「性」は身体や感情にかかわりの深い事象である。それゆえ、性にかかわる話題は、私的なものとみなされる。一方で、性・生殖関係を秩序立てるための制度として結婚があるなど、性は公的な問題でもある。
性は公的なものなので、何らかのかたちで性ある身体を持つ私たちは、つねに所属している集団から「あるべき性」をその身体、行動で実現することが求められている。そのように感じられる「空気」がある。だが、性は私的なものなので、それが具体的にどのようなものであるのかは、公的空間では正式に語られにくい。性に関する規範は明確なものではなく、暗黙のルールとして存在する。
「性」にまつわる事象は、このような曖昧で不安定な状況に置かれている。
ここでは「性」の置かれている曖昧で不安定な状況を考えるための一助として、男性の身体機能のひとつであり、とくに性的な要素を多く含む「射精」に注目してみたい。
中学生・高校生の性意識
射精に関わる論点を引き出すため、筆者が札幌医科大学の道信良子氏とともに北海道の二都市で実施した中学生・高校生の性意識、とくに月経観と射精観に関する調査結果を参照したい。男女高校生に対する調査票調査と男女中学生・高校生に対する面接調査である。
まず、調査票調査の結果から月経観と射精観についてみてみよう。
月経、射精ともに「汚らわしい」というイメージを抱くものは男女とも少ないが、月経よりも射精を「汚らわしい」と感じる割合が高いことが注目される(表1)。男性では1割ほどが射精に「汚らわしい」というイメージを持っている。
月経や射精を「恥ずかしい」と思う人も男女とも少ないが、男性は月経について「恥ずかしい」と思う割合が7.4%なのに対し、射精については17.8%が「恥ずかしい」というイメージを持っている(表2)。射精を恥ずかしいと思う人の方が多いのである。
この調査票調査では、自由記述で「自分が射精をすることについてどう思うか」を尋ねている。この設問への回答は、「気持ちいい」が51名でもっとも多い(以下延べ人数)。ただし、この中には「気持ちいけど気分が悪い」「気持ちいいけど切ない」「気持ちいいけど終わったら嫌な気分になる」と相反する気分を併記している人が8名含まれている。
「誇りに思う」「楽しい」「うれしい」といった肯定的感情が3名、「どうでもいい」「何も思わない」「特になし」「普通のこと」が45名ほどいる。このほか、「つらい」「嫌だ」「むなしい」「憂鬱になる」といった否定的感情が10名、「恥ずかしい」が9人、「わからない」「不思議に思う」という人も8名ほどいる。「男に生まれた以上仕方がない」、「正常だということをかみしめるとき」と書いている人もいた。
男性中学生への面接調査では、射精に対して持つイメージとして、「おなかが痛くなる」「いやなイメージ」「エロいこと」「不安」といった意見が聞かれた。総じて、これから起こる予定の自身の身体の変化に不安を感じているように見受けられた。
それに対して、ある程度、身体的変化も落ち着いてきており、性的経験も持つようになっている男性高校生への面接調査では、射精する身体への肯定的な受け止め方も聞かれた。それでも、「初めのころは悪いイメージを持っていた」とか「自分でした後には何をやってるんだろう、とは思う」「自分でした時は嬉しくない」という自慰に対する否定的な感情も聞かれた。
以上の射精観に関する調査結果をある研究会で報告した際、参加者の成人男性から、自分が中学生だったときには精通や射精に対して「不安」というイメージはなく、面白おかしくネタとして仲間同士で話していたので、違和感を持ったという意見を頂いた。
そのときは、語る相手によって語る内容も変わるのではないかと返答したのだが、おそらくどの時代・地域の少年も自分の身体の変化に対しては、多かれ少なかれ恐れや不安を抱くのではないだろうか。男性の意見が示唆している状況は、仲間集団ではその「恐れ」や「不安」は否認されていたとも解釈できる。この点も重要な論点である。
また、上記の意見では、仲間集団では、射精にについて語られる場合があることも示唆されている。このときの面接調査は教員から協力を要請してもらい、本人と保護者の同意を書面で事前に得たうえで、学校内で行われたものである。いわば公的空間における発言である。仲間集団で語られる発言とは異なってくるだろう。考えてみるに、公的空間で射精について語る機会は多くはないのではないだろうか。学校やそれ以外の公共空間で射精がいかに語られているのか、いないのかも論点になりうる。