将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2014年10月21日 (火)

将棋界の引退制度に関するコメント、囲碁界との比較、引退後の収入

10月5日のブログで、2016年3月で引退が決まる私の思いを率直に書いたところ、それに関して次のようなコメントが寄せられました。

「将棋連盟の定年制は見直してみてはどうでしょうか。ある程度の収入を伴う形で、選手からの転向を図ることを期待したいです」というコメント(10月6日)は《囲碁人》さん。「棋士の終身雇用でいいのではないでしょうか」というコメント(10月7日)は《田舎棋士》さん。「引退制度がある将棋界と、終生現役も可能な囲碁界は、どちらも一長一短で、どちらがいいとはいえないと思います」という内容のコメント(10月8日)は《通行人》さん。「引退棋士が将棋を広めるために得る報酬が予算化されなくてはいけません。また、棋士をやめると年金は出るのでしょうか」という内容のコメント(10月9日)は《東京人》さん。

私を含めて多くの棋士は、棋士が成績の悪化によって順位戦でC級2組から落ちて所定の年齢で引退となるのは、勝負の世界だから仕方ないと思っています。ところが寄せられたいずれのコメントが、将棋連盟の引退制度に疑問を抱くものだったのは意外でした。将棋界が終生現役の制度で、自分の意思でやめないかぎり現役棋士を続けられたら、正直なところとてもありがたいです。しかし中原誠十六世名人、米長邦雄永世棋聖のように任意で引退した棋士はいますが、現実は制度によって引退した棋士が大半です。

引退制度のない囲碁界には、現役棋士が400人以上います(日本棋院・関西棋院を合わせて)。引退制度のない将棋界には、現役棋士が160人ほどいます。ただ両者の組織は仕組みに違いがあり、単純な比較はできません。

囲碁棋士は初段から、将棋棋士は四段からプロと認定されます。棋士総会では、囲碁界は代議員制(選出された何人かが投票権を持つ)で、将棋界はすべての正会員(現役棋士・引退棋士・女流棋士)が投票権を持ちます。

そして最も根本的な違いは待遇面です。将棋の現役棋士は「参稼報償金」という手当が毎月支給されます。それは順位戦のクラス・各棋戦の実績・棋士年数によって査定されます。羽生善治名人、森内俊之竜王などの上位棋士と、下位のフリークラス棋士では、当然ながら大きな差額があります。ちなみにフリークラスに在籍している私こと田丸昇九段の参稼報償金は、B級1組にいた20年前と比べると、およそ4分の1に減っています。

参稼報償金は「基本給」にあたり、順位戦以外の棋戦の賞金・対局料は各棋士の出来高として「歩合給」にあたります。さらに連盟が公益社団法人に認可された2011年以前は、夏と冬に「特別手当」(いわゆる氷代と餅代)が支給されました。現在は「特定の個人に利益をもたらしてはいけない」との原則によって廃止されました。

囲碁棋士にも基本手当があります。ただ人数が多いので、その金額は将棋棋士の水準よりもかなり少ないようです。連盟は現役棋士に対して、待遇面で一定の保障をする代わりに、引退制度を設けています。囲碁棋士の待遇面は全体的に希薄ですが、引退制度はありません。棋士の待遇と寿命が「太いが有期」か「細いが無期」の違いでもあります。

ゴルフの世界では、プロと認定された選手は1000人もいるそうです(男子の場合)。しかしトーナメントで活躍して多額の賞金を得る選手は、せいぜい50人ぐらいです。残りの選手たちは低額の賞金に甘んじるか、レッスンプロで生きていくしかありません。

囲碁の世界もそれに近い状況のようです。将棋の世界も、棋士の人数がさらに増えたり、棋戦の契約金などが減収すると、そんな状況になる可能性はあると思います。

連盟は年間の普及予算に1億円ほど計上しています。引退棋士は現役時代の収入には及びませんが、普及の仕事を依頼されて一定の報酬を得ています。前記のコメントのように、「報酬が予算化され、引退棋士へある程度の収入が伴う形」になっています。

棋士が引退した場合、「退職金」は出ません。「棋士年金」もありません。ただ公的年金はかつてありました。連盟は50年以上も前から、旧・社会保険庁からの要請で厚生年金に加入していたのです。前記の参稼報償金(以前の名称は基本手当)が、会社員と同じ給料として認められました。私もそれによって、60歳から厚生年金を受給しています。

連盟が公益社団法人に認可された2011年からは、保険料の半額負担は「特定の個人に利益をもたらしてはいけない」との原則によって、厚生年金への加入は廃止されました。

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コメント

 引退制度自身については特段思うことは無いのですが、引退棋士が出場できる大会があっても良いのではないかと考えることがあります(米長先生の本で、順位戦の制度を変えたときに、老齢棋士が「無料でいいから指させて欲しい」と訴えたというエピソードを読んで思いつきました)。

 今は、指導棋士の方はアマ・プロ問わず大会に出場出来ませんし、引退棋士もまた、アマは論外としてプロの大会には出場出来ません。これらはまあ当然といえば当然ですが、プロもアマも含めて、文字通り全員に門戸を開く様な、オープンな大会があってもいいのになあと思うのですがいかがでしょうか?

投稿: 匿名希望 | 2014年10月21日 (火) 09時14分

引退された棋士の対局を見たいと思うファンは大勢いると思います。
ゴルフのシニアトーナメントのような引退棋士だけの大会とかやればファンもスポンサーもつくのでは?
引退したら普及活動のみでは高齢化社会にそぐわないと思います。
アマの大会にはさすがに出せないでしょうが(引退してもプロの棋力には普通のアマでは到底太刀打ちできません)
大内VS中原とか神吉VS桐谷なんて絶対受けると思うのですが。

投稿: こうめい | 2014年10月21日 (火) 11時56分

田丸先生の永久に棋士という実感がいいですね。様々事情がありましょうが、引退や定年制は長い人生を生きるためにはよくありません。将棋こそ生きがいという先生方が多いのではないでしょうか。OB戦ではないですが、そんな棋戦かイベント戦があってもいいのではないでしょうか。タイトル戦での立会人も大豪といわれる引退棋士が出ることも少なく、肩書で出られているだけと思えなくもありません。例えば谷川会長立会人、会長になる前(役員も)には出たことなかったやに記憶しています。出られても迫力さ、重厚さは薄いですね。ファン心理ではもう少し上の世代の先生にお願いしたいです。(谷川ファンの方、申し訳ありません)ウオー田丸先生だ!足痛そう、銀髪だね、など声がかかりますよね。にこにこでしたか。だんだん先生方も高齢になられて病気などで拝見できなくなります。こちらもそうなりつつあります。若い世代もいいが「王、張本、柴田、村田」などはOB戦以上のものがあります。大内、桐山、加藤、西村、森けいじ、内藤の各先生は存在感がありますね。王座戦、竜王戦は若い世代が奪取しそうですが、どうなりますことか。Hさんは名人になると少し弱くなりますね。名人は負けてはいけません。7段あたりに負けては名人12段とか言われていますのに、6段以下になります。単純過ぎますが、他の挑戦者も弱いですね。王座挑戦で8段にされた方がいいのでは?竜王だけ特別昇段はどうでしょうか。タイトル戦挑戦は昇段がいいですね。(意見が勝手過ぎました)

投稿: 千葉霞 | 2014年10月21日 (火) 15時57分

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