ついに本日より、iPhone6, iPhone6 Plusを使って指紋認証でかんたんに支払いができるモバイル決済サービス「Apple Pay」の運用がスタートしました。
アメリカのマクドナルドでApple Payを実際に利用した動画がアップロードされていましたので、紹介しておきます。
今のところ利用は米国に限定されていますので、こちらのブログでも、シリコンバレーに開発拠点を置く弊社のスタッフにレポートしてもらうことにしましょう。
弊社はクレジットカード決済サービス「WebPay」を提供するスタートアップですので、Apple Payの発表前からAppleの決済まわりの動向は非常に気になるところでした。そして、日本時間の9月10日にiPhone6と同時にApple Payが発表され、Apple Payのビジネスモデル、技術的な仕組みの周到さに驚かされました。
これまで、いまいちパッとしたサービスが登場してこなかったモバイル・ウォレットの世界で、Appleの打った一手は戦略的に非常に大きなものでした。ユーザーにとって本当に使いやすく安全な決済サービスの登場、という意味合いだけでなく、決済業界のビジネスモデルにイノベーションを起こすようなものだったのです。
本ブログではそういった現状をふまえ、3回にわたってApple Payについて、なるべく詳細に解説していきます。決済業界に詳しくない方から業界内の方まで、幅広いレベルに対応した記事にしたいと思っています。
- 第1回 驚異のApple Payビジネスモデル – 詳細分析と最新情報まとめ
- 第2回 Apple Payを支える仕組みとテクノロジーを理解する(仮)
- 第3回 Apple Payの日本展開と国内決済業界の最新動向(仮)
本記事では、最新情報をふまえてApple Payの概要をおさらいし、その後ビジネスモデルの詳細へと入って行きたいと思います。なお、本記事の情報はAppleから公式にアナウンスされていない情報を含むため、正確性を保証するものではありません。
Apple Payについて改めて全体像を把握する
Apple Payは、iPhone6, iPhone6 Plusに加え、最近発表されたiPad Air 2, iPad mini 3でも使えるモバイル・ウォレットのサービスです。ここでいうモバイル・ウォレットとは、クレジットカードやデビットカードの情報を、モバイル端末(多くはスマートフォン)に格納し、その端末で支払いが出来るようにするサービスのことを指します。Apple Payは実店舗での支払い、オンラインでの支払いの両方に使うことができます。
モバイル端末はカードリーダーでスワイプできるような形状になっていないので、この写真のようにiPhone端末を専用のリーダーにかざして、NFCと呼ばれる非接触通信の規格に則って決済をします。このとき、Touch IDと呼ばれるiPhone端末の指紋認証機能で、本人確認が行われます。
外出先で買い物をするときや、スマートフォンでサービスを購入したりするとき、いちいちカードを財布から出して店員に提示したり、スマートフォンにカード番号を打ち込むのが面倒、という声に対して、モバイル端末が1つあれば簡単に支払いが可能、という世界を作り出しているのがモバイル・ウォレットです。直接カード情報をお店に渡さないので、セキュリティの観点からもニーズがあります。
モバイル・ウォレット自体は、PayPalやGoogle Wallet、国内では三井住友カードのiDや楽天のEdy(モバイル端末での利用時)、JR東日本のモバイルSuicaなど既にたくさんのサービスが提供されています。
そのような中で、Appleは、アメリカ国内のスマートフォンのうち42.4%も占めているシェア(comScore調べ)を最大限活かし、ついにモバイル・ウォレット業界へ参入を果たしました。Appleはそのシェアの大きさを武器に、Apple Pay開始時からアメリカ国内で多くのパートナーや導入店舗を確保することに成功しました。
Appleの10月16日(米国時間)のプレスリリースは、利用できるカードについて下記のように言及しています。
- 米国の大手銀行によって発行された、American Express、MasterCard、Visaの3大カードブランドのクレジットカード・デビットカードに対応
- American Express、Bank of America、Capital One Bank、Chase、Citi、Wells Fargo等の大手銀行に加え、さらに全米で500以上の銀行がApple Payへの対応を表明
