iPhoneからFacebookアプリを削除することで精神の安定を試みた結果 - YESかNOか半分か。
1年前、少し現実逃避する為にアンインストールしたFacebookアプリ。今年になって仕事を始めてから、少しずつ気持ちの面でもポジティブになってきたのでアプリを再びインストールしてちょくちょく覗くようになった。
Facebook上という程よい距離感
1年弱ほど沈黙していたFacebookページを更新すると、何人かの友人からリアクションがあった。
同じ日本にいてお互いにスマホを持っているのに、あえてLINEやメールをせずにFacebookメッセージでやりとりをする友人。
ニュージーランドで一人旅をした際にバックパッカーで出会った同い年の少女。
友人の誕生日パーティーで知り合ったアートクリエイターの友人。
他にも数名連絡をくれた友人たちがいたけれど、定期的に連絡をくれるのは上記の3人。私の返信がどんなに遅くても、返信さえ返していない時でも半年に1回ペースでこちらの様子を聞いてくれる人たち。
私にとってLINEやメールは人を身近に過ぎるツールだから便利ではあるけれど、そこまで多くの人を身近に感じたいわけでもない。
仕事関係で出会った人に連絡先を聞かれたら、仕事用の携帯の番号を教えている。
以前に普段使っているプライベート用の連絡先を教えたことがあり、メールでなく唐突に電話がかかってきた事がありビックリしたのと、自分のプライベートな時間は仕事や余計なものに浸食されたくないという思いが私の中にある。
Facebook上でメッセージのやり取りをするのは、程よい距離感があって「返信をしなけばいけない」という強迫観念にかられることがないから比較的楽に扱うことができるので私は好きだったりする。
もうかれこれFacebookユーザー歴8年目
そんな私のFacebookアカウントは今月で8年目に突入する。Facebookを始めた2007年、日本ではその名が知られていたかもしれないけれどまだまだ認知度は低く、対応していた言語も極僅かだった。
自分のFacebookアカウントを再始動させるためには、まず、7年前から積りに積もったタイムラインを一掃しなければいけないと思い立った。
誰もそこまで前のポストを遡る人なんていないだろうし、とんだ自意識過剰だけれど、今年はニートを卒業して飲食店勤務ばかりしていた今までとは違う業種に就くという変化もあった年だから、どうしてもFacebookのタイムラインを整理しておきたかった。
ご親切にもFacebookは今まで友人が私のページに投稿したポストやら私自身が投稿したポストを選択して一括で削除するという機能がついていないらしいので、1つ1つの投稿を眺めながら2007年まで遡って不要な投稿を削除したり、非表示にしたりした。この作業に1時間くらいはかかっていた気がする。
Facebookのいいところは、他人には見せたくないけれど消したくないポストや写真を非表示にできるという事だ。
何年も前にメモリーカードも無くして、本体さえも何処に消えたデジカメの写真とか、今はもう見ることが出来ない携帯の写真とか、そういう思い出の類を密かに取っておけるのは有り難い。
結局はタイムラインを一掃したからといって、私が頻繁にFacebookに投稿するようになったわけでもなく、相変わらずROM専ユーザーっぷりを発揮しているけれど、去年にこの記事を書いた時と比べると、今の私はFacebookに対する嫌悪感というかSNS疲れ的な感覚がなくなっていて心身ともにヘルシーになっていることは、まず、間違いない。