はじめに プロ野球再編に絡んで様々な議論がされているが、本質的な問題がおざなりになっている。1リーグ、2リーグの議論よりも先にすべきことがある。プロ野球は文化論、経営論の両論で考えなければならない。そういった議論を尽くした後に、技術論に入るべきだ。現在の議論は小手先の技術論ばかりだ。社会において発生する問題の多くは「カネ」に起因する。今回の騒動もやはり「カネ」だ。ほとんどの球団が経営として成り立っていないことが問題なのだ。バッファローズ、ブルーウェーブの合併問題も経営が機能していれば発生していないはずだ。とにかく、「強い資本」のもと、「強い経営」を行うことがプロ野球発展の根幹となる。 また、プロ野球は、ファン、選手、経営者の三者が美しい正三角形の関係ではじめて発展する。三者のうちどこかひとつが突出しても問題が生じる。今回の合併問題も、稚拙な経営者が突出することにより、経営者とファン、選手に軋みが生じている。両球団のファンの立場からすると、何十年も、バッファローズ、ブルーウェーブ(ブレーブス)を応援してきたのに、ある日突然、「バッファローズとブルーウェーブが合併する」と言われても戸惑うだけだ。ファンの心の中に生活の一部としてプロ野球球団は深く組み込まれている。このようなファンにプロ野球は支えられているのだ。つまり、プロ野球は紛れも無く日本の文化として定着しているのだ。だからこそ、文化論的な面での検証も必要になってくる。 そこで、資金的困窮および広島というもっともローカルエリアにフランチャイズを置いている広島カープをモデルに、プロ野球経営を従来とはまったく違う角度から検証してみる。私自身、生まれながらの広島カープファンだ。「私の体を斬ればカープレッドの血が流れている」と公言している。昭和50年の涙の初優勝。昭和54年の「江夏の21球」での初の日本一。長年カープを見守ってきた。だからこそ、血の通った提言ができるのだ。 市民球団の幻影 広島カープは他のプロ野球球団とは違う歴史的背景をもつ。創設期、市民が球場前に置かれた樽に入場料とは別にカンパとして金を投じていた。この行為を広島では樽募金と呼んでいる。樽募金は、選手の給料、補強に大きな役割を果たしていた。物心両面を支え、まさにカープは市民球団といえた。しかし、現在市民球団とはとてもいえない。市民球団という言葉は、カープにとって幻影だ。球団創設期は、多数の株主が存在し経営方針が安定しなかった。そのため、昭和40年代前半に広島財界で人望のあった東洋工業(現マツダ)オーナー経営者の松田恒次氏が、東洋工業、松田氏個人に株を集約させた。いわば、便宜上、一時的に東洋工業と松田家が株を預かったのだ。その株主構成が現在も続いている。つまり、現在のカープ球団は、松田家の個人企業と言ってもよいだろう。球団経営にも市民球団的な発想はない。カープ球団は経営状況さえ公にしていない。松田家は、カープ球団の所有と経営の両面を行っている。広島の貴重なキラーコンテンツかつ、公共財であるカープ球団を所有し経営するという非常に重たい責任を持っているのだ。政治、経済などあらゆる分野で大変革がおきている。プロ野球界も再編の大きな流れの中にある。ここで、判断を誤ると球団存続の危機にさらされる。何もしなければ流れに取り残される。このような状況下では、蛮勇を奮う覚悟が必要だ。つまり、乱世型のリーダーが必要なのだ。先日、松田恒次氏の孫にあたる現松田オーナーは地元中国新聞社のインタビューにこのように答えている。 「カープがカープとして存在するために、今一番頑張らんといけんのは育成部門。観客動員にはすぐには結びつかんが…」 松田オーナーの父親である、先代オーナー松田耕平氏が取り組んだ、ドミニカ野球学校設立、若手選手の海外野球留学など選手育成にカープ球団は定評がある。松田オーナーも育成部門を非常に重要視している。しかし、現在必要なのは、大きな決断と、実行力なのだ。フランチャイズを拡大してマーケットを拡大し、ファンに対して第三者割増増資を行い、資金力を増強して、「強い資本」のもとでの「強い経営」が必要なのだ。不透明なときだからこそなおさら必要なのだ。松田オーナーからは、ファンが納得するだけの将来ビジョンが出てこない。非常に残念でもあり、悔しくもある。 「強い資金」のもとでの「強い経営」 資本増強のためには二つの手段がある。ひとつは、企業からの出資、もうひとつは、ファンからの出資だ。出資を募るためには経営内容の公開は当然のことだ。残念なことに、カープ球団の経営内容を松田オーナーが公開しようとしない。市民球団を標榜するのなら、経営内容を公開して当然だ。それを公開しないのなら、公開できない理由があるはずだ。ここで、松田オーナーに公開を強硬に求めたところで後ろ向きな現象が起きてくる可能性が多分にある。とにかく時間がないのだ。そこで、過去の経緯は水に流して、未来志向的発想で提案する。 企業、ファンが出資する、株式会社新カープ球団を新たに設立し、選手、コーチ、練習施設など球団として必要な資産を移す。