作家のSteven Johnson(スティーブン・ジョンソン)氏は、「良いアイデアがどこから生まれるのか?」という問いの答えを探し続けているといいます。創造性の源泉は個人ではなく、集合知にあると語る同氏は、歴史の様々な事例をもとに革新や創造が生まれやすい環境について紹介しました。(TED2010より)
【スピーカー】
作家 Steven Johnson(スティーブン・ジョンソン) 氏
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Steven Johnson: Where good ideas come from
コーヒーや紅茶がイングランドの生活習慣を変えた
スティーブン・ジョンソン氏:ほんの数分前、ここから10ブロックの所でこんな写真を撮りました。オックスフォードにあるグランドカフェです。
なぜ撮ったかといえば、1650年にイングランドではじめて開業したコーヒーショップだからです。すばらしく由緒あるお店です。これをお見せしたいと思ったのは、歴史あるイングランドでスターバックスみたいなものを紹介したいからではなく、イングランドのコーヒーショップが、これまで500年にわたって知的創造の発展と普及、つまり啓蒙運動の中心的役割を担ってきたからです。
啓蒙運動の発生にあたってコーヒーショップが大きな役割を果たした背景に、 そこで出される飲みものが絡んでいました。なぜなら、コーヒーや紅茶が英国文化に浸透するまで、上流階級も一般大衆も、朝から晩まで毎日酒を飲んでいたからです。昼間から好んで酒を飲んでいました。
朝食でビールを少し、昼食でワインを少し、特に1650年ごろにはジンを飲み、夜はビールとワインで仕上げました。水が安全ではなかったので、衛生的な面からは正しい選択でした。
つまり、コーヒーショップができるまでは市民全員が1日中酔っぱらっていたといえます。1日中酒を飲んでいたら、そういう方もいらっしゃるでしょうが、どうなるか想像がつくでしょう……。
(会場笑)
ところが、たるんだ生活をカフェインで覚醒すれば、いいアイデアが浮かぶようになります。頭が冴えて注意深くなります。ですから、イングランドで紅茶やコーヒーを飲み始めて、素晴らしい革新が起きたのは当然なのです。
良いアイデアはどこから生まれるのか?
コーヒーショップが重要な理由は他にもあります。それは空間構造です。さまざまな経歴の人たち、さまざまな分野の専門家が、この空間を共有します。マット・リドリーが言う、「アイデアがセックスする空間」です。
夫婦が寝るベッドのようであり、ここでアイデアが交じり合います。この時代に生まれた膨大な数の革新を紐解くと、その歴史のどこかにコーヒーショップが関わっています。
この5年間、多くの時間を費やしてコーヒーショップについて考えてきたのは 、こんな疑問の答えを探し求めているからです。「良いアイデアはどこから生まれるのか?」
どのような環境から、たぐいまれな革新やたぐいまれな創造が生み出されるのか? 創造性をはぐくむ環境、空間とはどのようなものか?
そこで私は、コーヒーショップのような環境を調べたり、インターネットのように革新が相次ぐメディア環境を調べたりしてきました。その歴史が始まった地を訪れたり、生物学的な革新が次から次に生じるサンゴ礁や熱帯雨林といった生物環境を訪れたりし、こういったあらゆる環境で共通して見られる徴候を 探し求めてきました。
私たちの生活、組織、環境などに応用したときに、もっと創造的で革新的にできるような共通のパターンはあるのでしょうか? いくつかありましたが、それを理解し、それらの本質を真に理解するためには、従来の比喩や表現に見られるアイデアの創造を、特定の概念に結びつけるような多くの思い込みを捨てる必要があります。
アイデアは単独ではなく、ネットワークとして存在する
アイデアが生まれる瞬間を表現する言葉は豊富にあります。「ピカッと来る」 「衝撃が走る」「神が舞い降りる」「ひらめいた!」「電球が灯る」 などがありますね。
見てわかるように、全ての概念が大げさに誇張されていますし、いずれの概念でも、アイデアは単独で存在し、素晴らしい光を受けた瞬間に浮かび上がることを前提にしています。でも実際は、個別要素のネットワークだと申し上げたいのです。
