気付いた
これは賢い馬鹿
馬鹿「確かにビールが飲みたいと思った」
ぼく「うん」
馬鹿「そして思った後に注文をした」
ぼく「そうだ」
馬鹿「君の言うとおり、注文は思考をした後の行動だ」
ぼく「だよな」
馬鹿「でもそれは思考が行動を引き起こしたわけじゃない」
ぼく「何だって?」
馬鹿「今日は暑かっただろ」
ぼく「うん」
馬鹿「汗もかいたし、喉も乾いた」
ぼく「うん」
馬鹿「ビールが飲みたくなるような身体の状態にあったわけだ」
ぼく「うん」
馬鹿「その結果、『ビールが飲みたい』という欲求が脳から生まれたんだ」
ぼく「ふむ」
馬鹿「つまり、思考自体は物質としての身体と脳で起きたことの結果でしかない」
ぼく「むむむ」
なるほどな
欲求が発生してから
思考を始めたわけだからな
ぼく「でもおかしい所がある」
馬鹿「というと」
ぼく「水でもお茶でもジュースでも、喉の渇きを癒せるだろ」
馬鹿「そうだね」
ぼく「なんなら、何も飲まずに我慢をするという事もできた」
馬鹿「まあね」
ぼく「でも君は、ビールを注文する事を選んだんだ」
馬鹿「うん」
ぼく「それは間違いなく、思考が行動に影響してるだろ」
馬鹿「そうじゃない」
ぼく「なんだと」
馬鹿「ビールが好きだという事自体が、結果でしかない」
ぼく「どういうことだ」
馬鹿「まず好みというものが、後天的なものだろ
俺だって赤ちゃんの頃からビールを飲んでたわけじゃないぜ」
ぼく「まあね」
馬鹿「これがそうだ、あれがそうだ、と断定することはできなくても
これまでの人生で色々な影響を受けて、俺はビールが好きになったんだ」
ぼく「ふむ」
馬鹿「今日が暑いというだけじゃない。ずっと前から続いている過程を含めて
ビールが飲みたくなるような身体の状態だった、というわけさ」
ぼく「う〜ん」
馬鹿「我慢をするかどうかだって、結局は同じ事だ」
ぼく「むう」
これってヒラメキとか笑いの神とかまがさした経験ないと理解難しい
自由意志とは何か
有名な哲学やんけ
馬鹿「そしてあくまで結果として、ひょいと脳裏に思考が浮かんだんだ」
ぼく「むむむ」
馬鹿「どうだい」
ぼく「じゃあ、こうして君と話をしていることも?」
馬鹿「そうさ」
ぼく「まさか…」
馬鹿「思考は行動の副産物だよ」
ぼく「ま、まあ、君にはそうかもしれないね」
馬鹿「自分は違うとでも?何が違うかわからないなあ」
ぼく「…」
随 伴 現 象 説
ジェリー・フォーダというアメリカの哲学者は
この随伴現象説が正しいとしたらこの世界は終わりだ
と言ったそうな
>>18
どうだろうな
虫や動物に思考がなくても生き残ってるわけだしな
あるいは虫や動物にも思考はあるのかもしれんが
認めたら生物と機械の差異がなくなるからな
マジレスすると、思考が出てくる前に脳のある部分が動いてそこから思考が始まる
手を動かそうと思う前にすでに手が動くことは脳内で確定されてる
>>23
これならわかる
本能的に体が足りないものを欲することはあるが、
依存なんかで過剰摂取してしまうこともあるし、それを知って抑えることもある
本能的に眠くてしょうがないこともあるが、
期限の迫ってる仕事・作業があれば起きて作業を続ける
ベースとして本能が求めるものがあるのは否定しないけど
人間(を含む高度な脳をもった生き物)はそれプラス思考があるだろ
要するに外部からの入力によって行動という出力があらかじめ決まってるかどうかということでは
人間を一定の値に入力値に対しある行動を返す箱としてみた場合
認知行動療法なんて意味ねぇな
思考があるかないかでいったら、随伴現象説では思考は確かにある
あるけれども、それはあくまで副産物であるということだね
この考えを最初に著したのはトーマス・H・ハクスリーという生物学者さんだそうな
>>30
生物学的な考え方で、要は内的に発生する必要性に応じて反応するってのを
全部に適用したんだろうけど、人と話した結果行動が変わることもあるしちょっと無理がある
>>36みたいに、何か大きく勘違いしてる人がいるようで申し訳なかったんだけど
随伴現象説の「キモ」は、随伴現象を信じない人、信じる人のどちらであっても
同じように「行動と思考は伴っている」という所なんだ。
人間の脳を解き明かせない以上は、入力に対して出力を比較したところで結論は出ないよ
問題はまったく同じ入力をした場合に何度でも同じ行動を返すかということ
この場合の入力には環境や時間やあらゆる状態を含む
まったく同じ状況なんて作れないからこの議論も進まないわけだが
思考と行動という言葉の選び方が悪い
結果という名の意思の元に私は出来た
よって私は私の意思で生きる
誰か忘れたけど日本人もこんな新書出してたよね
脳の考えてる部分が違う
一部は行動より先に考え
一部は行動より後に考える
おしり
100の思考実験: あなたはどこまで考えられるか
この記事へのコメント
暇人の時間潰し
常習的な行為なら意識や思考を殆ど省いて行動できるのは当たり前だし
最終的に行動を左右するのは思考なんじゃないのか?
思考が影響しないのは体が害から身を守る時とかだったよね
全てが全て思考でもなければ、行動から伴うもんでもない。
この>>1が書いてるバカが典型的なアルコール依存者で尚且つビールを好んで飲んでる人間と仮定しなければ成り立ちません。
思考と出力は異なる一つの面でしか無い
まだ読んだことのない作者のエロ本を
表紙買いすることはないはずだ。
行動や経験から思考が績まれるのであれば
表紙買いでしっぱいしたことがある
まだ読んだことのない作者のエロ本を
表紙買いすることはないはずだ。
行動や経験から思考が績まれるのであれば
表紙買いでしっぱいしたことがある人間は
表紙買いしないことになる。
だが、人は表紙買いをやめない。
なぜか?
人は求めるという思考が先に立つからだ。
まだみぬエロに心ときめくのは人間の特権だ。
意識や自我は幻想にすぎないという
脳も下半身も具体的な臓器だよ
だから脳で考えるのも下半身で考えるのも一緒ってことさ
やらないで議論しようとするから堂々巡りになる。
思考の定義は、wikiにもちゃんと載ってるからググレや。
なぜなら欲望をコントロールしたいというのもまた欲望だから。
意識的に「○○したいからする」じゃなくて「○○しなければ」「××が正しい」みたいな意識的な考えが将来の無意識に影響するみたいな
「気が付けば意思より先に体が飲料を飲もうとしていた」
って話を残してるな
今ドグラ・マグラ読んでるからちょっとタイムリー
脳の活動ナシでは人は痙攣程度しかできない。
以上。
一生相乗することになる
周りに流される奴はいつまでも流されたまんまになってしまうんだ
問題なのは思考そのものだ
思考は条件付けられている
だから思考は自由意志じゃないんだ
無為じゃなくって当為なんだよ
それだけで対応できるときは勝手にやっちゃう
対応できない状況になったら意識に新しいモジュールを作れと言って来る
意識はその時のために情報を集めて抽象化しておく
意識は意識して記憶した情報しか使えないから無意識がやってることもだいたい監視してる
スレで言ってるのはこの部分かな
みんなが見てる
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