旧球団には松田オーナーが他人には見せたくないものだけを残せばいいのだ。幸いなことに無借金なので旧球団にも負担は生じない。当然松田オーナーとしては面白くないことだが、近年のカープの成績は6年連続Bクラス、今年も最下位争いをしている。Bクラスということは、一般の企業経営に置き換えると赤字(現在のカープ球団の財務諸表とは違う)と表現してよいだろう。このような悲惨な状況が長年続き、将来に対する明確なビジョンを示すことができないのなら、経営責任を厳しく問われて当然だ。まず、球団の経営において松田オーナーは経営トップの座から潔く降りるべきだ。さらに、球団の所有面では、公共財としてのカープを新会社に移行させることが「市民球団の幻影」からの決別になり、「市民球団への大政奉還」になる。この点においては、一般の経営常識から考えると違和感があるが、過去の歴史的経緯、文化論的な側面を考慮すれば当然なことだ。 まず、企業からの出資について考えてみる。その大前提として、リーグ加盟金は完全撤廃する。新規に球団を作り加盟するケース60億円、球団買収のケース30億円と参入障壁が異常に高い。現在のプロ野球親会社は斜陽産業の吹き溜まりと化している。やはり、活性化させるためには親会社の新陳代謝を図らなければならない。だから、参入しやすくし、きちんとした運営をしていなければ退場させるルールを明確にしておけばよいのだ。また、企業も既存株主との関係上、本業に関係のない赤字事業に関わることはできない。無理をすると株主代表訴訟を起こされかねない。今後、最終消費者向けの商品(サービス)を提供する企業がプロ野球に対して関わってくるだろう。本業に対する宣伝広告効果が期待できるからだ。また、企業の規模、財務内容にもよるが、1社のみで球団を抱えることはリスクが高いため、複数の企業が出資するケースがあってもよい。出資する企業のメリットも明確にしなければならない。複数企業が出資した場合、持分比率の高い企業が複数あった場合、球団命名権をその複数の企業で使いまわせばよい。持分比率の低い企業は、ヘルメット、ユニフォームのロゴ使用権を得る。 詳細は後述するが、広島カープを瀬戸内カープに拡大すべきだと主張している。瀬戸内全域をフランチャイズにした場合のカープ球団に対する出資企業候補は、ユニクロ、福武書店、JR西日本、NTT西日本、カルビー、加ト吉、モルテン等の瀬戸内ゆかりの企業だ。ユニクロ、福武書店の出資比率が高かったと仮定すると、ユニクロカープ、福武カープと一年おきに球団命名権を行使する。 次にファンからの出資について考えてみる。長期的視点での経営を行うために、ファンに対しては、議決権のない優先株での第三者割当増資を行う。 額面5万円×2株=10万円を最低ロットとする。 10万円×10万人=100億円 配当は外野席入場券20枚とする。 上記仮定で瀬戸内エリアを中心に全国、世界中のカープファンに呼びかければ100億円の資本増強ができる。この金額は私としてはかなり控えめな数字だ。ファン1人当たり10万円、10万人が購入という数字を各々2倍にしても可能だろう。先にも書いたが球団創設期の資金難時代に球場前に樽を置き、ファンはその樽にカンパをした。球団はその金を選手の給料、補強費に充てたのだ。そのような歴史があるカープ球団なら、ファンも金を出してカープ球団の株を購入するということに抵抗はないはずだ。 また、広島では新球場建設問題も議論され、この期に及んで揉めている。既に具体的に動いているべきだと考える。理由はどうであれ、遅すぎる。プロ野球を考える場合、球団と球場は当然切っても切れない関係にある。球団経営、球場経営をパッケージにして考えても良いのではないか。そこで、球団に対する出資と同様に、株式会社新球場を新規に設立し企業、ファンからの出資を募ることを提案する。球場建設となると、資金面で日本企業だけでは手におえなくなる。外資企業であろうが趣旨に賛同してくれる企業には参加を求める。出資者の中に、広島市、広島県などの自治体が入ることも歓迎だ。現在、バッファローズが大阪ドームに年間6億円の球場使用料を支払うことにより球団経営を圧迫している。ベイスターズも横浜スタジアムの所有者である横浜市へ莫大な金額を支払っている。地方活性化のキラーコンテンツであるプロ野球球団の健全な発展のためには、良い意味での各自治体の積極的関与が必要だ。 新球団200億円、新球場400億円を目標に、ファン、外資を含む企業から集めることは歴史的経緯から、決して不可能なことではない。 マネジメントチーム 企業、ファンから預かった資金をベースに球団経営、球場経営行うのであるから、高度なマネジメント能力及び透明性が求められる。当たり前のことだ。赤字経営など許されるはずがない。強い経営を行うためには、球団、球場の「所有と経営の分離」を明確にすべきだ。一般の球団経営は親会社からの腰掛的人事が横行して、マネジメントがおざなりになっている。