そう考えてもらったほうがよいのです。頭の中ではそうなっているからです。脳内で協調を取りながら伝達し合うニューロンの新しいネットワークが新しいアイデアなのです。今まで構築されていなかった新しい組み合わせです。
では、どんな環境に置かれた脳が、新しいネットワークを構築しやすいのでしょう? 実は、外界に見られるネットワーク構造は、脳内のネットワーク構造と似通っていることがわかっています。
アフリカの保育器に関する革新的アイデア
好きな逸話があります。1650年代から時代は下り、最近の素晴らしいアイデアにまつわるお話です。ティモシー・プレステロという素晴らしい人物が、「デザイン・ザット・マターズ」という組織を運営しています。途上国での幼児死亡率といった、悲惨で猶予のない問題に取り組むために設立された組織です。
こんなことで困っていました。どこであっても、近代的な新生児用の保育器を使い、未熟児を暖めてやることで、その環境の幼児死亡率を半減できます。その技術はすでに存在します。どの先進国でも一般的なものです。
問題なのは、それを4万ドルで購入してアフリカにある中規模の村に送ったとしても、1年や2年はとても役に立ちますが、その後はどこか調子が悪くなって壊れてしまい、壊れたまま放置されます。予備の部品の流通システムもなく、4万ドルの装置を修理するような現地の技術者もいないからです。お金をつぎ込んで援助や最新機器を送っても無駄になる、そんな問題に行き当たるのです。
プレステロたちは良く考えて、「途上国で十分に行き渡っているものは何か?」という点に注目し、ビデオも電子レンジもあまりないけれど、車を走らせるためのメンテナンスはうまく行われていると気づきました。
どこでもトヨタのハイラックスが道を走っていますから、車をメンテナンスする技術者ならいるようなので、こう考えました。「車の部品だけで、新生児用の保育器を作れないだろうか?」
でき上がったものがこちら、改良型保育器です。欧米諸国の近代的な病院にあるような、普通の保育器と一見同じですが、中身はすべて車の部品です。
ファンを使い、ヘッドライトを熱源にして、ドアベルを警報装置にしています。カーバッテリーで動作します。トヨタの店舗から予備部品を入手できて、ヘッドライトを修理できるなら、この保育器を修理できます。
素晴らしいアイデアですが、私が言いたいのは、この話がアイデア創出の示唆にあふれていることです。4万ドルの最新保育器のような、先端技術の結晶を飛躍的アイデアだと思いがちですが、身近に落ちている何らかの部品でも組み立てられることが多いのです。
革新を生み出すのは混沌とした空間
私たちは人からアイデアをもらいます。コーヒーショップで偶然会った人からアイデアをもらって、新しい形態に縫合して、新しいアイデアを生み出します。 そうやってイノベーションが起きるのです。つまり、革新や熟考とは何かについての概念を一部変える必要があります。熟考といえばこんな姿でした。
こちらはケンブリッジ時代のニュートンとリンゴです。像はオックスフォードにあります。座って熟考したり、リンゴの落下を見て万有引力の法則に気づいたりします。でも歴史的にみると、革新を生み出す空間とは、実はこのような姿をしています。
酒場での政治的な集まりをホガースが描いたものです。当時のコーヒーショップもこのような様子でした。混沌とした状況でアイデアが飛び交い、さまざまな立場の人が集まって、新しく、おもしろく、予測不能な衝突が生まれていそうです。
より革新的な組織を作りたいなら、変に思えてもこれに少し似た空間を作ったほうがいい。皆さんのオフィスをこうしたほうがいい。それが私のメッセージです。
この分野の調査では、自己申告があてにならないという問題があります。どこで良いアイデアを思いついたか、最高のアイデアはどう生まれたかを聞くときの話です。
アイデアを思いつくまでには長い熟成期間が必要
数年前にケビン・ダンバーという偉大な研究者は、やり方を変えて監視に基づく手法で良いアイデアが生まれる場所を調べました。世界中の研究所をたくさん訪れて、研究者全員の挙動を全てビデオ撮影しました。
顕微鏡の前に座っているところや、冷水器の脇での同僚との立ち話も、会話を全て記録し、どこで1番重要なアイデアが生まれたか、見つけ出そうとしました。
