和光大学は芸術と人文に強くて、90年代は「東の京都精華大学」みたいなノリでした。平日に学生がキャンパス内でフリマとか、過激な徹夜学園祭とか、人が住んでいる部室とか、カオスな雰囲気だったんですが、今はそうしたノリもかなり消えました。
2000年代、京都精華大学が順調に狂っていったのに対し、和光大学は芸術色を薄めた改組を繰り返し、普通の大学になっていきました。結果的に「勉強はともかく、クレイジーな学生がいる」という、せっかくのオリジナリティーを失いました。
私はかつて『大学図鑑』(ダイヤモンド社)で面白おかしく書かれた和光大学にあこがれて、何度も学園祭やオープンキャンパスに足を運び、平日の普段の大学にも足を運びましたが、面白い学生には出会いませんでした。「クレイジーな大学」はどんどん減っていると感じています。
「勉強はともかく、芸術や文化の面で狂った学生がいて面白い大学」は、90年代以降、どんどん減っていきました。今や日芸も早稲田も京大も京都精華も、見どころの少ない学園祭です。学生の創作や芸術や文化の発信が全然物足りません。大学の就職予備校化はどんどん進んでしまいました。
2000年代、早稲田も明治も、学生運動を一掃するために、何年も学園祭を中止していた時期がありました。私はどちらも、最後の「学生運動世代」の学園祭をギリギリ大学生のうちに見学できましたが、今の学園祭が失ってしまった、学生の自由奔放な面白い企画は昔のほうがたくさんありました。
立教大学も、学生運動のために17年近くもの長期間、学園祭を実施できない時代がありました。復活した今の学園祭は、驚くほど見どころがありません。私は模擬店やコンサートではなく、ゼミや文化系サークルの学術的な発表が見たいのですが、ほとんど出ていません。高校の文化祭以下です。
どうして高校の文化祭が盛り上がるのかというと、全員参加だからです。大学ではサークルだけが参加するので、多くの学生には学園祭は長期休暇でしかありません。サークルに入る学生も減少し、どんどん学園祭は内容がつまらなくなってきています。首都圏の学園祭は全部行きましたが、そう思います。
学園祭が盛り上がっていたころの大学は、「就職の役に立つとか考えずに、今、やりたい勉強をする場所」という側面が強くありました。歴史研究会やフランス文学のゼミが、就職に直結するわけではありませんが、仲間たちとそうした活動をするなかでの学びが確かにありました。
学生運動を一掃し、大学のお墨付きを得て復活した学園祭は、「大学生のキャンパスライフって楽しいでしょ?」と大学が高校生に見せる、オープンキャンパスと同じような行事になってしまいました。にもかかわらずそこには、学生による自主的な学術研究の色は、大きく消えてしまっていたのです。
受験生が殺到する有名大学の学園祭の中には、驚くほど文化系サークルやゼミの学術的な研究発表が存在しない模擬店祭、たこ焼き祭が存在します。模擬店やイベント系が悪いとはいいませんが、それしかないのが問題なのです。皆さんは大学で勉強をしているはずでしょう。それを見せてください。
学生が学術研究の発表をしている充実した学園祭として、私が自信を持って受験生にお勧めできるのは、東京工業大学工大祭、東京農業大学収穫祭、武蔵野美術大学芸術祭、慶應義塾大学三田祭、東京大学五月祭、日本大学生物資源科学部藤桜祭、中央大学理工白門祭、近畿大学生駒祭などです。
立教、上智、青山学院、国際基督教などの、素晴らしいゼミはいくつも取材しましたが、これらの大学の学園祭では、ゼミによる研究発表がほとんどありません。オープンキャンパスでは個々のゼミや教員を知る機会はなく、事実上、受験生は中身ではなく大学名で大学を選んでいると言わざるを得ない。
立教大学経営学部の、学生が自主ゼミをやるので月~金の毎日ゼミがある先生とか、獨協大学経済学部のあまりにもスパルタなので脱落者続出だが就職最強のマーケティングゼミなどの情報は、高校生にはまったく届いていないと言っていいだろう。それでも受験生は来るのだが、私は物足りない。
青山学院大学の社会情報学部に入ると、文系入試で来ても数学と統計学が必修なので金融就職に強いとか、全然PRされていない。大規模な大学は全学部を均等に宣伝しないといけないのだ。しかしこのご時世に、入試広報部署に広報を丸投げでいいのだろうか。学部の教員や学生が独自のPRをするべきだ。学園祭はそういう場であってほしい。
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- 2014年10月19日 07:45
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