簡単にいうと「真面目に経営していない」のだ。そこで、経営面は、プロの経営者に任せ、親会社からの出向を一切認めない。ただ、企業株主各々の経営ノウハウは徹底的に活用する。例えば、ユニクロのブランド戦略、福武書店の教育事業、NTT西日本のIT技術などだ。また、経営者が、野球、カープを愛するDNAを持っていることも重要な条件だ。 マーケットの拡大 通常、ビジネスを行う場合には、マーケットサイズを十分考慮する。首都圏にあるジャイアンツ球団、スワローズ球団は2000万人をマーケットにしているが、カープ球団は300万人に過ぎない。7分の1のマーケットサイズで他球団と勝負することは、その時点で大きなハンディを背負っていることになる。そこで、カープ球団のマーケットサイズ拡大を提案したい。私自身、広島という地名に対しては非常に愛着を持っているが、この際、マーケットを瀬戸内エリアに拡大するため、「瀬戸内カープ」と改名し、瀬戸内エリアに対して集中的にマーケティング活動をするという戦略だ。 プロスポーツの世界では近年、エリアフランチャイズと言う概念が強く意識されるようになっている。最悪の1リーグ8球団制が導入されたとしても、瀬戸内エリアをフランチャイズにしていると主張し、且つ実体が伴っていれば、エリアフランチャイズの精神からカープ球団存続は正論として世間の同意を得ることができる。しかし、広島一地域のみだと、広島経済の弱体化、地盤沈下などから勘案して理解を得ることは難しい。 野球協約には、「フランチャイズは1県のみ」とある。しかし、野球協約自体が世の流れに合わないものになっているので、野球協約の変更をカープ球団から他球団に申し入れればよい。球団経営強化のため合理的な考えであるからだ。 具体的な提案内容は以下のようなものだ。 1 チーム名を「広島東洋カープ」から「瀬戸内カープ」に変更する。 2 2軍の本拠地を松山ぼっちゃんスタジアムにおく。 3 地方主催試合を、瀬戸内、中国地方で集中的に行う。 4 カープのロゴマークの使用を無料にて許可する。 2について 2軍の本拠地を愛媛の松山市に置くことにより、ファン層の拡大を計る。松山はホーバークラフトで広島から約1時間で行くことが出来る。2軍宿舎のある大野から専用船で移動すれば物理的問題は解消する。2軍の本拠地となる「松山ぼっちゃんスタジアム」は一昨年オールスターでも使用されたように設備面も充実。2軍チーム名もカープから愛媛あるいは瀬戸内にゆかりのあるものに変更してもかまわない。愛媛は、広島と同様に昔から野球が盛んな土地柄だ。松山商業、宇和島東、今治西等は幾多の名選手を生んでいる。そのような土地柄で小さいときからカープに慣れ親しんでおいてもらうことは、将来の有望新人獲得にも大いなるプラス材料になる。 3について 現在、主催試合を広島以外の九州、東北、北陸、北海道等で行っているが、瀬戸内エリアの下関、松山、倉敷、高松等に集中させる。従来からファンの多い山陰地方にも当然のことながら配慮が必要だ。「下関はホークスファンが多い」、「倉敷は阪神ファンが多い」という声もあるが、新規営業でホークス、タイガースファンを奪うくらいの気概が必要だ。 4について ファンにより親しんでもらうために、カープのマスコットキャラクターロゴの使用を瀬戸内エリアでは無料にする。例えば、食品会社がカープのロゴ入り商品を発売しても使用料は無料にする。より地域密着的に考えると、商店街の八百屋さん、お肉屋さんレベルで活用してもらいたい。つまり、袋や包装紙にカープのロゴを活用してもらう。 野球協約との兼ね合い 複数フランチャイズ、複数オーナー企業、加盟金問題、外資の参入などは、現在の野球協約に抵触するが、数十年前に作られた野球協約に縛られる必要はない。野球協約も時代の移ろいとともに変化しなければならない。実際、ブルーウェーブとバッファローズの合併球団は複数フランチャイズを前提にしている。マリーンズが先日ホークスに合併を申し込んだが、合併球団はやはり複数フランチャイズを前提にしている。カープ球団から実態にそぐわない内容は積極的に改正案を出すべきだ。 最後に この文章の中で、松田オーナーを批判しているが、松田オーナーの個人攻撃を目的としたものではない。政界、財界、そしてプロ野球界も大変革期にある。時代とともに求められるものは変化する。野球協約も同様だ。故松田恒次氏、故松田耕平氏、松田オーナー、松田家のカープ球団に対する功績は素直に認め、敬意を表す。松田恒次氏が、当時の根本監督に「今年は全部負けてもいい。5年後に優勝できるチームを作ってほしい」と話した。その長期的ビジョンに基づいた選手育成が、昭和50年の涙の初優勝に繋がった。しかし、残念なことに、現在プロ野球界で求められているものが松田オーナーからアウトプットされるとは思えない。私としては、純粋にプロ野球の健全な発展、そして、強く逞しいカープの存続を望むだけなのだ。 |