研究室の科学者のイメージといえば、顕微鏡ごしに何かを垂らして、サンプル細胞の状態を見ながら「ひらめいた!」と叫ぶというものですが、ダンバーが実際にテープを見てみると、実は重要な飛躍的アイデアのほとんどは、研究室の顕微鏡を前に1人で思いつくのではなく、毎週開かれる研究室の会議で生まれていました。
会議では、全員で最新データや成果を持ち寄り、失敗、エラー、観測信号に含まれるノイズなども持ち寄っていました。私はこういった環境を 「流動的ネットワーク」と呼んでいます。ここにさまざまなアイデアが集結し、立場や興味を異にする人たちが集まり、互いに意見を交えるのです。この環境こそ、革新につながる環境です。
まだ別の問題もあります。誰もが短期間で革新を遂げたことにして、「ひらめいた!」瞬間の物語として伝えたがります。「立っていたら突然浮かんだ」と言いたいのです。でも実際に過去の記録を調べてみると、重要なアイデアの多くにとても長い熟成期間があったことが判明しました。「ゆっくりとした予感」と呼べるものです。
ダーウィンのひらめきの瞬間
最近よく、予感や直感や一瞬のひらめきについて耳にしますが、実際には素晴らしいアイデアは、ときに何十年も心の奥でくすぶっています。興味を引く問題に気づいていても、それを解き明かす術が全くないのです。ずっと何かの問題に取り組んでいても、別の興味を引くものが気になるまで、決して解決できないのです。
ダーウィンはうってつけの例です。彼は自伝の中で、自然淘汰のアイデアを思いついた、いわゆる「ひらめいた!」瞬間を記しています。ダーウィンは1838年10月の研究中に人口に関するマルサスの著書を読みながら、まさに突然頭の中に自然淘汰の基本アルゴリズムが浮かび、「ついに取り組むべき理論を見つけた」と言ったと、自伝に書いています。
10年か20年ほど前に、ハワード・グルーバーという偉大な学者が、その時代のダーウィンのノートを調べ返しました。ダーウィンが残した膨大なノートには、どんな小さなアイデアや予感も記されていました。
グルーバーの調査によれば、マルサスの著書を読んでいた1838年10月の「ひらめいた!」瞬間よりもずっと何ヶ月も前から、自然淘汰の理論ができ上がっていたようです。
それがわかる記載があるのです。ダーウィンの言う「ひらめいた!」瞬間より前の記述から、彼の著書の内容をすでに読み取れるのです。
つまりダーウィンは、アイデアや概念を手にしながら、まだ完全には考え抜けていなかったことがわかります。優れたアイデアはこのように生まれるものであって、少しずつ長期に及んでいるのです。
アイデア創出までの期間をいかに辛抱するか
ここで厄介な問題があります。どうすればアイデア創出までの長い熟成期間を辛抱できる環境を作れるか? 上司にこう言うのは大変です。「有用で素晴らしいアイデアがあります。2020年頃に使えるようにします。取り組む時間をいただけませんか?」
Googleのようないくつかの企業では、イノベーションを生むために20%の時間を割いています。予感を育むための組織的なシステムだといえます。これはとても重要なことです。
また、自分の予感を他者の予感に結合させることも重要で、よくあることです。半分ずつアイデアをもつ2人が適切な環境で出会うと、足し算以上の結果が生まれます。
考えてみると、私たちは普段から知的財産権保護の価値を話題にしています。つまり防衛手段を築いたり、研究開発を秘密にしたり、何でも特許にしたりします。アイデアを価値あるものとして残し、アイデア創出を奨励し文化をもっと革新的なものにするためです。
ただ言っておきたいのですが、アイデアの結合をもたらす要因についても、せめて同じぐらい重要視するべきです。保護の話だけではだめです。
偶然からイノベーションが生まれる瞬間
そこで、こんな話があります。示唆に富んだ、イノベーションに関する素敵な話で、思いもよらない成り行きからどのようにイノベーションが生まれるかを教えてくれます。時は1957年10月の、スプートニクがまさに打ち上げられた直後。
米国メリーランド州のローレルにある、ジョンズ・ホプキンズ大学付属の応用物理研究所でのことです。月曜の朝、スプートニクが軌道を回っているというニュースが飛び込んできました。ここは専門バカの巣窟で、物理屋は誰もが「嘘だろ、信じられないよ」という気持ちでした。