- Apple Payが対応するクレジットカードは、米国におけるクレジットカード購入額の83パーセントをカバー
Apple Pay開始時より利用可能なアメリカ国内の実店舗数は220,000店舗以上とのことです。下記、一部抜粋して紹介します。
- Apple Store、Disney Store、Macy’s(全米最大級の百貨店)、McDonald’s、Nike、SUBWAY、Toys”R”Us、Walgreens(全米最大の薬局チェーン)、Whole Foods Market(自然食品スーパーマーケットの世界最大手)
アメリカ国内でオンライン支払いが可能なモバイルアプリについても、以下のような人気のサービスで利用することができます。
- Groupon、HotelTonight、Instacart、Lyft、OpenTable、Target、Uber など多数 年内に利用可能:Airbnb、Disney Store、Starbucks など多数
なお、今のところApple Payが利用できるのはアメリカ国内に限定されていますが、今後は世界各国へ展開するものと見られています。日本国内へのApple Payの展開については、第3回目の記事で取り上げる予定です。
Apple Payと、既存の決済サービスやモバイル・ウォレットとの違い
それでは、Apple Payと、既存の決済サービスやモバイル・ウォレットとは何が異なるのかについて見ていきましょう。Apple Payが数多く存在するモバイル・ウォレットのひとつとして埋もれていくのか、市場を席巻するのか、読者の皆様が判断する材料としていただければと思います。既存のサービスとの決定的な違いは大きく分けて、2つあります。
1つ目はApple Payのビジネスモデルです。様々な報道ではその革新さがうまく伝わっていないのですが、Apple Payは、これまでの伝統的なクレジットカード業界でのビジネスモデルとは異なる、まったく新しいビジネスモデルになっています。
2つ目は指紋認証を用いたセキュリティ・決済処理の仕組みです。Apple Pay利用時の指紋認証で本人確認が成功したとき、トークンと呼ばれる仮想的なカード番号が生成されて決済処理に利用されるため、実際のカード番号を使った決済処理と比較して圧倒的に安全です。
第1回目の本記事では、ビジネスモデルについて詳しく解説します。第2回目の記事ではセキュリティや決済処理の詳細について解説します。
そもそもカード業界のビジネスモデルとは
Apple Payの新しいビジネスモデルを説明する前に、伝統的なカード業界のビジネスモデルについて説明しておかなければなりません。
(引用:独立行政法人国民生活センター「クレジットカード 知っておきたい基礎知識 http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201211_01.pdf)
上の図は、基本的なクレジットカード業界の構造を表現しています。簡単に用語を説明すると、
- 利用者:クレジットカードを所有し、利用する人
- イシュアー:利用者に対して、クレジットカードを発行する会社
- 加盟店:クレジットカード決済を受け付ける店舗(実店舗に限らず、ECサイト等のオンラインの店舗も含む)
- アクワイアラー:加盟店がクレジットカード決済を利用できるようにする会社
- 国際ブランド:VisaやMasterCardなどの国際的なカードブランド
たとえば、利用者が加盟店で10,000円の買い物をした場合、下記の流れで決済が行われます。
- 利用者がクレジットカードを加盟店に提示し、加盟店は利用者に品物を渡す。
- 加盟店はアクワイアラーに代金の請求をし、アクワイアラーはイシュアーに対して代金の請求をする。
- イシュアーが利用者の買い物代金を立て替える。イシュアーは立て替えた分の手数料250円(インターチェンジ・フィーと呼ばれる、200円は仮の数字)を引いて、アクワイアラーに9,750円支払う。
- アクワイアラーは決済処理を行った分の手数料100円(仮の数字)を引いて、9,650円を加盟店に支払う。
- イシュアーは利用者から10,000円を回収する。
上記の場合、インターチェンジ・フィー(イシュアーの取り分)は2.5%、アクワイアラーの取り分は1%、加盟店は最終的に350円負担したことになるので、加盟店の決済手数料は3.5%だったことになります。
なお、加盟店とアクワイアラーの間には決済処理を代行する会社が入っていることが多く、そういった会社は、決済代行業者と呼ばれています。弊社の提供する「WebPay」は、日本国内における決済代行業者という位置づけになります。WebPayはオンライン決済向けですが、たとえば実店舗向けの決済サービスでいうと、スマートフォンでのカード決済を可能にする「Square」や「Coiney」も決済代行業者です。