研究所にいた20代の研究者が2人、食堂のテーブルで他の多くの研究者に混じって雑談していました。ガイアーとウェイフンバックの2人です。どちらかがこう言いました。「だれかこいつの音を聞いてみた? いま、宇宙で人工衛星が飛んでいるんだ。
当然何か信号を送っているから、チューニングしたら聞こえるかも」何人かに尋ねて回ると、「思いつかなかった! おもしろいね」と誰もが言いました。
実はウェイフンバックはマイクロ波受信技術の専門家でしたから、研究室には増幅器が付いた小さなアンテナもありました。2人はウェイフンバックの研究室に戻り、装置をいじり始めました。今でいうハッキングでしょうか。
2時間ほど経つと、受信可能になりました。実はソ連は、追跡しやすいようにスプートニクを設計していたのです。ちょうど20メガヘルツですから、簡単に合わせられます。ソ連は嘘だと言われたくなかったので、見つけやすくしていたのです。
GPSの誕生
2人が座り込んで耳を傾けていると、研究室に人が集まりだして「いいね! 聞かせて? すごいよ!」なんて言われました。そしてすぐ「歴史的瞬間だ、聞いたのは米国で初めてだろうから、記録しておこう」と考えて、大きくかさばるアナログのテープレコーダーで、ピーッ、ピーッという小さなビープ音を録音し始めました。
さらに録音した小さなビープ音ごとに、日時を記載しておきました。そして「あれ? 周波数がわずかに変動しているな。ドップラー効果を利用して計算すれば、衛星の移動速度がわかるかもしれない」と思いました。
しばらく考えを暖めると、専門分野の違う何人かの研究者に尋ねました。こう返ってきました。「すごいね、ドップラー効果の変化率がわかれば、衛星がアンテナに1番近い位置と1番遠い位置がわかるよ。これはすごいよ」
その後、許可が下りました。職務外のプロジェクトという位置づけを改め、導入直後の最新型、部屋いっぱいの大きさのUNIVACコンピュータの使用許可を得ました。
計算を重ねながら、3、4週間かけて地球をまわる衛星の正確な軌道を描き出すことができました。ある日の食事中の思いつきからスタートして、片手間の作業でかすかな信号音を聞いて、それだけの所からたどり着いたのです。
2週間後、上司のフランク・マクルアが2人を呼んで尋ねました。「君たちがやっているプロジェクトのことで、ちょっと聞きたいことがあるんだ。位置がわかっている地上から地球を回っている衛星のいる位置を計算できたんだから、逆はどうだろうか? 衛星の位置がわかっているときに地球上での位置を知ることができないだろうか?」
彼らは考えてから答えました。「できると思いますよ、ちょっと計算してみましょう」検討してから上司のところに戻り、「こちらのほうが簡単です」と伝えると、上司は言いました。
「それはいいね、新しい原子力潜水艦を作っているのだけど、太平洋の真ん中で潜水艦の位置を把握できないと、 モスクワ上空に向けて正確にミサイルを発射するのはとても難しいんだ。衛星をたくさん打ち上げて潜水艦を追跡すれば、太平洋の真ん中で位置を把握できるのではないかと思っていたんだよ。この問題に取り組んでほしい」
こうして、GPSが誕生しました。
オープンな環境が予測できないアイデアを生む
30年後、ロナルド・レーガンはGPSを開放して、オープンプラットフォームとしました。誰もがこれを足掛かりとすることができ、誰もが参加してこのプラットフォームの上に創造と革新につながる新しい技術を構築していけます。まさに誰でも何でもできるように開放されているのです。
間違いないことがあります。この会場の少なくとも半分は、ポケットに入った携帯から宇宙に浮かぶ衛星と通信しています。そして間違いなく誰か1人はその携帯と衛星を使って、近くのコーヒーショップの場所を探したはずです。少なくとも、昨日か先週か。
(会場笑)
これは、オープンイノベーションという体系の持つ、素晴らしく思いがけない創発的で予測不可能な力について学べる、良い事例なのです。正しく構築すれば、構築者すら予期しなかった全く新しい方向に導いてくれるのです。
先ほどの2人の男たちは、予感や湧きあがる情熱のままにただ突き進んでいるだけでしたが、やがて冷戦に立ち向かうこととなり、時を経て、ソイラテを飲みたい誰かの手助けをすることになったのです(笑)。
このようにしてイノベーションは起きるのです。心がつながれば、チャンスは訪れます。ありがとうございました。