Appleは決済代行業者になるか、決済のビッグデータで儲けるのだと考えられていた
実は、イシュアーの取り分であるインターチェンジ・フィーは、国際ブランド(Visa, MasterCard)が国ごとに細かく商材や取り扱い規模に応じて、料率を決定しています。イシュアーの手数料は国際ブランドによって守られてきたのです。
一方でここ数年の価格競争を受けて、加盟店に対する決済手数料が全体的に下がってきています。インターチェンジ・フィーが存在するために下げられる決済手数料には限界があるため、加盟店に対する決済手数料が下がっているということは、アクワイアラーや決済代行業者が、以前と比較して利幅を厚くすることが難しくなっています。そのため、新しいプレイヤーがアクワイアラー・決済代行業者の利幅分から手数料を稼ぐには、限界がありそうでした。
(一部のネットワーク・フィー等の手数料やコストを簡略化。手数料は仮の数字)
Appleがモバイル・ウォレットで収益機会を得るとすれば、直接アクワイアラーと契約して自ら決済代行業者となり、十分に利幅を確保するか、あるいは決済処理での手数料を収益として期待しないかわりに、ユーザーの決済データを集めてビッグデータにして別の形でマネタイズするものだと考えられていました。
Appleが発表したのは、イシュアーからのみ手数料を取る予想外のビジネスモデル
ところが予想に反し、Apple Payの発表時にAppleが明らかにしたのは、
- Apple Payが加盟店や利用者から取る手数料は無料
- Appleは決済データを保持しない
- Apple Payは決済代行業者やアクワイアラーの提供する決済サービスに接続して利用できるようになる
という内容でした。さらに、アメリカの投資銀行「Jefferies」が開催した Jefferies 2014 West Coast Payments Summit のレポートによれば、
- クレジットカードの場合、イシュアーから1取引あたり0.15%の手数料を取る
- デビットカードの場合、イシュアーから1取引あたり0.005%の手数料を取る
- イシュアーからのみ手数料を取る
という方法で収益化が図られるとのことです。これまでイシュアーが国際ブランドに守らせてきたイシュアーの収益源であるインターチェンジ・フィーから、Appleが0.15%もの手数料を受け取る、という驚くべきビジネスモデルでした。インターチェンジ・フィーは崩せないものという認識があっただけに、「そうきたか!」と思わず唸ってしまいました。
(一部のネットワーク・フィー等の手数料やコストを簡略化。Apple Pay手数料は、米投資銀行Jefferiesの “Jefferies 2014 West Coast Payments Summit” レポートから引用。それ以外の手数料は仮の数字)
なぜAppleはイシュアーから手数料を取ることができたのか?
Apple Payの競合となるGoogle Wallet等のモバイル・ウォレットでは、イシュアーから手数料を取ることができていません。なぜApple Payだけイシュアーから手数料を取れるのか?それはApple Payが、イシュアーの抱えている「カードの不正利用件数を減らしたい」という課題に対して、最も効果的なソリューションを提示できているからです。
MacRumorsが報道したアメリカの銀行幹部の談話でも「Apple Payの強固なセキュリティが評価されてAppleが有利な条件を引き出したようだ」とあります。
しかもAppleは世界中のスマートフォン市場で高いシェアを誇っており、Androidと異なって、世界中で毎回熱狂する新iPhoneの発売やiOSのアップデートを通じて、新しいユーザー体験を浸透させるだけのパワーを持っています。
アメリカの銀行や国際ブランドは、こうした状況をふまえて、Apple Payを推進していくのがメリットが大きく現実的であると考えているからこそ、American Express、Bank of America、Capital One Bank、Chase、Citi、Wells Fargo等の大手銀行に加え、さらに全米で500以上の銀行が、Apple Pay開始時より対応を表明しているのです。
第2回目の記事では、Apple Payを支える仕組みやセキュリティについて詳しく解説することで、どうやって不正利用を効果的に減らすことができるのかを見て行きます。